昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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日本経済の国際競争力と構造政策

西欧の貿易自由化とその背景

西欧と日本との自由化の条件の比較

 第一に国際分業のあり方が違うことを知らねばならない。前述のように、西欧は高度に発達した経済圏を背景とし、その基盤の上に立って隣接した工業国相互間に特化が育成されてきた。だが、日本にはこれに当る経済圏がない。すなわち、欧米先進諸国から離れた島国であり、その隣接地域は共産諸国あるいは未開発な東南アジア諸国であって、戦後、我が国の重化学工業が長歩の発展を遂げたとはいえ、これらの地域は工業製品の相互交換によって、互いに高度の工業化を促進させるような基盤とはなり得なかった。

 このような条件の違いを最も端的に示してくれるのはイタリアと我が国との興味ある対照である。先に述べたごとく、イタリアは対OEEC諸国に対しては、域内諸国の中でも最も域内自由化に対して積極的な国であった。そしてその理由はイタリアの貿易構造にあったという。すなわち、輸入品目の過半数がその国民経済にとって不可欠の物資でしかも国内では代替ないし増産の困難なものであるということ、他方イタリアの輸出のかなりの部分が非必需的消費財で、イタリアの輸入を自由化することで相手国の輸入制限を緩和してもらう必要があったというような事情は、そのまま我が国の場合にもあてはまりそうである。そこで一方イタリアの対ドル自由化の経緯をみると、前掲の 第I-1-2表 にみるごとく他の西欧諸国に比べて最も遅れていたことを知る。この点はドル不足が最も著しかったのみでなく対ドル競争力の点でイタリアが他の西欧諸国に比べてもっとも遅れていたことをものがたるものであろう。この点でも西欧の国々の中ではもっとも日本に似ている国であるといえよう。もしイタリアが西欧経済圏という強い基盤を持たず、また、そのような基盤の中で積極的な域内の自由化を行い得なかったならばイタリアの対ドル自由化は一層遅れたに違いない。しかしながら事実は以上の通りであったがゆえに今日ではイタリアも対ドル自由化を大いに促進し得て、35年1月には90%となったのである。

 第二に雇用の状態が違うことを指摘しておきたい。西欧ではイタリアや初期の西ドイツなどを例外とすれば戦後おおむね完全雇用状態にあった。このような状態の下では自由化の雇用面に及ぼす摩擦も比較的容易に吸収できた。西欧でも機械工業や化学工業のように高成長産業がある反面で、農業、綿業、石炭などのように相対的に縮小を余儀なくされる産業もある。特に農業従業者数は多くの国で絶対的にも減少している(28年から33年までに西ドイツ30%減、イタリア14%減、スウェデン14%減)。またイギリスの紡績業の従業員数は同期間に12%減少し、石炭業の従業員数は33年1月から35年1月までに12%減少している。

 しかし、これら縮小産業から吐き出された労働力は比較的容易に他の成長産業へ吸収されているのであって、全体としての失業率はむしろ低下しているのである。例えば西ドイツの失業率は本年5月に0.8%へと戦後最低の水準へ低下し、イギリスの失業率も1.5%(34年5月は2.4%)となっている。

 前述の地域間投入産出表の検討でも知られるごとく自由化を進めれば一層特化が進み、大規模生産による利益を享受できる。他方、傾向的に比較的優位な産業はますます巨大化し、一方比較的劣位な産業はますます縮小を余儀なくされる。そうなれば比較的優位な産業では雇用の増大が起るが比較的劣位な産業では雇用の縮小を余儀なくされよう。もしその国が既に完全雇用であるならば両産業の間で雇用の移動が大した抵抗なく行われ、産業構造の改変に伴う失業の発生という事はあまり問題にはならないであろう。しかし、もしその国が完全雇用でなく、多くの不完全雇用をかかえているとすれば、比較的劣位な産業の縮小に伴う失業は比較的優位な産業に十分に吸収される事なく、それがそのまま失業者となって停滞してしまうおそれがあり、失業救済事業や雇用増大策など積極的な政府の施設が必要となろう。

 しかし、完全雇用下の自由化を進めてきた西欧諸国の場合でも、現実には労働力の移動に伴う問題がなかったわけではない。例えば、現在技能の再訓練の為の施策が各国の国内政策並びに共同市場諸国の超国家的な課題として重要視されている。これらの事実は、いまだ完全雇用の域に達していない我が国にとって重要な示唆を与えるものだろう。

 しかし、近年我が国民経済の発展はめざましく、産業の近代化・合理化にもみるべきものがあり、その工業生産力は世界工業国の水準に達している。また、外貨ポジションも堅調を示しており、我が国の貿易為替の自由化を推進させる時点に到来しているとみて過言ではなかろう。このような検討の結果、自由化のための彼我の条件を勘案して、もって我が国の自由化推進の参考に資したいと思う。


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