昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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各論

中小企業

中小企業内部における構造変化

 最近の中小企業をとりまく諸条件は、かなり大きく変化してきている。技術革新下における大企業のめざましい技術発展に対する下請企業の立ち遅れ、あるいは国際競争場裡に地位を確保すべき輸出中小工業の向上など、中小企業の近代化が日本経済のより以上の高度化にとって大きな課題となっている。そして例えば、大企業による優秀下請企業の系列化や、近代化、組織化対策の充実にみられるように政策的にもかなり積極的な手が打たれてきているといえよう。

 前節でみたように、中小企業は全体として不況に対しても従来よりは抵抗力を増してきている。しかし少し長期的に中小企業の発展過程をみると、中小企業者それぞれの近代化努力にもかかわらず中小企業内部にもかなりはっきりした企業間格差の拡大傾向がみられる。以下少し長い目でみた中小企業の経営基盤の変化を問題としてみよう。まず最初に産業構造の変化に伴う市場の拡大が中小企業に与えた影響からみることにする。

戦後国内市場の拡大と中小企業

 戦後経済の高度化により国内市場は、昭和32年には戦前(昭和9~11年)の2.4倍に拡大している( 第48表 )。生産財市場はこの間2.7倍と急速に拡大し、消費財市場も相対的に発達は遅れてはいるが約6割は拡大している。もっとも24年頃までは、戦後の特殊事情を背景として消費財市場の比重が圧倒的であった。この比重は25年以降逆転し、最近では3対7と生産財市場が圧倒的比重を占めている。

第48表 国内市場の拡大

 こうした市場構成の変化を背景として、企業の規模別構成には、次のような変化がみられる( 第49表 )。

第49表 製造業規模別構成の変化

 第一は、製造業全体としてみた場合4~9人規模と1000人以上規模の両極層の比重が、事業所数、従業員数、出荷額のいずれにおいても、かなり顕著に低下し、その結果、中間層の比重が高まっていること(後にみるようにこの統計は事業所単位であり、必ずしも大企業の縮小を意味しないが)。

 第二は、出荷額の規模別構成を産業別にみると、元来大企業の占める割合が比較的高い金属、化学、機械等で、中規模層の増加傾向がみられ、また中小企業の占める割合が圧倒的に多い食料品、その他製造業(雑品)、木材、木製品等では、零細規模が大幅に減少し、全体として規模が上昇していること、紡織では大規模の比重が低下し、中規模層がふくれていること( 附表33の(1) 参照)。

 第三は、第三次産業部門においても、零細規模層の比重が低下し、全般的に規模は上昇しているが、特に商業、サービス部門では、中規模の上昇傾向が著しいことである( 第50表 )。

第50表 第3次産業の規模別構成変化

 このような中間層の比重増大の要因として次の二つが考えられよう。一つは、大企業の発達にともなう部品、下請工業としての中規模企業の増大である。これは前述したような国内生産財市場の急速な拡大により、主として原材料、生産財部門を生産分野とする大企業( 附表32 の発達にともなうものである。他の一つは、消費財市場の拡大により主として二次製品、消費財部門を生産分野とする小ないし零細企業の発達による規模の上昇である。それぞれの市場の拡大は中小企業を全体としてこのように発達させた。しかし、最近特に大きくなってきた市場拡大における不均衡-消費財市場の相対的立ち遅れ-は、従来の消費財中心の中小企業のより以上の発達にとって困難を増し、生産財部門における中小企業の役割を大きくしている。この市場の拡大における不均衡はまた、中小企業内部に中と小との規模間格差を拡大させている要因ともなっている。

 次にかかる格差の現状を製造業についてみよう。

 以下において主として用いた「法人企業統計」は資本金階層区分のため長期にわたる考察にはかなり無理がある。しかし最近の「法人企業統計」等の結果からみて、「大企業」を従業員では300人以上、資本金では、5,000万円以上、「中企業」を100~299人、1,000~4,999万円、「小企業」を30~99人、200~999万円、「零細企業」を4~29人、200万円未満とした。現在中小企業庁で実施中の「中小企業基本調査」による業種別の厳密な階層区分が期待される。

経営基盤格差の拡大

 上述の産業構造の高度化に対し、中小企業はどのように対応し、中小企業の経営基盤はどのように変化してきたかを、近代化を中心として設備投資、労働装備率、生産性、経営諸指標等からみてみよう。

