昭和36年
年次経済報告
成長経済の課題
経済企画庁
高度成長下の構造変化
日本経済の高成長は、たえざる構造変化を伴っていることを特色とする。それは単に生産構造をかえていくばかりでなく、すべてのものがかわっていかねばならないことを意味している。経済構造の変化は資源、資本、労働力の転換を引き起こし、産業の地域分布すらかえてくる。またそれは、経済の主体をも変ぼうさせる。経営者、労働者、技術者、消費者などの意識をかえ、態度を変化させる。日本経済の高成長が、これらの変ぼうを要請していると共に、これらの構造変化をいかに円滑に行うかが高成長の達成条件ともなっている。
生産体制の需要への適応
工業高度化の進展
需要構造の変化は、前述した設備投資の強成長と、消費革命における耐久消費財の急増という形で、童化学工業化の急速な進展をもたらした。設備投資の増大が重化学工業化の主因であることはいうまでもないが、 第37図 にみるごとく、家計消費でも車化学工業製品関係の支出が30年に比べると35年には2.4倍にも達している。耐久消費財の場合では生産急増からその部門での生産性が上がり、価格低下をよんで、それがさらに消費革命を推進するという技術革新の伝播過程が強かった。最近の重化学工業化は、単に需要の伸びたところへ生産が適応したというだけでなく、その過程で、大幅な生産性増大を可能にしている点を見逃してはならない。それは戦時体制下で重化学工業化比率の高まったのとは、全く違った意味を持っている。重化学工業部門へ投資が集中し、そこに需要が急増して生産性の目立った改善が起こったのである。製造業ではこの4年間に、平均して4割の生産性上昇がみられるが、生産増加額中、高生産性上昇グループ(6割以上生産性の増えたもの)の占める比率は3割であり、高生産性グループの8割は重化学工業であった。
重化学工業化の進展するなかで、技術革新は単に生産性の上昇のみならず、新製品の創造という形をとって現れている。現在新製品とよばれ、技術進歩のめざましいとみられる商品は、ほとんどか車化学工業品であるが、それが30年以降の製造業の生産増加額中に占める比率は29%にも達している。たえざる新製品の創造、たえざる生産性の向上によって、現在の日本経済の工業高度化が進んでいるのである。
日本工業の高度化が進むと、今までの資源依存の型もかえてくる。鉄鋼多消費型の経済になり、天然資源から加工材料へとかわり、生産の迂回度が高まってくる。プラスチックの使用はこの5年間に6倍となり、鉄鋼の消費量も2.2倍と大きい。
天然資源に不足であった日本経済は、このような投入―産出関係の変革によっていまや資源条件のしつこくから離れようとしている。エネルギー革命は流体エネルギーを必要とし、石炭より石油へという資源転換がめざましい。貿易自由化を目の前にして、国内資源依存度を低下させ、より効率的な、豊富低廉なエネルギーを利用しようという気運が高まってきている。
中小企業の分化
これだけの急速な構造変化に対応して、企業も自らを作り直していかねばならない。その意味で、最も大きな変化を要請されているものが、日本の産業構造の特質をなしていた中小企業である。従来は需要構造への適応という点では、日本の中小企業は特殊な存在だった。わずかな資本で安い労働力を使って事業を起こし、新分野への進出が行われていた。絹織物がうまくいかねば、ナイロン靴下をやる。下駄が売れなくなればプラスチックのサンダルを作る。昨日までがん具を作っていた工場が、今日は自動車の部品を作るという弾力的な経営が行われているところに中小企業の強みがあった。環境の変化への適応が早いところに日本の中小企業の特質がうかがわれる。
しかし、高度成長のもとで、最近の中小企業はそのような性格だけでは生き抜くことが難しくなっている。その1つは、中企業化の要請が強くなっていることである。当庁調べ「機械工業の下請け依存度に関する調査」によると、自動車をはじめとして各親企業での部品購入の比重が高まり、下請け企業でも材料支給の単純な下請けから、材料自己調達の形へと発展する傾向がうかがわれる。また親企業の生産増に対応して、労働時間数で図った下請け依存度は、30年どろの2割前後から、35年には5割にまで高まっているが、その中でも、技術水準の上昇、設備の拡充が進展しており、中小機械工業では系列化のなかで、独自性をまし強化されてきていることがみられる。
