昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
各論
交通・通信
海上輸送構造の長期的変化と海運業の立場
1956年末に始まる世界の海運不況は、前節に述べた通り、世界景気の立直りにもかかわらず、かえって長期化、深化の度を濃くしている。しかしそれによって被る痛手は、各海運国により、また企業によって、その船腹構成、集荷力及び運航コストによって異なり、その対処のしかたも多様である。ここでは、世界的なひろがりにおいて海運に対するの需要の変化--すなわち海運需要産業の構造的変化とそれに伴う海上荷動きの変貌--とこれによって迫られている海運業の質的変化とに焦点をあわせて、この見地から日本海運業の今後の安定と発展の方向について考察することとしよう。
世界の海上荷動きの長期構造的変化
戦前、戦後の海上荷動き量を特に四大大宗貨物である石油、鉄鉱石、石炭、穀物に焦点をしぼって通観すれば 第7-5図 及び 第7-5表 にみる通りで、前二者の顕著な増加と後二者の停滞に特質がみられ、変化の度合いは戦後において特に激しく、今後においても、欧州経済委員会の「将来の貿易構造」によれば、その格差は一層の拡大が見込まれている。
このような海上荷動きの構造的変化の要因として考えられるものは、第一には世界経済のたゆみない成長に支えられたエネルギー需要の伸びとその構成の変化、第二には戦後各国がとった産業構造の高度化--重化学工業化--の促進であり、第三には主として西欧の食料自給化政策によってもたらされた貿易の商品構成と流動構造の変化が挙げられよう。以下各品目ごとの動向をみることとする。
石油の急増と石炭の退潮
世界のエネルギー消費量は、過去20年間に石炭換算で17.3億トン、87%の増加を示しているが、その構成は石炭が66%から46%へと退潮を示している反面、石油、天然ガス及び電力はそれぞれ3ないし4倍に急増してその比率は高まっている。その結果エネルギー移動の様相も大きく変った。まず石油については、原油生産量が戦前から戦後にかけて地域的に大幅に変化しており、需要の増加と埋蔵量の豊富さとから、かつては未開発の状態にあった中近東の比重が増加(生産量は過去20年間に約11倍となっている)している。従って海上荷動きは、この地域から西欧、アメリカ等への動きが急激に増加しつつある 第7-6表 。このような事態は、かつては輸出国であった米国が需要増によって大口の輸入国に転じたことと相まって、海上輸送距離は平均で1938年の3215マイルから1955年の3625マイルへと13%も伸びた(ウェスティンフォーム海運報告による)。今後も一貫して中近東石油輸出の量的増加は持続するものとみられるので、タンカー船腹は荷動き量の増加以上に必要となろう。
次に石炭については、ソ連を除いた生産量の地域的分布状況は、消費国である米国及び西欧の比重が大きいが、後者の生産量はおおむねその労働事情から約7億トンの線を上下し、戦後の経済変動に伴う需要増減は米国炭の輸入増減にそのまま示されてきた。従って海上荷動きとしては1955年で北米から欧州向けが27百万トン、45%を占めて、石炭海上荷動きの主要ルートを形成している。長期的にみた趨勢としても、欧州炭の生産の急増は望みうすで、エネルギー源としての石炭の一般的退潮はあっても、鉄鉱生産の増加に見合う原料炭の供給は不足し、米炭の欧州向け輸出は当分現在程度の規模で続くものとみられる。
鉄鋼生産の成長と鉄鋼資源の海外依存
戦後各国がとった経済政策の一つである産業の高度化--重化学工業化--にとって、もっとも基礎的な材料としての鉄鋼の生産の成長は著しいものであって、過去5年間には年率6.1%(粗鋼)の増加を示している。かかる生産増加は、鉄鉱石、コークス用粘結炭、くず鉄の需要増大をもたらすが、鉄鋼生産国である米国及び英国、西ドイツ等欧州7ヵ国は大なり小なり海外資源に依存しており、その依存度は今後も増大するものと見込まれている。特に鉄鉱石については、富鉱の涸渇から国内低品位鉱の処理の推進のほかに、海外鉱山への依存度が強くなりつつあり、鉄鉱石生産量の増加-1938年の3.8倍-と相まって鉄鉱石の海上荷動きの増大を招来している。すなわち1936~38年と1953年の海上荷動きを比較すればトン数で42百万トン、1.5倍、トンキロで1,820億トンキロ、2.3倍となり、その間の輸送距離の延伸は1.5倍に達するものと思われ、さらに1957年までの4ヵ年のトン数の増加率は年率20%以上に達している。( 第7-7表 参照)