 数年来の設備近代化の過程で、中小企業においても旺盛な設備投資が行われ、全体として非常に生産性を高めている。しかしその合理化の程度、方法、時期には業種、企業規模によって相当著しい差異がある。生産財部門、特に製品精度の精密化を要求される自動車、精密機械等における下請中企業の近代化は著しく、中小企業近代化の中心となっているようである。

 設備投資の状況を「工業統計表」による有形固定資産の規模別取得状況からみると、製造業では29~31各年とも中規模以上の事業所は9割以上、小規模事業所でも7割強の事業所が新しく有形固定資産を取得している。その1事業所あたり平均年間取得額は大規模事業所で約1億円、中規模で約1,500万円、小規模で3~400万円、零細規模で3~40万円程度であり、小規模も小規模なりに生産性向上の努力を払ったことがうかがわれる。それにしても取得者有形固定資産中の機械の割合は平均約5割、小規模ほど低く、中古の割合は小規模では3~4割に達し、特に機械工業では5割にも達していることは注目されよう。

 中小企業においてもこのように設備の増強を行っているが、生産増大のためには小企業ほどより雇用の増大で対応する面が多い。従って設備と雇用との相対関係を示す労働装備率(一人当たり有形固定資産額)の変化を「法人企業統計」からみると( 第82図 )、26年以降大、中、小企業の格差は非常に拡大していることがわかる。大企業が大体一貫して労働装備率を高めているのに対し、中企業は30年以降の好況過程で設備投資とともに、雇用も増大し労働装備率としては横ばい状態を示している。一方、小企業は27、28年当時の労働装備率の低さから、31年には急上昇し、額そのものは少ないとしても相当な設備投資を行ったが、31年後半から32年上期にかけての急激な生産増加をもっぱらより以上の雇用増大で行ったために労働装備率は逆に低下している。

第82図 労働装備率格差の拡大

 例えば、小型乗用車の量産化により、機械工業発達の中心になりつつある自動車工業の実態調査からみても、親企業の近代的大量生産方式に伴い、部品、下請中企業では多軸旋盤、専用機械等かなりの設備投資を行い、機械を「半自動」化し、従来のロット生産から流れ作業体制を採用して合理化している。これに対し小企業ではあまり大きな機械の増設は行わないが、古い旋盤を多刄旋盤に改良し、自家製の簡単な治工具をとりつけ、あるいは機械の配列を組み替える等、あまり金のかからない合理化を行って、若年工が1人で3~4台も機械を受け持ち得るようにし、労働密度を高めている。しかし、小企業では機械それ自体の能力が小さいので、急増する需要を消化するためには、中企業より以上に時間延長、雇用増加で対応するなどの差が現れている。

 右の例は機械工業中でも最も合理化の進んでいると思われるものではあるが、一般的にも中企業と小企業はそれぞれの合理化の方法によって生産性をあげている( 第83図第84図 )。しかし26年以降の一人当たり生産額の格差は29年デフレ後の好況過程で大きく拡大し、また1人当たり附加価値額では小企業は景気に対しより不安定であり、大及び中企業と小企業の格差の拡大傾向はさらに大きくなっている。特に小企業においては31年下期から32年上期にかけての好況期においても、既に資金繰りの悪化等による薄利多売の結果一人当たり附加価値はのび悩みをしめしている。

第83図 1人当生産額格差の拡大

第84図 一人当付加価値額格差の拡大

 これらの格差の拡大傾向はその他の経営諸指標( 第51表第85図 )からも例証することができる。

第51表 規模別経営諸指標

第85図 経営諸指標格差の拡大(製造業)

 中企業においては設備投資が生産効果をあげ、生産高に対する有形固定資産の比率すなわち資本係数の上昇率は最も低く、30年以降は大企業なみの低下傾向にあり、有効に資本を使うようになってきている。また生産性の向上による31年、32年上期の売上高利益率の上昇は最も著しく、32年上期には8.8%の高率をしめした。中企業は設備の増強によって資本回転率の低下傾向が各規模中最も大きかったが、売上高利益率の上昇はこれを補い、総資本利益率の急激な上昇をもたらし、大企業の利益率をさえ凌駕するに至った。他の規模が自己資本の比率を低下させているのに中企業だけは比率を高めている。

