昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
昭和34年度の日本経済
設備投資
34年度設備投資の特徴
設備投資の増勢と水準
34年度の設備投資は拡大傾向を示したが、特に下期以降の増勢は、一段と強まる動きにある。
当庁調べ「法人企業設備投資予測統計調査」(資本金1億円以上1669社)によれば、34年度の設備投資総額(実績見込)は1兆2,582億円に達し、前年度に比べ23%増、また戦後最高であった32年度に比べても9%程度上回る高水準であった。
業種別に、設備投資の構成と増減をみれば、 第3-1表 の通りである。
34年度の上、下期を通じて増加の著しかった業種としては、鉄鋼、紙パルプ、窯業、自動車、電気機械等があり、下期に入って著増した業種としては石油化学、石油精製、一般機械等が挙げられる。一方海運、石炭、食料品、化学(硫安、カーバイト、医薬品等)等は減少し、繊維は2年振りで増勢に転じた。これに対して電力では、34年度の伸びは低位にとどまったが、鉱工業生産の増勢に見合う長期計画の策定、実施によって、35年度以降は、かなり増加する見込みである。
高率投資の維持要因
今次の景気循環における設備投資の動きをみると、前の循環期に比べて、不況時の減退幅が少なかった割に、回数~拡大過程を通じて高率な投資が行われている。
かかる設備投資の根強さは、最近の設備投資の持つ成長性と、好況時の循環性とに分けて考察することができよう。
最近の設備投資は、技術革新の持続的展開に支えられて、傾向的な成長性の高さを内蔵している。全設備投資に占める技術革新投資の比重は、厳密には計測しがたいが、いま製造工業のうちの技術革新の主導産業として、鉄鋼、石油化学、合成繊維、電気機械(含む電子工業)、自動車を選び、その設備投資比重の変化をみよう。 第3-2図 のように、投資全体の中で占める割合は、一貫して拡大傾向にあり、絶対額でも、不況時に安定した伸びを示し、好況期には、一段と比重を拡大している。
しかし同じ技術革新投資といっても、30年前後と現在とでは、質的な意味が異なっている。 第3-3図 にみるように31年頃までの設備投資においては、鉄鋼、電力などの基礎産業がリードする力が極めて大であったが、現在では、自動車、耐久消費財、合繊、合成樹脂など、消費に直接結びついた加工産業部門の拡大が顕著である。そして加工度の高い消費財部門の投資の拡大が、資本財機械の投資の増強を促し、さらに電力、鉄鋼などの設備増強を呼び起こし、消費財部門と投資財部門の相互関連が密接化しながら、設備投資の成長性を支えている。
例えば、従来の鉄鋼業における圧延部門を中心とした合理化投資は、所得効果として市場を拡大させる機能を有したと同時に技術的な効果として材質の改善をもたらしている。この鉄鋼の投資が基盤となって、自動車、耐久消費財における技術向上、量産のための投資が、アセンブルメーカー、下請メーカーを通じて据広がりに増加し、さらに自動車等の工作機械、圧延機械の多量発注が資本財市場を拡大し、全体として鉄鋼需要を拡大させ、鉄鋼メーカーの銑鉄、圧延の一貫体制確立による近代化投資を刺激する効果をもたらしている。いわば、技術革新産業が、個々の部門で新技術の工業化と拡大の投資を行う単独の効果だけでなく、投資が投資を呼び合っていく構造的な連関効果が強まったことが、全体として、設備投資を成長的に拡大させる作用を営んできたものとみられる。
かかる技術革新的設備投資の進行が、現在までの高い成長性を保たせていると同時に、34年度においては、景気循環的に、生産の好調が、操業度の上昇をもたらし、これが、設備増強投資の増勢を促している面も見逃がせない。 第3-4図 にみられるように、製造工業全体における稼働率と設備投資の相関性はかなり密接である。設備投資の循環性は、不況時には企業の投資繰り延べが行われる反面、好況時には、不況時に繰り延べられた投資の復活や、繰り上げ投資が行われる関係が強いためである。このような事情は、各業種に共通した事柄であるが、セメント、紙パルプ、石油精製などの部門においては、とりわけ循環的な起伏、変動が大きいようである。
また34年度についてみれば、鉄鋼においても、景気過程で銑鉄部門の繰り上げ投資が増えており、電力においても、好況過程の需要の拡大によって一部火力の繰り上げ投資が行われた。
このように、成長性に加えて、景気的循環的な設備投資の拡大が行われたことが、34年度設備投資を高水準に押し上げた主因であった。さらにその背景には、企業が、好況による収益の増加と資金繰りの好転をふまえて、投資意欲を強めたこと、あるいは貿易自由化気構えが、競争的に、投資意欲を刺激してきている点も指摘できる。
次に今後の設備投資における若干の条件をみておこう。民間設備投資の長期変動を、大蔵省法人企業統計季報に基づいて画いてみれば、 第3-5図 の通りである。製造工業についてみると、27~30年度までの設備投資の増加率は、年率にして6%程度である。31~32年度における投資ブーム時の過剰設備論は、この年率6%の延長線の上で31~32年度の設備投資を過大視する所にも、一つの問題があった。しかしながらこの数年間の設備投資の水準は、かなり高まっており年率22%程度の伸びを続けている。これは、先にも述べたような技術革新過程の消費需要の急速な伸びと、設備投資が、関連産業の設備投資を急速に増大させる効果、または高度加工産業の著しい成長などの要因が重なり合っているためである。
また、これまでの設備投資の成長性には、輸入統制により封鎖された制度的な支えによる面も過少に評価することはできないであろう。例えば、国内市場の拡大に見合う生産力の充実は、多くが国内メーカーの投資によって賄われ、また資本財供給の多くが国内の機械工業により賄われてきた。従って貿易自由化態勢が、今後の設備投資活動に対して、どのような影響をもつかについては、長期的な観点から慎重に判断されなければならないであろう。しかしながら、国内の技術革新の進展段階からすれば、相当に高率な設備投資の伸びが、今後もかなりの程度に保たれていく可能性を蔵している。また短期的な観点からみれば、設備投資の循環的変動要因がどのように働くかという問題もある。
当庁調べ「法人企業投資予測調査」によれば、設備投資の予測値は、35年上期まで増加基調にあるが、一方新規稼動予定の設備資産額は、 第3-6図 のように35年下期に急増することが予想されている。かかる稼動設備の増加が操業度の変動を通じて、今後の設備投資や、景気循環にどのように働くかが、注目されよう。
従って、当面の景気段階としては、行き過ぎた設備投資が、反動的な収縮を通じて景気の下降を生ぜずに、高原景気が維持されるために、自主調整や、計画性を持った企業の投資態度が望まれるのである。