昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
昭和34年度の日本経済
物価
物価の安定とその要因
今次の景気上昇は29~32年当時に比べてテンポが速く、総需要は一貫して増勢をたどった。その結果、物価は29~32年の景気上昇過程で30年の3~6月にみられたような中だるみ的な現象を生ずることなく上昇傾向を持続したが、そのテンポは既にみたように概して緩慢であり、安定的に推移した。
これは基本的には供給力の余裕という国内条件と海外市況の安定という国外の環境によるものであった。すなわち31年度に特徴的にみられた物価の急騰は、輸送、電力、鉄鋼などの基礎部門を中心としたボトル・ネック現象の発生により直接、間接に影響され、また海外諸国の好況が海上運賃の上昇、輸入原料高となってコスト的な面から物価の上昇原因となったためであった。特に31年度後半に勃発したスエズ動乱が世界的に商品価格の高騰をもたらし、海上運賃を一層強調たらしめたことは見落とすことのできない事実であった。しかし今次景気上昇の過程にあっては供給力が限界に達して経済発展の阻害要因となるような事態は発生しなかった。需要の増大が著しく、緊急輸入を余儀なくされたものもないではなかったが、これまでのところでは半製品、製品での輸入は比較的小範囲であり、その規模もそれほど大きくなかった。これは景気回復の当初においてかなりの設備余力があったばかりでなく、「生産」の項にみるようにここ数年来の継続工事が完成期を迎え、続々と生産力化したこと、特に、需要増加の著しかった鉄鋼、機械、電力、石油などの部門での能力増加が大きく、しかも需要増加とほぼ対応して能力が増加したことによるものである。そして伊勢湾台風の時における鉄鋼の例にみるように在庫水準が高く、在庫による調節力が30~32年当時よりも概して大であった( 第12-5図 参照)ことも、顕著な物価騰貴という事態を惹起させなかった一つの要因とみることができる。 第12-6図 にみるように今次景気上昇過程における物価変動は29~32年当時のように各財の間に目立った乖離はみられず、ほぼ均衡した形であらわれているが、このことは需要の増加がかなり広範囲にわたったことを裏書きするとともに、需要増加に供給がほぼ均衡のとれた形で対応したことを物語るものといえる。
このように需要の増加が操業度の引上げ、新増設設備の稼働によって充足され、需給面からの物価上昇要因は比較的少なかったが、それと同時に設備の近代化、合理化の効果が発現し、生産性の上昇が顕著であったため、賃金の上昇が吸収される度合いが相対的に大きかったことも反映した。製造工業の賃金コストは29年を100として30年、31年にもそれぞれ98.8、95.8と低下したが、33年は97.9、34年は91.2とさらに低下をみせており、このことを明らかにしている。
こうした国内的な条件の相違のほかに今次景気上昇過程においては、海外の原材料市況が、世界的な景気上昇下にありながら、供給力の増大を反映して目立った上昇をみせず、また、海上運賃も好況時に着工された新造船の就航により船腹需給が著しく緩和されたため、低迷を続けるという事情が存在した。 第12-5表 にもみるように原材料の高騰というコスト面からの上昇圧力は比較的軽微であったのである。また海外先進国の国内物価が 第12-6表 にみるごとく今回は総じて安定していたことも見逃し得ない一つの要因であった。
一方、以上のような諸事情によって思惑の台頭も抑制された。これには需給動向に即して外貨予算が逐次拡大されたこと、公定歩合の引上げなど景気過熱防止策が早目に講じられたことなど、いくつかの要因も加わっていたとみられる。
以上にみるように、我が国の物価は今次景気上昇過程においてかなり安定的に推移し、海外先進国の物価が上昇傾向にあるのと対照的に最近においても落ち着きを示している。成長力の旺盛なままに、我が国の物価変動はこれまで大幅であったが、このように前回を上回る拡大過程にあって物価が安定的たりえたことは注目されてよい。そしてこれは一つには海外市況の安定によるものであったが、供給力の増大など我が国の経済力充実や財政金融を通じての景気調整といったような国内的な要因が多分に反映されたものとしてよいであろう。