昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
総説
経済構造の近代化とその問題点
転期に立つ農業
農業生産力はここ4、5年めざましい発展を示した。農業生産は 第44図 にみるようにこの5カ年間に2割余の上昇で、世界各国のうちでも最も高い成長をとげた。しかもこの生産上昇は土地生産性のみでなく、労働生産性の大きな高まりを伴っていたことは特筆すべきことである。
このような農業生産力の上昇は、戦後の農地改革、財政投融資、価格政策など一連の農業政策の総合された効果のあらわれであることはいうまでもない。農地改革は小作料支出を減らすことによって生産者農家に資本蓄積の可能性を与え、財政投融資は土地という生産基盤の強化を促進し、価格政策は農産物価格を安定させることによって、農家収入を増やした。
だが生産力の上昇をもたらしたのはこれだけでなく、以上の諸政策に支えられて、農家が農業機械や農薬等新しい生産手段を取り入れて技術水準を高め、その効果が発揮される過程にあったからである。
かつて農業機械化といえば脱穀調整過程のそれが主なものであったが、動力耕耘機の普及によって耕耘、除草の過程まで機械化されて労働力は大幅に節約され、土地生産性も高められた。また新しく出現した各種農薬の著しい普及によって病虫害の被害率は相当低下した。保温折衷苗代の普及も生産力を上げるのに大きな役割を果たした。
このようにして農業生産力の大きな向上をみたのであるが、その発展途上にもいろいろの問題が生じるようになった。その第一は農薬、保温折衷苗代など、経営規模の大小にあまりかかわりなく生産力を上げることのできた、いわば小農的技術で今までに出現したものの生産力効果がほぼ一巡したことである。例えば新しい農薬が出現すると、その普及も効果の発現もはやく、生産力上昇に寄与した。しかし、それがいったんいきわたった暁には生産力効果をそれ以上に高めることは難しい。さらに新しい生産技術が導入されないと、この面からの農業生産力の伸び悩みは避けられないようである。このことは保温折衷苗代においても同じである。
第二は農機具等のような生産手段が発展し、それが農家に広く取り入れられるようになって小規模経営との間の矛盾があらわれるようになったことである。農業の固定資産投資、特に農機具投資はこれまで労働生産性の向上に大きな役割を果たしてきたが、小農生産のもとでは農機具などが相当にいきわたってくると、むしろ減価償却費が増大し、所得率低下の一因となり、投資効果も低下することとなる。投資効率は27年度以降ほぼ漸落傾向を示している。特にこの傾向は小規模経営になるに従って著しい。これを反映して農家の農業への投資は減退するようになって、あまった金は金銭貯蓄に向けている。ただ比較的大規模経営では固定投資の停滞傾向の中にあって土地購入が増加している。それは 第45図 にみるごとく、大規模経営ほど土地投資利回りが高くなり耕地面積を拡大すれば現在もっている農業機械などをより効率的に使って収益を増やすことができるし、また耕地を拡大する経済力をもっているからである。ところが現在の日本の農家で一町以上の農地を経営しているのはわずかに3割である。
日本農業は戦後めざましい生産力の発展をとげることができたが、生産手段の発展と我が国農業に支配的な小農生産との間に矛盾を生ずるようになり、今後の順調な生産力発展の展望を困難にするようになったのである。
しかも戦後飛躍的な生産力向上をみたといっても、農業と非農業との間や地域間の所得格差は、 第46図 のように外国に比べてもはなはだしい。現状のままに放置するならば農業と非農業との間の所得格差は拡大するおそれさえある。今後生産力をどうして高めていくか、問題の解決は決して容易ではない。財政投融資の拡充による生産基盤の整備を一層推進することや、革新的な技術の展開などが必要であることはいうまでもないが、さらに経営規模の拡大を進めることが必要であろうし、それと同時に農業人口の非農業部門への吸収が、国民経済の発展との関連においてとりあげられなければならない課題であろう。こうした観点にたって長期的な構想のもとに農業政策の検討を行うべき段階であろう。