昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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各論

財政

昭和32年度予算の性格

昭和32年度予算の基本的方向

 昭和29年度以来緊縮政策を続けた財政は、32年度には積極政策へとその基調を転じた。財政規模は国、地方を通じ当初予算比で2,643億円の増加をみせ、購買力としての財政支出の増加(見込)も約1,300億円に及び、一方で国、地方を通じ約750億円の減税が行われた。

 このような32年度の予算は、従来の緊縮財政の基調が次第に経済拡大の情勢にそぐわなくなったので、これを積極的に解決して経済の一層の発展を期そうとしたものであった。すなわち31年来の急速な経済の拡大は、31年度に引き続き32年度にも、国、地方を通じ予算編成時の見積もりで約2,600億円にのぼる租税の増収や、約700億円もの財政投融資の政府資金の増加をもたらした。こうした大幅な財政収入の増加は租税負担の一層の軽減や歳出の増加等を可能にするとともに、それらの形でいずれはこれらの黒字が国民に還元される必要があることを示すものであった。一方経済の拡大は電力、輸送等の産業基盤に隘路を表面化させ、公共投資の立ち遅れが経済発展の障害となりつつあることを示した。このような現象が景気循環の好況局面で特に顕著に現れたものであることは否定できない。しかし同時にそれは31年来の発展速度を維持しようとする限り、従来の緊縮財政の基調がいまや経済発展の状況に適応しなくなったことを物語るものであった。32年度予算はこのような見地から財政の積極的な役割の遂行によって「産業活動、国民生活の全般にわたって均衡のとれた発展を維持する」(予算編成方針)ことを目的として編成された。このため国においては(1)自然増収の半ば近くを所得税を中心とする減税にあて、(2)残余の歳入と財政投融資資金の一部で経済の拡大に遅れる部門の水準引上げにつとめ、(3)さらに揮発油税、国鉄運賃値上げなど受益者負担による積極的な財源確保と財政投融資資金の残余で隘路打開の施策を推進するに至ったのである。

国の予算

一般会計予算

一般会計歳出の規模

 32年度の一般会計当初予算は、前年度当初予算を1,025億円、同補正後予算を478億円上回る1兆1,375億円の規模で成立した。しかしその後税収の増加を財源に食管会計の赤字補填、地方交付税交付金の増加など394億円、義務教育費国庫負担金等の不足分補填など77億円の補正増加が行われた結果、補正後の財政規模は1兆1,846億円と、前年度補正後予算に対して950億円の増加となった。これは28年度以降最も大きな歳出増加であったが、しかし国民所得もかなり増大したため一般会計歳出の国民所得に占める割合は 第88表 にみるように14.3%と、ほぼ昨年度並みにとどまっている。

第88表 一般会計歳出と国民所得

一般会計歳出の内容

 このような歳出増加の内容をみると 第89表 の通りで、ほぼ次の五つの種類に分けてみることができよう。第一は隘路打開を目的とする公共事業費の増大である。公共事業費は225億円と最も大きな増加を示したが、これは揮発油税の増税を主財源とする道路整備費の200億円、58%増(失対費を含む)、船舶の大型化等に伴う港湾漁港費の42億円、40%増等を主な内容とするものであった。第二は経済の拡大に遅れがちな面の補強ともいうべき経費の増加である。米価、運賃値上げ後の配慮もあって、生活保護基準、失対賃金単価は引き上げられ、このため社会保障費は対象人員の減少見込みにもかかわらず70億円の増加となった。また29年以来据え置かれた公務員給与も制度改正に伴い163億円の増加をみせている。第三にその他の積極政策的な経費の増加が挙げられよう。地方交付税の税率は再び25%から1%引き上げられ、総額208億円の増加となった。また科学技術振興費は原子力関係費の45億円増加を中心に63億円の増加となっている。第四に、以上のような積極政策的な経費の増加とともに、財政改善、条約履行等のための経費の増加も大きかった。食糧管理費は食管会計の赤字補填と将来の経理改善のため277億円増加し、また賠償関係費はビルマ・フィリピン賠償の進展から115億円増加している。第五に抑制された経費がある。防衛関係費は予算の効率的使用の見地から海空自衛力の増強にもかかわらずほぼ前年度並みに抑えられ、一方海運界の好況を背景に外航船舶建造融資の利子補給は中止されて、このため31億円の減少をみている。

