昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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総説

日本の景気循環の特質と変貌

景気循環の要因とその変化

国際収支悪化の様相

 日本の景気調整の始発点は、常に国際収支の悪化であった。その国際収支悪化をもたらす主因が輸入の急増であったことは、 第23図 によってはっきりしている。しかし、3回の国際収支悪化のうち2回までが、すなわち28、36年の2回が輸出の停滞期に輸入の急増期がぶつかって、ことさら四際収支を悪化させた。いわば国内景気の波と海外景気の影響を受けた輸出の波動とがすれ違っているために起きた国際収支の悪化要因も大きかった。

 海外景気の影響を受けやすいと、輸出の波が大幅になり、国際収支の均衡を守ることがむずかしくなるのは当然であろう。今まで日本の輸出は海外景気の変動を特に受けやすい性質を持っていたといえるようだ。

第23図 輸出変動と輸入変動

安定化してきた輸出変動

 輸出変動が世界貿易の変動の影響を受けるのはいうまでもないが、日本の場合、アメリカの景気に特に大きく左右されるという特色を持っている。日本の輸出総額の中に占めるアメリカ向け輸出の比率は、26年の14%から34年には30%に達した。これだけの比率を持ってくると、日本の輸出がアメリカ景気の影響を受けるのは当然である。

 そのうえアメリカの景気が悪くなると、世界全体の貿易も不振になり、それが日本の輸出不振に影響してくるという間接的な効果も大きかった。

 アメリカがくしゃみすると、ヨーロッパが風邪をひき、日本は肺炎になるというたとえ話も世界経済の中におけるアメリカ経済の絶対的な優位性から起きた現象を意味していた。

 しかし、 第24図 をみてもわかるように、36年の場合にはかなり様相が変わってきたことが指摘される。日本の対米輸出はたしかに影響を受けるが、日本全体の輸出はそれほどアメリカの景気に対して敏感でなくなった。アメリカ景気が日本の輸出に与える影響力が低下したとみられる要因の第1は、アメリカの経済力の相対的低下である。世界貿易の中に占めるアメリカの輸入額の比重は、28年の26%から、36年には23%にまで低下した。アメリカの景気変動が世界貿易に与える影響力がそれだけ低下したことになる。

 第2には、先進工業国におけるドル不足が解消した結果西欧では、アメリカ景気とは別に経済成長を続けうる条件を備えはじめたことである。

 例えば、34年第4・四半期から36年第1・四半期までの間にアメリカの後進国からの輸入額は8億ドルの減少となっているが、この間西欧と日本で後進国からの輸入を15.4億ドルも増やしている。結局、後進国は以前ほどアメリカの不況の影響を受けないですませることができたのだった。

 日本の輸出がアメリカの景気の直接的な影響を受ける点はなお変わりないが、その他の地域からの影響で打ち消される形をとりうる条件が生まれたのである。この他、日本の輸出産業についても、設備投資増強の結果景気過熱に際して大幅に輸出力が減退するという事情も少なくなっている面を考えれば、今後の輸出変動は小幅になる可能性があるといえよう。

第24図 日本の輸出総額と対米輸出

輸入変動要因の変化

 総出の安定化傾向に対して、輸入の変動幅はし、ぜん大きい。輸入変動を大きくしたものはなにか。第1は、景気上昇の後半において急増する輸入原材料在庫である。3回の景気過熱において、いずれの場合にも輸入急増に大きな役割を果たした。

 第2は、景気過熱期において輸入原材料消費が特に高まる点にある。日本の場合、資源不足国のために原料のうち輸入にたよる部分が多いが、生産が急増してくると鉄鋼や繊維など輸入原材料にたよる産業で特に生産増加テンポが早くなることと、これらの産業で一層輸入原材料に依存する度合いが高くなることから、全体の輸入依存度が大きく上昇する。いわゆる生産に対する輸入原材料消費の弾性値が大幅に高まるのである。

 第3には、第2の原因とやや似た趣を持つが、全体の需要が急増する時期には供給力不足の商品が増えてきて、製品輸入、半製品輸入が急増することである。32年の鋼材輸入、36年の銑鉄輸入がこの事実を端的に示している。これらの要因に加えて、それぞれの景気過熱期には特殊な事情が加わって、ことさら輸入の急増をもたらしたことも見逃しえない。 第25図 にみるごとく、29年のときには28年の米の凶作から食糧輸入が急増し、32年にはスエズ動乱から輸入物価の高騰がおこり、輸入金額をつりあげた。

