昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

財政

35年度財政の実行

 35年度予算案の発表は、その中立的性格が明らかになるにつれて、経済界の心理をだんだん冷静化するのに役立ったと考えられる。生産はそれまでの急歩調を一時やや緩め、ジリ高を続けていた物価の騰勢も落ち着きを取り戻して行った。国際収支は、在庫補充に季節的要因も加わって、2月以降、経常面で若干の赤字を示していたが、やがて黒字基調を取り戻した。春ごろの我が国経済は過熱化の危険を巧みに回避しえたものといえよう。

 その後の日本経済は、民間部門のめざましい拡大を中心に、当初予想を上回る著しい伸長を示した。すなわち、35年度の国民総支出は、当初見込みを1兆6,020億円も上回り、対前年度増加率も7.8%増の当初見込みから、14.6%増の実績見込みへと増加している。このような国民経済の予想以上の拡大は、租税収入の大幅増加をもたらし、それを主因にに35年度財政は景気安定的化働くことになったと考えられる。以下、この点につき述べよう。

租税収入の増加と財政の安定機能

 35年度の租税及び印紙収入の決算額は、1兆6,545億円と当初予算に国l、2,861億円、補正後予算に対しても982億円の著しい増収を示した。 第9-1図 は税制改正を調整して前年度に対する増減率をみたものであるが、総計で32.5%の著しい増加である。税目別にみると直接税が44.%の増、間接税が18%増で、直接税の方が景気変動に敏感なことがわかる。

第9-1図 主要税の対前年度増減率

 第9-2図 は、4半期別に租税収入額の推移をみたものであるが、32年度下半期から停滞を続けてきた租税収入も33年下半期から回復に転じ、34年度下半期以降急速な上昇を示していることがしられる。35年度についてみれば、第1・4半期の増勢のあとを受けて、第2・4半期はややテンポを緩め、第3・4半期以降再び急増する形になっている。

第9-2図 租税収入の推移

 従来、当初予算において見込まれる税収見積に対しては、その後の経済が予想をこえて伸長し、実際の収入額が見積もりを上回るため、かなりの自然増収を生ずることが多く、それが年度半ばに補正予算の財源として支出化されるといる傾向があった。

 第9-5表 は、租税及印紙収入決算額が、当初予算及び補正後予算に比べてどのような増収を生んでいるかを示したものである。みられる通り、28年度以降、毎年度きまって自然増収があり、可成りの国庫新規剰余金が生じている。このような継続的な財政黒字は、需要超過基調にあったとみられる従来の我が国経済に景気補正的効果を及ぼしたとみられるのであるが、さらにこれを詳しくみると、好況期には自然増収の程度が大きく、その他の年はそれほどでもないという結果になっており、黒字額の大小による景気補正的効果といったものもうかがわれる。

第9-5表 租税及印紙収入の収入歩合推移

 第9-3図 は、税収と景気との関係をやや長期的に示したものである。35年度は、過去のいずれの年よりも税収の伸びが大きく、かつ、自然増収の程度も大きい。これは、所得の発生と徴税との間の時間的ズレなどによるものだが、税収の増大を主因にした安定機能が大きかったことを想像させるものである。

第9-3図 国の租税収入総計の対前年度伸び率と国民所得の対前年度伸び率との比較

 さて、35年度には、財政の安定機能に大きな関連を持った2つの事情があった。1つは、ユーロ・ダラーに代表される短期外資の流入に伴う外為会計の支払い超過傾向であり、他の1つは、1,500億円を超える大型補正予算である。以下これらの事情につき触れながら、財政の安定機能の年度内の推移につきもう少し詳しくみてみよう。

財政支出─大型補正予算の効果

 まず、補正予算と関連せしめながら、有効需要面の動きをみてみよう。税収の好調から35年度の自然増収が多額に上がることが明らかになるにつれ、後年度に見送られてきた減税を35年度中にも実施すべきであるという声が高まり、一方公務員給与の大幅ベースアップについての人事院勧告が出されたこともあって、年末に至り補正予算が組まれることとなった。租税及印紙収入の増収を1,572億円見込み、そのうち58億円を所得税の減税にあて、残りの1,514億円を支出に当てるという従来に例のない大幅な補正である。

 当初予算の前年度当初予算に対する増加額が1,505億円、第3次補正後予算に対する増加額が575億円であったことを考えると、その大型の程度が知られよう。主な内容は、給与改善のため214億円、災害関係に290億円、社会、保障及び文教関係に138億円、食管繰入のため209億円、輸銀や商工中、金への追加出資にあてるため産投会計へ120億円、地方交付税交付金が357億円などである。

 また、36年度予算の編成にからんで出資財源の充実のため産投会計資金へ、の繰り入れが問題になり、第2次追加補正がなされた。規模は441億円、産拙会計資金へ350億円繰り入れ、残余は地方交付税交付金である。財源としてはぐ租税及印紙収入の増365億円と専売納付金と日銀納付金の増76億円をあてている。

