昭和37年
年次経済報告
景気循環の変ぼう
経済企画庁
昭和36年度の日本経済
金融
産業資金供給と資金需要
産業資金供給の増加とその構成
36年度の産業資金需給の特色は設備資金を中心とする盛んな資金需要及び、それを下回る資金供給とのアンバランスであった。産業資金供給のうち、外部資金(純増)は3兆9,360億円に達し、35年度の3兆3,503億円に対して、17.5%の増加率である。うち設備資金は1兆8,985億円で、17.9%、運転資金は2兆375億円で17.0%の増加率を示している。
なお内部資金は約2兆880億円(設備資金1兆8,140億円、運転資金2,740億円)で35年度の1兆8,160億円を約15.0%上回っている。
35年度は、経済の伸び率に比べ産業資金供給の伸び率が大きく上回ったのに対して、36年度は、逆に産業資金供給の伸び率が経済の伸び率を下回った。このため、35年度には企業の流動性が著しく高まったのに対し、36年度には、企業は引き続き強気を維持したが、手元資金の切り詰めを余儀なくされ、流動性が急速に低下することになった。
供給要因の検討
36年度産業資金供給の特色は、株式の増大、社債の不振と、貸し出しの比重が低下したことである。
第1に株式であるが、年度初めは、市況の好調を支えとして、増資規模も拡大を続けた。その後、金融引き締め政策の開始以来株式市況は低迷を続け、下半期には増資による資金調達も徐々に抑制された。しかし、株式市場のスケールとしては前年を大きく上回り、株式を通じる資金供給は9,476億円と35年度を90.8%上回るに至った。
第2に社債については、年度当初からの公社債投資信託の伸び悩みに加えて、その他の社債消化能力も下半期に入って金融情勢のひっ迫に伴い大幅に減退し、結局、事業債発行による資金供給額は1,920億円に留まり、35年度の55.8%に減少した。
第3に貸し出しは2兆7,963億円で35年度を11.5%上回っている。増加率としては低位であるが、これは下半期に入ってから、資金ポジションの悪化に加えて引き締め政策が本格化し、特に都市銀行の貸し出しが強く抑制された結果である。
第4に社内留保は約3%の伸びをみせている。
第5に減価償却は企業の償却資産の増加、一部設備の耐用年数の短縮などの結果、顕著な増加を示している。
企業資金操りの特徴と銀行貸し出しの役割
銀行貸し出しの内容
今回の景気調整策の目的は、前回のように主として在庫投資を抑制するだけではなく、設備投資の圧縮を図ることにあった。ところが、設備投資は、継続工事はもちろん新規工事でもいったん着手したものは投資効率からいっても、企業の強気状態からいっても工事中止がなかなか行われがたく、設備資金需要は極めてさかんであった。これに対する資金供給ルートのうち資本市場については、株式は前年度を約90%上回ったものの起債は前年度の約56%に減少し、それをこえる設備資金需要は結局銀行貸し出しに集中せざるをえなかった。このため全国銀行貸し出し残高に占める設備資金貸し出し残高の比重は、36年3月末の16.7%から37年3月末には17.3%に増大し、また長期信用銀行の伸び悩みの反面、都市銀行と地方銀行の増加率は比較的高かった。また、設備資金貸し出しの動きを設備資金新規貸し付けの推移からみると、36年度の増加率は、10.0%であるが、4半期別の前年同期比は、4~6月の27.0%、7~9月の17.2%、10~12月の5.3%、と低下傾向をたどり、1~3月には前年1~3月を4.5下回るに至った。
一方、運転資金貸し出しの内わけをみると、大メーカーの業量増大に伴い、原材料仕入資金、販売資金、決算資金などを中心に大メーカー向け増加運転資金貸し出しが増加した。設備関係の資金でも、運転資金から流用されたものがあるとみられ、例えば、機械メーカーの売掛金増大などの形で、運転資金によって賄われたものも少なくなかった。また商社関係では、貿易金融は、貿易量の増大、35年度はユーザンス期限の延長に伴い、輸入関係資金の国内金融への依存の減少がみられたが、36年度はみられなかったこと、6億ドルに上がる輸入機械のうち、かなりの部分が商社信用によってメーカーに供給されたことなどから、商社向け貸し出し増加の重要部分を占めた。これに対し、国内取引に対する貸し出し増加は下期以降圧縮され、一部商社では資金繰り困難の結果、取り扱い量の頭打ちもみられるに至った。以上の動きの結果、全国銀行貸し出し増加額は1兆4,832億円で前年度を3%下回ったが含み貸し出しの発生を考慮すると比較的高水準にあったといえる。
