昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

各論

財政

緊急総合対策の展開過程

緊急総合対策の実施

その経緯

 以上にみたように32年度の予算は、経済の拡大が提起した諸問題に対し財政が積極的にその解決をはかることによって、経済の一層の均衡ある発展を可能ならしめようとの見地から作成されたものであった。しかしこのような予算編成の態度は好況局面に入って次第に拡大テンポを速めていた経済活動を心理的に刺激する結果となり、かくて32年度予算の本格的な実行をみる前に経済の過度の拡大から国際収支の危機を招くに至った。

 このため二次にわたる公定歩合の引上げに続いて32年6月には貿易産業など広汎な面にわたる国際収支改善緊急対策が実施されるに至り、財政もその一環として国際収支の改善に寄与することを当面の目標とすることとなったのである。

その内容

 いわゆる緊急総合対策における財政面の措置としては次の三つを挙げることができる。

財政投融資等の繰り延べ

 最も主要な内容は財政投融資、公共事業費、官庁営繕費の繰り延べであり、なかんずく財政投融資の繰り延べであった。

 財政投融資は、全体の規模を前年度計画並みに抑えることを目標として、 第96表 のように総額799.5億円、同時に行われた中小企業金融への追加融資150億円を含めると純計649.5億円の繰り延べを行い、この結果繰り延べ後の実行計画額は3441.5億円(前年度からのズレ込みを除く)と、前年度計画額の99.1%にとどまる見込みとなった。この繰り延べ純計額は当初計画額に対し16%の割合に及び、特に繰り延べ要請の対象となった機関だけをみるとその繰り延べ率は22.9%に達するものであった。一方公共事業費は前年度からの繰越額を若干上回る繰越を行うことが予定され、また官庁営繕費は一般会計予算の20%、その他特別会計を含めて総額13億円の繰り延べを行うことが定められた。

第96表 昭和32年度財政投融資計画の実行状況

金融引締めの補完

 これとともに資金運用部資金の短期運用により金融引締政策の補完がはかられた。後述のように経済の拡大を反映した財政収支の大幅な揚超は、金融引締政策の効果が浸透する有力な要因となったが、この引締基調を維持することを目的として季節的な払超期である第3・四半期には資金運用部保有の公社債、金融債約700億円を市中に売戻し、財政面からの金融緩和を防ぐ措置がとられた。

中小企業金融の補強

 一方金融引締の中小企業へのしわ寄せを防止する見地から、これら抑制措置と併行して中小企業金融に対して積極的な対策が講ぜられた。第一は財政投融資における中小企業関係融資の追加であって、財政投融資の繰り延べと同時に150億円、さらに年末金融対策として82億円の資金供給増加が行われた。第二は中小企業融資見合いの金融債の買上措置であって、信用保証制度を利用して中小企業へ融資した民間金融機関から資金運用部が買い上げた金融債は年末を中心に総額196億円にのぼっている。

景気後退と財政

景気局面の変化と緊急総合対策

 31年以来上昇を続けた景気動向は、金融引締めと緊急総合対策の実施を機に下降に転じ、国際収支は急速に改善されるに至った。この場合前記の財政面での措置は積極的に経済の収縮をもたらすほどの作用はもたなかったと思われる。後述のように予算ないし計画そのものの増大を反映して、繰り延べ後もなお財政支出は高水準を維持したからである。しかしそれは放置すれば一層増大したであろう財政面からの需要の増大をある程度に抑え、心理的にも企業家の弱気を助長することによって、また財政収支の揚超維持を通じて金融逼迫をさらに激化させることによって金融引締効果の発現を一層容易にさせたいという意味で、景気局面の転換にかなりの役割を果たしたと考えられる。

財政投融資の繰り延べ復活等

 緊急総合対策の中心となった財政投融資の繰り延べは、緊急の措置として対象機関の事業規模の1割減等という一律の基準で行われた。このため例えば継続工事が最盛期に入っていた電源開発会社は、新規着工の延期等にもかかわらず、所期の繰り延べをなし得ない状況であった。しかし大部分の機関はほぼ要請通りの繰り延べを行ったといえる。

 ところが景気後退は各機関の自己資金を予想より減少させ、繰り延べ後の事業の遂行さえも困難となるに至った。例えば国鉄は運賃収入の減退等から、開銀は回収金の減少から、九電力は市中調達資金の減少から資金が大幅に不足し、支払遅延等の事態を避けるためには財政資金による自己資金の補填を必要とした。一方景気後退は投資意欲の減退や国際収支の著しい改善をもたらし、財政投融資の繰り延べ復活を行っても悪影響はないと判断される状況に至った。かくて第4・四半期以降前掲 第96表 にみるように、繰り延べ復活追加合わせて総額520.5億円の財政投融資の資金措置が講ぜられるに至ったのである。なお復活追加に当たっては、逼迫した金融情勢を考慮し、当初公募債を予定していた国鉄、電々等についても全額政府資金で資金措置がなされた。