第2の問題は、大量生産方式の採用による生産性向上と市場占拠率の拡大競争から、大企業が従来の中小企業の分野に進出してきたことである。食品工業、雑貨品工業のごとく、今まで小企業製品の占める比率(99人以下の生産額の比率)がそれぞれ7割、6割と大きかった分野でも、大企業製品が大きく伸びている。商業でも百貨店の進出は大きいし、スーパー・マーケット・システムが従来の八百屋、魚屋にかわって、食料品店に伸びてきた。食生活で生鮮食品にかわって缶詰その他大企業で作れるものの伸び方が大きいことも、こういった傾向を助長している。石けんなら中小企業で作られるが、合成洗剤だと大企業の独占商品となるといった技術革新の影響を受けて、市場を圧迫されているものも多い。
第3には、前述したように労働力不足が、賃金の安いだけが取得だった小零細企業の存立基盤をゆるがしていることである。サービス業のように料金を引き上げられるものは別として、小零細企業は生産体制の面からも、市場の側からも、生き残りにくくなっている。
第39図 にみるごとく、食品加工、卸小売業などでの零細企業の減少は激しい。いまでは、退職金をもとでにして安い給料でやとえる人手を使い、ちょっとした店舗を開こうという考えは成り立ちにくくなっているのである。
中小企業の分化が進み中企業化した企業では、今までの旧い経営手法にたよっていては発展が難しくなる。一方、小零細企業も周囲の状勢の大幅な変化に対しては、経営のやり方をかえねばならなくなってこよう。
農業における選択的拡大
かわらなければならないものの第2は、農業である。農業はもともとその生産構造からいって、急速にかわることのできない性格を持っている。ふるくから水田に稲を植えてきた日本農業が、ここにいたって変化を要請されるには、それだけの理由がある。
構造変化の要請は、需要側の変化からも起きた。日本の食生活の大幅な変化である。米飯を中心とした食習慣が、洋風な食生活に次第に浸蝕されてきた。 第40図 は、26年以降の9年間にみられる食生活の変ぼうであるが、供給構造が、それといかにはなれているかがわかろう。足りなかった米も、米産県ではヤミ米で配給価格を下回るようになり、大、裸麦は大幅な減反をしながら、なお食糧倉庫に在庫が充満するというしまつである。一万、牛乳や肉は、いくら増産しても、需要に追いつかない。
食生活の大幅な変ぼうに、農業年産が直ちには適応しえないとしても、その方向に沿って、農業の生産体制を再編成しなけれはならないことは、自明の理である。農業生産構造を需要へ適応させながら拡大する道を、選択的拡大とよぶ。需要が大幅に伸びる可能性のある畜産、果樹、そ菜などへ、農業の重点を移しながらの拡大である。だが、選択的拡大を可能にするためには、農民も高度の技術習得を必要とするし、多額の資本投下がなければならない。零細規模の農家や、兼業農家の片手間にやれる仕事ではない。一人だちのできる経営能力のある農民すなわち自立経営の農家が、積極的に行わねばならないのである。そこに需要への適応の問題が残される。
問題の第1は、いかにして日立経営の農家を育成して行くかである。 第41図 にみるごとく、中農層特に5反~1町層は、30年までは増加傾向にあったが、35年には減少に転じている。この間、1町5反以上の上層農家が増えており、一応、自立経営農家増大の方向にあるといえよう。しかし他面、これら中農層(5反~1町5反)では、30年から35年までに135万人の農家人口の減少がみられ、兼業化も進んでいる。
中農層が規模の拡大を図るさいには、高い農地価格などの阻害条件が大きいし、農業をやめて都市の労働者になるには、工業側の受け入れ体制に十分でない面もある。
第2は、流通面の未整備があげられよう。作る農民だけがかわっても、選択的拡大が可能になるものではない。米なら農協が買い集めて政府へ売り渡し、さらに米屋に売られて行くだけですむが、畜産では、加工段階、流通段階が遅れており、その面の整備がないと、安い肉や乳製品を消費者に食べさせることはできない。
農業政策が、今までのように、農家の土地条件の改善、品種改良などの技術指導で増産対策を行うことから、もう一歩前進して、農業経営の能率化、販売体制の確立などの多面的な方策にかわらねばならない。
第3には、農産物価格体系が、需要への適応を遅らせている面も否定できない。麦、いもなどの衰退作物でも現行の農産物価格政策は、それほど作付面積をへらせる刺戟となっていない。価格政策の日的の1つは、農家の所得を維持するにあるが、それが、一面では構造変化を阻害することにもなっているとみられる。
