昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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昭和36年度の日本経済

鉱工業生産・企業

構造変化のなかの設備投資

86年度設備投資の評価

 34年度後半から根強い増勢を示してきた設備投資は、36年度に至って再び急増を示した。国民経済計算による民間設備投資を四半期別年率(季節修正済)によってみても、35年7~9月期の2兆9,600億円から36年7~9月期には4兆900億円へ台替りして38%の増加を示し、さらに10~12月期には4兆3,000億円へと躍進している。しかし35年度後半から36年度へかけての設備投資は、投資意欲の躍増が顕著に現れた反面、36年4~6月以降の資金需給引き締まりと、7~9月からの引き締め措置によって抑制され、実績が著しく計画を下回ったことに大きな特徴がある。資本金1億円以上の大企業を対象とした当庁調べ、「法人企業投資予測調査」により、計画に対する実績の減少率を製造業についてみると36年度上期の6.6%減から同下期には14.6%減、と拡大しており、もり上った投資意欲の大きさと資金不足の深刻さをそこに現している( 第2-12図 参照)。

第2-12図 設備投資の推移

 しかし36年度の実績は、35年度の47.4%増には及ばないが28.4%増といぜん強成長過程を続けて、34年度の19.0%をはるかにこえる勢いを示した。

 設備投資の動向を内容別にみると、鉄鋼、電気機械、自動車、一般機械などの重工業と、石油化学、石油精製などコンビナートを軸とする成長部門の投資が、前掲 第2-12図 によってみても、35年度上・下期の4596から36年度上期に至って51%と、全産業に占める比重を高めているのが注目される。特に企業の投資意欲に台替わりがみられた35年度下期と36年度下期の計画を比較すると、全産業(生産直結投資)平均は6割増であったが次のような内容の業種はこれをこえる増勢を示した。

 第1は需要に先行して行われる投資で、ここでは最近の自由化投資なども含んでいる。業種としては、石油精製、石油化学、鉄鋼、アルミ、乗用車、建設、通信機、民生電機で、中でも石油化学は1.3倍増、民生電機は2.2倍増と顕著な増勢をみせているが、合計して8割増になり、その比重は25%から28%へ高まっている。

 第2は誘発的投資で、産業機械、その他の一般機械、重電機、トラックを含み、とりわけ産業機械は2.3倍増と著しく、合計でも1.3倍増になる。比重は6%から9%へ上昇している(もっともこれらの業種にも第1の投資は含まれているが、ここでは主として需要の急増に誘発された傾向の方が強いとみられる)。

 第3は多角化投資で、食品、紙、ゴムを含み、合計で1.2倍増を示し、比重も5%から7%へ増えている。

 これらの業種を合計すると、約倍増しており、全産業に占める比重も36%から44%へ上昇している。

 既に「(1)─(二)拡大を続けた生産の内容」の項でみたように、36年度の生産活動に現れた重工業化の著しい促進は、35年度後半から急増した設備投資の強成長を反映していた。それは前年度の「年次経済報告」で既に指摘しているごとく、設備投資に関連の深い部門間で相互いに需要を拡大させていく連関効果によって投資が投資をよび合う現象を現している。

 このような形で設備投資を急増させた主要因をさらに具体的にみていくと、大別して次のように要約できるであろう。

 第1の先行的投資は、戦後の技術革新と消費革命に裏付けられ過去10年間を通じて漸次高まってきた投資であり、その過程で新技術の投資効果と市場拡大効果が相互いに関連し合い、企業の長期需要拡大への期待を強めてきた。さらに自由化を迎えて、国際競争力の確保という課題がこれに加わった。

 またこのような基軸となる投資のほかに、それが競争原理によって増幅されていることも最近の特徴である。35年度から逐次実施段階へ入りつつある貿易自由化の大勢のなかで、そのような投資は国際競争力の強化と国内の市場競争を相乗されながら急激な高まりをみせている。 第2-13図-(1) の石油化学及び四輪車の設備投資推移はこのような傾向を現しているといえよう。

