昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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成長経済の4つの問題点

 日本経済の高度の繁栄持続のなかにあって、最近種々の問題が生まれたことを前章で指摘した。設備投資が2年続いて3割以上の増加率を示したこと、外国為替の経常収支に大幅な赤字が生じたこと、あるいは中小企業で人手不足が目立ち、消費者物価の上昇テンポがはやまったことなど、これらの経済動向に世人が危倶の念を抱きはじめていることも事実である。以下に日本経済の高成長の特質から、この4つの問題点に接近してみよう。

設備投資の強成長

投資と消費の不均等成長

 昭和30年以降の日本経済の高い経済成長が、設備投資を軸として展開されてきたことは、 第20図 によって明らかであろう。30年から35年までの需要増加のうち、民間設備投資の増加が36%を占めている。26年から30年までの成長過程では、民間設備投資がわずか6%の寄与率しかなかったのであるから、最近の5年間に設備投資が成長に果たした役割かいかに大きかったかがわかろう。この間経済の成長率の年平均10%に対して、設備投資の増加率は年平均29%である。このように、かなり長期にわたって設備投資の増加率が経済成長のテンポを大幅に上回っている例は、 第21図 に示すように欧米先進国はもとより、資本蓄積を急速に行わねはならない後進国でさえ珍らしい。

第20図 国民総生産増加に対する需要要因別寄与率

第21図 主要諸国における経済成長と民間投資の増加率

 この結果、国民総支出に占める個人消費支出の比率は35年度で53%にまで低下した。

 戦後の高蓄積時代でも80年まではほほ6割合で推移していた。35年度のように消費比率が低下したことは、戦時経済以外にはみられない現象である。公共投資にしても、15%の伸びをみせ低い方ではないが、民間設備投資に比すれば大きく均衡を失している。

 技術革新下の高成長経済において設備投資が大きいことは、怪しむには当たらないことかも知れない。日本経済は、急速な重化学工業化のために多くの投資を必要としていることは明らかである。 第22図 に示すととく、29年まではあまり進展を示さなかった重化学工業化が、30年以降急速に進み、30年に製造工業のうち49%を占めていた重化学工業の比重が、35年には65%にまでなった。民間設備投資がこの間に4倍近く増えたのも、より資本集約的な産業構造への展開のために多くの部分が費やされたからである。

第22図 重化学工業化テンポと設備投資拡大スピード

 だが、ここでの問題はなぜ投資が増えたかではなく、なぜ投資と消費の伸びの間に大きな不均衡を生じながら需給面でのアンバランスをおこさせずにすんだのか、なぜ民間設備投資のみが増え続けても過剰生産にならないのかという点にある。それには次の2つの事情が働いている。

投資が投資をよぶ効果

 第1の要因は、投資自体が需要をよび起こす効果が大きかったことである。すなわち、投資財の生産のためにより一層設備投資をせねばならないという、「投資が投資」をよぶ効果である。

 設備投資をするにはまず投資財を作らねばならない。機械を作るには、鉄鋼の増産、電力開発を必要とする。機械、鉄鋼の増産、電力の開発いずれの場合にも機械が必要となってくる。

 投資財はもともとこのような産業連関効果が大きい。しかも機械、鉄鋼、電力などどれを増産するにしても、日本の場合では設備投資を行わねばならなかった。これが投資が投資をよぶメカニズムである。設備投資の波及効果は消費や財政に比べると大きいが、投資財産業に能力の余裕のあるときは、投資が投資をよぶ効果も小さいはずである。ところが日本では、低水準の消費から脱けでて一応の回復段階を終わったが、まだ投資財産業、基礎産業の基盤の固まらない30年ごろに、技術革新の開花に伴う投資ブームが訪れたことが、この効果を一段と強めたのである。それに、遅れているとはいえある程度の投資財産業があり、政府の方針として輸入機械に依存することを押さえ、国内の投資財産業育成策がとられたことも影響している。

 投資が投資をよぶ効果は最近に至るほど大きく、個人消費支出や財政、輸出などのために必要な投資はわずかで、投資をするための投資が急速に拡大している。最終の消費につながらずに、投資財関連産業相互の拡大を通じて投資が増加しているのである。 第23図 にみるととく30年ごろならば投資財を作るために必要な投資は全体の設備投資額の24%であったものが、35年にはに42%まで高まっている。投資がひとり伸び続けながら、しかも需給の均衡を保ってきたのは、このような投資の需要効果が大きい。