食料需給と穀物輸送の伸び悩み
農産物に対する需要は、その所得に対する弾力性の乏しさのために伸び率は極めて小さく、一方供給では、アメリカ、カナダ等の生産効率の高い商業的農業国が戦時中の生産増加を戦後も維持したこと(小麦では1934~38年平均27百万トンから1955年39百万トン)、及び西欧等の主要輸入国が国内農業保護のために生産維持に努めたことと相まって、現在では、過剰生産の様相がみられている。なかでも量的に大きな比重を占める穀物が前記事情を敏感に反映しており、 第7-8表 のようにヨーロッパの輸入量は1934~38年の12百万トンから1955年13百万トンとほとんど増加しておらず、その荷動きの伸び悩みの原因をなしている。
海上輸送構造の変化
海運需要産業の業態と輸送パターン
貨物の海上輸送パターン、すなわち、船舶の保有、運航の態様及び船舶の性能を決定するものは、輸送貨物の供給者または需要者--海運需要産業--の集中、系列化の程度、貨物の特性及び輸送量の多寡などである。すなわち海運需要産業における集中企業と海運業のバランスで輸送のありかたは決定されるとみられる。さらに海運需要産業の勢力が強く、かつ需要がある一定量以上に安定成長する場合には、需要産業が自ら輸送を担当するいわゆるインダストリアル・キャリヤーが発展し、また特性貨物については、その輸送コスト低減のために、その特性に応じた専用船が発達するといえよう。戦前エネルギー源及びその他資源の大陸間移動が今日ほどでなく、かつ海上輸送において石炭、石油、穀物、鉱石、木材、繊維等多種の品目があって、いずれもが決定的多量とならず、またルートも固定していなかった時期における海上輸送においては、海運業者の比重がそれら貨物の供給または需要産業よりも高く、一部の石油を除いては、輸送のかなりの部分は海運専業者の手に委ねられていた。この時期においては、海運市場は、定期船部門における海運専業者自らの安定的利益のための海運同盟という伝統的制約を除いては、市況が他の物価と同様、市場における需給バランスにより決定される国際的自由市場であった。しかるに戦後においては前節までに明らかなように、海上輸送の需要側における長期構造的変化は、海上輸送パターンの構造的変化をもたらしつつある。
石油、鉄鋼業等の輸送支配の強化と便宜置籍船
第一の輸送パターンとしては輸送両端における産業の集中が高くて同じ系列のもとにあるものが考えられるが、この代表例として石油がある。すなわち石油業においては、石油資源から精製まで世界の約65%から約55%を七大石油会社(うち5はアメリカ資本、2はイギリス、オランダ資本)が占めており、アメリカ、ソ連及び共産圏諸国を除いた世界における、これらの比率は92%から77%とさらに大きくなっている。これらはまた相互に複雑な人的資本的結合関係にあってその支配力は実質的にはより強いものである。
このような国際的石油業と海運業の相対的地位は、輸送をも同一系列に集中する割合を大きくし、既に戦前から石油業はタンカー総船腹の約40%を保有運航してインダストリアル・キャリヤーの形態をとっていた。戦後においては、その輸送量の増大に伴って、直接の保有運航こそは本来の石油事業の設備資金増加に追われて 第7-9表 の通り1957年12月末で約32.4%となっているものの、自社船建造にかわって5年なり10年の相当長期の用船契約の保証を与えることによって海運業者に船舶を建造せしめる等の手段によって、自社船腹以上の船隊を支配し、1955年当時でその勢力はタンカー総船腹の約70%に達している。また船舶自身ますます大型化、専用化し、この点からも、輸送は固定化し、インダストリアル・キャリヤーの傾向は強まらざるをえない。この分野では、従来の海運業は長期用船契約等によって輸送に従事するか、または全くのスポット需要において自らの最大利益を追求するかにとどまって、自由に活動する分野は従来に比し縮小されつつある。
この形の輸送の別の例として最近の鉄鋼業における海外鉄鉱石輸送の場合があらわれてきた。良質鉄鉱石資源の海外依存度の増大につれて、自らの資本による海外鉱山の開発が盛んとなる傾向にある。この場合輸送ルートの固定と輸送量の大きなことから輸送コスト低減のために自らまたは系列会社が直接輸送に当るか、あるいは、長期の輸送契約または積荷保証によって海運業者に輸送させるといった石油におけると同様の形態が発展しつつある。さらに鉄鉱石の重量特性から専用船がタンカーの場合と同じく発達しつつあるが、鉄鉱石専用船--オアキャリヤ--については、現在に関する限り、タンカーに比して市場が狭隘なために、一層鉄鋼業の支配が強いといえよう。今後この形のものとしては、天然ガスの液化輸送が、エネルギー源あるいは化学原料としての需要増大の傾向からして、専用船の登場とともに相当の規模であらわれてくるであろう。
