昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


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総説

日本の景気循環の特質と変貌

景気循環の変貌

成長趨勢の隆起

 過去10年の日本経済の成長と循環のプロセスを画いてみてまず気付くことは、過去2回の景気循環に比べて、今回はかなり変化が起きるのではないかという点である。景気循環の型を変えるものが政策的与件や海外景気の動向など外部条件に律しられるのは当然であるが、日本経済の構造変化、高度成長の性格そのものが、景気循環の内部構造のメカニズムの変化として現れてきていると考えられる。

 すなわち、上述の分析によって、日本経済は成長率と大幅な循環変動との合成によって画かれなることがわかったが、成長趨勢そのものが最近に至って大きく高まったことが、現在の景気循環のタイプを変えた大きな理由とみられる。短期の循環を決定してきた在庫投資循環は、次第に小幅になる可能性を持っているだけに、今回の場合も短期循環は小幅に終わることを予想しえよう。また今後の短期の景気循環では、国際収支面でも、金融面でも、あるいは雇用の面でも、安定要因が増大していることを指摘し得る。

 しかし、これからの景気動向を占うにあたって問題になるのは、在庫循環の波よりも、これまでの強い成長すう勢がどれだけ継続するかである。

 32年頃を境にして前と後の期をみれば、生産は年率14%から23%へ増大し、設備投資は年率4%から30%へと急増をみせた。この上昇気流にどれだけのり続けうるかが、今後の疑問として残るのである。

 成長すう勢の隆起、すなわち成長線の中期的うねりともいうべきものがおさまるとすれば、景気の波はどのような形をとるのだろうか。また、いっその収束過程がはじまり、その結果は日本経済の成長の型にどのような変化をもたらすのだろうか。

 景気循環の波についてみると、前掲 第22図 に示したように36年の生産水準は28年から34年までの成長すう勢からみると65ポイントも上乗せした形をとっていた。この情勢から、28年から34年までの成長すう勢線に引きもどさねはならないとすると大変なことになる。しかし成長すう勢のうねりがおさまるといっても、そのような大きな落ち込みを意味しているのではない。

 前2回の景気循環にくらべ1年長く上昇局面が続き成長率を大きく高めえたものは、需要面では設備投資の強成長であるが同時に為替自由化の進展によって国際収支天井が引きあげられたことも見逃しえない。国際収支面で35年7月以後の1年間に約8億ドルの短期外資の流入が行われたことは自由化に伴う1回限りの現象とはいえ、国際収支天井を引きあげ、経済成長を続けさせる要因として大きく働いた。適切な政策が維持される限り、この短期外資が全部が全部逃げだすわけのものではないから、ここで引き締め政策によって国際収支均衡を達成すれば、そこを新たな出発点として再び成長を続けることは十分可能である。いわば短期外資の流入によって国際収支天井が高まったために、日本経済がある程度上方へシフトしたとみられるのである。それが1年余分の経済成長を達成し、成長趨勢を一段と高めることになった基本的な要因であったとみてよい。

 日本経済の高成長要因がここにおいていっぺんになくなるわけのものでもないし、政策によって大きな波動をおこさないだけの手段もとりうるのであるから、今後景気循環の変ぼうが予想されるにしても大きな落ち込みを懸念する必要はないであろう。ただ新しい出発点からの成長趨勢は少なくとも30年以降の投資の強成長によってもたらされた国民総生産で年率11%という成長率を下回る可能性が多いのである。

不均衡成長の均衡過程

 国民総生産にして年率11%の成長率、あるいは生産指数で19%の成長という大幅な成長趨勢の上昇がある程度おさまることは、設備投資だけが特に大幅に増え続けた経済の不均衡成長がある程度是正されることを意味する。それは経済発展の当然の成り行きともいうべきものであり、いつかはたどらねばならない道なのである。

 この場合でも、このような不均衡成長のあとの均衡回復過程がいつ進みはじめるかには決め手は少ない。33年度の年次経済報告において、在庫調整劇から設備過剰劇へと舞台が回り、設備投資の沈滞が起きることを懸念したが、幸いにもその後の技術革新の急速な展開によって企業の投資動機がつよまり、その懸念を吹きとはして高成長を続けさせた。また35年度の報告書においても、日本経済が一種の「おどり場」をむかえ設備投資の中だるみ期を経験するのではないかと考えたが、自由化促進や業界の成長ムードに刺戟され、一段と高い投資が行われるに至った。今回の場合も、前2回のときと同じで予期しない新たな要因が加わることによって、再び設備投資の高まりが起こり、均衡過程を再び将来に繰りのばすことも考えられないわけではない。

