昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
中小企業
デフレ下の中小企業動向
デフレのしわは中小企業へ
昭和31年度は、中小企業も好況の余波を受けてかなり活発な企業活動を示したが、不況下の32年度の動向はそれとは全く対照的であった。
第74図 にみるように、中小企業の景況は期を逐うて次第に悪化の度を強めている。
中小企業は大企業に比べると、好況は遅く、不況は早く到来すると一般にいわれている。それは景気変動に対するクッションとして中小企業が利用されている面が大きいからにほかならない。事実、31年度の好況過程でも、企業規模間には格差またはタイム・ラグがはっきりと認められたし、今次の不況に際しても、デフレ圧力が中小企業の方により強くかかっていることは否定できない。
29年のデフレ期にもみられたように、32年度も金融引締めのしわは早くから中小企業によせられた。金融引締めによって資金繰りに支障をきたした大企業は、中小企業への支払を延期する等の形でしわを転化する。下請代金の支払遅延は、法的規制措置(下請代金支払遅延等防止法、昭和31年7月施行)によって、ある程度まで規制されたけれども、再び大きな問題となった。
受取代金中の現金比率の低下や、手形期間の長期化傾向が強まり、それに伴って中小企業の銀行依存度は高まらざるを得なかった。しかし、市中銀行からの借入は、貸付一般はもとより手形の割引枠も削減され、資金繰りは次第に悪化していった。 第75図 にみるように、市中銀行の中小企業向貸出は大幅に削減されている。
一方生産の実勢は、引締め当初は中小企業でもまだかなりの高水準を維持していたから、この段階での主要な隘路は資金繰りの不円滑にあった。しかし下半期に入ると中小企業の生産も、大企業の生産調整が強化されるにつれて、次第に低下傾向をたどっていった。 第76図 にみるように、生産や販売が前年に比べて減少したという業者数は次第に増えてきている
こうして、操業度の低下は固定費の割高を招き、原料価格の軟化がみられたにもかかわらず、中小企業の採算悪化は避けられなかった。下半期以降の生産低下が、特に著しかったのは機械、金属部門であった。 第37表 は、業種別に景況の変化を示したものであるが、機械、雑貨(国内向)、建築材料、家具等の悪化が目立っている。これに対して比較的好調であったのは輸出向雑貨であった。
以上のようなデフレの波及過程では、設備投資意欲も漸次冷却せざるを得なかったのである。
以下、金融引締めに始まるデフレ圧力が、どのように中小企業に波及していったかを少し詳細にみてみよう。
上半期=生産まだ堅調、資金繰り悪化
先にもふれたように、上半期の中小企業動向の特徴は、生産の実勢としては、まだかなり高い水準にあったにもかかわらず、借入難によって資金繰りが悪化したことである。
当庁試算の中小工業生産指数( 第38表 及び 第77図 )によると、32年度の機械器具生産は前年度に対し、2%増とほぼ横ばいであった。31年度の対前年度比が44%増であったから著しい停滞である。同様に織物(7%増)、雑貨(15%増)等も機械器具に比べればまだ生産低下は本格化していないが、前年度をかなり下回っている。
以上は年度平均としてみた場合であるが、これを上半期でみると全体的にまだかなり高い水準を示している。機械器具は7月以降下降に転じてはいるものの、前年同期に対しては約2割高を示し、織物(13%増)や雑貨(29%増)もかなりの高水準を持している。
このような背景の中で金融引締めが強行され、しかもそれが中小企業により強く作用したのであるから、中小企業は資金繰りの不円滑に苦しまなければならなかった。
第39表 にみるように上半期の全国銀行の中小企業向貸出増加額は、前年同期が1,908億円であるのに対して、その約1割の196億円に削減されている。これに対して大企業向貸出は、4,043億円で、前年同期(2,550億円増加)を約6割上回ったのである。