 これに対し小企業においては、31年にかなり設備投資を行ったが、部分的な改良しか行い得ず、投資が中途半端に終わったことなどのためか生産性をさほど上げることができず、資本係数を高めていった。大企業は激しい市場競争にうちかつために生産性向上を行い、製品価格を切り下げ、中企業もある程度までこれに做いえた。しかし、生産性格差の大きくなった下請あるいは再下請小企業にとっては、下請単価の相つぐ切り下げの影響は大きい。好況時の原料逼迫による原料高に加えて、設備強化による固定資本の増大は、必然的に売上高利益率の低下をきたし、資本回転率の低下と相まって総資本利益率を低めている。

 このような中小企業内部での中企業と小、零細企業との間の格差の拡大、さらには大企業と中小企業との格差の拡大は、全純益の配分における大企業の比重の著しい過大と、小及び零細企業の過小並びにその傾向的な減少となって現れている( 第52表 )。すなわち、製造業では生産額で5割強を占める大企業に所属する純益は最近7割から8割に増え、1割強を生産する中企業は1割弱の純益を受けて幾分増大傾向にあるのに対し、4割近くを生産する小及び零細企業に所属する純益は1割強に過ぎず傾向的に減少している。純益の配分におけるこのような大きな偏りを生んでいる原因の一つには、利子、賃借料等の負担における階層間格差が挙げられよう( 第53表 )。この表は純益の増減によって大きな変動をしめしているが、大及び中企業が比較的安定的に低いのに対し、小ないし零細企業は最も不安定であることを示しており、小、零細企業の資本内容の弱体、金融難、実質的な高金利等を物語っている。また租税公課の負担も、純益の変動によって固定的な部分が中小企業には相対的に大きく影響しているといえよう。

第52表 全法人企業の生産額及び純益の規模別構成変化(製造業)

第53表 純益に対する租税、利子等の負担率の推移

 以上みたように、大企業の近代的大量生産方式による生産性の向上は、製品精度の向上、部品納入期日の厳格化、下請単価の引下げ等を中小下請企業に強要することになり、ある程度資本力のある中企業にあっては設備の近代化を行い生産性をあげ、また大企業の系列に入ることによりある程度の経営の安定化もえて経営的にも強化されてきている。これに対し、資本力のない小企業にあっては、従来のような熟練工の手の熟練とカンによる労働集約的技術では対応できなくなり、設備の改良を強行したが、はげしい景気変動の結果受注は極めて不安定で、経営的にはむしろ悪化をきたし、階層間格差を拡大しているといえよう。

今後の中小企業対策の問題点

 以上みてきたように中小企業は戦後の市場構造の変化を反映し、また最近の設備の近代化の過程で中小企業内部にもかなりはっきりした格差を生じてきている。戦後における政府の中小企業対策は金融対策、経営合理化対策、組織対策等としてかつてみられなかったほど充実されてきている。中小企業に対する長期設備資金融資を目的とする中小企業金融公庫(28年)、その他の中小金融機関の充実、また経営合理化、技術の向上のための中小企業診断制度(23年)、国有機械払下交換制度、中小企業設備近代化のための補助金制度(29年)、等が中小企業の設備の近代化、合理化の起動力となっている点は重視さるべきであろう。一方、従来の中小企業協同組合法、中小企業安定法(29年)等の組織対策は、32年11月「中小企業団体の組織に関する法律」(団体法)の成立により強化される等、過当競争と大企業の圧力に対して中小企業自体の安定的発展をはかる施策がとられてきた。今回の景気後退において、そのショックを比較的軽微にとどめ得た要因の一つには、これらの諸対策が有効に働いたことも挙げられよう。

 中小企業対策は今後一層の充実がはかられなければならないが、それは先にみたような格差の拡大という事実のうえに立って、従来より以上に、産業別規模別に対象を明確にした対策が必要とされよう。例えば我が国経済のより以上の高度化のためには、機械工業を中心として発達の兆しをみせている中小企業の専門メーカーとしての確立をはかることなどが挙げられよう。この場合中企業の機械設備の体系的整備をはかり、製品の標準化、単純化を進めることによって、一層技術の向上をはかることが特に必要である。また低賃金労働者の広汎な存在のために技術的進歩が遅れ、経営的にも困難を増している小企業に対しては、受注の安定化、金融難の緩和、代金支払の確実化などの経営的安定対策と、最低賃金制による企業の合理化をはかることなどが考えられよう。最低賃金制の実施は同時にまた国内消費市場の拡大、生産消費の多様化をもたらし、消費財生産を主とする中小企業の発達のためにも不可欠の問題であろう。


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