第89表 一般会計歳出と国民所得

一般会計歳入の構成

 このような歳出の増加はほとんど全て租税の増収で賄われた。この結果租税及び印紙収入の歳入に占める割合は、 第90表 のように31年度の80.7%から83.5%へと一層増大している。

第90表 一般会計歳入の推移

税制改正

 一方32年度は膨大な自然増収と臨時税制調査会の答申を背景に、国税総額で669億円にのぼる減税が実施された。その最大の特色は純計951億円に及ぶ所得税の画期的な減税で、その一般的減税額は平年度1,254億円に達し、減税額として戦後最高であるばかりでなく、インフレによる名目的なものでない点でも復興期当時の減税とは大いに事情を異にした。さらに今回の減税は、一般的減税額の約7割を累進税率の緩和においた点でも極めて特色のあるものであった。これは従来の減税がその大半を基礎控除等の引上げに充て、このため課税最低限が太平洋戦争前の水準にまで回復したのに対し、税率はシャウプ勧告のあった25年当時の所得構造に応じて著しく小刻みかつ急進的なものにとどまったため、中堅所得層の増大した今日の所得構造に適応し得ず、勤労意欲の喪失等種々の弊害を招くに至ったからであった。かくて減税の効果は従来その恩恵を受けることの比較的少なかった階層まで広範囲に及んだが、所得税全体でも改正前収入見込額の約3割の減少を示し、国税収入中に占める地位も法人税につぎ第2位となるに至っている。

 他方32年度は年間1,000億円に及ぶ減収額をもたらしていた租税特別措置の整理合理化が行われ、これによる増収は200億円にのぼった。これは経済の発展に伴い資本蓄積が進行し、租税特別措置といういわば傾斜的減税による資本蓄積方式の必要性が減少した反面、これら特別措置による負担の不均衡という弊害が目立つようになったからであった。このほか道路整備等のため揮発油税等の増徴が行われ、間接税は194億円の増収をみている。

 以上の結果、租税体系における直接税の比重は31年度の53.1%から52.3%へと減少し、間接税への移行がみられている。(附表参照)

第91表 昭和32年度税制改正による事項別増減収額

財政投融資計画

 32年度は財政投融資計画も前年度計画に対して619億円、17.8%の増加をみた。これは経済の拡大により政府資金が著しく増大し、他方生産隘路の表面化、金融の逼迫化など財政資金への需要も増大したので、これを積極的に運用して経済の発展と国民生活の向上を期そうとしたためであった。

 まず資金源をみると、 第92表 のように政府資金は郵便貯金、厚生年金、簡保年金等の増大に加えて、31年度に蓄積した産投会計資金300億円のうち150億円の取り崩しを行ったため、余剰農産物の受け入れ中止に伴う資金の減少にもかかわらずなお673億円の増加となった。これに対し公募債借入金は金融情勢を考慮して54億円の削減をみている。かくて財政投融資資金源における政府資金の比重は74%から79%へと増大したが、これは金融緩慢を背景に民間資金活用がはかられた31年度計画とは全く対照的であったといえよう。

第92表 財政投融資資金源の推移

 一方資金運用の面では 第93表 にみるように三つの方向へ資金の重点的配分が行われた。第一は開発銀行、電源開発会社などへの隘路打開を中心とする産業設備資金供給である。開発銀行へは170億円の融資の増加が行われ、電力、造船を主に240億円、67%の貸付増加が計画された。一方電源開発会社へも74億円の投融資の増加をみている。第二は金融逼迫による資金難緩和のための中小企業金融への資金供給である。商中債を含めてこの種の投融資の増加は173億円、64%増に及んだ。第三は国民生活向上のための住宅建設の促進である。公庫、公団等に対する住宅資金の増加は230億円、52%増にのぼり、これにより23000戸の住宅建設の増加が計画された。