これら選択的拡大への道の阻害条件を排除するにあたっては、農業の生産基盤の拡充、強化及び構造改善の努力に加え、協業化を通じての生産規模の拡大をも考慮されるべきであろう。
労働力移動の変化
生産体制の変ぼうに伴って労働力の流動化が図られなければならない。先に労働力不足を述べたが、日本経済において労働力の絶対的不足が生じたというのではない。安い貸金で、悪い労働条件の下で、良質の労働者を雇うことが難しくなったということである。高度の経済成長を持続するためには、今まで農業や、零細企業に潜在していた既存労働力を引出して、新しい、より能率的な職場へつけることが重要となってくる。
労働力調査臨時調査によると、転職、追加就業、就業希望者などいわゆる潜在失業者の数がへったとはいえ、35年3月末現在でなお350万人にも達している。これらの労働力をいかにして近代的な産業へ就職させるかの課題が与えられている。
労働移動の形態も、最近では労働力不足を反映して、かなりの変化を示している。労働力移動の第1の問題は、農業から工業への移動である。農家の二、三男はどしどし都会にでてくるが、経営主ともなると、家をすてて都会に勤めるのは難しく、兼業の形をとる。農業に足を半分残したままで労働者への転化が進んでいるところに日本の特殊性がある。
第42図 は、35年に農家労働力がどのような産業に雇用されていったかを示すものである。離村就職の場合には比較的低賃金産業への就職は大幅に減少しているが、在宅通勤の場合には、それらの産業への就職もまだ大きな増加を示している。離村就職でも、在宅通勤でも、化学、機械などの成長産業、局賃金産業への就職の増加率が最も高いのは当然の現象であるが、在宅通勤でこれらの産業への増加率が特に高いのは、これら産業における地方分散の進行を示すと共に、それが農家労働力の移動に、いかに大きな役割を果たしているかを物語るものであろう。
第2の問題は、産業間、規模間の移動である。高成長経済の中でも、石炭などの停滞産業や零細企業では、労働力が排出されてくる場合もあるが、それが成長部門へうまく吸収されねばならない。今までは、大企業は、新規学卒者以外は本工として採用せず、終身雇用の形をとっていて、中途採用者は珍らしかった。大企業をやめて中小企業へいくという転落的移動はあっても、逆の形の上昇移動は少なく、労働力市場は封鎖的であった。しかし、最近では大企業でも労働力不足が目立ってきて、本工採用を前提としないと臨時工も集まらなくなっている。当庁調べ「新規雇用調査」によると、35年度の本工採用中に占める臨時工昇格の比率が、大企業でさえ4割に達しており、また中途採用者の前歴をみると、中小企業からの移動が7割をこえている。中小企業の労働者にも中小企業から大企業の臨時工へ、さらに本工へと階段を昇る道がひらけてきたことを物語っている。
このように労働力の移動性が高まり、今まで問題とされた封鎖的な労働市場が開放されてきたのは、1つには、労働力不足がもたらした面もあるが、同時に、雇う力の側もかわってきたことを意味していよう。技術革新が、より単純労働ですむように雇用構造をかえてきているからである。
しかし、いまのところそれも若い人達だけに通用する話で、中高年層ともなると、容易に移動することはできない。前出「新規雇用調査」によると5,000人以上の大企業で、35年度入識者中30才以上はわずか11%、40才以上ともなると2%に過ぎない。衰退産業からの離職者、あるいは農業からの就職希望者は、ますます高齢化する傾向が強いので、労働者の再教育など、これら労働者の雇用促進が図られねばならないだろう。
産業の地域構造の変革
都市への過剰集中
高成長に伴う構造変化は、必然的に産業立地をかえてきている。経済規模の拡大は、既存の工業地帯における工場の増加では間に合わなくなった。大規模化された工場は、今までよりも多くの土地を必要とする。既存の工業地帯では工業用水も足りないし、港湾も小さすぎる。また、エネルギー革命による石油依存度の増加は、従来の工業立地概念をかえており、コンビナートの形成は、新しい工業立地条件を形作りつつある。今まで、旧4大工業地帯へ集中してきたものが、この段階において求心的発展から遠心的拡大を示しはじめたのである。