第25図 3回の輸入上昇の内容

 以上のように日本の輸入変動が大幅である要因を分析していくと、これらの要因がそれぞれ最近になって安定化の傾向にあることがわかる。すなわち第1の在庫投資についていえば、後述するごとく原材料在庫率が低下傾向を続けているために、安定化する可能性を持っている。第2の輸入原材料消費の生産に対する弾性値についてみても、最近の傾向として安定化していることがあげられる。生産の急上昇期の弾性値は、28年の1.29から32年には1.07へ、さらに36年には0.84と一貫して低下した。また第3の要因である製品輸入にしても、前2回の景気上昇期には、製品原材料の輸入増加率は、素原材料輸入の増加率の3倍ないし5倍という大きなものであったが、36年は、1.3倍に留まっている。逆に引き締めの場合にも、36年には高炉、転炉、石油化学などにおける能力拡充の効果が、銑鉄、くず鉄、石油化学製品の輸入の大幅な減退をもたらした点が認められるのである。

 日本経済の生産力の上昇と産業構造の高度化が、景気上昇期において特に輸入依存度を急増させるという事態を改善する形に働いていることが認められる。またこれらの要因変化を考えると、日本の輸入変動は経済の内部構造としては、安定化の傾向をたどっているといってよい。

 それにもかかわらず、36年には、自由化に伴う繊維の原材料在庫の急増とか、投資の強成長が機械工業の供給能力の不足となってはねかえった機械輸入の大幅増とか、あるいは食料品などにみられる自由化に伴う製品輸入の増大など特殊要因が重なったために、32年ほどではないにしても、28年当時とほぼ似た大幅な輸入急増をもたらしたのであった。

 今後の輸入も、自由化の進展に伴う完成品輸入の変動、相対的に自由化の遅れていた機械輸入の増大からくる変動要因の増大などを考えると、いままで輸入の大幅な変動をもたらした要因は小さくなってきてもこれらの新たな変動要因が加わることによって、輸入全体が安定化するとは単純に保証するわけにはいかないであろう。

新たな変動要因としての資本収支

 輸出、輸入の変動幅が縮小すれば、国際収支にとっては安定条件がましたことになる。国内の景気変動を小幅にすればある程度国際収支の悪化を防ぐ力は、大きくなってきたとみてよい。しかも、今までと違って貿易収支の悪化を直ちに総合収支に反映せずに、短期的には短期資本の流入を通じて多少とも外貨危機を切り抜けうる余地が生まれてきている。36年に貿易収支の悪化を直ちに金融引き締めにつながらせなかったのは為替自由化に伴う外資流入のおかげであるが、 第26図 の各国の例をみても、貿易収支の逆調を一時的には、資本収支の流入によって埋め合わせていることが多い。今後は日本もある程度、貿易収支の変動を資本収支がカバーする先進国の型に次第に近づくことになろう。

第26図 貿易収支変動と民間資本収支変動

 だが他面、短期外資のように変動の激しいものが増えてくると、国際収支問題が貿易収支の変動だけでは片づかなくなる。また、短期外資の一時的な流入をあてにして、景気調節のタイミングを誤ると、かえって国際収支の悪化を大幅にして痛手を深くし、回復をおくらせることにもなりかねない。国際収支の動向に対して資本収支がカウンター・バランスの役割を果たして、調節機能が増大していることは認められるが、調節機能が増大したからといって日本経済の安定化に対する努力をおこたってはならないのである。

在庫投資の変化

 第27図 にみるように、在庫投資循環については、3回の景気変動においてその型に大きな変わり方をみせていないが、経済規模に対する変動幅は次第に小幅になっており、安定化の傾向を示している。特に特徴的なことは、在庫投資循環の中で35年度において軽い調整期がみられることである。負の在庫投資が行われるまでには進展しなかったが、経済の拡大の続くなかで在庫投資の減少がみられた点は、在庫循環の新しい動きとして注目されよう。

第27図 総在庫残高と在庫投資の国民総生産に占める割合

 35年の在庫調整は、34年12月の公定歩合の引き上げなど政策面の影響もあるが、基本的には 第29図 にも示すごとく、国民総生産に対する在庫残高の比率が、33年までは増大傾向にあったものが低下に転じたためとみられる。33年まで続いた在庫率の上昇期には景気過熱期に特に在庫投資の増大が大幅になったのだが、その後は企業の在庫投資に対するビヘイビヤーの変化もあって在庫投資動向が沈静し、極力在庫率を圧縮しようとする動きがあったために、在庫循環の波の変ぼうが生じたものとみられる。

