昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

国民生活

国民各層の生活実態

 33年度の国民生活は先にも述べたように平均的にみれば、経済活動の停滞の中においても比較的順調な伸びを示した。しかしこれを階層別にみると、32年に引き続き所得、消費の両面において階層差は幾分拡大している。すなわち都市勤労者世帯の五分位階層区分によると所得の高い層の可処分所得と消費支出の伸び率は、低所得層をかなり上回り、特に消費支出においては低所得層の4~5%の伸びに対し、高所得層では7%の上昇を示している。また農家においても農業所得の耕地面積別所得較差が広がり兼業化の傾向が一層強まっている。

 さらに、前年度にはそれほど景気後退の影響が顕著でなかった日雇労働者等の不安定就業層も33年度には所得の停滞、生活保護への転落層の増大等タイム・ラグをもって景気後退の影響が次第にあらわれてきている。

 このように平均的な国民生活の向上の中においても階層別の国民生活にはかなりの変化がみられるので、今回の景気一循環の前とあとで国民各層の生活がいかに変化したかをみることにしよう。

 まず我が国の類型別世帯構造をみよう。31年度における全世帯数は2075万世帯であるが、そのうち法人団体の役員や労働者を雇用している個人業主世帯は180万世帯で全体の約9%、個人業主とその家族のみによって経営が維持されている自営業主世帯は農林業で485万、非農林業で290万、合計775万世帯で全体の37%を占めている。これに対し、雇用労働者の世帯は官公、大、中、小、零細企業労働者臨時日雇労働者を含めて、915万世帯に達し、全世帯の44%と、国民各層の中では最も多くの比重を占めている。このほか世帯主が無職の世帯が205万、約10%ほどみられる。

 我が国の階層別世帯構造は極めて複雑であり、経営者世帯には貧困世帯はないが、自営業主と雇用労働者世帯においては経営の規模の大小による所得格差が大きい。すなわち露天商、行商、家内工業世帯や零細専農家業等の零細な自営業主と臨時日雇や小零細企業労働者の中には貧困世帯が多く含まれている。その反面大企業労働者世帯のように自営業主以上の生活程度にある労働者世帯もある。以下に各層の生活の特徴とその変化をみよう。

第12-12表 勤労者世帯五分位階層別所得消費の変動

第12-6図 被保護者世帯数及び日雇求職者数の推移

第12-7図 類型別世帯数

経営者世帯

 前に述べたように経営者世帯は約180万で全世帯の約9%を占めているが、国民各層のなかでは最も恵まれた層であり、その所得水準も高く、消費生活の程度も高い。また貯蓄率の高いことも特徴点である。大蔵省「法人企業統計」によると法人団体役員の賞与を含めた一人当たり平均月収は29年の3万6,000円から33年の5万9,000円へと64%も増えている。また、その対象は同一ではないが、家計調査による経営者世帯の消費支出は33年で36,847円と国民各層の中では最も高く、29年に対する上昇率でも25.4%と最高の伸びを示している。特に家具什器等の住居費では92%も伸びている。また教養娯楽や衣料品の支出水準が高く、その上昇率が他の階層を圧している点においても同様である。

自営業主世帯

 農家と小売り、サービス業等の自営業主層は全世帯の37%とかなり大きな比重を占めているが、最近その数は停滞気味であり、次第に減少の傾向にある。これらの世帯の所得水準、消費水準は平均的には国民各層のほぼ中位にあるが、その上昇率は経営者層に比べるとかなり低く、小零細経営世帯では労働者世帯をも下回る傾向にある。家計調査による商人職人層でみると29年から33年までに消費支出の伸び率は21%で経営者や職員層よりもかなり低く常用労務者の平均とほぼ同じである。また、農家の消費増加は商人職員層よりもさらに低く、29年から33年の4年間に8.3%の消費水準向上にとどまっている。

 これら世帯の特徴は経営と家計の未分離の下において世帯員が家族労働者として多数就業していること、世帯の規模が大きく、食料費の割合が高く、大部分が持家世帯であることなどである。これらの世帯は平均的にはその生活上昇率は低いが比較的安定している。しかし内部における階層差の拡大はかなり激しく、零細な経営は停滞的であるのに比べ、規模の大きい自営業主ほどその所得増加率も大きい。労働力調査による個人業主の30年から33年までの平均所得上昇率は11.4%であるが、より零細な家内工業世帯の同期間における平均所得増加率を厚生行政基礎調査でみると7.5%増にとどまっており、その水準が低い上に上昇率も停滞的である。この点は露天商や行商等においても同様である。