企業の資金繰りのひっ迫
金融引き締めの浸透と共に、企業の流動性は急速に低下し、企業間信用は増大のテンポを速めた。では企業の資金繰りはどのような推移をたどったか、その大筋をつかんで、いくつかの類型に分けてそれぞれの特徴をみよう。大企業(全産業)の資金運用状況は 第8-4表 に示すようになっている。36年初めから後半にかけて、仕掛け品、製品商品在庫投資が波を画きつつも上昇する一方、原材料在庫投資は7~9月まで一貫して増加を続けた。この間、設備投資は依然として高水準であった。現金、預金は1~3月に大量起債の恩恵を受けて大幅に増加したが、その後、この過剰流動性は次第に食いつぶされていった。この間に生産、売上高は着実な上昇を続けたため、企業間信用は顕著な増加を示したが(この点は後に触れる)、特に注目されるのは7~9月までは与信超過であったものが、10~12月に至って受信超過に転じたことである。これは企業資金繰りがいよいよ悪化したことを示している。これらを反映して長期借入金が徐々に増加するのに加えて、36年1~3月にいったん増勢鈍化した短期借入金は、銀行の貸し出し抑制方針にもかかわらず急激な上昇を示し、企業の資金不足を穴埋めしたものといえる。
次にいくつかの類型に分けてその特徴をみよう。
第1に、設備投資を強行したが盛んな需要に支えられた機械、電気機器、自動車では、売上高の増加が大福で製品、原材料など棚卸資産の増加率を上回り、このため棚卸資産回転率は横ばいないし上昇をみた。設備投資がさかんで固定資産の増加は極めて顕著である。回収状況にやや悪化の兆しがみえ、売掛金の増加もその販売形態の特質上極めて大きかったが、株式発行による資金取得が順調で、企業の流動性は低下しなかった。
第2に、設備投資強行にかかわらず、需要不振に悩む鉄鋼では、巨額の設備投資の強行に加えて、製品在庫、原材料在庫の増加が極めて大きく、金融機関借入金の増加額も36年度は35年度を2倍以上上回る大きなものであり、企業間信用も、輸入原材料のハネ手形の増加を中心に、他業種にさきがけて4~6月から受信超過に転じた。
第3に注目されるのは、設備投資の強行と、競売競争激化に伴う販売価格低下により、最も早く業績悪化をみた石油精製で、資金繰りは極度に悪化をみた。このため、企業間信用は早くも36年1~3月に受信超過となった上、全国銀行借り入れも35年度を2倍あまり上回っている。
第4に、設備投資は小さいが、需要の長期不振下にある綿紡績では、市況の不振の影響で売上高の伸びも小幅で売り上げ債権回転率、棚卸資産回転率は顕著な低下を示し、銀行借り入れへの依存度を強めている。化学繊維も、一部好調品種を除き綿紡績と類似の動きを示した。
企業の資金繰りの特徴は以上の通りであるが、ここで企業間信用についてさらにくわしく触れよう。
金融引き締めの開始と共に企業間信用は取引規模の拡大を上回るテンポで拡大し始めたといえる。現金回収率は4~6月には既に低下を示していたが、10~12月には大幅な低下をみせた。さらに手形期間は4~6月から10~12月の間に平均して約10日間の延長をみたともいわれ、企業間信用は増大の一途をたどっている。この結果売り上げ債権回転率は低下をみせている。( 第8-5図 参照)。これは金詰まりに対する抵抗の姿であると同時に、企業財務としての脆さを増大しつつある点に注目せねばならない。
では、この企業間信用は各業種一様に増大しているのかといえは、,先にも触れたように決してそうではない。
まず、売掛金増加額の動きをみよう。 第8-6図 は、4半期ごとの業種別売掛債権増加額を示したものであるが、最も顕著なのは卸売業の動きで、貿易関係での信用供与に加えて、国内面でも大幅の信用供与を続けた。この結果、卸売業の売掛金増加額は全産業の半分をこえる時期さえみられた。特に7~9月期には、総合商社を中心に業量の増大か続いたところへ、金融引き締めの強化に伴って各製造業企業の生産増大に伴う資金需要増加のシワ寄せが重なり、与信額は著しく拡大した。これによって売り上げ債権に対する売上高の比率(売り上げ債権回転率)も大幅に低下したが10~12月期には銀行借り入れの困難化と共に、与信の限界につき当たり縮小せざるをえなくなった。一方、買掛金は大幅に増加しているが、商社の場合、いぜんとして与信超過の状態を続けており、製造業の資金繰り窮迫化をカバーしている点には変わりがない。一方、製造業の中では、鉄鋼と自動車、車輪機械、電気機器の売掛金増加が大部分を占めている。既に触れたように、鉄鋼の場合は、他方に買掛金の増加が大きく受信超過となっているが、その他の成長3業種では与信超過を続けている。総体的には消費需要の堅調から、消費に関連する産業の資金繰りは比較的恵まれており、振幅の大きい設備投資に関連する産業の資金繰りは悪化が顕著とみられる。この点は業種間の企業間信用の動きに端的に現れている。