 この結果、35年度予算は、当初予算より1,955億円12.4%増加して、1兆7,651億円となり、国民総支出の12.3%を占めることになると予想される。

 財政投融資計画では、貿易拡大等のため日本輸出入銀行に125億円追加出資し、貸出金利引き下げに伴い資金源を強化するため商工組合中央金庫に20億円を追加出資したほか、中小企業年末金融対策及び災害対策等として216億円の追加を行った。そのため最終計画は6,302億円となり、当初計画より361億円、6.1%の増加となった。

 このような予算補正や計画改訂などの結果、35年度の政府財貨サービス購入額は、当初見込みより、1,950億円、7.8%増加して、2兆7千億円になり、国民総支出の18.8%を占めることになると予想されている。経済拡大に占める寄与率も22.9%に達すると考えられる。当初見通しによる寄与率は21.3%、また、前3年の平均寄与率は19.5%であったから、補正予算などによる財貨サービス購入の増加が経済拡大に果たした役割はかなり大きかったと考えられる。最も、このような大型補正予算などの効果が、一部でいわれているほど大きかったかどうかは疑問である。たとえは、地方交付税交付金のうち207億円、産投会計資金への出資のうち350億円などは、36年度以降に支出されることになっており、翌年度への支出のズレ込みも、比較的多かったからである。また、既に述べたように、租税収入は第4・4半期に急増しており、このような財政収入面の動きとも合わせ考える必要があるからである。

 第9-4図 は、間接的にではあるが、収支両面を通じる財政の有効需要面への働きをみるために作成したものである。34年度と35年度を比べると、35年度の方が収入超過の程度が格段に大きく、財政が有効需要面で抑制的に働いたことを示している。35年度内の動きについていえば、支出額が第1・4半期、第2・4半期の横はいの後、第3・4半期、第4・4半期と増加に転じているのは、補正予算などの支出効果を示しているものと考えられる。

第9-4図 財政収入および財政支出(除外為会計)の4半期推移(季節調整済)

 しかし、収入増加の程度が一層大きいため、収入超過の程度は第4・4半期に拡大しており、この点を考え合わせると、補正予算などの支出効果はあまり大きなものにはならなかったと考えられる。

 従って、35年度財政を有効需要面からみると、かなりの支出増加を示して高率経済成長の基底を支えた面もあるが、租税収入の増加を主因として大きな収入超過を生んでおり、全体としては有効需要に対し抑制的に働いたと考えられる。また、収入超過の程度は年度後半の方が大きく、それにつれて財政の安定機能も大きくなっていると考えられるのである。

財政収支─外為会計支払い超過の効果

 次に、財政収支をみると、 第9-5図 のごとく、食管会計で324億円、外為会計で2,387億円の支払い超過となり、その他の純一般財政で2,757億円の引揚超過となって、総計で46億円の引揚超過をみせている。当初、純一殿財政で138億円、総計で1,800億円の支払い超過が見込まれ、これが金融面に日対し中立的と考えられていたのだから、このような財政収支の実際の推移は、金融面に対して引締要因として働いたといえる。

第9-5図 昭和34,35年度の財政資金対民間収支

 35の財政収支は、一般財政の大幅な揚げ超を外為会計のこれも大幅な払超で打ち消しすという型をとっているが、従来のわが富の財政収支は2つの型に大期されると考えられる。1つは景気が停滞的で、財政収入が伸びず一般財政が払超になると同時に、外為会計でも輸入の減少を主因とする国際収支の改善から払超になり、合わせて大幅な払超を実現して金融緩和要因となり景気の回復を助ける29年度、30年度、32年度のような型である。もう1つは好況で、財政収入の増加が一般財政の揚超傾向を生み、外為会計も、輸入の増大から揚超に転じ、金融をひっ迫せしめる31年度、32年度のような型である。そして35年度は、好況の年として後者の型に属すべき年であり、国際収支の経常収支尻が赤字に転化したことを考えると基本的にはそのようにみて差し支えないと思われる。にもかかわらず、一般財政の大幅揚超と外為会計の大幅払超という従来に例をみないものとなったのは、為替の自由化に伴う短期外資の大量流入という新車態であった。

 「貿易」の項で詳しくみるように、ユーロ・ダラーの流入、ユーザンスの拡大などを主因に、35年度の短期資本収支は6億7千6百万ドルという大幅な黒字を実現しており、外為会計の払超をもたらしている。

 35年度に入っての外為会計の払超額は、4月を除きいずれも前年同月を下回っていたのであるが、自由円勘定の創設を機にユーロ・ダラーなどの大量流入が始まる7月を境に前年同期を上回っている。

 35年度の財政収支は、租税収入増大を主因にする一般財政の揚げ超基調によって、金融引き締め要因となったのであるが、7月以降の短期外資の流入はこれを緩和する役割を演じた。

 従って、金融面における35年度財政の安定機能は、年度全般に亘つて発揮されたのであるが、7月以前においてより強かったとみることができよう。


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