元来、4大工業地帯への工場の集中は、経済的な条件のほかに歴史的、政治的な理由があって行われてきた。そのうえ集積していくことは、それが大きくなっているということだけで大規模生産の利益、関連工業の存在、社会関連施設の享受、高い消費市場密度の利点などの理由から、一層集積を進ませることになっていた。
日本を工業化の段階に応じて3つの地域に分けた 第43図 によって、高度工業化地域をみると、33年において工場地域面積54%のところに、生産の73%、従業者の70%、設備投資の60%が集中している。しかも28年と比較すると、他地区に比べて、このいずれの指標もが全国平均を上回る伸びをみせて、なお集積の続いていることがわかる。
大都市への工場集中は、単に工場労働者の集中を生むばかりでなく、第3次産業の集中をもたらす。人口密度の高いこと自体が、第3次産業の繁栄を意味しており、高位工業化地域は同時に第3次産業の集積も高い。
このようにして、集積の利益をめざして、大都市への人口集中が行われた結果、世界にも稀な巨大都市東京を発生させたのであるが、そこには、1過剰集中の持つ矛盾も露わになってきた。都市交通のまひ、用水不足、用地の入手難、公害の発生などがそれである。
都市交通の麻癖は道路1km当たりの自動車密度によってもわかる。高度工業化地帯では自動車密度が高まりすぎて、一級国道でも許容交通量をこえるものが増えてきた。日通調べによる東京の貨物自動車の回転率は、この2年間に約3割の低下であり、平均時速も20kmから12kmにまでおちている。
通勤電車の混み方も殺人的で、ラッシュ・アワー時の中央線は許容人員の3倍というつめこみ方になっている。これ以上の自動車の増大、人口の増大には耐え切れなくなっている。
港湾施設も、従来の工業地帯の施設は陳腐化し、老朽化しており、荷揚能力の不足から滞船、滞貨がみられるようになっている。工業用水はますます高くつくようになったし、土地価格は大幅に騰貴する。それに、地盤沈下、水質汚濁、騒音の害、ばい煙による公害など、ますます大都市は住みにくくなり、工場立地には不適当になってきている。
いまや、私企業の立場からいっても集積の利益が次第に失われつつあり、さらに社会資本の面からは、これ以上公共的投資をつぎこんでも効率の悪いものになりつつある。
地域格差の是正
一方、都市への集中は、当然のこととして地域間格差の拡大をよぶ。1人当たり所得にすると、鹿児島は東京の3分の1である。地域間の所得格差の要因な、基本的には農工間の所得格差にある。農業県ほど県民1人当たり所得が低いが、それは農業所得の差よりも農工間の所得差が大きいことによって生じたのである。東北の1人当たり農業所得は全国1つであるのに、東北の県民所得は工業人口が少ないために平均の6割しかないことになっている。
第2の要因は、低所得県ほど中小企業の多いことである。高所得県では大企業(500人以上)の雇用者の全雇用者中に占める比率が25%だが、低所得県となると、12%しかない。第3には、低所得県ほど働き手が少ないという面があげられる。年齢15才未満人口の全人口に対する比率が、高所得県では29%、低所得県では36%である。若い労働者は学校を卒業するまでは親元にいるが、卒業すると大都市に働きにでてしまうことを物語っている。
これら地域間所得格差の要因からみて、地域格差の是正には、次の3つの道が与えられているといえよう。その第1は農業県の工業化である。後進地域の工業化は先進国においても大いに進められているが、日本でも31年以降北海道東北開発公庫が、34年からは日本開発銀行が地方の工業化へ積極的に乗り出している。今までは、地方のカネも、中央に集まってきて、地方の地場資本の拾頭する余地が少なかったものを、政府金融機関の援助のもとに、工場の地方分散化も含めて、後進地域の工業化を進めている。地銀も最近ではターム・ローン(長期資金貸し付け)を行い、地方の工業化に一役買いたいと考えるようになってきている。
その他国土総合開発計画事業や、地方開発促進計画による開発投資などが工業化の基盤を与える意味での役割は大きい。また36年度からは、低開発地域の新増設資産特別償却制度の創設など、後進地域の工業化のための施策が進められようとしている。
第2の道は、農業の生産性向上である。日本農業の生産性上昇のしつこくだった過剰労働力の問題が次第に解決されつつある現在、前述したような選択的拡大と、生産基盤の拡充を通じて成長力をつかむならば、農業労働生産性の向上、1人当たり所得の上昇も可能となろう。ただ、農業からの人口流出が、若年の労働力中心であり、それが高所得県へでて所得を生み出している現状は問題である。最近工場の地方分散化から工場進出の著しい長野県では、中卒の県外就職比率は32年の47%から、36年の43%へと低下している。この形で、若年労働者が県内に留まって農業から工業への移転が行われはじめて、県間格差の縮小が行われることになろう。