 製造業の売上高に対する在庫の割合は、32年の引き締め以降すう勢的に低下傾向を示しているが、その在庫の構成をみると、 第28図 のように原材料の減少が大きく、製品在庫、仕掛け品在庫はむしろ上昇気味である。このように原材料在庫の節約が可能になったのは産業構造が、売上高に対する原材料消費の比率の低い機械などに急速に移行していることや、コンビナートの出現によって工場と工場がパイプでつながり原材料在庫を必要としなくなったことなども大きな要因としてあげられようが、企業の在庫圧縮の努力も大きいとみられる。

 在庫管理技術の発達や、投機的な在庫仕入れをしなくなったことなど、経営技術上の発展がこれを可能にしている。また自由化の進展によって輸入原材料在庫を不必要に多く持つ配慮がいらなくなったことも、要因の1つにあげられよう。

 いずれにしても、原材料在庫率の減少と製品、仕掛け品在庫の増大は、日本の産業構造の急速な重工業化の結果による面もあるわけで、設備投資強成長の一側面が在庫投資の変ぼうの形をとって現れているともみられる。

 今まで在庫投資変動に引きずられて経済が行きすぎていたものが、産業構造の高度化や企業の在庫管理技術の進歩によって、より安定化の機能を有するようになったことは大きな変わり方だといわねばならない。

第28図 総在庫の形態別構成の変化

投資競争の行きすぎ

投資強成長の要因

 景気を行きすぎさせる力が、今回の場合特に設備投資の急増にあったことは前述した通りだが、なぜ日本の経営者はかくも設備投資競争に熱心なのだろうか。

 一般的にいって、この10年間いわゆる技術革新的設備投資が根強い点が指摘される。また最近では自由化に備えての合理化投資の比重の大きいことも事実である。しかし、最近の設備投資の増大にはそれだけでは説明し切れないものがある。

 自由経済のもとでは競争が激しいのは当然ではあるが、遅れた技術水準を先進国並に引き上げようという努力がいわゆる技術導入競争をよび、ことさらに投資の過当競争をよんだこと、マーケット・シェア競争とよばれる企業間の激しい能力拡大競争が、利潤動機を軽視して行われていることも否みえない。また前年の報告書において指摘したような「投資が投資をよぶ効果」で、投資財産業のための投資が大きく伸び、関連産業の需給バランスがむしろひっ迫気味になり、投資意欲をあおったことも認めなければならない。いずれにしても、日本の経営者にとっては投資を抑制するものが資金不足という事実以外にはありえなかったことを、過去の設備投資の動きが説明している。それゆえ金融引き締めがあると一時は設備投資の減退が起きるが、金語りがゆるむとすぐ元に戻り、前にもまして高い伸び率を続けてきた。

 このさい見落としえない事実は、30年以降の設備投資の強成長期の主役が製造業の投資であり、製造業の中でも鉄鋼、化学、機械などの設備投資が特に大きく伸びている点である。 第29図 にみるように、製造業の投資は26年から30年まではほぼ横ばいの状況であったものが、その後は年率40%の増大と急変した。製造業以外の産業の設備投資は、10年間、景気変動の波はあるが、18%と一定の成長率を維持している。設備投資の増加が能力増加につながりやすい製造業において、特に大幅な設備投資のすう勢変化が起きた点は注目されねばならない。

第29図 法人企業の設備投資

 しかも第2章で述べたように、36年度には一段と高い設備投資のうねりが加わった。35年前半には幾分おさまりかけていた設備投資が再び強い盛り上がりをみせたのは、自由化動機に加え、企業の競争動機が一段と強まったからだが、いわゆる成長ムードが企業の強気を押し進めたことも否めない。35年までは「投資が投資をよぶ」効果も有効需要の増加に引きずられて投資が増える形であったが、36年には現実に需要が生じてからではおそすぎるということから、長期計画のもとで将来需要に依存して投資計画が実施されるまでに発展していた。

 それも自動車の長期計画に合わせて鉄鋼の需要見通しが作られ、石油精製の能力増強計画が作られるという形で各業界で将来需要に大きな期待をかけ合っており、いわば「期待が期待をよぶ」増幅効果が大きくなって膨大な投資計画を推進されることになったのであった。

