昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
日本経済の国際競争力と構造政策
日本経済の国際競争力の評価
価格面からみた国際競争力
国際競争力の有無ないし強弱を判断する一つの基準は商品価格である。ある商品について国際競争力があるかどうかは、その価格が国際的に割安であることが重要な要件となる。もとより、いくら安価でも粗悪な商品や海外需要に適合し得ないもの、また高い関税障壁を設けあるいは直接的な輸入制限が行われている場合には価格条件のみから直ちに競争力があるとはいえない。また二重価格の形で国内価格と輸出価格に大きな差のある商品もあり、国内価格の比較だけで国際競争力を現わし得ないことになる。さらに重量物資では運賃コストを勘定すると市場によってはある程度割高であっても競争力があるとみられるものもある。このような割高か割安かということは相対的なものであるが、国内価格はその国の産業ないし企業の経済力を反映するものとみられるから以下、国内価格相互の比較を中心に国際競争力の実体を検討することとする。
国際比価の実体
主要商品価格の国際比較
第II-1-1表 は我が国の主要商品価格が国際的にみてどのような水準にあるかを比価で示したものである。これによると繊維品は人絹糸をはじめ概して割安で、我が国繊維産業の国際競争力の強さを如実に物語っている。鉄鋼製品のうち薄板と厚板は比較5カ国では最も高い水準にある。33年の景気後退時にはかなり国際水準への接近がみられたが、その後の景気上昇に伴う我が国価格の上昇によって再び割高幅は拡大した。しかし、28年当時に比べると薄板などの割高幅は著しく縮小している。これらに比べ棒鋼は33年以降対米割安化を実現していることが注目される。電気銅は28、31年の好況時にはアメリカに比べ50~90%高と著しく割高になっていたが、最近では20~30%高の水準にとどまっている。セメントではイギリスに対する割高が目立っているが、34年度以降は大体30%程度の割高である。硫安の割高幅は他の割高商品に比べ小さいが、これは輸出価格で比較したためで国内価格をとるとさらに高い水準にあるものとみられる。
最後に若干の雑貨についてみると、我が国の価格はアメリカ、カナダなどの市場価格に比べ革かばん、野球用グローブなどはほぼ2分の1、布靴、総ゴム靴、喫煙具、玩具などは3分の1と著しく割安で、価格面からみる限り競争力は圧倒的に強い。
このように繊維品、雑貨など軽工業品は国際的にかなり割安であるのに対し、重化学工業品の多くはなお割高を解消していないとみられる。
国際比価の改善傾向とその要因
国際比価の現状は以上の通りだが、34年における我が国主要商品の国際比価が28年当時に比べ著しく改善されていることは 第II-1-2表 から伺われる。我が国産業の国際競争力強化の一つの反映とみることができる。
国際比価の改善には(イ)割高商品が割安化したという本質的な改善のほかに(ロ)割安商品の割安幅拡大(ハ)割高商品の割高幅縮小の場合も含まれる。このような比価改善の類型を 第II-1-2表 の商品についてアメリカとの関係でみると、 第II-1-3表 (横欄)のように割安幅が拡大したものは繊維と黄銅板のみで、最近の比価改善の多くは割高幅が縮小したことによるものであることがわかる。
一方、国際比価は比較国における価格の相対変動の結果としてえられるから、比価改善の価格要因は、(a)我が国の価格下落に対し比較相手国の価格が上昇した場合(b)我が国の価格下落率が相手国のそれより大きい場合(c)我が国の価格上昇率が相手国のそれより小さい場合の三つの場合がある。これをアメリカとの関係でみると 第II-1-3表 (縦欄)に示したように、対米比価関係の改善はアメリカの価格上昇に対し我が国の価格は下落するかそれほど上昇していないことによることがわかる。このことはイギリス、西ドイツに対してもほぼ同様の関係にある。このような個別商品についてみた価格変動の特色は、総合卸売物価指数において28年に対する34年の水準が我が国では1%低いのに反しイギリス11.8%、アメリカ8.4%、西ドイツ5%とそれぞれ高い水準にあることに集約的にあらわれているといえる( 第II-1-1図 )。
我が国の最近の卸売物価水準が需要の旺盛にもかかわらず28年当時より低いのは、海外物価の安定、財政金融政策による需要調節その他いくつかの要因があるが、なかでも生産力の充実ことに30年以降の巨大な設備投資が漸次生産力化し、需給緩和とコストの低下が同時的にもたらされたことによるところが大きいと思われる。
変動の激しい国際比価
以上は28年と34年の比較から比価関係の改善状況をみたものであるが、この間において比価が一様に改善されたわけではない。 第II-1-2図 及び 第II-1-4表 は人絹糸、薄板の対米比価変動と日米それぞれの価格変動を示したものである。これによって比価関係は大巾に変動しながら、趨勢としては改善の方向にあること、我が国の価格変動の如何が比価変動の主な要因となっていることが明らかである。これは総合物価指数の動きにもあらわれている。 第II-1-1図 にもみられるように、我が国の物価変動幅は大きいが、アメリカをはじめイギリス、西ドイツの物価は景気後退時にもほとんど下落しない反面、好況時にも急激に上昇することなく我が国の物価と異なる変動形態をとっている。従って我が国の国際比価がかなり大幅な変動を示す要因は多くは我が国の物価変動にあるものといえる。しかし諸外国の物価が傾向的な上昇基調にあるのに対し我が国の物価にはそれがみられないから、我が国の物価変動の幅を縮小かつ低水準に安定させることによって比価関係の恒常的な改善と安定がもたらされるものといえる。