第23図 設備投資のための設備投資額の増大

限界資本係数の上昇

 第2の要因は、民間設備投資の増大が、それほど大きな現実的な生産力を生みだしていないことにある。生産能力を増大させるために技術的にもより多くの投資を必要とし、投資をしたものがすぐには生産力にならないというのが現状である。このように同じ国民総生産を増加するのに多くの設備投資を必要とすることになったことは、限界資本係数(ここでは民間設備投資額/国民総生産の増加額で示す)の上昇という形であらわされる。26年から30年までで図られた限界資本係数は1.1であったのが、30年から35年までで図ると1.7となり、5割以上上昇している。業種別にみても軒なみこの間に限界資本係数の増大がみられている。もとより、限界資本係数の増大が、操業度の低下によって引き起こされているのなら話は別である。景気の悪いときに資本の効率がおちるのは当然のことで、それは需要が足りないから起きたもので、ここで問題とする成長経済での基本的な現象ではない。しかし、30年と比較すると35年にはむしろ操業度は上昇している。操業度の上昇にもかかわらず限界資本係数は上っているのである。

 それゆえ現在の成長過程で限界資本係数の増大がみられるのは、つきの2つの要因が重なりあって働いているからであろう。

 要因の第1は、間接的な生産能力拡充のための投資が増えていることである。技術革新下の高成長は、日本のエネルギー構造を根本的にかえ、かつコンビナートを形成するために、新工業地帯を作りあげているが、工場ぐるみの大移動は、既存の工場内に設備を増加させ、今までの敷地内に工場を新設するのとちがって、大幅な投資額の増大をよぶ。そのうえ、新段階に入った技術革新の遂行にあたって、大企業の自らの手による研究開発の努力も最近めざましい。研究開発のための費用は民間だけで、昭和34年で650億円に達する。33年度にくら/くると倍近い増加である。設備投資中に占める比率はまだ低いが、その増加テンポは大きい。いずれも将来の生産力拡充のために必要な投資であり、この程度の資本負担増大もやむをえないものと企業は考えている。

 第2の要因は、企業の大規模化、投資単位の巨大化に伴う一時的な増加要因である。投資規模の巨大化は、それだけでは資本係数を引き上げるものではない。むしろ大規模化に伴う節約効果が働いて、同じ量の生産には少ない投資ですむはずのものである。しかし、現在進行している各企業の投資計画は、前述したようにたえず将来の大幅な需要増大の見通しのうえでたてられる。例えば5ヶ年計画で10万バーレルの石油精製工場を作ろうとすると、最初の工事で4万バーレルの機械の据付と同時に10万バーレル分の関連施設を作ってしまう。また、現在ならば3万トンの船がつく岸壁を作ればすむものでも、将来を考えて6万トン用の港湾施設を準備するのが普通である。

 石油精製業のバーレル当たり投資額が、30年ごろの5万円から、35年には8万円に増え、鉄鋼1トン当たり投資金額が、増設ならば4万円であり、一貫工場ともなると7万円になるというのも、このような事情に基づいている。あらゆる関連施設が、その投資計画の最終年度の規模にみあって作られるので、当面大幅な設備投資金額を必要としている。さらに、以上の要因が企業間のはけしい競争によって加重されている面もある。輸入自由化を控えて、ここ2~3年内に国際競争力のある規模にまで拡充しようとしている産業では、企業間の競争意識も手伝って、5年先の需要にみあった生産設備を3年間に完成しようと、各企業ともあせる傾向がある。その他各企業とも市場占拠率の拡大意欲が強く、また今までと違った新分野に進出しようとしていることも投資競争に拍車をかけている。これらの設備増強が完成した暁には過剰能力が問題となろうが、現在では工事中ということで需要効果のみを発現しているのである。