第3の道は、地方財政を通じる所得格差縮小策である。現在の中央政府は、地力交付金などの形で、税収の地方政府への還元を図っている。 第44図 にみるごとく高所得県は地方税で、その支出の5割をまかなっているが、低所得県となるとわずか1割である。それでいて低所得県は1人当たりにすると高所得県より多くの経費を支出している。中でも教育費は低所得県の方が1人当たりにすると12%方大きい。このように、地方財政を通じて高所得県より低所得県への国税分の移転が行われることで、見方によると財政を通じての県間所得格差是正が行われていることになる。33年度において、鹿児島県民は1人当たり国税を5,255円払ったが、一方、国から交付税等で8,876円をもどされている。
第44図 高所得県、低所得県における1人当り歳入、歳出額の比較
現段階において、大都市は工場を地方へ押し出そうとするし、農村地帯は工場誘致によって工業化を達成しようとしており、両者の要求は合致しているかにみえる。
しかし、どこにでも工場ができるというものではない。そこには企業の利益と社会的間接資本の効率とが一致する必要がある。
産業の地域構造の再編成は、過剰集中に伴う巨大都市のまひ状態を防ぎ、所得の地域格差の是正に資すると共に、高度成長のための資源の有効利用をも行うという目的が同時に達成されることである。ただその場合も、経済性を無視した工場の画一的分散は不可能であり、社会的間接資本を含めて費用便益比率の高い地域へ指向することになろう。公共投資の民間投資に対する立ち遅れを前述したが、公共投資を増大させる場合にも、地域構造の再編過程を考慮して行わねばならない。それは新なる工場地帯の形成を意味すると同時に、新しい国造りでもある。
経営体制の変ぼう
高度成長下の構造変化に対応して、大幅な変ぼうを示しているのが、経営体制である。経済が高い成長を続けることから、企業規模も巨大化し、マンモス化した。いまや使用総資本500億円以上の会社が製造業で23社もある。31年上期から35年上期までの4年間にこれら巨大企業は固定資産で2.4倍となっており、その他の大企業(株式上場会社252社)の1.8倍に比べても大幅である。経営の巨大化は、単に資本の集積過程ばかりでなく、最近は多角経営化、系列化を通じて進んでいる。前述の巨大企業の投資勘定はこの4年間に3.6倍にもなっており、関係会社の資金調達に大きな役割を果たしている。傘下の中小企業の合理化をおし進め、技術水準を高めるのは、企業の戦線を拡大するために必要な戦略であるが、それはまた経営組織を一層複雑化する。また最近の多角経営化は、従来の副産物利用や、景気変動のさいの経営の安定化をめざすものから、より積極的な、他産業分野への進出を図るものが増えてきたため、ますます大企業の取り扱いう範囲が拡大してきた。
36年上期の投資計画の内わけを当庁調べ「法人企業設備投資予測調査」でみると、自己の属する産業以外の分野に進出するための投資が、全体の10%にも達しており、石油精製業が化学へ、造船が一般機械へといった多角経営化傾向を如実に示している。これら企業の事業量の拡大と広範な内容を持つ多角化、系列化への展開は、経営体制を大きく変化させるものとなっている。
経営体制の変ぼうの第1は、経営技術の進歩であろう。巨大企業を能率的に運用するには、今までの経営技術ではこなせなくなった。電子計算機(コンピューター)の導入などの事務機械化は、巨大企業の1つの解決策である。事務能率の改善がこれによって達成されるだけでなく、従来の生産工程の管理、在庫管理などの管理技術が、コンピューターを導入することによって根本的に変わってきている。オペレーション・リサーチとかリニア・プログラミングとかの近代的な経営手法が、初歩的ながらも日本の企業に取り入れられてきたのも、電子計算機の効果である。コンピュータ・リボリユーション(電子計算機革命)とよばれるにふさわしい意義を有している。
第2の変化は、経営体制における事業部制の確立、ゼネラル・スタッフの強化などにみられる経営の管理面の強化である。巨大化した企業は、権限の委譲と責任体制の確立によってのみ機動的に活動する。分化させねば能率が落ちるが、分かれたままでは統一的行動が行いえない。そこに人間でいうと頭脳に相当する部分の働きの強化がなければならなくなってくる。