投資競争のもたらしたもの

 投資の強成長、すなわち投資が大幅に増え続ける不均衡的な発展において、36年までのところさして破たんをみせずにきた大きな理由は、「投資が投資をよぶ」効果を通じて需給バランスが大きな崩れをみせず、高燥業度が維持されてきたからであった。しかし、36年度の4兆円におよぶ投資規模はあまりにも大きすぎるといわねばならない。今までも予測されていたことではあった、が、36年度においては、設備投資の強成長が次のような問題を残している。

 その第1は、投資率が極めて高いことである。成長率の高い国で投資率の高いのは当然であるというものの、36年度の日本経済の投資率(設備投資/国民総生産)23%は著しく高いといえよう。その結果消費支出の比重は50%にまでおちてしまった。

 第2は、資本蓄種テンポの急増である。 第30図 に資本蓄積額の推移を示すが、35年以降急速に資本蓄積テンポが早くなっていることがわかる。

第30図 GNPと民間ストックの推移

 この10年間の推移のなかで、35~37年にみられるような急テンポの上昇をみせた年はない。資本蓄積テンポがそのまま能力増大を意味するものではないにしても、ここ2~3年にみられた資本蓄積テンポの変化は、何らかの形で需給バランスを崩し、かつ企業経営を圧迫するものとならざるを得ないのではないだろうか。

 第3には日本の重工業化のテンポが早かったことである。日本はなお所得水準からいっても生活内容からみても先進国に比べはるかに低位にあるにもかかわらず、 第31図 にみるととく鉱工業生産のなかの重工業(金属、機械工業)の付加価値の比率は急速に高まり36年には50%を超えた。

第31図 重工業比率の国際比較

 重工業比率が急速に高まったのは設備投資の強成長と耐久消費財ブームが同時に進行して機械と鉄鋼の需要を大幅に高めたからに他ならない。特に経済規模に比較して、工作機械の需要台数が極めて大きくなっているのも設備投資強成長の影響の強いことを物語っている。

 日本産業の重工業化は望ましいことではあるが、ここ数年その速度が極めて速かっただけ、このままのテンポで重工業比率が高まるとは考えられずむしろ一時的には低下さえ予想される。単なる重工業比率の増大から真の産業構造の高度化を意味する重工業化に進展するためには質的な向上の努力が望まれるが同時に需要を海外に求める必要もでてこよう。

 第4には、企業経営面の圧迫である。 第32図 に、この10年間のコスト要因の動向を示すが、おおむね短期の循環を通じて操業度の低下がコストを引き上げていることが目立つ。しかし注目せねばならないのは35年上期以降、操業度の低下がみられないにもかかわらずコストが上昇しはじめていることである。景気上昇局面において既にコストの上昇をもたらしたのは今回がはじめての経験である。

第32図 製造業における主要コストの増減

 コスト要因のうち最も大きく増加しているのは、金融費用、減価償却費、管理販売費用である。製造業のコストは28年上期から36年上期までの8年間にほぼ物価と同じ歩調で低下しているのに、資本費用は5割の上昇であり、販売費も3割の上昇をみた。36年上期の資本費が操業度が1割以上低かった33年下期と同じレベルになっていることは、いかに資本コストの増減が激しいかを示していよう。そのうえ今まで大幅に低下していた賃金コストが最近になって上昇に転じている。後述するように賃金上昇には労働力不足、消費者物価の上昇からくる構造的な根強いものがあるだけに企業経営の圧迫材料はなかなか根深いものがあるといわねばならない。

 景気調整期にこれらの設備投資の強成長の矛盾があらわれるわけであるが、36年に特に「期待が期待をよぶ」効果で設備投資がふくれあがっていただけに企業の反省は大きいであろう。技術革新動機や自由化動機の投資意欲は今後もなお根強いとみてよいが将来需要の期待が裏切られることによる反動があることにも留意すべきであろう。今まで常に経済を行きすぎさせ、景気後退期には強い回復要因となってきた設備投資の動きにも変化が起きるのではないかと予想される。

景気の行きすぎと金融の機能

 経済の行きすぎをもたらす最大の起動力が企業の投資競争にある点は疑いないが、その過大な競争を支えたものとして、銀行の果たした役割も見逃すわけには行かない。

 過去2回の景気変動において、経済を行きすぎさせ景気の山を高くした大きな要因として、景気上昇の過程で金融が十分に自動調節機能をいとなまないという点が指摘されていた。しかし 第33図 の推移でもみるように、現金需給バランスでみる限り、その繁閑は景気動向に対してかなり敏感な反応を示してきた。経済拡大テンポがはやく現金需要が強まる際には、一般財政の対民間揚げ超や、国際収支の悪化を反映した外為会計の引き揚げがつよまり、自然に現金供給の水源がとめられるというメカニズムが働くからである。ところが、このような現金需給のひっ迫化や、これに伴う日銀貸し出しの増大が必ずしもそのまま景気を抑制して行く力とならない点に問題があった。