 これらの要因はいずれも企業にとってみれば、必然的かつ合理的と意識されるので、ますます限界資本係数を高めることになっているのである。

コスト面の影響

 このようか限界資本係数が高まりながらの設備投資の増大は、企業の資本費負担の増大となってはね返ってくる。 第24図 にみるごとく、コストのなかに占める減価償却、金利、配当などの資本費部分は、かなり上昇傾向にあるが、今までのところは労働生産性の上昇による人件費の節約、原材料価格の低下や原単位向上による原材料費の減少によって、それほど企業経営の負担にならなかった。本来資本費負担の増大は、企業の利潤率を予想ほどには増加させないことになり、企業の投資意欲を鈍らせるものである。しかし日本の企業は競争のはげしいこともあって、古い設備をなるべく酷使することにより新設備の負担をカバーし、将来の市場に期待をかけて投資を行っている面が強い。固定資産回転率の低下も、実は建設中のまだ稼動しない設備の負担が大きいからで、動いている設備だけでみればそれほど悪化はしていない。このような事情も働いて、今までのところ成長産業について資本費負担の増加が投資意欲を減退させているほどのものとはなっていない。

第24図 製造業の価格変動とそのコスト別要因

投資の強成長の問題点

 このようにして経済成長を上回る設備投資の強成長は、需給面、企業経営面のいずれにおいても、可能とされる条件があった。過大な投資が過剰設備になるのではないかという危倶は、次の大幅な設備投資の増大という事実によって打ち消されてきた。技術革新下の企業の投資競争は、投資が投資をよぶ形での経済発展を実現したのである。しかしながら、今まで投資の強成長をもたらした要因がいつまでも続くとは限らないことに留意せねはならない。すなわち、重化学工業化のスピードもこの5年間にみせたようなテンポを今後も予想することは難しい。投資が投資をよぶ形の、消費を経由しない形での経済の拡大にも限度があるはずである。また限界資本係数の増加も、30年から35年までの増加テンポが大きかっただけに一時的に集中して起こった前述のような増加要因は、これから薄らぐ可能性も大きい。やがて、企業は量産効果の本格的収穫期をいそぐであろうし、間接的生産力のための投資も、それが一段落とすると、投資効果がはやく現れ、少ない金額で能力拡大のできる時期がくるからである。また国際競争力をめざしての投資も、自由化が一段落とするとおさまるものも現れるだろう。今まで設備投資増大の主役であった技術革新が、資本節約的に働き、限界資本係数も収れん過程に移行する時期も考えられる。

 民間設備投資の増加は生産能力の増加となって累積するのであって、消費や財政が需要要因となって成長するのとは違った意味を持っている。限界資本係数の増大が続き、投資自身が需要効果を大きくして高度の操業度を維持させている間はよかったが、限界資本係数の上昇テンポがゆるくなるだけでも、成長に必要な設備投資の増加額は少なくなる。設備投資の産業連関効果が大きかっただけに、それの減退を埋め合わせて操業度を維持させるためには、消費や政府投資を大幅に増やさなけれはならなくなる。また需要総額は埋め合わせえても、投資財産業を輸出産業や消費財産業へ転換させねばならないという問題も残される。投資が投資をよぶというらせん的拡大効果がとまったときの成長経済の問題は複雑である。

 日本経済の高成長が、設備投資を軸として展開してきたことは、将来の成長力を高めるための布石として高く評価しなければならないが、設備投資の強成長も今までのような増加テンポがいつまでも続きえないということを見逃してはならない。

国際収支の余力

国際収支の推移

 従来から日本経済は、国際収支が成長の制約条件だといわれてきた。

 日本経済の過去8年間の貿易収支、貿易外収支、資本収支を 第25図 に示すが、景気循環の過程で大幅に変動しているものの、傾向的にみると貿易収支は恒常的な赤字から脱却したとみられ、その反面、貿易外収支は28年度の6億ドルの黒字から、35年度には7千万ドルの赤字へと悪化傾向がはげしい。資本収支は33年度までは赤字を続けていたが、35年度に至って6億ドル余と大幅な黒字となった。

第25図 国際収支の推移

 貿易外収支の推移をみると朝鮮動乱のおかげで27~8年には8億ドルという多額の特需収入をえたことが、大幅な黒字の要因である。その後は特需が減少する一方、海上運賃、特許権使用料などの支払いがかさみ、35年に至ってついに赤字へと逆転した。多額の特需収入がその当時の日本経済の実力以上に国際収支の天井を引き上げ、その後の経済成長力の源泉になったことは疑いえない。そして、特需の減少を、その間に貯えられた国際競争力の強化を通じて、輸入の伸び率を上回る輸出の増加率を実現する形で埋め合わせたのである。