 このような傾向は農家についても同様である。耕地面積別農家の農業所得の増加率をみると2町歩以上の大農家は29年から32年までに22%も増えているが、5反未満の層では2.2%減と全く停滞的である。これらの零細農家では農業収入の低さを賃労働や農外事業収入に依存する割合がますます高まり、零細農家の賃労働者化が進み脱農も緩慢ながら進んでいる。この意味において農家の階層格差は漸次拡大している。

 これらの自営業主は競争の激化により一部は経営規模を拡大して雇用労働者を使用する経営者となるが、大部分は小零細企業の賃労働者または臨時日雇労働者層に転化する傾向にあり、この結果零細自営業主は次第に減少の方向にあるといえよう。

第12-13表 職業別消費支出上昇率

第12-14表 農家経営規模別所得、消費上昇率

勤労者世帯

 国民各層の中で最近ますますその比重を拡大しているのは勤労者世帯である。前述した世帯構成でみると、労働者世帯915万世帯のうち、公務員、公社、公団、駐留軍労務者等の官公その他の世帯が220万、大中企業労働者が260万で比較的労働条件のよいこれら二つの労働者世帯は労働者世帯数の半数を占めているが、残りの440万世帯は小零細企業労働者世帯と臨時日雇の世帯である。

 総理府統計局「家計調査」でみると大企業労働者世帯の月間可処分所得は32,716円であり、その消費支出は27,963円である。これに対し1~4人の零細規模労働者の世帯では可処分所得が18,469円、消費支出18,707円で大企業労働者世帯の6割前後の水準にある。これは平常月の家計であるからボーナス月を加えるとその差はさらに大きいものと思われる。

 大企業労働者世帯と小零細企業労働者世帯との生活内容の差は次の三点にある。その一は大企業労働者はかなりの貯蓄をしているが零細企業労働者世帯では赤字の世帯が多い。その二は大企業労働者世帯では世帯主の収入を助ける家計補助的な世帯員労働は少ないが、零細企業になると世帯員の就業化が著しく、世帯員収入への依存率が高い。その三は小企業労働者の世帯ではエンゲル係数が高く特に主食費の割合が高いが教養娯楽費の割合が少ないことである。また高所得世帯と低所得世帯との29年から33年までにおける所得、消費の上昇率の差異を勤労者世帯の五分位階層区分でみると、 第12-16表 の通り高所得層は可処分所得で39%、消費支出では30%の上昇である。これに対し低所得層では可処分所得で26%、消費支出で17%の増加となっていて、高所得層との開きは次第に大きくなっている。特に最下層にある臨時日雇世帯ではまったく停滞的である。

第12-15表 勤め先の企業規模別労働者世帯家計収支

第12-16表 勤労者五分位階層別可処分所得、消費支出上昇率

 以上のように勤労者世帯の内部における格差は次第に拡大し、大企業労働者等の上層の世帯では経営者層には及ばないものの自営業主層をも上回る改善がみられる。しかし小零細企業等の低所得世帯ではその改善の度合は少なく、両者の生活の内容の差は大きくなりつつある。特に最近における労働者の増加は「労働」の項にみるように小企業を中心に膨張している。これらの労働者の就業先は安全設備の不備、福利施設の不足、社会保険未適用等就業上不安定な要素が多い。そのうえ前述したように所得消費の水準が低く予備的貯蓄が困難であり、生活被保護層への転落の危険が非常に大きい。臨時日雇労働者世帯においてはその条件はさらに不安な状態におかれている。

生活被保護層

 国民生活の一般的向上の背後に取り残されている沈殿層が生活被保護世帯である。33年の生活被保護世帯は58万世帯で国民全世帯の約3%を占めている。その世帯の構成をみると、働き得る能力を一時的あるいは永久的に喪失している傷病者、老齢者、不具廃疾者等の世帯も少なくはないが、現に労働力をもちかつ就業しながらも所得水準が保護基準に達しないため生活保護を受けているものが約半数を占めている。これらの層は前に述べた小零細企業労働者、日雇労働者、家内工業就業者、露天商、行商、零細専業農業等の所得の低い就業の不安定な層が大部分である。

 33年における生活被保護世帯の消費支出(東京都)は勤労者世帯の4割以下の水準にあり、その差は年々拡大している。このため一旦被保護層に転落すると働き手の本人はもちろん、その子弟の労働力再生産も十分ではなく上層への脱出がかなり困難な状態にある。すなわち貧困からの脱出の一つの方法に子女の教育とその好条件での就職が考えられるが、これらの層においては 第12-17表 に示す通り義務教育未修了者でも働かせざるを得ない場合が多い。従って、現状のままでは子弟の就業先も賃金の低い小零細規模企業を中心とした不安定な就職が大部分を占めるようになり、貧困と低賃金との悪循環となって貧困からの脱出は困難な状態にある。

第12-17表 就業中の義務教育未修了者の親元及び勤め先の状況


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