第33図 財政資金対民間収支と日銀賃出増減の推移

 これはつまるところ、銀行が恒常的なオーバーローン状態にあったがために、現金準備の変動が必ずしも貸し出し増減の基準としての機能をもたず、かてて加えて銀行間の競争意識が強く系列融資などが行われているために、現金需給の悪化によって資金繰りが苦しくなっても、これが直ちに貸し出しを抑制させる誘因として働かなかったからである。そのため、国際収支の悪化から、日銀の強い窓口規制による急ブレーキがかけられないと景気の転換がおこらないという過程を繰りかえさざるをえなかった。この意味で日本経済の安定機構は、銀行貸し出しを通じて資金供給が行われる比重が高い形をとっているがために、かなり害されていたといってよい。

 ところで、最近我が国の貯蓄構造は急速に変化しはじめている。個人の貯蓄性預金の伸び35年までは年々4千億円近くと大幅に増えていたものが36年に入ってからは2,363億円の増加に鈍化し、株式、社債、投信などの増加が目立つようになった。従って、個人の貯蓄資金が銀行に集まって企業に貸し出しされるという従来のルートには、かなりの変化が起きはじめているとみてよい。特に、36年1~3月期の公社債投資信託の発足は、こうした動きをさらに促進した感があった。しかしながら、これまで実現されてきたいわゆる直接金融のウェイトの増大はそのままでは、従来期待されたような形で金融の景気安定化作用を増加させるものとはなりえなかった。資金供給全体に占める銀行貸し出しの比重が漸次低下してきたといっても、長短金融市場の未発達など間接金融方式中心の日本の金融機構の特色はそれほど改まったわけではなかったし、また金融機関の貸し出し態度も基本的には従来のままだったからである。

 特に36年における資本市場の拡大は、起債市場を中心に好況末期になって信用創造を呼び起こす作用をさえ営んだ。すなわち、公社債投信の一時的急増は、そのすべてが個人貯蓄によって消化されたものではなく、受益証券の一部は企業の手に流動性の高い資産として残された。しかも、企業による消化が銀行貸し出しによって支えられたことや、個人の貯蓄資金が証券応募に向かっても銀行の貸し出し態度に特に変化がみられなかったことなどを考えれば、この時期の資金量の急増は直接、間接銀行の信用創造を惹起こするという性格を持っていた。いずれにしても、長期資金需要を円滑に賄うという配慮を中心に促進された起債市場の急拡大は、結果的には前2回のときに銀行貸し出しが果たしてきたと同じような形で経済の刺激要因とならざるをえなかったのである。

 現在の日本の金融構造は、貯蓄面の動きからいって、資本市場の拡大に進む要因を持っていると思われるが、金融が十分に景気安定化作用をいとなみうるためには、単に貯蓄構造が変化するというだけではなく、これにあわせて金融市場を整備し、金融政策が景気動向にあわせて弾力的に働きやすい環境を作ることが必要であるということを、今回の経験が改めて教えたものといえよう。

第34図 外部資金供給の源泉別構成比

財政の景気調節機能

 上述の景気を行きすぎさせた企業と銀行の役割に対し財政は果たしてどれだけの安定的な役割を持っているのだろうか。先進国では景気変動に対し財政支出の面でも、租税収入の面でもカウンター・バランスの役割を果たすべきだと考えられているが、日本の場合、財政の経済全体に占める比重はかなり高いが、比較的硬直的な要素が多く、短期の景気変動に対して、機敏に変動する余裕は少なかった。

 それは財政需要が、戦後復興、災害復旧、産業関連施設の整備、社会保障の拡充など、次々と生まれてきた一方、公債などの発行が可能とされる経済状態になかったため、租税を主とする通常の財源によって、雄大な財政需要にこたえねばならず財源面の事情に抑制されて弾力的に動きえなかったからである。いわば需要超過状態にあった日本の財政は、財源の許す限りの予算をくまねばならない性格を持っていたといえるのであり、これが財政支出を硬直的ならしめた基本的な理由であった。