中小企業金融
金融引き締め政策がとられると、中小企業金融が最もはやく影響を受けるのが従来の例であった。
ところが、中小企業自体の体質改善。中小企業金融機関の充実、財政面からの政策的配慮などが作用して、引き締め期における中小企業金融への効果の波及は緩和される傾向がみられる。このような傾向については36年度の年次経済報告でも指摘したが、今回の引き締めの進行過程においてそのことは大きな特徴をなしている。そこで今回の引き締め後の動きに即して緩和要因を列挙すると、第1に中小企業の収益率は36年4~6月にはピークに達し、(中小企業金融公庫調べ)その後はやや低下を示しているが、最近の水準が従来にない高いものといえよう。
第2には、このような中小企業の経理内容改善に加えて、中小企業の設備投資が既に高水準に達し、またその小回りのきく機動性の結果、あくまでも強行せねばならぬ継続設備工事は大きくないことにより、大企業のような設備投資負担を負わないことも作用していると思われる。第3に、回収条件の悪化は既にはっきり現れているが、これは大企業に比べ、特にはげしいものとはみられず、下請け中小企業の確保、下請け中小企業の技術向上、体質改善の必要性などのため、従来のように一方的に中小企業へ金詰まりのシワを寄せにくくなっている面もあるものとみられる。
第4に、中小企業金融機関の充実などにより中小企業金融の円滑化も進んだ( 第8-4表 )、第5には、36年10月から37年2月にかけて資金運用部資金及び簡易保険局資金による中小企業金融対策としての金融機関保有債券の買い入れが行われたのをはじめ、中小企業向け政府金融機関への財政資金の追加支出が行われるなど、財政面からの中小企業金融充実の努力が払われたことも見逃せない。もっとも、37年1~3月に入って中小企業の金詰まりは、ひっ迫の程度を幾分強めたものとみられる。なお、中小企業は以上のような特質を十分に持っていないうえに、大企業に比べると資金調達においては不利であるところから、資金繰りがかなり苦しいという一面があり、全体としては今後とも注目を要するところである。
金融引き締めの影響と対応策
以上のように、資金供給はその源泉によって多少の相違はあるが、いずれも需要を大幅に下回り、企業は金詰まりにあえぐこととなった。その対応策としては下記のような手段かとられ、また現在もとられつつある。第1には、企業の手元資金の切り詰めがあげられる。これは、営業性預金、ことに都市銀行の営業性預金の伸び悩みにはっきりと現れている。第2には、企業の在庫投資は減少に向かいつつある。もっともこのような在庫減らしの努力の裏側として製造業者の意図せざる製品在庫投資はなお増大しつつあり、これがいわゆる滞貨資金需要の形で現れてきている。第3には、仕入れ手控えによる消極的な在庫減らしのほか、積極的な換金処分も一部にみられた。これも作用して、卸売物価は、下期以降下降に転じたものとみられる。第4には、企業間信用の利用増大で、金融引き締めの開始以来買掛期間手形期間の長期化、手形支払い比率の上昇などが徐々に現れ始めた。企業間信用は、金融引き締めの強化と共に増大するのが例であるが、既に3年続きの好況の中で企業が背伸びした業量拡大を図った結果、売上高に対する企業間信用の比率はかなりの高水準に達していた。そこへ金融引き締め圧力が加わったため、この比率は今後、一層の上昇をみると思われる。第5は、手特有価証券の換金処分で、株式市況低落の原因の一半は安定株主といわれていた、法人筋の持株売却にあったといわれる。企業としては継続設備投資のための支払いを延期することには限界があり、
このため持ち株処分などの手段をとらざるをえなくなったものである。
さらに、第6として、金融機関段階における短期外資の流入に加えて、企業の段階でも資金繰り緩和ないし、設備資金調達の目的で外資の導入が図られたことがあげられるが、これも企業資金繰り悪化の深刻さを物語っている。