 しかしながら、設備投資が一段と高まった結果、国民総生産に占める設備投資の比率が23%と世界一の高水準になった現状では、前回の景気調整期以上に設備投資の行きすぎが大きくなっている。当面行きすぎた経済拡大の調整過程が、国際収支の均衡が達成されるまで続くわけだが、生産調整によって一応国際収支均衡が実現したとしても、それだけでは調整過程が終わらない可能性を持っているとみられる。

 一方不均衡成長の均衡過程は、成長要因を大きく変えるものであることにも注目せねばならない。均衡過程の特色として、設備投資の強成長の反動のみでなく、その間相対的に立ち遅れていた消費の比重の回復がみられるであろう。また財政支出の国民総生産に対する比重は現在18%とかなり大きいが、均衡過程においては一層高まる可能性もある。昭和28~30年の設備投資沈静期には財政の比重は19%をこえていた。均衡過程の特色は、成長要因それそれに変化が起きることであり、それはあらゆる面でのパターンの変化をも意味している。たしかに、日本経済はここで一種の転換点を通り抜けようとしているのであるが、むしろ日本経済の転型期とも名づけるべきときなのである。

 不均衡成長の均衡過程、あるいは日本経済の転型期とよはれる経済は、今までの成長過程の当然の成り行きとはいうものの、決して楽な道程ではない。いったん、高成長に馴れ、高成長への自信から投資競争をさらに激化させた企業にとってみれば、ここ4~5年の成長趨勢がおさまることでさえ、かなりの苦痛が伴うものといえよう。その間高成長の結果人手不足が激化し、消費者物価の上昇がもたらされた以上、再びおだやかな成長を続けるとしても、いったん上昇した消費者物価や賃金は容易におさまるものではない。企業は賃金上昇の圧力に悩まされることにもなるわけだ。

 また投資の強成長の遺産は、能力の累増となって残される。成長趨勢の高さに馴れ、需要超過気味の経済に馴れ、将来の高成長に自信を持っていた企業が、大きく期待はずれにおわることにもなりかねない。過去2度の短期循環は在庫投資の小循環に終わったがために、強気に設備投資を強行した企業がつきの好況において勝を制した面が多かったが、2度あることは3度あると楽観し得るとは限らないのである。

 また、均衡過程の経済の成長率が以前とあまり差のないことを予想した場合でも、投資中心の経済から消費や財政などの需要要因に支えられた発展過程へ変わるときには、産業構造は大きく変わらざるを得ない。同じ成長率においても機械産業への需要の増加は大幅にへる可能性さえある。不均衡発展のゆがみをとることは、個別の産業にとってはかなりの痛手になることをも考慮せねはならない。

 しかも、日本経済は37年度には本格的な自由化体制を迎え、世界経済の再編成に対する適応過程をも同時に達成しなけれはならないのである。

世界経済の再編成と日本の輸出力の評価

 欧州共同市場は1962年第2段階に入り、一段と体制強化が推進され、世界経済の再編成の方向は一層明らかとなった。域内関税撤廃を目指す共同市場は巨大な単一市場の成立へと進展しつつある。

 その間アメリカは国際収支の悪化を克服し、共同市場諸国との間の経済関係を緊密にすることによって、成長率を高める努力を続けてきた。今までドルの優位の上に、甘い夢をむさぼってきたアメリカも輸出力強化にのり出した。国際収支の黒字というぜいたくな悩みを訴えていた西ドイツさえも、マルクの切り上げと国内のコスト・インフレの圧迫などの要因によって輸出が伸びなやみをみせ、輸出伸長の努力を必要とするに至った。世界的に輸出競争は熾烈なものとなってきたとみなければならない。

 日本の輸出は、 第42図 にみるように高い成長力をほこってきたが、最近次第にそのすう勢に鈍化の気配がうかがわれる。4~5年前まで世界一をほこっていた日本の輸出成長率もいまでは西ドイツに追いつかれ、イタリアの後塵を拝するに至った。