第2-13図-(1) 石油化学部門の主体別設備投資

第2-13図-(2) 四輪車部門設備投資主体別構成

 第2の誘発的投資は、投資が投資をよぶ過程で誘発された投資で、35年度後半から著しく増大した。

 特に貿易自由化という新しい情勢が生まれ、さらに所得倍増ムードという刺戟が加わった36年度前半の設備投資には、こうした増幅要因や波及効果が顕著に現れ,それが投資が投資をよぶ効果に集約されたのである。ちなみに36年8月の開発銀行「36、37年度設備投資計画」調査によって、製造業1,102社の「主要投資の投資理由」をみると、需要増加期待が52%と過半数を占め、競争力強化が15%、次いで他分野への進出が10%と大きく、それらで全体の77%に及んでいる。また全体の25%は自由化投資であり、特に自動車と石油精製ではいずれも56%と最も大きい。

 なお投資効果の面からみると、36年度に著しい増勢を示した多くの業種は、いずれも量産効果をめざしているのが注目される。

 乗用車の月産1万台規模の組み立てラインや石油化学のエチレン年産8万トン、石油精製の日産10万バーレルなどはいずれも国際的量産単位を目標としている。この他従来おくれていた特殊鋼の連続鏡鍛造設備や、工作機械における汎用機種の月産100ないし200台に達する量産化傾向がみられるようになったことも著しい特徴であった。

 しかしながらこのような量産効果をもたらす設備投資が激しい企業間競争のなかで行われると、当面は著しく大きい需要効果をもたらすであろうが、投資完了の暁には逆にそれだけ大きい供給効果を表面化させることとなろう。特に今後生産調整が進行する過程では、こうした量産化設備の完成が操業度低下と過剰設備化を一層大きくする懸念がある。

 36年度の設備投資は、このような問題を内包しながら大きく躍進したばかりでなく、企業の投資意欲からいえばそのような投資をできるだけ短期間に実現しようとする盛んな高まりをみせ、それだけに金融引き締めによって生じた資金不足には極めて深刻なものがあった。

 37年3月の開銀前記調査によって主要企業493社の金融引き締めに対する対策をみると、全体の66%が設備資金調達に苦慮していることがわかる。

 そして残りの34%が投資変更を考えているが、その内容をみると、削減内容の85%が工事計画または支払いのくりのべであり、また理由の74%が金融情勢の悪化に基づくことを示している(なお「8.金融」の項参照)。

 しかし、企業にとっては是が非でもやりおおせねばならぬ動機にかきたてられた投資であっても、引き締めを契機として景気局面は大きく曲り角を示しており、企業の先行きに対する投資意欲も次第に沈静化しつつある。

 その理由としては、まず第1に設備資金の不足があげられよう。とりわけ引き締め以後支払いのくりのべ傾向が約半年にわたって増大し続けたことは、37年度の設備投資に対する資金調達をそれだけ加重させたことになる。この結果新規着工投資は著しく削減されることとなろう。第2にここ1、2年来設備投資が強行されてきた過程で、企業の流動性は低下し、損益分岐点も大幅に上昇して既に35年度下期から製造業の純利益率(総資本・売上高双方に対する)のかなりな低下傾向が現れていたことである(第3部・「I─3、企業経営と景気循環」の項参照)。この間貿易自由化や所得倍増ムードに刺戟されて、設備投資はむしろこうした企業経営の悪化を深めながら増大したが、引き締めの浸透につれてようやく実勢悪が企業の投資意欲を減殺しはじめたものと考えられる。大規模な設備投資を行ってきた企業ほど金利負担は累増しており、引き締め効果の浸透に伴う純利益額の急減からこれらの企業はむしろ今後の投資に困難を感じはじめている。