この輸送形態と形は異なるが、経済的には同じ意義をもつものはいわゆる便宜置籍船--リベリア、パナマ等の船籍をもつ船舶--である。これら諸国は大戦直後にはパナマのわずか70万総トンを除いては、全然船腹をもっていなかったが戦後の船腹の増加は著しく、中でもリベリア、パナマ二国で、1957年年央で約1159万総トンの船腹を保有し、特に定期船を除く分野での比重はさらに大きく、イギリス、ノルウェーと並んで有数の海運勢力となっている。便宜置籍船は税と船員費の軽減を目的として、まずアメリカの石油会社の新造船置籍から始まり、これにギリシア系船主及びイギリス船主が追随したのであるが、現在ではその80%がこの両者によって所有されているといわれる。これら船舶はその大半がアメリカの石油または鉄鋼会社の直接保有かあるいはその長期契約を担保として建造資金の調達がなされている点からして、便宜置籍船の増大はアメリカ国籍運航でのコスト高回避を狙いとするこれら産業の要請によるものであることは明らかであって、本来の海運業者からすれば活動分野の縮減を意味しよう。
その他集中産業と輸送パターン
第二のパターンとしては輸送の両端産業の集中は高いが、同じ系列にない場合である。その代表例として、小麦等の穀物、スウェーデンの鉄鉱石輸出がある。しかし前者は輸送の両端がほとんど政府の管理下にあること及び輸出入需要の不安定とから、米国の援助物資に関する自国船50%積取制限を別としては、その輸送は海運業の自由競争にまかされており、完全な専用船も発達しない状況にある。後者は鉄鉱石に対する需要の活発さから、鉱山側が専用船を保有運航している。
第三のパターンとしては輸送両端いずれか一方の側の産業の集中が高い場合で、この例としてはイギリス、フランスの統一的石炭輸入機構の石炭輸入、ドイツの自動車輸出、フランス、ドイツの自動車工業の米炭の長期輸送契約の例があるが、前者ではその需要の変動から産業の輸送支配はあまり強く出ていない。我が国でもこの例として鉄鋼業の粘結炭輸送でも米炭の長期輸入における長期用船が検討されているが、いまだ実現には至っていない。いずれにせよ、この分野でも貨物の荷動きが長期に安定成長さえすればインダストリアル・キャリヤーが発展し、さらに貨物に特性があれば専用船の発達が促進されることは第一の場合ほどではないが理解されることである。
海運業の活動分野の変化とその中における構造的諸問題
戦前大陸間国際輸送においてほとんど海運業によって輸送されていた分野は、その後の産業、貿易構造の変化により逐次縮小されてきて、現在では第四の輸送パターン--以上の第一から第三の分野を除いて、輸送の両端の産業の集中が高くない場合--が海運業の主たる活躍の場である。この中においても次のような構造的問題を内包しており、海運業はたえざる経常費の上昇をかかえて、ますます活動分野を狭くしつつ、しかも市場の自由性が失われるにつれて市況変動が激化するという環境のもとに置かれている。
共産圏及び後進国海運の台頭と定期船同盟の支配力低下
戦後の世界海運界の変化の特徴の一つは 第7-10表 にみるように、戦前海上輸送の供給者として全く存在しなかった共産圏諸国及び後進国の海運業が、強力な国家助成または保護のもとに成長したことである。共産圏海運については、西欧からの機械、原材料及び雑貨類、東南ア、中近東からのゴム、原綿等の輸入の増大と中共の輸出の活発化及び共産圏諸国と東南ア諸国の通商航海条約の増加に伴って、ユーゴ、ポーランド船の就航、中共の大量定期用船の活動等その進出はめざましい。また後進国海運においても、民族意識の高まりとともに、海運収入による比較的容易な外貨収支の改善を目標として自国海運の振興に積極的な保護を加えており、戦後の米国戦標船の買収と造船輸出国の長期信用供与または賠償によってその商船隊の増強をはかりつつある。特に定期船部門での拡充は著しく、戦後の世界定期船の増加量231万総トンの約81%が10大海運国以外の主として後進国海運の増加によってもたらされている。
