昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

国民生活

国際的にみた国民生活の特徴

 前述したように我が国の国民生活は年々着実な向上を続け、消費の内容においても著しい変化を遂げている。また貯蓄率も引き続き増加している。このような我が国の国民生活の現状を国際的に比較してみたらどのような特徴がみられるであろうか。以下消費水準と消費構造、貯蓄率、消費者物価等の諸点について比較を試みてみよう。

所得・消費水準と消費構造

 まず一人当たり実質国民所得の推移からみよう。1953年から58年までの我が国の一人当たり実質国民所得の上昇率は31%で年率5.5%の上昇となる。これに対し、アメリカは年率1.0%、イギリス1.8%、西ドイツ5.3%であるから、我が国は欧米諸国に比べると最高の上昇を続けているといえる。特に56年以降この傾向は顕著であり、これは我が国経済の著しい発展の姿を示すものである。

 しかしその水準を公定為替レートによって欧米諸国に比べてみると、1957年で249ドルとアメリカの12%、西欧諸国のほぼ1/3程度で世界第27位の水準である。また戦前に対する上昇率においても、欧米諸国よりかなり遅れている。 第14-7表 に示すように、日本の所得水準は1958年において戦前(1938年)を約2割上回ったのに対し、アメリカでは86%増(59年)、西ドイツ、フランスではいずれも5割余の増加といずれも日本の伸びをかなり上回っている。これは日本が敗戦による所得水準の低下が大幅であったからであり、日本の所得水準の国際的地位は戦前よりもなおかなり低下しているといえる。

第14-7表 国民一人当たり所得・消費水準

 また我が国は欧米諸国に比べて、国民所得のうち資本形成に向ける割合が高いので、国民一人当たりの消費水準でみると、国民所得の水準よりもさらにその地位は低下する。すなわち個人消費の国民所得に対する比率をみると、日本は71%に過ぎない。これに対し、特に高いフランスの89%を除いても他の欧米諸国はおおむね76~80%と日本とはかなり差がある。このため公定為替レートで換算した日本の一人当たり消費支出は178ドルと、アメリカの11%、西ドイツ、フランスの29%の水準となる。

 最も我が国では消費者物価が公定レートに比べてかなり安いので、一人当たり実質消費は上述の水準よりかなり高くなる。消費者物価の水準を国際的に正確に測定することはかなり困難であるが、後述の方法により消費財の購買力平価を算定し、これを用いて各国の消費水準を国際的に比べると、日本の実質個人消費支出は307ドルとアメリカの19%、西ドイツ、フランスの31%の水準となる。

第14-4図 一人当たり実質所得の推移

 このように日本の消費水準は、最近数年の上昇によって幾分諸外国との差を縮め、実質的な消費水準は公定レートで換算するよりも高いとはいえ、欧米諸国との差はなおかなり大きいので、消費構造も先進諸国に比べて劣っている。 第14-8表 に示す通り、国民所得勘定による日本の消費構造をみると、食料の割合が高く、家賃・家具什器・交通費などが少ない。

第14-8表 個人消費の構成比

 まず食料(除嗜好品)についてみよう。一般に所得水準が低いほど食料費に向ける割合が高いことは国際比較の場合でも同様である。1957年でみると、アメリカは24%であり、英独仏は31~35%の間にある。これに対し我が国は42%とかなり高い。しかしながら我が国よりも所得水準の高いイタリアあるいは所得水準と同程度の国々に比べるとかなり低いので、日本は所得水準の割合には食料支出割合が低い国といいうる。これは日本の食料消費が量的・質的に劣っているためで 第14-5図 に示すように供給量からみた国民一人1日当たりのカロリーは2240カロリーで欧米諸国の3000カロリーに比べて2~3割低い。しかもその内容をみると大部分は穀類・イモ類を中心とした植物性食品であり、動物性食品の比重は著しく少ない。日本の動物性食品の供給は1日当たり213カロリーで西欧先進諸国の中で最も所得水準の低いイタリアの699カロリーと比べても3割程度に過ぎない。しかも日本の動物性食品の4割近くは価格の特に低廉な魚介類であるため、魚介類以外の動物性食品の摂取ではイタリアの2割程度となっている。