 この結果32年度の財政投融資の実行見込額は 第97表 にみるように4,044億円となり、当初計画よりは47億円減少したものの、前年度実績に対しては674億円の増加を示すに至った。さらにその内容をみると、資金運用の面では繰越金等の多かった輸出入、農林漁業等を除きほとんど全ての部門で前年度実績を上回っているが、当初計画に対しては中小企業金融、産業設備資金供給等民間産業への資金供給的な部門がさらに増加し、住宅建設、農林漁業、交通通信等直接投資的な部門が抑制されるという結果となっている。

第97表 財政投融資の使途別推移

 一方資金源の面では政府資金が計画よりも361億円増加し、さらにその比重を高めた。これに対して公募債借入金は政府保証債の肩代わりなどもあって計画より408億円も減少している。政府資金のこのような運用増加が可能だったのは郵便貯金が予定より123億円減少したにもかかわらず、厚生年金、簡保年金、その他特別会計預託金が増加したからである。

財政支出の水準とその役割

 このように財政投融資の繰り延べ復活等は繰り延べにより縮小した後の事業規模の維持を目的とするものであったが、32年度の当初計画そのものが著しく増大していた結果、縮小後の財政投融資対象機関の事業規模は前年度に対してはなおかなりの高水準を示した。一方一般会計歳出も予算規模が増大したこと、繰り延べの影響が少なかったこと、防衛費、地方財政費、社会保障費等の支払いが進捗したことなどのため、同じく前年度に対し高水準を維持した。地方財政も同様の状況とみられる。この結果、32年度の財政からの直接の購買力は第2、第3・四半期も対前年同期比約10%増の水準を続けた。

 こうした財政支出の高水準は年度間を通ずる最終需要堅調の一因となり、結果的に景気後退を下支えする役割を果たしたとみられる。すなわち「総説」「生産」の各項でみたように、今回の景気後退は32年下期で上期比約4,000億円減(季節調整後)という大幅な在庫投資の減少によってもたらされたが、この間最終需要は約1,700億円の増加を示し、総需要の減退を一定限度に止める役割を果たした。さらに最終需要の内容をみると、財政は下期は上期に比し若干の増加となっている。同じく堅調を続けた設備投資もその多くは財政投融資関連産業によるものであることを考えると、財政の直接間接の景気支持効果は大きかったといえよう。このように財政支出が景気後退にかかわりなく高水準であったことは最終需要自体の指標にもみられ、例えば機械受注額、住宅建設戸数の対前年増加率は 第108図 にみられるように民間部門の急速な減退に対し、政府部門はなお増加を続け、またはかなり遅れて減少を示している。

第108図 機械受注,住宅建設の対前年増加率の推移

徴税状況

 しかし景気後退の影響は財政収入の面には漸次現れるに至った。32年度の徴税状況をみると、前半の好調、後半の停滞という傾向が対照的である。すなわち金融引締政策はまず企業の資金繰り悪化を通じて徴税状況の不振をもたらした。例えば29年以降減少を続けてきた資本金1億円以上の大法人の徴収猶予は32年上期以降急増を示し、反対に期限内収納率は急減した。また先日付小切手で納税する納付委託制度の利用者も増加した。一方滞納額は過年度分の整理が進んだため減勢を続けたが、新規滞納は法人税を中心に増加し、特に上半期には前年同期の1.4倍の滞納発生をみている。

 このような徴収状況の悪化の反面、所得消費等の課税対象そのものは上半期はなお好調であったといえる。法人税は3、4月期決算法人の高収益から8月末に既に前年同期を600億円上回り当初予算額の半ば以上に達した。その他ビールの庫出も7月には戦後最高を記録し、関税も輸入の高水準から堅調を続けた。しかし景気後退の影響は次第に所得消費等の課税対象に及び、かくて税収の伸びは 第109図 にみるように、第1ないし第2・四半期をピークにほとんど全ての税目で鈍化を示すに至った。特に法人税は、業績自体の悪化に加えて不況に備えて準備金の積み増し等の経理を行った企業もあり、このため例えば資本金1億円以上の大法人の申告所得額は32年9月期決算では30年下期以降はじめて前期を下回る状況であったので、その対前年増加率は第3・四半期以降著しく低下している。このほか酒税、物品税等の伸び率鈍化もその対象である酒類等の消費の停滞によるものであった。しかし、傾向としては法人税、関税が景気変動へ著しく弾力的であったのに対して、所得税、消費税が比較的非弾力的であったといえよう。