以上のような新興海運及び手厚い国家助成を享有しているアメリカ定期船業の経済活動によって、企業の自由活動を主張するイギリス、ノルウェー及び我が国等の伝統的海運国が自らの最大安定利益のために世界のほとんど全地域にわたって組織している海運同盟もその活動力を弱めてきた。例えば欧州極東航路における中共向物資についての盟外船の盟外活動の公認、あるいはニューヨーク航路におけるフィリピン、アメリカの高速船増配計画またはイスラエル国際定期航路網の整備等があって海運同盟はその定期船市場における支配力を弱められ、市況変動に対する抵抗力を喪失しつつある。従って海運業にとって残されたもっとも強力であるべき定期船分野は 第7-6図 の船種別船腹増加量からうかがわれるように他に比して伸びの小さいうえに、前述のような傾斜的構造変化があるので、ここにおいてさえ海運業は昔日の夢を追うわけにはいかない状況にある。
不定期船分野の市況変動と競争の激化
戦前において、定期船及びタンカーの一切を除きほとんどの貨物が不定期船(航海契約によるタンカーも含めて)の活動範囲であったため、戦後及び将来にかけての輸送構造の変化の影響を最もこうむるのはこの分野であろう。
輸送の固定化の度合が高まり自由市場が狭隘化するに従って、わずかの荷動きの変化が、そのままここにしわ寄せされて、船腹バランスのくずれによる市況への影響はより強くなって、市況変動は激化し、同時にぼう大な既存不定期船の存在と新鋭船の就航とによって狭隘化する市場の中での競争は一層激化することは避け得られないところであろう。
船腹の供給過剰と技術革新
これまでに述べた海上輸送構造の変化と、前節でふれた船舶需給のアンバランス( 第7-7図 及び 第7-8図 参照)とは海運競争を激化し、これが年間900万総トンにも及ぶ造船能力と相まって、海運業の設備としての船舶に対する技術革新をうながしており、さらにかかる技術革新はまた海上輸送構造の変革を促進するという関係がみられる。海運における新鋭設備のより適切な獲得は、他産業におけると同様、インダストリアル・キャリヤーをも含めた広義の海運業の発展における決定的な要素の一つといえよう。
戦後船舶に起った技術上の変化の第一に挙げられるものは船型の大型化と高速化であり、その最も顕著なものはタンカー分野についてである。すなわち、戦後の熔接建造方式の発達は石油取引の大量化にこたえて船型の大量化をもたらし戦前の標準船型1万2千重量トン、12ノットから船型は戦後年を追って大型、高速化し、3万ないし4万重量トンのスーパータンカー、6万5千ないし8万5千重量トンのマンモスタンカーを経て、さらに10万重量トンの超マンモス時代を迎えようとしており、この間速力も16ないし17ノットに上昇している。大型化によるコスト低減は1万2千重量トン型に比して、北米/中近東で4万4千重量トン型で約65%、6万重量トン型で約50%に達するとみられる。貨物船部門でも、不定期船において戦前約6千5百重量トンから8千5百重量トン型約10ノットが一般的であったものが、戦後は1万5千重量トン型約14.5ないし15.5ノットが代表的な新鋭船となっている。また定期船においても就航船舶の高速化がみられ、将来において両端の陸上におけるコンテーナー(特定容器)輸送と陸上ターミナルとが解決されればコンテーナーシップ等の新鋭船が発達することとなろう。第二の技術発展は、タンカー、鉄鉱石専用船、最近の天然ガスタンカー、石炭専用船または鉄鉱石、石油兼用船、ばら積貨物船(バルクキャリヤー)の出現にみられる特殊船の発達であろう。これこそまさに先に述べた輸送構造の変革に順応し、さらにそれを促進しつつある船種であって、取引が固定的であり、かつ、需要の成長見通しの強い商品において、主として荷主側の立場において長期安定利潤を確保する船が前の四者であり、これに対抗して同じ成長商品を対象として、海運業者としての利潤追求のために少しでも自由性を残した経済船が後二者といえよう。この種特殊船は今後ますますその規模を拡大していくものと思われるが、特に鉱石専用船は、1958年初現在で、312万重量トンの船腹量を有し、さらに発注済船腹量230万重量トンに達していて、船型も6万5千重量トン型のマンモスがあらわれ、鉱石輸送において約5割(1957年)を占めている。ばら積貨物船は船腹量で1958年末約百万重量トン、発注済み250万重量トンの規模に達しており、不定期船部門における比重は今後急激に増加するものと予測される。さらに最近豊富かつ低廉な天然ガスを、冷却方式によって海上輸送することがようやく実用化し、またこれまで輸送不可能とされていたメタンガスも本年2月冷却方式によって実用段階に入り、今後冷却方式の天然ガスキャリヤーは次第に増加するものとみられる。