 昭和35年度の国際収支は、26年当時特需でかせいだのとは違うが、資本収支面での大幅な黒字によって再び国際収支の天井がかなり引き上げられた。

 今までも輸入規模の拡大にともない輸入ユーザンス残高が増え、その分が短期資本取引で受超になるということはあった。しかし、35年度の短期資本取引の受超のうちには、為替自由化の推進による制度的変化がもたらした分がかなりの比重を占めている。年度中の輸入ユーザンスの増大約460百万ドル中、ユーザンス適用品目の拡大や期限の延長によって、輸入規模の拡大を上回って輸入ユーザンスの増大した分は3億ドル余とみられる。それに自由円創設により、ユーロダラーなど短期外資の流入も約3億ドルに達している。今後も、日本経済の実力が海外において高く評価されてきたことと、先進国に比べれば高金利であることから、なお短期外資の流入が続くことは予想されるが、35年度のような大幅な増加は、それが制度的変化に基づく分が大きいので1回限りの現象とみなければなるまい。

 国際間の資本取引の動向からみて、日本のような高成長国には、長期資本の流入がみられることも予想される。今後の為替自由化の進展と共に国際収支の動向を考えるさいに、これら長期、短期の資本収支をも含めねはならなくなったわけだが、短期外資のような浮動が激しく、大幅に流入する時期もあれは、流出も考えねばならないものをあてにして、日本経済の長期的な成長率を高めるわけにはいかない。結局、長い眼でみた国際収支の動向をさめる基本的要因は、輸出の増大と輸入依存度の推移にあるといえよう。

輸出力の強化

 日本の輸出は28年度以降年々18%の高い伸び率を実現している。これは戦後の世界貿易の拡大テンポのはやいこともあるが、日本経済の成長力の充実によって、たえず国際競争力が強化され、世界市場における市場占拠率を拡大してきたことが大きい。26年には世界の貿易額に占める日本の輸出の割合は1.8%だったものが、35年には3.6%とちょうど2倍に達している。一般に経済の高成長は輸入を増大させ、輸出意欲を減退させて国際収支に対し悪条件であるとみる見方が多いが、日本の場合は、前述したような投資を中心とする成長経済の特質として次の3つの点から輸出を増進するに役立っている。

第26図 輸出物価の推移

 第1は、高成長経済が大幅な生産性向上を達成し、その間比較的に賃金上昇が遅れ、賃金コストの低下がみられたことである。これは原料費の低下と相まって物価の低下をもたらしたが、特に輸出物価は国内物価に比べ傾向的に低下している。

 第2には、世界貿易の構成が重化学工業品へ移行する傾向に対して、日本産業も重化学工業化を推進しえたことである。日本の重化学工業化進展率のはやい点は先に指摘した。これに対して貿易構造の重化学工業化はなお先進国に立ち遅れており、かつその内容も船舶、トランジスターラジオなど労働集約的なものが多いが、その発展テンポは著しい。日本の輸出品のなかに占める重化学工業製品の比率は28年の34%から35年には41%へと上昇している。しかも、今まで鉄鋼や船舶に片よっていた輸出構造が、次第に、高度の技術を要し従来国際競争力で不利とされていた機械類の比重を高めてきたことが注目される。これは日本産業の重化学工業化が、単なる比重の増大に留まらず生産性の上昇を伴ったものであることを示すものであろう。

第27図 輸出に占める重化学工業品の比率

 最近の機械輸出、中でも金額はまだ小さいが伸び率の高い産業機械の内容をみると、 第28図 のごとく、一般的にいっての内需の伸びの大きいものほど、輸出の伸び率も大きく、国内の需要増大が機械産業の生産力を充実させ、それがひいては国際競争力をつよめ輸出に成功している。

第28図 産業機械の輸出と内需

 第3は、高成長のもとの急速な構造変化が、世界の新市場開拓を成功させたことである。新製品で輸出に成功したものとしてはトランジスターラジオが代表的であるが、技術革新下、新製品が生まれると、日本産業は直ちに自家薬篭中のものにして海外へも進出する。30年から35年にかけてトランジスターラジオ、ナイロン、合成樹脂、自動車などの新製品35品目で輸出増加額の22%を占めている。

 これら価格効果、構造変化への適応、新製品開拓は、積極的な設備投資を通じての成長経済ならでは行いえないものであった。

 だが、経済の成長も、その拡大テンポが過大なときには、輸出増大の阻害条件になることはいうまでもない。過去28年、32年のブーム期の内需の増大が、輸出意欲を減退させたことは指摘するまでもないが、現在の高成長が続くと、後述するととく労働力の需給ひっ迫、賃金引き上げ、ひいては物価上昇をもたらす懸念もあり、これが国際競争力におよぼす影響についても注目せねばなるまい。