 このような諸事情が引き締め過程の進行につれて、急速に企業の投資意欲へ反映しつつあるものと考えられよう。

 なお最近数年間の設備投資の強成長過程で、電力、運輸通信、建設などの基礎部門における投資の比重が低下し、前掲 第2-12図 にもうかがわれるごとく、34年度上期までは全産業の4割以上を占めていたこれら部門が36年度上期には29%へおちており、その後もほぼ30%前後に留まっている。金額が大きいだけに最近の資金需給の引き締りでこの傾向に一層拍車をかけられたことも36年度設備投資の特徴の一面であった。

第2-14図 業種別設備投資予測と実績

機械受注と今後の設備投資動向

 36年度中央を境として企業の先行きに対する投資意欲は著しく減退したが、それは 第2-15図 でもわかるように機械受注面へ明りょうに現れている。一方、販売額はなお引き続いて上昇傾向をたどっているところから、過去3年にわたって累積されてきた受注残高も37年1~3月を境としてようやく減少に転じ、この1四半期間に船舶を除く55社の受注手持ち月数は1.6ヶ月を減じて年度末の残高は、10.5ヶ月分となった。なお、ピーク時の手持ち月数をみると、今回は36年4~6月の12.3ヶ月であるが、前回は36年4─6月の14.1ヶ月と多い。

第2-15図 機械受注統計55社(除く船舶)の受注

 また一般に受注額は大体9ヶ月の遅れをおいて将来の販売額に影響を及ぼすものと考えられている。

 しかし現在の手持ち月数減少傾向からいえば、受注減が販売額の減少となって現れるまでの期間はもっと早いであろう。しかも前掲図にもみられるごとく概して完成ベースとみられる国民所得統計上の民間設備投資は、検収のずれもあって機械販売額より若干先行している。特に「(2)景気調整段階の在庫投資」の項で述べたように、最近の投資財産業における仕掛け品在庫投資の増加がこのような未検収の販売額を含んでいるとすれば、実際の受注残は表面上よりさらに低くなるわけであり、着工ベースの設備投資は著しく早められていることを示している。それが引き締めにもかかわらず36年度下期機械工業の生産を行きすぎさせる結果になったことは否定できないであろう。

 それはまた受注を先喰いする反面、生産能力が当面の高水準需要に合わせて増加しているので今後の需給バランスに多くの問題を残している。

 なお最近の受注急減傾向を 第2-16図 によってみると、需要者別には製造業において、機種別には産業機械、工作機械、重電機、原動機において、35年度後半から36年度上期にかけての著しい盛り上がりと、その後の急激傾向が顕著にうかがわれる。

第2-16図 需要者別、機種別、機械受注額推移

 さらに通産省が37年5月に決めた37年度における所管業種の設備投資計画をみると、主要10業種416社では、企業の提出計画に対する削減率は24.2%に及び、これを36年度実績と比べると7.7%の減少になる。なお、37年度の修正計画を国民経済計算の民間設備投資額に引きのはすと、約3兆5,500億円程度になるものと推計される。

 この修正計画を業種別にみると、鉄鋼、石油精製では当面供給過剰の傾向にあるとみられ、将来の需給動向、操業度等を勘案して大幅な調整が加えられ、電気機械、自動車などでは、重複投資を避け投資の重点化を図る見地から前年度実績以下に削減された。この結果これらの成長業種で36年度実績より約1割前後の減少が見込まれていたのは注目される。

 一方、電力、セメントなど36年度に騒路化した業種や、石炭、硫安など緊急に体質改善を迫られている業種では、逆に36年度実績を上回るよう資金面の配慮が加えられている。

 このように、36年度の民間設備投資を増大させてきた主要業種の、37年度における設備資金供給は、前年度実績をかなり下回るものとみられている。前回の景気調整期に比べて、長期的かつ大型の投資が主軸となっていた最近の民間設備投資も、かかる資金供給面の制約と既にみた企業の投資意欲減退が重ることによって、37年度にはようやく沈静化の兆しがみえはじめているのは注目される(なお 第2-14図 参照)。