第三としては海運経済上最も大きく評価さるべき推進機関の発達が挙げられる。舶用推進機関としてのタービンとディーゼルとは、戦後前者は使用蒸気の高温、高圧化、後者は低質油の使用、過給気方式の採用とで、主導権争いを演じたが、ディーゼルの低質油使用による燃料費の約3割節減、過給気方式による同一機関での約3割の出力増、燃消費量の約6ないし8%減等の成果が大きく、現在では単軸の最大出力約1万5千馬力まではその有利性が認められている。近い将来2万馬力の開発も行われる見込みなので、海運競争の激化に伴って、スーパータンカー以上のタービン船のデーゼル船への代替も考慮されている。さらに舶用燃料としての原子力利用は、各国とも積極的にその研究開発に努めており、商業用貨物船が米国で進水間近となっている。海運市場で原子力船が経済的意義を問うのははやくて1970年前後と見られているが、その準備はもはや怠れない段階にあると思われる。
我が国海運業の立場と方向
戦後の厳しい環境の下において、伝統海運国として再建され現在極めて深刻な不況に悩んでいる我が国の海運業に関しては、前節に述べた資本構成のぜい弱性の改善について、基本的な解決をはかる必要のあることはもちろんであるが、ここではこれまで述べてきた世界貿易の変貌に伴う海上輸送構造の変化の渦中における海運業の立場を明らかにし、将来の発展的成長の方向を考えることとする。
今後の方向としては、まず世界的な船腹需給バランスの回復がはかられなければならないが、このためには、前述のような船腹過剰、競争激化、新鋭船の投入の循環を避けるためには緊密な国際的協調が問題となろう。
また各海運国、各企業が競争に耐えていくには海上輸送構造の変化に積極的に順応することが当面の問題である。この方向として考えられる第一のものは、最近ようやく我が国のタンカー及び鉄鉱石専用船についてその傾向がみられてきたが、海運需要の成長商品(石油及び鉄鋼原料)において、相互の安定利益のために海運業と海運需要産業とがより密接な提携をはかることであろう。またさらにはこれら商品輸送を世界的視野において再認識し、強力な海外需要産業との固定的な結合による三国間輸送を積極的に考慮してもよいのではなかろうか。第二の方向としては、海運業の需要産業に対する相対的地位の向上が挙げられる。すなわち、需要産業の業態に応じて海運業が輸送における主体性を維持するために海運業内部における組織化を進めることである。特に、前述の商品ほどではないにしても、機械、雑貨及び化学製品等の定期船積物資の貿易量は安定的成長が見込まれるので、特にこの分野において、海運業は自らの企業規模を需要産業に対しても、また他国海運業に対しても十分均衡のとれる程度に大きくするとともに、企業間の協調によって、海運同盟の結束力を強化することが経営の安定に大きく資することとなろう。かつて需要減と盟外船活動によって混乱に陥ったニューヨーク航路が邦船九社の協調と自制によって安定航路となり、一時的不況下において定期船会社の収益安定の主因となった事実は、この方向を裏付けているものとみられよう。このことは同じく海運業に残された不定期分野についても、定期船ほどではないが、33年12月結成された輸入穀物等の物資別輸送カルテルの成果として一部運賃の下押しの回避がみられたように、かなりの効果を有するであろう。第三の方向としては、運航コストの競争にたえ得るための設備の近代化努力がある。このことはあらゆる輸送パターンの下で必要なことであるが、特に市況の激動する自由市場において生き残る途はここに求めざるを得ないであろう。
この観点から戦後の我が国海運の船腹拡充を振り返ってみると、不足船腹の量的補充に重点を置き過ぎてきたのではないだろうか。現実に日本造船業--造船業内部のみの技術、生産性は最優秀といわれる--の能力をこの数年間において最も活用したのはギリシア系船主であったとみられる。船型の大型化、特殊化について我が国造船業における先べんは常に外国船主であった。ここで我が国の海運業は、25年から28年頃にかけてその熔接技術の開発期になした設備近代化に関する決断と努力を想起して、今後の設備拡充に当って積極的な技術開発に努めるとともに、船腹過剰の解消と新鋭船の整備を目的とする老朽低性能船のスクラップ・アンド・ビルドを強力に推進することが肝要である。
我が国海運の今後の方向を総合するに、その進路は各企業ごとに必ずしも同一ではないが、以上の第一から第三の方向の適切な組合わせによって経営の長期安定と短期の収益増とを求めることが安定的発展のための途であろう。