実質輸入依存度の増大

 一方、日本の輸入依存度が、かなり低く押さえられてきた事実も、国際収支面には大きな好条件であった。輸入依存度の低下に影響を与えた第1の要因は、食料輸入の低下である。農業生産力の拡充が、食飲料の輸入依存度(国民総生産に対する比率)を28年の3.3%から35年には1.4%にまで減少させた。

 第2の要因は輸入価格の低落である。 第29図 にみるごとく、名目輸入依存度(輸入額/国民総生産)はほほ横はいだが、昭和28年価格で図った実質輸入依存度(実質輸入額/実質国民総生産)は、この7年間に12.7%から15.5%へと2割方上昇している。輸入価格の低落がなかったならば、日本の国際収支の余力もかなり小さくなっているに違いない。このような実質輸入依存度の増大をもたらした要因のなかにも、投資を軸とした高成長の特色がうかがわれる。設備投資が直接機械輸入を増やす分は、機械輸入を押さえているためもあって案外小さい。この数年間、設備投資の中に占める輸入機械の割合は2~4%の割合であった。設備機械以外のものを含めた機械類輸入総額の国民総生産に占める比率でも、わずか0.8%から1%へと増加したに過ぎない。

第29図 輸入依存度の推移

 それゆえ、設備投資が輸入を増やすのは、このような直接効果よりも産業連関効果を通じて各産業の生産を増加させ、それが原材料輸入を増加させるという間接効果が大きかったのである。設備投資100億円が製造業の生産増加158億円を引き起こすのが、産業連関表から試算された結果だが、これがエネルギーも含めた原材料の輸入約5百万ドル増をもたらすという形をとっているのである。個人消費支出増加による輸入誘発額の約2倍にもなる。

 もとより、前述したような産業構造の高度化が同じ量の輸入原材料を使ってもより多くの生産を増やす形になっていることは事実である。工業生産に対する輸入素原材料消費の比率は、28年を100とすると35年にはL72にまで低下した。これは年率3.6%の割で輸入原材料が節約されたことを意味している。

 しかしこのような低下要因よりも、昭和30年から35年までに実質国民総生産の伸び年率10%に対して、鉱工業生産では19%の伸びという大幅な第2次産業の比重の増大があったことが、輸入増加にひびいている。国民総生産と対比してみたときの実質輸入依存度の上昇は、主として第2次産業の比重の増大によってもたらされたのである。

 このようにみてくると、輸入原材料価格の低下もようやく下げどまりの傾向がみえはじめ、食料輸入の減少も今まで減少の主因であった外米と大麦の輸入量がほとんどゼロに近くなった現在、今まで高度成長の中で輸入依存度を押さえていた条件が失われてきたとみざるを得ない。

 そのうえ消費の高度化が畜産物の消費を増大させ、ひいては飼料輸入を増加させる可能性が多く、貿易自由化が進むと高級な商品輸入も増えるだろう。機械輸入も今までのように押さえていくわけにはいかなくなる。

 第30図 のように、自由化の進んだ国は製品輸入の占める比率も大きいし、その比率も増加傾向にある。またアメリカのような国は別としても、先進国で二機械産業の発展した国でも設備投資に占める輸入機械の比率はかなり高い。製品の輸入依存度が今後も低位に抑えられたままでいるかどうかには、問題が残されよう。

第30図 完成品輸入、機械輸入の国際比較

国際収支の余力

 以上の分析にみるごとく、過去の高成長は、ほほ経常収支の均衡内の成長であったことが分る。景気過熱期には、国際収支の赤字が問題となったが、長い眼でみれば、過去の平均10%という成長率を達成し得るだけの輸出力を持っていたということができる。

 自由化をひかえての合理化投資も、現在のところ輸入を増やしているが将来は輸出力を強化するに役立つものである。そのうえ33年度から35年度までに短期外資の流入などもあって、大幅な外貨が蓄積された。経済成長に対して現在国際収支面でかなりの余力を持っていることは疑いえない。このような事情を考慮すれば、必ずしも毎年国際収支が均衡しなければならないわけではない。