第109図 主要税の四半期別対前年増加率の推移

 かくて32年12月には月中収納額は減税の効果と相まって前年同期を下回る収入水準となったが、それでも前半の好調から32年度国税総収入額は1兆793億円に達し、当初予算額に対して1,028億円、補正後予算額に対して603億円の自然増収を示すに至った。この結果当初若干の減少が見込まれた国民所得に対する国税負担率も14.5%と前年度より0.4%上昇している。(附表参照)

 32年度を通じての税収の特色としては、まず法人税の著しい伸長が挙げられよう。法人税は当初予算に対して545億円の増収を示し、自然増収の53%をもたらした。税制改正を調整した対前年増加率でみても 第110図 のように、34%増と最高の伸びを示している。また所得税も好調で自然増収の21%を占めたが、減税の結果前年度決算額に比し532億円の減収をみせ、その負担軽減の影響は 第98表 にみるようにほとんど全ての業種に及んでいる。

第110図 主要税の対前年度増加率

第98表 昭和32年申告所得税の確定申告状況

 そのほか間接税では消費の高度化の反映が依然顕著であったこと、しかし、消費の停滞から揮発油税、砂糖消費税が予算額を下回ったこと、前年度に最高の伸びを示した関税もその増加率が著しく鈍化したことなどが特徴的であった。

財政資金対民間収支

 以上のような経過を反映して、財政資金対民間収支も年度間にその基調をかえ役割を変じた。32年度の財政収支は二つの時期に分けてみることができよう。第一は著しい揚超からいわば自動的に金融引締めの背景となった時期であり、年度の上半期がこれに当たる。31年来の景気上昇は租税の自然増収、輸入急増による国際収支の悪化等をもたらし、これを反映して財政収支も大幅な揚超を続けた。それは本来企業、金融機関の手許資金を吸収し、景気上昇に対するブレーキとして作用すべきものであったが、これを挺子として貸出抑制策が実施されない間は自動的には景気上昇抑制の効果はなかったといえる。しかし32年5月公定歩合引上げとともに強力な金融引締めが開始されるや、それは揚超額だけ市中の日銀依存度を増大させ、それにより日銀の市中貸出抑制策を一層容易にさせたという意味で、引締効果浸透の有力な条件となった。第二は、景気後退の進展から払超化(揚超減少または払超増加)の傾向が進み、次第に金融市場の緩和をもたらした時期であり、年度の下半期がこれに当たる。景気後退の影響は税収の鈍化、輸入減少による国際収支の好転等を通じて次第に財政収支の基調を払超化の方向に転じさせた。資金運用部のオペレーションを調整した実勢値でみると、前年同期に対する揚超増大は31年度第4・四半期にピークに達し、以後次第に減少して32年度第3・四半期には払超増加に転じている。このため季節的な払超期である第3・四半期には財政面からの金融緩和を防ぎ引締り基調を維持するため、前年度買い入れた資金運用部保有の公社債、金融債を10月約200億円、11月500億円合計約700億円売り戻す措置を行った。この措置は払超の一層の増大を防ぎ、金融市場の緊張を維持する効果をもったとみられるが、一般会計歳出の増加、外為会計の払超化、豊作による食管会計の払超増から、第3・四半期の払超額は現実にはなお前年同期を614億円上回った。しかも第4・四半期に入って財政投融資の繰り延べ復活等や32年度予算補正が行われたため払超化の傾向は続進し、季節的な揚超額は前年同期を実勢で1,388億円下回るに至った。この結果第4・四半期の金融逼迫は当初予想されたほど著しいものではなかったが、このような財政収支払超化の影響は年度明け後の払超期に明瞭に現れ、財政収支はここに金融引締要因から金融緩和要因へとその様相を全くかえるに至っている。

 このような推移をみせながらも、32年度の財政収支は年度計で2,597億円という戦後最高の揚超を示した。これは年度前半の自然増収及び輸入増を反映した一般会計、外為会計の揚超と米価値上げによる食管会計の揚超によるものであるが、資金運用部の金融操作を除いた実勢でみると、32年度は前年度より225億円揚超が少ない結果となっている。

第99表 昭和32年度の四半期別財政資金対民間収支

第111図 昭和31、32年度の財政資金対民間収支


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]