昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
金融
金融政策の有効性と資金需給の構造
32年度の引締政策の重点は銀行貸出を量的に抑え、それによって企業の投資を抑えることにあった。もっとも結果的には32年度にもなお銀行貸出は大幅に増加した。そこでイギリスなどで引締政策下に銀行貸出残高が減少した( 第132図 参照)のに比べれば、引締めの強度が微弱であったようにもみえる。それにもかかわらず引締めの放果が大きかったのは投資ブームの過程で貸出しの増加に支えられて企業の投資が増大していたので、引締めによって貸出残高の増え方が抑えられると、企業は投資を減らさざるを得なくなったからである。特に引締めによって強く影響を強く受けたのは在庫投資であって、引締政策は在庫投資の変動を通じて全体の需要のうえに大きな影響を与えたのである。
投資の借入金依存
32年度の引締実施当時、企業投資の借入金依存度が高かったことは前掲 第118図 からもうかがうことができるが、それは他面において内部資金の比重が低かったことに照応するものである。 第118図 によって企業の内部資金と投資とを対比してみると、30年度以降次第に内部資金の不足が大きくなってきたことがわかる。すなわち景気の回復から上昇への時期には内部資金の比重が相対的に高いけれども、好況期には内部資金の増加以上に投資増加のテンポが早いため、内部資金の比重は低下する。また景気下降期には、投資は減少するが、企業の収益が減るため、内部資金の比重はなかなか回復をみせないのである。
このようにして外部資金への依存がみられるにしても、特に銀行貸出が抑制の対象とされ、効果を発揮したのは、その資金需給上の地位が著しく大きいからである。すなわち一般には、企業が内部資金だけでは投資を賄えないにしても、株式社債による調達の余地も残されている。現に戦前は我が国でもこれらの方法の比重が大きかたったし、最近再びこれが拡大する方向にあることは事実である。だが株式社債による調達は銀行借入よりも困難であったので、これらによる資金調達は、最近の内部資金の不足を埋め合わせるには程遠いことは前にふれたところである(前掲 第128図 参照)。
企業資産の流動性の欠除
以上のように我が国の企業は銀行借入に依存する度合が強いと同時に、反面において企業の資産構成上物的投資の比重が大きく、現金預金等の流動性の高い資産の保有高は少ない( 第108表 )。アメリカのごときはこれらの残高が棚卸資産と大体見合うほどの比重をもっているのに我が国は3分の1程度であり、しかも企業の預金のうちには借入との両建的な長期性預金の比重が大きいから、いつでも支払いにあてられる預金だけをとれば一層比重は小さくなる。
右のごとく米英などでは企業の流動性が高いので金融が逼迫して金繰りが圧迫されるような場合には、物的な投資を賄うために企業の手持現金、預金を切詰め、あるいは有価証券を売却するのが通例である( 第109表 )。我が国でも32年の異常な金融逼迫に際して、ある程度同様の結果がみられたのであるが、それは物的投資の資金源としては、極めて小さな比重をもつにすぎなかった。そこで結局は物的投資そのものを抑えざるを得なくなり、これが需要の減退をもたらし、経済を縮小させる結果となったのである。
資金需給構造の特質
個人の貯蓄超過
上述のごとく我が国の企業投資が外部資金に依存する度合が強いことは、反面において個人貯蓄が金融機関を通じて企業の経営資本に変えられていることを意味する。個人と企業との間の金融的な関係を総合的にとらえるならば、先に「総説」でもふれたように、我が国では個人の貯蓄率が高く、かつそれが個人による物的な投資のために使われないで、ほとんど全て企業の投資資金になっている。もっともこの場合の個人貯蓄といっても個人企業の貯蓄も大きく、これらを含めた個人の貯蓄が企業のうちでも特に大企業の資金源となっているということができよう。これに対してアメリカのごときは個人が一方で貨幣的な貯蓄をしても、他方でそれが消費者信用の形で再び個人の使用に委ねられ、自動車、耐久消費財などの購入に用いられている。かくて企業の投資資金は、個人の貯蓄に依存することはほとんどないといってよい。すなわち金融的には個人部門と企業部門とはそれぞれ独立していて、両部門間の資金の流れは、我が国のように大きな地位を占めていないのである。