第14-5図 一人一日当たりカロリー

 一方住居をみると日本の家賃支出がアメリカ、西ドイツとに比べてかなり低いことが目立っている。これは我が国の住宅の大部分が比較的安価な木造住宅でしかも居住面積も狭小なことが原因である。一戸当たりの住宅規模(市部)は 第14-9表 に示す通り日本は53.4平方米とアメリカ、イギリスの6割程度に過ぎない。しかも日本の1世帯当り世帯人員は欧米諸国に比べてかなり高いので、一人当り居住面積にすればさらに低いことになる。

第14-9表 世界各国の住宅面積(市部)

 被服の比率は8.0%と欧米諸国に比べてかなり低くあらわれているが、一人当たりの年間繊維消費量を1957年についてみると、日本は8.1Kgとアメリカの15.4Kg、イギリスの12.9Kgと、量においては国民所得で比較するほど大きな差は存在していない。従って個人消費中の被服比率の低いのは主として価格水準が低いためであり、実質的には欧米諸国をやや下回る程度の比率とみてよいであろう。 

 次に家具什器の支出についてみよう。我が国の家具什器支出は個人消費の4.3%でイタリア以外の欧米先進諸国に比べ、まだ低い比率である。これは欧米と日本の生活様式の差異によるところも大きいが、主要耐久消費財の購入水準が低いことも一因である。例えば電気冷蔵庫の普及率はアメリカの98%に(1959年1月全国)対し日本は都市世帯でも10%(1960年2月)と著しく低い。しかし、ここ二、三年来急速に普及したテレビについて人口100人当たり保有率をみると、アメリカ(59年12月)34.8台、イギリス(59年12月)20.5台を例外とすれば西ドイツ(59年11月)5.8台、フランス、イタリア(59年12月)はともに3.1台であるのに対し、日本(60年3月)は4.5台とおおむね欧米大陸諸国と同程度ないしそれ以上の水準である。これは 第14-6図 に示すように、日本ではテレビ価格の低下と賃金水準の上昇によってテレビの賃金水準に対する相対価格が急速に低下したこと、及び住居水準の立ち遅れによって所得水準の上昇が手近に生活を楽しめるテレビ購入に向かったことなどによるところが大きいが、それに加えてデモンストレーション効果が大きく働いているためであろう。

第14-6図 テレビの生産量と相対価格

 雑費の内容は複雑であるので、全体としての比較は困難であるから主要な項目について勤労者世帯の家計調査からその特徴をみよう。

 日本の雑費消費の中で特に目立つのは、教育費、保険衛生費の割合が高く、逆に交通通信費は著しく少ないことである。まず教育費についてみよう。我が国の上級学校進学率はアメリカに次いで著しく高く、高等教育進学率は欧州諸国の2倍あまりに達している。このことは我が国の教育費の比重を高くしている一つの要因であるが、それ以上に教育費の比率を高めている大きな要因がある。それは教育経費中に占める父兄負担の比率が高いことである。欧米諸国はおおむね義務教育期間中教科書の無償貸与を行っており、それ以上の教育課程でも授業料が無料の上多額の奨学資金支給が行われている場合が多い。このため義務教育修了者の 1/3が大学に入学するアメリカにおいてすら、教育費支出は家計支出の0.5~1.0%に過ぎない。これに対し、我が国では家計支出の3%程度が支出されている。

 保健衛生費の支出割合も、医療保険制度のないアメリカを別とすればやや大きい。これには二つの理由がある。第一に住宅施設の不備や慣習によって公衆浴場を利用する者が多いため入浴料支出が多いこと、第二は我が国では医療保険制度が不充分なため医療保険によらない診療代の支払や医薬品の購入などが多いことである。このほか理髪やパーマネント等の利用回数が欧米諸国よりもむしろ多いことも一つの要因であろう。

 これらに対して交通通信費の割合は著しく少ないことも目立っている。これは、第一に欧米諸国では交通費の大部分が自家用車の購入及び維持費であるためかなり高額となること、第二には欧米諸国に比べて旅行回数が少ないこと、第三には後述するように運賃が安いことなどが影響していよう。

 以上のように我が国の消費生活は、なお、欧米先進諸国に比べるとかなり劣っている。中でも住居水準、動物性食品の摂取、乗用車の保有などは特に低い。これに対し教育、サービス、テレビ保有などは所得水準の低さほどの大きな開きはない。このように我が国の消費生活は知的水準においてはかなりの高さに達していながら、その所得水準の低さから物質的な生活面においてはなおかなり低い。これは我が国の二重構造と呼ばれる特殊な経済構造や社会構造に根ざすものであり、その特徴は消費者物価の低さや貯蓄率の異常な高さ等に象徴的にあらわれている。