 だが、経常収支の赤字が持続する経済成長は、国際信用の問題からいっても、長く続けるわけにはいかない。輸出の一時的停滞や、輸入の季節的変動あるいは輸入原材料在庫仕入れのための一時的増大などの影響でおこる経常収支の赤字は許容されるが、すう勢的な輸出入のギャップから生まれる赤字を埋め合わせるために、ほんらい変動のはけしい短期資本の流入を期待することはできないからである。従って長期的な観点からは、経済成長は経常収支の均衡にみあったものになるべきであろう。

 経常収支の今後の動向については、貿易外収支の悪化傾向に加え、貿易収支面では、今後、貿易自由化の推進によって製品輸入の増加もおこるであろうし、交易条件の好転も今後大きくは期待できないなど、今までの好条件がかわることも予想されるので、国際収支問題は、経済成長に対する制約条件として重要であるといえよう。

労働力不足

 日本の高度成長の要因として豊富な労働力の供給がいわれてきたが、35年度には、新規労働力について不足が目立ったことは前述した通りである。

 労働力不足の要因には一時的に新規労働力の供給が減退したという事情がある。 第31図 にみるごとく、37~38年以後しばらくは新規労働力は増えるので、現在のようなひっ迫感はうすらぐだろうが、中学卒の新規労働力は39年以降再び急速に減少するので、中学卒を主な労働力の給源にしている中小企業などの労働力不足は一層深刻化するであろう。また人手不足も、基本的には雇用需要の増大に基づくものであるから、高成長が持続すれは、労働力不足は一時的現象ではなく、むしろ先進国並の労働力不足問題が今後も続くことになろう。

第31図 新規労働力供給の推移

 最近の雇用需要増大の特色は、第1に、同じ生産を増やすために必要な雇用の増加率が高まっていることである。

 生産の伸びに対してどれだけ雇用が増えるかを示す雇用弾性値をみると、製造業で26~28年ごろは0.33であったものが、31~35年にかけては0.46と1.4倍になっている。これは雇用吸収率の高い機械工業の拡大が著しいことや、引き続く経済の成長によって企業内の過剰雇用がなくなり、生産増大のためには雇用を増やさなければならなくなっていることによるものである。

 特色の第2は、技術革新下の大企業が技術の高度化に対応するため技術者、高校卒の新しい技能者を採用する一面、労働の単純化に応ずるものとして、若年工を大規模にとりはじめたことである。大企業でも技術者不足は深刻になっている。中小企業ともなると、技術向上の要請から技術者を必要としても、ほとんど採用できないという状態である。技術者の需要が急増しているのは、 第32図 にみるごとく、技術者を多く必要とする機械や化学での拡大テンポがはやいためだが、同時に雇用者中の技術者の比重が、どの産業でも高まる傾向にあることも影響している。一方、大企業が若年工を大量に採用することになったことが、中小企業の人手不足をさらに激化させている。中学卒の就職先を職業安定機関の統計でみると、31年には14人以下の零細企業のところに44%と圧倒的な比率で採用されていたものが、35年度には大企業にくわれてわずか20%に減少した。そばやの出前もちになり手がなくなるほど零細企業での人手不足が激しい。

第32図 就業者中に占める技術者比率と生産指数

 労働力不足の激化は、日本経済に2つの問題を提起こする。第1は、今までのように安い賃金では人が集められなくなったことから生ずる賃金格差の縮小である。 第33図 に31年から35年までの賃金上昇率を示すが、おおむね低賃金部門ほど賃金上昇率が高いという結果を示している。賃金格差の縮小は雇用構造の近代化の表現であり、日本経済の二連構造の解消に一歩ふみだしたことになる。第2には、低生産性を低賃金でカバーしてきた小零細企業の存在基盤が喪失しつつあることである。高成長経済の展開のなかで零細企業、家内工業的な労働者は減少してきたが、この傾向が一層高まるものとみてよい。低賃金依存産業における賃金上昇は、その産業が設備投資を行い、より資本集約的に移行して生産性を高めるか、生産性を高める余地の少ないところでは、価格引き上げによってそれをカバーするかのいずれかである。労働力不足のもとでの日本経済の高成長は、一層設備投資をよぶ面と、消費者物価上昇をもたらすという面とを持っている。