銀行の役割の特質
企業の投資が個人の貯蓄に依存し、そのため両部門間に大きな資金の流れが生ずることは、必ずしも我が国だけに限ったことではないが、その金融的形態はぞれぞれの国の社会的慣習や制度的あるいは政策的要因によって左右される。我が国では個人貯蓄の形態として株式、社債などへの直接投資の比重が小さく、銀行預金や郵便貯金に集中していることが一つの特色であるが、他方その運用面において特に戦後は貸出に偏っているといえる。
このことが税制や金利、配当などの関係によるところが大きいことは前年度の報告にも述べた通りであるが、戦後の経済成長の過程で銀行貸出が果たしてきた役割は、単に個人の貯蓄を受け入れて、これを企業に供給することにあったとはいえない。企業は投資を行うに当ってはじめから銀行借入をあてにし、他方銀行はまず信用創造によって預金通貨を供給し、これがやがて賃金などの支払を通じて貯蓄の増加をもたらしたとみられるのである。ただ銀行の支払準備としての手持現金の増加や現金通貨の流出による預金不足は日銀借入によって賄う場合が多く、そのため財政収支の影響を別としてもオーバーローンとなりがちで結果的にも個人貯蓄以上の貸出しが往々にして行われてきた。
このように、経済成長のために必要であったとはいえ、銀行貸出の慢性的な増加とオーバーローンの常態化が生じたのであって、これは銀行が自己の金繰りと採算に基づいて資金供給量を調節する態度が弱いことによるとともに、上述のごとき事情のもとでは銀行としても貸出量の弾力的な調整が難しいことも事実であろう。かくして現状はともすれば企業の投資意欲に追随して貸出しの行き過ぎが生じがちであるといえる。他方これに対していったん貸出しの抑制が行われるとその効果が顕著なものとなることはいうまでもない。しかし、抑制の手段として予防的弾力的な調整方法がとりにくく、いきおい窓口規制によって貸出しの抑制をはからざるを得なかったのである。
むすび
32年度の引締政策が早期に効果を発揮した経過と要因は上述の通りであるが、これによって国際収支は改善され、景気調整の目的はほぼ達せられたといえる。金融面では資金の需給関係が次第に緩和し、33年6月18日には公定歩合の2厘引下げが実施された。しかしながら現在のところ急速に金融の緩慢化が進む公算は乏しいと思われる。それは日銀貸出残高がなお巨額にのぼり、しかも30年度のごとく、輸出の大幅な増加によって国内に固定している資本が流動化する見込も少ないからである。従って政策面でも過剰資金の処理が問題となることは当分はないものと思われる。しかし景気調整のための金融政策の手段を充実し、必要に応じて弾力的な運用ができるように準備しておくことは、現在でもなお極めて重要な課題である。32年の引締めの手段が窓口規制に頼るところが大きかったことは前述の通りで、公定歩合の変更を別とすれば、公開市場操作を実施する条件は備わっていなかったし、準備預金制度も、制度として採用されたものの現実には発動されずに現在にいたった。もともと銀行資産の流動性が欠けているうえ、32年度には異常な金融の逼迫が続いていたために、これらの措置を利用する余地もなかったと思われるが、今後金融の緩和が進行すれば、徐々にこれらの手段を活用する途も開けてくるものと期待される。
ただこれらの政策手段が円滑に放果を発揮するためには、他方において金融の自主的な調整機能、特に長期短期の金融市場における弾力的な資金需給の調整作用に期待するところが大きい。
その意味において、現在の我が国の資金需給の構造が、上述のごとく著しく銀行貸出に偏った形をとっていることは問題であろう。今後は個人の株式社債への直接投資を伸ばし、また銀行の資産運用面でも社債の比重を高め、さらには短期証券のような一層流動的な資産を保有する態度に進むことが望まれる。そのためには政策的にも資本市場、あるいは短期証券市場の育成、金利体系の均衡化とその弾力性回復などが重要な課題となるであろう。