第42図 日本の輸出の推移

 輸出の趨勢鈍化は、アメリカ向け輸出の主役であった労働集約的商品が新興国との競争からマーケットシェアの拡大が難しくなったこと、東南アジア市場においては、従来大きな比重を占めていた繊維品などの軽工業商品の伸び悩みが33年以降目立つこと、輸出価格が先進国にくらべ相対的に下げどまりに転じたことなどによるものとみられる。

 日本の輸出物価は、アメリカのコスト・インフレのなげきをよそ目に安定的であって、28年から32年までに2.8%低下した。その間、欧米諸国の輸出価格は4%も上昇したのであるから、海外諸国との間の格差を大きくひろげたことになる。ところがその後32年から36年までの間では日本の輸出価格は同じく2.7%の値下がりをみせたものの、先進国でもコスト・インフレ是正の努力が功を奏して3%の低下をみたため、相対的には有利性が失われている。世界的に輸出競争の激しくなっている現在では、日本の輸出力を強化し、高度成長のための条件整備を行うためには、一層のコスト引き下げ努力を必要とする。ここ3ヶ年高度成長に馴れて企業がコスト引き下げの努力よりもマーケットシェア拡大に懸命となっている点と、消費者物価の上昇と、労働力不足からくる賃金上昇圧力の増大とは、十分警戒しなければならない。

新しい経済環境への適応

 不均衡成長の均衡過程に世界経済の再編成への適応過程の同時達成は難しい。貿易自由化の本格化を控えて企業の合理化努力が一層必要なときに調整局面を迎えることは、企業にとってかなりの苦痛にちがいない。

 この苦難をのりこえるには、輸出拡大による拡大均衡の道をあゆまねばならないのである。日本の輸出拡大にとっての条件が内部的にも外部的にも一層難しくなってきている点は前述したが、いまなお日本の輸出力はたえず新商品を売り出す形で若さを示しているし、衰えたとはいえ33年以降の輸出の成長率15%は決して低い値ではない。また過去の投資の強成長は、企業の経済内容は悪化させたにしても、生産規模の拡大、量産体制の確立をかなりの分野で成功させた。 第43図 にみるように、石油精製の平均能力は西欧諸国に匹敵し、石油化学では小規模乱立の点や国際競争力の点で問題はあるものの、一応の規模には到達したし、自動車は乗用車こそまだ国際的規模ではないが、その他のものでは世界にひげをとらないまでになっている。

第43図 生産規模の国際比較

 しかし、いまや世界の風潮は、単にコスト面で国際競争裡に太刀打ちできても、長期にわたっての海外市場での熾烈な争いには資本の力あるいは市場支配力の差がものをいう時代であることを示している。

 その意味で今後の日本の企業の課題は、生産規模の拡大に努めると共に経済規模の拡大に一層重点がおかれよう。単なる集中合併が直ちに有利性を発揮するものでもないが、販売網、研究面、市場開拓面での協調体制は直ちにでも実行されねばならない。企業経営にとって価格の安定は望ましいことにしても企業は国内で価格に対する協調体制を強化することよりも今まで経済を行きすぎさせがちであった投資競争を改め、より国際競争力を強めるような新たな協調体制を確立する必要が大きくなったといえる。大きくなってきた企業に産業秩序の筋金を一本入れることによってさらに強化されることが望まれる。

 投資の強成長の矛盾の累積している現在、思い切って古い設備を切りすて、新鮮設備に生産を集中してコスト・ダウンを行う必要が強まっている。すなわち、企業経営の内部的な条件が企業経営の脱皮を要請するのである。それと共に、貿易自由化のもとに日本経済が開放体系に移行することが要請され、欧州共同市場の強化が着々と進み、欧州内の企業合同が促進され、いやがうえにも企業の巨大化が進んでいる現実を直視した日本の経営者は、外部的要因からも、国際的視野のもとでの企業体制の再編成を考えざるを得ないはずである。

 経済外交の推進によって日本商品の不当差別待遇を撤廃させ後進国援助など世界経済の発展に自ら応分の力をかすなどの努力が積み重ねられると共に、日本経済自身が今後予想される新しい経済環境へ適応していくことが本当の意味での輸出拡大策といえるのである。


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