第3には、長期経営計画の普及である。経済の不安定な時には、3ヶ月先の売れ行きが企業の最大の問題だった。しかし高度成長経済の下での巨大企業は、長期発展を目標に経営を導かねばならない。日本経済の成長力への信頼と共に長期的な視野の下での経営計画が行われはじめている。先に投資計画が大規模化し、投資の懐妊期間が長くなるのが最近の特色であると述べたが、これはますます経営計画の重要性をまさしめている。
第4は、各企業での技術開発の努力が目立つことである。 第45図 にみるごとく、34年にいたって民間の研究投資が倍増した。技術革新下で各企業が技術開発に熱心なのはあたりまえだが、今までは海外技術に依存して、自己開発への努力は少なかった。しかし、ここまで経済規模が拡大し、技術水準が先進国に近づいてくると、技術模倣ではすまなくなって、技術の創造が必要となってきたし、それだけの余力も企業に生まれてきた。技術研究所の設立が盛んで、技術者の養成にも力を注いでいる。
大企業の技術者の需要が大きくなっている点を先に述べたが、30年から35年までに、大学出の技術者は4割しか増えていないのに、大企業の採用者数は2.7倍という激増である。中小企業ではますます技術者をとれなくなっている。技術開発に必要な技術者の確保に大企業が躍起となっている姿がここにもみられるのである。
このように技術革新下の巨大企業の経営の変ぼうはめざましい。だが経営者がこれに十分即応しているかどうかには問題がある。
経験の乏しい事業にむやみに乗り出したり、事業部制を実施しながら社長がいちいち指図をしてみたり、電子計算機を入れても給料計算にしか使わなかったり、自己の拡大をのみ図って中小企業への配慮が足らないとか、いわば、経営体制の発展に、経営者の意識がついていけなくなっている例もみられる。それに加えて、経営者の視野が狭いことが、いたずらに投資競争を激化させている面も指摘される。長期計画、多角経営化の名の下に、適正規模を下回る投資が乱立して行われていることを見逃しえない。
企業が巨大化すると経営者の意志決定によって影響される範囲も拡大する。多数の従業員、株主、消費者など他の社会集団の利害に与える影響力は大きい。経営者は組織作り、人材養成にますます努力せねばならないし、経営者の権限について重要性の認識が高まると共に、現代社会における社会的責務もまた大きくなっているといわねばならない。
金融構造の再編過程
高度成長が続くなかでは、金融の機能もかわらねばならない。35年度において、成長金融が論ぜられ、また、金利引き下げ、資本市場の拡大が進んだのはこのような方向に適応した動きとみてよい。
前述のごとく、巨大企業は一層多くの資金を必要としている。大規模投資を行い、系列化、企業集団化の形で社外投資もおし進めねばならない巨大企業の資金調達は、尨大なものとならざるを得ない。それを賄うためにこれまでは銀行借り入れに依存し、固定比率(固定資産/自己資本)が悪化していたが、最近では巨大企業も自己資本の充実に懸命である。
最近6年間の巨大企業の資本金は3.5倍と大幅な増加で、巨大企業を除くその他の大企業の2.2倍を上回っている。口大企業は起債にも有利な条件があり、外資導入をやるし、長期金融機関の利用も活発だった。 第46図 にみるととく資金調達源として社債の占める比率が大きくなっており、巨大企業における長期資金の外部調達は、都市銀行依存を脱却して、自己調達力の強化に進んでいることがわかる。
一方、最近は中堅企業の進出が大きく、今まで同族全社的だったものも株式を公開するなど、資本市場にものり出してきた。小企業にしても、前述したように親企業の要請にこたえての設備の増強、人手不足からの投資の積極化など、資金需要は増大してくる。今までは、ともすると、市中銀行は金融ひっ迫期においては中小企業までは手が回りかねていたが、最近ではかなり積極的に中小企業の資金調達へ寄与する面もみられるようになってきた。企業の資金調達が、巨大企業では、資本市場の拡大と為替自由化の進展から社債、外資に依存する度合いを高め、中企業はで増資に積極化し、今まで自己資本でまかなってきた小企業では、技術革新下の急ピッチの発展に即応すべく、借り入れ依存度をましてきたことがわかる。中小企業金融機関の比重が増大する一方、地銀、都銀も伸びる中小企業への資金供給を積極化してきた。このような事情が金融機関の競争を激しくさせることにもなっている。消費者金融の分野にも、ようやく進出しはじめたところであるが、銀行が消費者にとっては預金するところだけでなく、借りるところにもなるという変化が進行していることも大きなかわり方だといえよう。