第II-1-4表 薄板、人絹糸の対米比価変動の際の相互の価格変動
原材料高の克服
前項でみたように、我が国の主要商品ことに重化学工業品は漸次国際的割高を縮小する方向にあるが、なお絶対的優位を獲得するに至っていない。価格面の国際競争力を強化するためには基本的には需要を拡大し、量産体制を確立する一方、設備の合理化を進めコストを低減させるほかはない。しかし、製品のコストとして最も大きな割合を占めるものは原材料費であるから原材料費率の大小とともに原材料価格の如何は製品の供給価格の決定に大きな影響をもつものといえる。
主要原材料価格の国際比較
ところが 第II-1-5表 にみられるように我が国の主要原材料価格は国際的にみて著しく割高である。その比価関係は 第II-1-2表 (前出)のごとく28年当時に比べ改善したものも少なくないが、半成品、完成品に比べるとむしろ悪化したものが多い。我が国の原材料割高は資源の貧困に基づく宿命的なもので、完成品の需要拡大に伴い原材料需要も増大して、原材料高をよんでいる。資源の不足は原材料輸入依存度を高め、海上運賃その他輸入諸費用を不可避とする。また原材料供給地の遠隔化は自国で豊富かつ安価な原材料を使用することが可能な、あるいは原材料供給地に近いなど自然的地理的条件に恵まれた工業国に比べ我が国産業の立場を不利にしている。
加工段階における原材料高の克服
我が国産業は多かれ少かれ既に原材料段階でハンディキャップを背負っているが、原材料割高幅はそのまま製品の割高となっていないのみかむしろ著しく縮小ないし解消している。 第II-1-3図 は鉄鋼、非鉄金属、繊維について原材料から製品に至る加工段階において割高幅がいかに変化しているかをみたものである。これによると繊維では原綿、パルプなど原材料の割高は加工段階で完全に吸収され、しかも製品は著しく割安になっていることがわかる。鉄鋼、非鉄金属についても原材料の割高に比べ製品の割高幅はかなり縮小しており、なかでも棒鋼、アルミ板は完全に割安化したものといってよいであろう。
このように程度の差はあるものの加工度が高まるにつれて原材料の割高はかなり克服されているが、このことは利潤率、賃金分配率もしくは両者が我が国では相対的に小さいことを意味するものにほかならない。もちろん技術の向上と合理化投資効果による原単位の向上の方も大きいが、なんといってもその基本的背景となっているのは賃金コストの低廉さであり、それが労働集約的商品の国際競争力を強力なものとしている。それは資本集約的商品についてもある程度妥当するが、そこには賃金コストの相対的割安さだけではカヴァーできない資本負担その他の重圧があることを見逃してはならない。
自由化による不利条件の改善
原材料高をかなりの程度加工段階で吸収しているとはいえそれにはおのずから限界がある。どうしても日本産業はより一層安い原材料を輸入に依存することによって不利を克服することになろう。確かに自国に豊富な資源をもつ国に比べると輸入依存は不利であるが、1)欧米工業国の原材料入手先も次第に遠隔地化していること。2)海上運賃の革命的値下り。3)石油化学の発達などにみられる原料転換などにより原料条件の不利性は相対的には改善されつつある。今までの自給度向上のたてまえからの国内資源依存を切り捨てて海外原料依存に変わることは、貿易自由化の第一のメリットである。もとより原材料を海外に依存する度合の強い我が国産業にとって海外の原材料価格並びに海上運賃の低位安定に期待をつなぐだけでは不安定である。既に鉄鋼にみられる海外鉱山の開発や鉄鉱石輸送専用船の自家保有などは企業努力による原料高克服の一つの解決方法である。 また我が国の原材料価格は割高なだけでなくその変動も激しいが、従来の輸入制限体制がその一因となっていることは否定できない。輸入制限下では海外原材料の購入に際し価格機能を十分に発揮することができないし、また思惑やプレミアムなどを発生させがちである。有利な時期に有利な地域から自由に原材料の買付けが可能となれば、それだけで従来に比べ原料条件の不利はかなり改善されるであろう。ここに貿易自由化の第二のメリットがある。従って原材料の輸入については内外の経済情勢を考慮しつつ事情の許す限り自由化することが望まれるわけである。
原材料価格の安定のみでは解決できない割高の克服のためには、例えば硫安のガス源転換のように新製法の導入によって割安な原料に転換することも必要であるが、なかんづく加工段階の合理化を進め原単位を向上させ加工度を高めることによって原材料費率をできるだけ小さくすることも肝要である。この点「2-2」の項にもみるように原単位はかなり向上しているから、さらに原材料価格の低下が可能となれば両者相まって製品価格の引下げは促進されるであろう。
貿易自由化はプライス・メカニズムをよりよく機能させることとなるが、既にみたように我が国の主要商品価格のなかに割高なものも少くないから、それら商品を生産する企業では国際水準にさや寄せのため供給価格の引下げ努力が従来にもまして要請される。それは反面において他の企業コストの低下に寄与し、全体としての物価水準を引き下げることに役立つものと考えられる。また自由化の推進によって輸入制限の下で可能であった二重価格構造や外貨割当に随伴したプレミアムなど不合理な価格体系も漸次是正されていくことになろう。さらに海外物価の変動には従来以上に敏感になるとともに輸入割当制度の果たした需給調節機能が失われることも注目を要する。総体としての需要を調節し、供給力に適合せしめるためにはきめの細かい政策的配慮が必要である。