安い消費者物価と高率の個人貯蓄

 前述したように、我が国の所得や消費の国際的地位は公定為替レートで換算するよりも消費財購買力平価を用いるほうがより上昇する。これは我が国の消費者物価が公定為替レートでみるよりもはるかに安いからである。消費財の購買力平価を正確に測定することはかなり困難であるが、OEEC及び小宮、渡部両氏の算定を基礎に一応の試算を行えば、 第14-10表 の通りである。すなわち我が国は、1959年において1ドル対200余円と公定為替レートの6割弱の比率である。これを費目別にみると公定為替レートに比べて食料は7割弱、被服は5割の水準であり、特に官公運輸、サービス、野菜果実、衣料品などは3~4割の低さにある。品目別にみると、米類はアメリカの55%、玉葱等は30%にすぎず、国鉄運賃は40%、理髪料金は30%程度である。しかしこの反面我が国の消費量の少ない肉類、バター等の動物性食品や砂糖等ではアメリカよりかえって高くなっている。

第14-10表 消費財購買力平価の比較(1959年)

 このように我が国では生活必需品の価格が特に低いので、先進諸国に比べて生活費はかなり安価ですみ、従って低い賃金水準の下でもある程度の生活水準を維持することは比較的容易である。

 上述のように消費者物価が公定為替レートに比べて低いのは、政策的配慮による公共運輸料金の低価格や気候環境等の好条件に伴う魚介・野菜・果物類の豊富低廉な供給なども一因である。これと同時に安価な消費財やサービスの大部分が低賃金の中小企業において生産・流通・供給されているからである。

 消費者物価が低いとともに日本の貯蓄率は、国際的にみると異常なほどの高い水準である。一般に貯蓄率は所得・消費の水準によって影響されるが、日本の貯蓄率は、上述のごとき所得水準に比べて著しく高い。国民所得統計によれば、 第14-11表 に示す通り可処分所得の15%余に達している。これには我が国では個人業主の比重が大きいという特殊の要因もあるが、勤労者世帯の家計調査からみても12.9%と西ドイツの4.0%をはるかに上回っている。家計調査に示された西ドイツの実収入は平均で約7万円(公定為替レート換算)で、日本の家計調査でみれば最高の5分の1階層(第5段階)に近い所得水準に相当する。ところが、我が国の第5階層の貯蓄率は21.9%と実に西ドイツの5.5倍の高い貯蓄率である。またアメリカにおいても1950年の家計調査によれば貯蓄率はマイナスであり、その後の研究によっても2~3%程度の貯蓄率に過ぎない。さらに社会保険掛金も広い意味では貯蓄とみなしうるので、上述の貯蓄に社会保険掛金を加えたもので比較してみても日本の貯蓄率は高い。西ドイツは欧米先進諸国の中では社会保障に対する被用者負担率の特に高率の国の一つである。この西ドイツと比べても、貯蓄率と社会保険負担率とを加えたものの割合は西ドイツの13.7%に対し日本の勤労者世帯は15.5%と依然高率を示している。

第14-11表 勤労者世帯の所得構造

 では我が国の個人貯蓄率はなぜこのように高いのであろうか。まず日本の貯蓄を形態別にみると、生命保険の比重がかなり高いことが特徴である。しかもこれは低所得層まで広範に広がり、その比重は低所得層ほど大きい。さらに高所得層ほど有価証券投資のウエイトが大きい。これらは我が国の個人貯蓄が高水準を示す理由をかなりよく説明している。すなわち我が国の個人貯蓄の高水準は、1)生活の不安、2)住宅不足、3)高い預金利子率、4)貯蓄を美徳とする伝統的観念などに基づいている。我が国では生活に対する不安が欧米諸国に比べて大きいので、世帯の不時の出資や失業等に備える生命保険ないし預貯金が貯蓄の中で大きな比重をもっている。第二の住宅難の事情は先に述べている通りであるが、政府資金による建設の比重は極めて低いので、自己蓄積によって建築せざるを得ない者が多い。第三の利子率が先進国に比べて高いことは、第三部に示す通りでこれが貯蓄率を高めている一つの要因といえよう。特に高利回りの証券投資等についてはこの傾向が強い。第四の勤倹貯蓄を美徳とする伝統的観念は、戦前においては生活の不安と結びついて高率の貯蓄を続けさせた。戦後は民主化や生活態度の変化等によりかなり稀薄になってきたとはいえ、依然大きな影響を与えているということができよう。


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