第33図 賃金水準と上昇率

物価構造の変化

 日本経済は、高成長のほかでも比較的卸売物価の安定を達成しえたという特色があった。 第34図 のごとく短期変動を別にすると、昭和30年以降の5年間卸売物価はほぼ横はい、消費者物価も34年度までは年率0.8%の上昇率に留まっていた。それが35年には、卸売物価は比較的落ち着いているのに、消費者物価は4.0%とかなり大幅な上昇を示している。もとより35年度の消費者物価の上昇には、前述したように特殊事情があり、1年間に4%も上昇するという動きがこのまま続くとはみられない。しかし、最近の消費者物価の値上がりの内容をみると、 第35図 に示すごとく、家賃地代は別としても、サービス価格、公共料金、中小企業製品の上昇が目立ち、消費者物価は根強い上昇傾向にあるといえよう。

第34図 卸売物価、消費者物価の推移

第35図 特殊分類別にみた消費者物価の動向

 すなわち公共料金の上昇には、高度成長に見合ってサービスを拡充せねはならず、それが資本費負担の増大をよんでコスト高をもたらしている面が多く、今まで抑えられていた料金の回復過程も含まれている。これ以外のサービス業、その他の第3次産業や、零細商工業でも労働力不足から賃金の上昇がおこり値上げを行っているものについては、今後も値上がりする可能性が多いとみなけれほならない。農産物も現在のような生産、流通機構などのもとでは、値上がりする公算が大きい。

 もともと、今まで相対的に割安だったサービス料金、中小企業製品が値上がりを示す形で物価構造の変化が起きるのは、必然的な動きともいえよう。物的生産性を容易に引き上げえないところでは、賃金上昇をある程度価格上昇にはねかえさざるを得ない面を持っているからである。最近の労働力不足は、低賃金部門の賃金上昇率を高くする。これら低賃金業種ほど人件費の割合の大きいものだから、コストに響く度合いも大きいわけである。これら生産性を容易に引き上げられない業種でも、今までは低賃金労働の利用によって低価格のサービスを提供していたが、賃金の上昇におし上げられて、いっせいに値上げにふみ切ったのである。

 日本が近代的な福祉国家となり、完全雇用の経済を達成するのが経済発展の目標である場合、サービス関係の料金や中小企業製品の価格が上昇し、それによって、そこに働く人々の所得が増え、賃金格差が縮小することは望ましいことといわねばならない。

 だが、物価構造が変化し、先進国並の所得構造になることが、直ちに消費者物価の上昇を意味するものではないはずである。なぜならは、物価構造の変化という現象では、低生産性部門の価格上昇の反面、高生産性部門の物価低落があってしかるべきだからである。

 高成長経済において、労働力不足からの賃金上昇が起き、それが全体の生産性上昇を上回った場合におこる物価上昇を、コスト・インフレとよぶ。先進国で戦後問題にされた新しい型のインフレーションである。しかし、日本の場合は幾分これとおもむきを異にする。日本における消費者物価の上は、低賃金部門における賃金上昇が大幅であり、それにふさわしい生産性上昇が行えなかったために起きた現象で、工業での平均的な生産性上昇テンポはなお貸金の上昇率を上回っている。

 しかし工業生産物での価格低下には次のような問題がある。

 第1は、工業の生産性向上の割に、賃金は上昇していないといっても、資本費負担は金利、償却費を含めると大きくなっており、コストはなかなか下がらないしくみになっている。前掲 第24図 によって31年から35年までの大業のコスト変化要因をみると、値下がりはほとんど原材料費の節約によるもので、労務費の低下分は資本費と一般管理費の増加で打ち消されてしまっている。一般管理費のなかでは販売費の増加が大きいが、安くして売るよりも広告宣伝で多く売ろうというのが現在の企業のやり方である。

 第2は、価格決定機構の問題である。価格をつりあげて起きたいと思っても、その業界で競争が激しいと、価格は低下する。日本は諸外国に比べると価格競争は激しい方だが、それでも供給力があまって過剰生産になり値崩れをすると、業種によってはそれを押さえるように操短が行われる。価格低下については抵抗を伴うことが多い。

 また中小企業製品で労賃の上昇から値上がりをするといっても、同じ製品を大企業でも作っていれば、大企業ではそれほどの値上げの必然性はないことが多い。ところが業界の協定価格は、低生産性のところのコストで一律に決められがちである。パン、しょう油などの値上げには、このような事情も働いている。