企業間信用の膨張

 36年度の生産活動に内在したメカニズムを理解する場合、見逃しえない重要な要素は第1に設備投資を強行することが企業の至上命題となっていたことであり、第2に金融引き締め過程においても企業間信用が腰くだけをみせることなく半年以上も膨張し続けたことであろう。

 いいかえると、設備投資の強成長というエンジンに受信の増大というガソリンを補給しつつ引き締めの急坂を全力で登っていったのが36年度における企業経営の姿であった。これに対して前回は、エンジンの登坂力も弱かったが、それ以上にガソリンの補給が引き締めの浸透につれて急速に減衰しており、今回と著しい対照を示している。 第2-17図 によれば、特に卸小売業の受信増加にこの傾向が顕著に認められる。法人企業の受信及び与信の前年同期に対する増加額を資本金2百万円以上の卸小売、建設、製造業についてみると、36年1~3月にはほぼ均衡していたが、4~6月以降受信超過幅が期を追って増大している( 第2-18図 参照)。

第2-17図 受信増加額に対する在庫投資額の比率

第2-18図 製造業、卸小売、建設業の与、受信増加額推移

 卸小売業では7~9月に最も膨張したが、建設、製造業ではむしろ10~12月以降一段と大きくなっている。

 それでは法人企業の受信超過はどこで支えられていたのであろうか。前掲 第2-17図 にもみられるように、前回の景気調整期には卸小売業の受信収縮が在庫調整の始発点になった。これは法人企業外の与信によって、法人の卸小売業が支えられるという構造と関連して考える必要があろう。

 つまり前回は、法人企業以外の与信が引き締めと同時に腰くだけになったことを示している。

 今回は引き締めと共に一層法人企業の受信超過傾向が強まっているが、それが引き締め前の4~6月期以降9ヶ月以上に及ぶ増勢のなかで支えられてきたところに大きな第1の特徴がみられる。

 さらに製造業を業種別にみると、機械工業は著しく与信超過傾向を示しているが、その他の業種や建設業は逆に受信超過となっている。いいかえれば、機械工業の与信が製造業全体の受信超過傾向をかなりの程度支えたといえる。これは従来からみられた傾向であるが、36年度においては期を追うに従ってこの傾向の強まっているのが注目される。それではこのような機械工業の与信は、どのような資金によって賄われたのであろうか。

 〔8.金融〕の項でみるように、あらゆる方法で資金を動員したことは明らかであるが、機械工業においてこの傾向が著しく、増資資金の大幅流入や過去の内部蓄積資金の引出しによってかなりの程度を賄いえたものとみられる。

 とりわけ電気機械や自動車にこの傾向を伺うことができる。それはこれらの業種において、過去数年間にわたる高率の売り上げ増加傾向から自己資金になお余勢がみられたからであり、引き締め下においても先行きの売り上げ増と収益額の確保に対して楽観的であったことが、増資資金の短期的運用を可能にしたものとみられる。そしてここに第2の特徴を伺うことができる。

 なお企業の与信を支えた資金源としては、この他に金融機関からの借り入れを考えなけれはならない。その中でも相互銀行、信用金庫など中小金融機関からの借り入れによるものが増えているのは注目されよう。これらの中小金融機関は都市銀行を中心とする引き締め過程で、従来からむしろ引き締めの摩擦を緩和する方向に作用する傾向を持っていたが、今回はこれら中小金融機関の貸し出し額が著しく拡大されて、企業が外部から借り入れる短期資金のなかに占める割合も、かなり大きいものとなってきている。

 そしてここに第3の特徴がみいだされる。とりわけ投資財産業は、こうした資金を大幅に利用しえたものとみられるが、それはこの産業に中小企業が極めて多く含まれていることと関係があり、反対に大企業の比重が大きい鉄鋼業では、より多く短期資金以外の動員力に依存する傾向を示して強度の資金ひっ迫を呈するに至っている。

 このようなメカニズムの結果として、36年度の企業間信用は根強い膨張過程をたどり、引き締めの浸透をおくらせる働きをしたものと考えられる。


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