第93表 財政投融資計画の使途別推移

 このような重点的な資金運用の反面、財政投融資ではさして増加しなかった部門でも、自己資金の増加から事業規模の増大は著しかった。例えば国鉄は運賃値上げから、電々公社は収益向上からそれぞれ485億円、83%、78億円、15%の設備投資の増加を示し、また資金供給の減少した輸出入銀行も繰越金、回収金等の増加から貸付計画額は44億円の増加をみている。さらに32年度計画においては新たに土地改良工事、特定多目的ダム建設の両事業会計が登場し、また公営企業金融公庫、不動産銀行、海外移住会社への新規出資が行われている。

 以上のように32年度の財政投融資計画は政府の直接投資的な部門でも民間への資金供給的な部門でも著しくその規模を増大した。32年度予算の積極性は財政投融資関連部門においてより顕著であったといえるだろう。

地方財政

 一方このような国の動向と歩調を合わせて、地方財政も32年度にはその規模が一段と増大している。

好転した地方財政

 まずその最近の動向をみると、国、地方を通ずる改善措置に好況の影響が加わって、財政状況は著しく好転している。24年度以降累増を続け、30年度にようやく増勢鈍化の兆しをみせた実質的赤字団体の赤字額は、31年度には財政再建債等を調整したベースで131億円の減少をみるに至った。(附表参照)これはもとより相次ぐ地方財政改善策の成果ではあったが、最大の原因は好況による税収の増加にあったといえよう。すなわち 第94表 にみるように30年度は地方税はあまり増加せず、赤字鈍化の主因は地方交付税(地方財政特別交付金)の増加と、地方団体の歳出抑制にあったと思われる。しかし31年度には地方税が著しく増加し、このため歳出が再び7.3%も増大したのに、なお前述のような赤字減少をみている。この間地方交付税、地方税が増加したために、歳入中の一般財源の比重は28年度の44%から49%へと増大して歳入構造も一層健全化した。他方増大した歳出の内容をみても、人件費等の消費的な経費はあまり伸びていないのに学校、住宅、橋りょう等の投資的経費は大きく増加し、地方団体が増加した歳入をまず抑えられた事業の実施にあてたことを示している。ただ都道府県においては、黒字、赤字、再建の団体毎に歳出の増加率にかなりの格差がみられている。

第94表 地方団体決算額の主要項目別対前年度増加率の推移

32年度の地方財政

 このような推移をみせた地方財政は、32年度も約700億円の地方税の増収と、地方交付税等の増加から引き続き増大を示した。

 32年度の地方財政施策は二つの方向に行われたといえよう。第一は地方財源の整備充実である。地方税は、所得税減税による減収防止のための住民税の税率調整、低額所得に対する事業税の税率引下げ、地方道路譲与税の増収等によって差引31億円の減税をみた。しかし他方地方債の削減等の考慮もあって、地方交付税率は1%引き上げられ、また基地所在市町村交付金の創設も行われて、この結果歳入中の一般財源の比重はさらに増大している。第二は累増する公債費対策である。これには将来の負担緩和のための普通会計債の削減、過去からの負担軽減のための政府債の利率引下げや償還期限の延長、及び当面の負担緩和のための地方交付税の配分上の考慮等多くの措置が講ぜられた。ただし収益事業、公営企業については地方債の増額がはかられ、さらに公募債の消化円滑のために公営企業金融公庫も新設されている。

 これらの結果、32年度の地方財政は 第95表 のように地方財政計画のペースで前年度に比べ1,014億円、9.7%の増加となったが、引き続く投資的経費の増大とともに、給与改訂等により消費的経費が再び大きく増加していることが注目される。

第95表 地方財政計画の推移


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