 一方、中小企業製品やサービス料金の値上がりをやむをえないと黙認するのにも問題がある。35年に引き上げを行った業種のなかにも、値上がりムード便乗組もないわけではないし、また、クリーニング代や調髪代などで環境衛生法によって、いっせいに値上げがみられたことなどにも問題が残されている。賃上げのテンポがはやいことが、中小企業で賃金上昇を生産能生向上でカバーしようとする努力をしてもおいつけないことになったり、また、せっかく生産性向上の努力をしようにも、小零細企業ではそれだけの資金の余裕がないという矛盾もある。高成長下の人手不足に対する小零細企業の適応の遅れが、現在の物価上昇の問題点であるが、これには高成長のスピードが大きな関係を持っていることを忘れてはならない。

 さらに、消費者物価の値上がりについては、消費者の側にも適応の問題が残されている。今まで日本の消費者は、人的サービスの低料金に慣れすぎていた。低賃金を前提としたサービス過剰経済を従前通り続けようとすると、サービス料金の値上がりが家計におよぼす影響が強い。相対的に上昇するサービス価格に対して消費者の側も適応すると、値上がりもある程度押さえられるし、値上がりによる被害を少なくすることができる。サービスの節約は、豚肉が高くなったから牛肉や卵を食べようとする価格代替性の発揮と違って容易ではないが、人手不足が深刻化すると、欧米並に調髪も散髪だけで洗髪、ひげそりはしないとか、配達、注文とりのようなサービスは自然になくなって、スーパーマーケットに買い出しに出かけるような態勢にかわっていく必要が生じよう。

 これら消費者物価上昇に対する諸問題は、つまるところは、高度成長下の労働力不足から起きた一種の摩擦現象として起こっているといえよう。今までの日本の物価問題は景気過熱から起きる卸売物価の上昇であった。最近にいたって、高成長がもたらした消費者物価の騰貴という新しい物価問題が提起こされたのである。消費者物価が経済成長と共に上昇気味なことは世界各国の通例である。アメリカもこの30年間に所得倍増を達成したが、その間消費者物価は3割余上昇している。だが年3%の成長国アメリカと、年10%の成長国日本とでは物価問題も同じではないだろう。高成長が、生産者においても、消費者においても構造変化への適応をおくらせており、消費者物価の上昇という摩擦現象を大きくしているところに問題がある。

成長経済の成果と課題

 日本経済の高度成長の持続は、その体質を改善し、大幅に経済力の充実を可能にした。 第36図 はこの7年間の日本経済の諸指標の伸びを先進各国と比べたものであるが、日本経済はあらゆる面で先進国をしのいでいる。

第36図 主要経済指標の国際比較

 供給力の充実によって、これだけの高成長にもかかわらず、卸売物価はかなり安定的に推移している。国際競争力も強化され、輸出市場における日本商品の進出も大幅であった。外貨もこの5年間に12億ドル余を蓄積した。労働力過剰問題もこの1~2年急速な改善がみられた。これらの諸条件は、安定的成長の目標として、経済政策の主柱と考えられていたものである。我々は、諸外国の驚異の眼をみはらせるほどの高成長経済を、大きな障害もなく達成し得たのである。

 しかも、日本経済の成長力はなかなか衰えをみせていない。技術革新は、いまや産業内部に浸透していくと同時に、消費革命をよびおこしている。世界経済の高成長も日本の輸出伸長について好条件となっている。日本経済はなお高成長を続けるものと期待してよいが、成長も高すぎるときには、労働力不足や、消費者物価の騰貴などの摩擦現象が大きくなることが明らかになった。そのうえ、設備投資を軸とする高成長はそれ自体のなかに成長のバランスを崩す要因をはらんでおり、国際収支についても長期の均衡については問題がある。

 35年度の日本経済は景気の行きすぎを押さえるという配慮については、32年の教訓を生かして成功した例といってよいだろう。しかし短期的な波動を乗り切りえたことが、必ずしもやや長い眼でみた経済のうねりをなくしえたことにはならないし、成長過程の摩擦現象を緩和したことにもならない。従って、現在の日本経済にとって必要なことは、単に成長率を高めるだけでなく、いかに持続的かつ均衡的な安定成長を達成するかにある。高成長に伴う摩擦現象が激しくなってそれが成長自体を阻害しないよう、また設備投資の増大が不安定要因とならないよう、摩擦現象を緩和しながら経済の内部構造の改編を円滑に行うことが、成長経済の課題といわねばならない。


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