 もとより財政支出面でも、財政投融資のように予算制度による規制を受けないものは、それだけ比較的機動的に動かしやすい部門ではあるが、最近では財政投融資が、民間部門の資金の補充よりも、生活環境整備や道路などへのより公共投資的色彩の濃い部門への資金供給の比重を増加させており、景気に対して規模を変動させにくい傾向にある。その他の失業保険制度や生活保護制度など景気変動に対し自動的な安定機能(ビルトインスタビライザー)を営むものも経済全体に対し安定的に強く働くほどの効能を有していない。

 財政支出面に比べると税収面での安定機能は、我が国でもかなり働いている。すなわち景気のよいときには税収が増大して需要を抑制し、財政黒字を生じて、景気の行きすぎを押さえる形に働くからである。ただし、好況期に税収が増大することは、他面財政需要の強いことから財政支出を増大させることにもなっていた。民間設備投資が増大する時期には、国民経済全体の需要調節の意味からは、財政支出を押さえるのが好ましいが、かえってその時期に財政支出が拡大するのは、産業関連施設の不足から一層緊急性がまし財政支出増大を余儀なくさせる一方、財源面にも、それにこたえられる情勢が生ずるからである。 第35図 は分配国民所得、租税収入、財政支出の3つの波を対比したものだが、半年ないし1年の遅れを持って対応しているため、結果的には33年の例のように景気を下支えする形をとることになっている。しかし逆に好況が長く続くと、36年のように財政の波と経済の波とを同調させることにもなる。

第35図 分配国民所得・租税収入・政府支出の対前年同期比

 それゆえ財政の安定機能についての問題は、税収に応じて財政支出が行われることにもあるといえよう。好況期における財源を留保して不況期の支出に当てるなどの方策により、財政支出に財源との直接的な対応関係をある程度変えて行くことの必要性が感じられる。

 このように日本では財政が短期変動については景気補整的役割を果たしにくい面があるが、安定的であるということで結果として景気変動に対し補整的な機能を果たしていたといえよう。

 しかし最近の日本経済では産業関連施設の不足が目立ち厚生的見地の配慮が一層高まっているだけに、財政本来の役割は増大しているとみられる。また、最近の公共投資の内容をみると人手を多く使う仕事よりも機械などを使う工事が増え1ており、いわゆる財政の産業連関効果、需要の波及効果が大きくなっている。建設工事が他産業部門の生産を誘発する効果は、建築では30年の1.5倍から35年には1.7倍、同じく工木では30年の1.4倍から35年に1.6倍へとかなり大きくなっている。建設業の設備投資もまた一段と高まっており、35年には30年の13倍もの投資を行っている。公共投資活動は建設業のみならず他産業もうるおし、建設機械産業の需要を大きく誘発することからいって、景気調整期には有効需要補給の意味も強くなってくる。

消費の安定と貯蓄率の変化

消費の安定

 景気変動の安定要因として最も大きいのは消費である。消費はもともと安定的な動きをするものである。しかも日本経済の変動はかなり大幅ではあるがそれに比して消費は相対的に安定的であったといってよい。

 第36図 にみるように、29年に停滞期があるが、これは景気変動の影響もあるにせよ、28年までの消費の回復期の急上昇の反動が大きく影響しているとみられる。30年以降は特に安定的で、33年の景気後退期にも消費は停滞を示していない。内容的にいっても、サービス消費や農産物消費は総体でみると安定的である。ほんらいは景気動向に応じて変動しやすい耐久消費財でも33年の景気後退期でさえ、テレビ・ブームとかち合ったこともあって比較的安定的に伸び続けた。

第36図 消費の推移

農業に新たに生まれる変動要因

 我が国の消費の安定化傾向については、後述するごとき雇用面での硬直性の増大と賃金所得の比重増大から、今後も続くものとみられるが、他面農業においては変動要因が新たに生じてきている点は考慮せねばならないところであろう。

 今までの農家所得の安定性は、農業所得が農産物価格政策によって維持されたことと、兼業農家が増え農外所得が安定的な賃金所得によって占められる比重が高まったからである。今後もこれらの安定的要因に大きな変化はないであろうが、最近の農業生産の変化は別な面で変動要因をはらんでいる。すなわち、今までの米麦中心の農業から需要への適応のための選択的拡大をとける努力が続けられている結果、次第に価格変動の大きい農産物の比重が増大しつつある。そのための農業は従来より循環の影響を受けやすい体質になってくる。36年に豚肉等で大幅な価格変動が起きたのもその1つの現れともみられるのである。