貯蓄する側もかわってきている。今までは消費者が消費した残りを貯蓄する形に過ぎなかったものが、最近の株式ブームのあおりで、投資家へとかわっている。貯蓄は将来の消費のため、住宅投資、教育のため、あるいは老後の保障のためであったものが、より多くの所得を生み出すためのものと考えられはじめた。 第47図 にみるととく36年2月の調査によると、高所得者層ばかりでなく中所得者層でもかなり株式、投資信託に投資していることがわかる。金利の高い貯蓄へ、財産所得の多い形の貯蓄へと移行している。カネを貯めて消費する形から月賦購入へかわり、さらに貯蓄は将来の所得を生む投資へと変ぼうしつつある。株式、社債への直接投資に至るまでの中間的な貯蓄形態としての投資信託、貸し付け信託などが伸びているのはその現れである。このような貯蓄形態の変化に応じて、企業は長期資金調達にさいしていろいろなルートを利用するようになっており、我が国金融構造の再編の過渡的な姿を示している。
資本市場の拡大、直接金融の比重増大は、経済発展の自然のなりいきとして進みつつある。このような方向は、金融が市場のメカニズムによっておのずと調節されるような体制にかわっていくことを意味しているが、ただそうなれば、いまのようにもっぱら日銀の窓口規制によって銀行の貸し出しを抑えるという方法も変わらなければならなくなってくる。この意味で、社債流通市場の確立、コール市場の正常化など、貯蓄、投資構造の展開に即応した政策体制を整えていくことが、一層必要となってきた。
分配構造の変化
以上のととく高成長によって経済の諸部門で大幅な構造変化が起きたのであるが、その結果、日本の二重構造はいかに変化したかが最後の問題となる。
そこで日本経済の二重構造の端的な表現としての賃金格差をみると、この間、改善のあとが著しい。前述したように高成長経済の下で労働不足がおこり、低賃金部門での賃金上昇が目立っている。特に若年層で大企業労働者と中・小企業労働者間の賃金格差の縮小がみられたことは、30年ごろまでにはなかった新しい動きである。
29年から35年までに製造業では大企業の若年層(18~20才)賃金は27%上昇したのに対し、小企業では42%も上昇した。その結果、 第48図 にみるごとく29年には大企業の77%しかなかった小企業の若年労働者の賃金が、36年には87%まで差を縮めている。この傾向は製造業ばかりでなく、低賃金部門の小売り、サービス関係についても同様である。
しかしながら賃金構造の前進過程のなかにあってもなお次のような問題が残っていることも忘れてはならない。
第1は、企業規模間賃金格差の縮小も、中高齢層にまで及んでいないことである。 第48図 にみるごとく、若年層の賃金格差の縮小に対して、40才以上はなお拡大を続けている。これは中高年齢層では就職難が解消していないこと、大企業では年功序列的賃金体系が強く支配していて、賃金上昇率が高いこと、あるいは中小企業では若年層の賃金上昇分を、中高年齢層の賃金上昇を抑える形で埋め合わせようとしていることなどが、要因となっていると思われる。
第2は、労働力を失った世帯あるいは労働力を摩耗して正常な労働ができないような世帯は、高成長による恩恵をあまり受けない点である。被保護世帯はいまなお60万世帯を数え、職業安定機関を通じる日雇い労働者は55万人に達している。これらの家庭では働こうにも働けないし、また働き手はいても労働力を摩耗し、老齢化しているので、民間産業でもなかなか受けいれてくれない。そのため所得の増加はもっぱら保護基準の引き上げや、失業対策事業日雇い貸金の引き上げにかかっている状態である。
しかしながら、今後高成長が続く過程において、中小企業の近代化に応じて賃金格差も全面的に縮小するであろう。
また低所得者層の改善については、政府の政策の最も有効に働く分野であって、税制や社会保障拡充などを通じて所得再配分政策を進めると共に、最低賃金制や職業訓練制度を推進する必要があろう。
36年度予算におけるこれらの施策に対する低所得層への予算措置は、かなり大幅であったが、今後もこのような政策の重要性が増すだろう。