 今後に予想される農業の内部から生まれてくる変動要因を、従来からの価格政策による安定機能だけに頼って解消しようとするのでは、十分とはいえない。技術の発達によって果樹の例にみられるような供給変動を安定化させることも必要だが、同時に、需要見通しの確立と農業生産の短期変動に対する適応性の増大さらには農業構造の改善が新たな対策として要望されよう。

貯蓄率増大と消費者物価の関連

 日本の場合、消費支出が短期の景気変動に対して安定的であったという事実よりも、ここ10年ほぼ一貫して消費性向が低下傾向にあったという事実の方がより特徴的である。

 日本の貯蓄率が諸外国に比べて高いことは、社会慣習の差、社会保障の不足、消費者信用の未発達などいろいろの要因によって説明されるにしても、10年間景気変動の波に応じた変動はあるが、かなりのスピードで上昇していることは、なにによって説明し得るだろうか。

 そこには、日本における所得水準の高成長が基本的な要因として指摘されよう。 第37図 に、収支均衡点の所得水準(貯蓄をしない人の所得水準)の推移と平均所得の推移とを画いてあるが、貯蓄のできない階層と平均所得階層とがほとんど一致していた26~7年ご頃に比べると、最近ではかなり平均所得の水準が上昇していることがわかる。この事実が結局全体の貯蓄率を引き上げることになったとみてよい。

 なんとなれば所得階層毎にある程度必要経費が決まっており、所得の伸びが、必要経費の上昇を上回ると、所得分布に大きな変化がない限り貯蓄が増えるという形になるのだが、必要経費と収支均衡点にはある程度の比例関係が認められるからである。収支均衡点所得が必要最小限の消費支出と一致するものではないが、全体の生活程度が上がり、デモンストレーション効果で買いたいものが増えてくると、この収支均衡点は上昇する。

 日本では、生産水準の上昇テンポが決して低いわけではないが、収入の方がそれより早い速度で増えたがために貯蓄率の上昇が起きたのであった。

 ところが 第37図 にみるように、消費者物価が上昇すると、この収支均衡点の所得を大きく引き上げる。収支均衡点所得が36年には消費者物価の上昇以上に10%も増大しているが、これによって貯蓄率が影響されることにもなるわけである。

 消費者物価の上昇は必要生活費を引き上げる面と、金利との相対関係で貯蓄意欲を喪失させる面の両者から貯蓄推進にとっての大問題だといえよう。

 第37図 にみるごとく最近の消費者物価の上昇はめざましい。それが今後において消費者生活を圧迫し、貯蓄率の低下をもたらす可能性のあることは考慮すべきことである。経済高成長のはねかえりとしての消費者物価上昇が、今まで投資増加の1つの支えであった貯蓄率の上昇傾向をとめるとすると、そこからも投資強成長の矛盾が現れてくるであろう。

第37図 収支均衡点所得,平均所得,消費者物価の推移

二重構造解消過程における景気循環

雇用変動の二重構造的特質

 景気後退が起きて、生産をおとさねばならなくなったときの企業の対応策は、まず労働時間の短縮であり、次いで新規採用の停止、臨時工の解雇さらに、帰休制度などを活用するという形をとってきた。日本では終身雇用制度が普及しているだけに本工の大幅首切りを行う例は少なく、景気循環が短期に進むこともあって、アメリカのようにすぐ雇用を減らすのとちがいかなり安定的であるといえよう。

 しかしながら 第38図 にみるように、安定的なのは常用雇用で臨時日雇い、あるいは臨時工は景気変動の波な大きく受けている。むしろ日本特有の臨時工制度が雇用のクッションの役割を果たしていることが、本工の地位を安全なものとしているのである。そして整理された大企業の臨時工は、中小企業に移り、あるいは零細企業に職を求め、全体の雇用者は減少しないという型をとっていた。

第38図 常用雇用と臨時日雇

 アメリカならすぐ失業者が増えて問題になる場合にも、日本では低位就業者の増大という形しかとらなかった。例えば29年の場合、製造業全体の就業者は景気後退にもかかわらず11万人増えたが、それは500人以上の大企業で3万人減っているのに対し、30人以下で15万人増えたからであった。

 このような二重構造の過剰労働力吸収作用に、戦前においては農業も大きな役割を果たしていた。

 農業は戦後も労働力の供給源としてはなお主役をつとめているが、過剰労働力吸収作用の方は次第に弱まっているとみなければならない。

 しかし 第39図 にみるように求職率でみると、景気循環のひと波ごとに労働市場の改善傾向が目立ってよくなっており、このため本工に昇格することを条件にしないと臨時工になり手が少なくなり、また収入が低く就業が不安定なために転職を希望する者の数も次第に減少してきている。こういった事情は、既に31~2年の景気上昇時にも現れはじめていたが、今回は特に激しくなってきている。大企業でも十分に人手がとれなくなっているだけに首切りを行うことにちゅうちょしているようである。一方、中小企業での人手不足もいぜん続いている。このため貿易自由化を控えて問題の大きい石炭や金属鉱業部門でせっぱつまっての人員整理が行われることは否みえないが、日本の雇用構造は短期の景気変動に対して、一層安定的かつ下方硬直性を持ってきたとみられる。

第39図 求職率と賃金上昇率

 このような事情は、日本の景気循環が短期に終わる限り、雇用面での大きな摩擦現象をおこさないですむことになろう。他面、企業にとってみれば、雇用の圧縮が難しくなることは後退期において経営への圧迫要因となることを忘れてはならない。

中小企業経営の変貌

 大企業にとってみれば、臨時工が景気変動のクッションであったと同じように、中小企業へのしわよせが、景気変動の調節機能を持っていた。

 調節機能の第1は、生産変動を下請け企業にしわよせる形のものである。機械工業では生産工程の多くの部分を下請け企業、部品企業に依存するが、好況期には下請け依存度を増大させるが、不況期には自分の操業度を引き上げるために、今まで中小企業に下請けさせていたものも親工場で加工するようになる。 第40図 に機械工業の大企業、中小企業別の売上高の推移を示すが、33年度の不況期において変動幅が中小企業において特にはげしい。

第40図 大,中小企業別の機械売上高の推移

 第2には、金融面でのしわよせである。金融がつまってくると、銀行はますます大企業の資金需要に応ずるようにつとめた。 第41図 にみるごとく、32年の中小企業向け銀行貸し出しの動きがそれをよく現しており、大企業の貸し出し減退がおこる半年ほど前から中小企業向け貸し出しは圧縮された。そのうえ、中小企業に対する現金支払いの手形化、手形期間の延長、支払いの繰りのべが加わって、これが中小企業の資金面の圧迫をつよめることになっていた。

第41図 全国銀行規模別賃出増減状況

 支払い条件の悪化といった事情は、今回においてもそれほど変わったとはみられないが、中小企業へのしわよせが次第に難しくなっている面もうかがわれる。しわよせがしにくくなった理由には、機械工業で中小企業の系列化が進み、大企業の生産体制の中に組み込まれてしまったものがでてきて、これらの系列下請けにしわよせする余地が少なくなっていること、32年の不況期に下請け企業をいったん切りすてたものの、その後好況期に下請け企業の確保に難渋したことへの反省、ならびに政府の方針としても中小企業強化対策がとられていることなどがあげられよう。

 その他今回の景気調整策の実施にあたっては第2 章にも述べたように特別に政府は中小金融への配慮を行っており、財政投融資の追加もあって、政府金融機関の貸し出しは36年にはむしろ増加している。さらに、政府資金による市中金融機関保有債券の買い入れや相互銀行、信用金庫など中小企業専門金融機関の資金充実等により、中小企業向け貸し出しは引き締め後も減退を示さなかった。

 この結果、今までのところ、中小企業は大きな破綻を示すまでに至っていないが、それで中小企業は安心してよいというものでもない。なぜならば、前述した賃金上昇は中小企業において特にはげしく、設備投資の努力が大企業なみに行われ、そのうえ、大企業からの単価引き下げ要求が好況期から一貫して強かっただけに、中小企業の経営力は必ずしも強くなったとはいえない面があったからである。

 中小企業の売上高利益率は改善されているものの、設備投資の増大によって、固定比率は、28年の105から32年の157へさらに36年の161へと急速に悪化している。金融面での破たんはなくとも、流動性の低下もあり、経営面からの崩れをみる可能性もないわけではない。いまや中小企業経営の問題は、前回までの「黒字倒産」という資金繰りからの破たんよりも、利潤率の低下からくる経営問題へ発展する要素を大きくはらんでいるのである。今後の中小企業対策としては、自由化にそえて設備の近代化を進め、経営の合理化を図ると共に、技能者、技術者の養成、確保につとめることが望まれる。


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