このような中小企業向貸出削減は、主として都市銀行の動向を反映している。都市銀行の中小企業向貸出は、選別融資が強化されたので32年4月以降9月を除いて10月まで逐月減少を続けた(9月の増加も8月の減少をほぼ相殺したのにとどまった)。この結果上半期中の減少額は174億円となり、前年同期の1,045億円増加に対して約1,200億円も削減された。一方大企業向貸出は、前年同期の1,995億円増加が2,817億円増加に増えているから、結果的には回収された中小企業向貸出の過半が大企業にふり向けられたということになろう。これは地方銀行についても同様なことがいえる。地方銀行では大企業向貸出増加額が、前年同期の165億円から762億円に一躍5倍の急増を示した反面、中小企業向貸出は808億円から355億円に急減している。
都市銀行を中心とする市中銀行の金融引締めを受けた中小企業は、中小専門金融機関の窓口に殺到したため、同金融機関の貸出は上半期中に1,029億円増加した。前年同期(725億円増加)に対して42%の増加であったが、市中銀行の貸出削減を補充するには遠く及ばず、中小企業向貸出全体としては前年同期に対してその47%にとどまらざるを得なかった。一方大企業からの支払条件も次第に悪化していった。現金比率の低下、手形期間の長期化という不況時特有の現象が中小企業を苦しめた。これを中小企業庁の実態調査によってみると、 第40表 の通りである。受取代金中の手形割合がふえ、しかもその期限が延びている傾向がはっきりとでている。この場合製品納入から代金支払までの間の検収期間が、長期化しているようであるから、実勢的にはさらに悪いということを忘れてはならない。
受取手形を期限別にみると、製造業、卸売業では90日手形、小売業は60日手形がもっとも多かった。
このような手形期間の長期化によって、金融機関依存度は当然高まらざるを得ないが、実態調査によると、7~8月では受取手形の約8%が割り引いて貰えなかった(1~6月は5%)。貸出枠自体も約2割の業者が縮小されたとしている。また借入先をみても、取引先や貸金業者、知人等からの借入が著しく多くなっているが、これはこの間の事情を物語っている。
不渡手形が上半期に増加した背景には、以上のような事情があった。そのほとんどが中小企業のものと思われる全国不渡手形は、7~9月に急増し(7月は198千枚、169億円で戦後最高)、上半期合計では1047千枚、896億円となった。これは枚数で対前年同期比33%増加である。
これを業種別にみると、第1・四半期までは繊維の比重が増加していたが、機械部門にデフレが浸透するにつれて第2・四半期に入ると機械、金属の比重が高まっている。
下半期=生産は低下し、経営的困難増大
下半期に入ると、大企業の生産調整は次第に本格化し、それにともない受注減から中小企業の生産低下も次第に速度をはやめていった。
下請実態調査によると、第3・四半期、第4・四半期とも、受注額が前期に比べて減少したという業者数は、63%と過半数を占めており、その減少率もかなり大幅で、30%以上減少したという業者数は第4・四半期には64%(第3・四半期60%)に達している。業種別にみると、機械、精密機械、輸送機械等の機械部門に減少したものが多く、かつその幅も大きいことが目立っている。これを前掲の生産指数でみると、機械器具は前年同期に対して13%減と大幅に低下したほか、織物(1%増)や雑貨(4%増)の増勢もかなり鈍化している。
このように下半期に入っての生産低下が機械部門で特に著しいのは、次のような理由によるものではなかろうか。試みに通産省生産指数の機械工業を、大企業の動向を主として反映しているものとみなし、これと中小企業の生産の推移とを比べてみると 第78図 の通りである。これをみると31年度の大企業と中小企業は、概して平行線を画いていたが、32年度に入ると、大企業の生産はほぼ横ばいであるのに対して、中小企業は早くも下降に転じ、その下落速度もかなり速くなっている。
大企業は好況期には、需要に追いつくため中小企業への発注を増すのだが、不況期には需要減退の中で自己の生産余力も生じてくるので、発注量を減らさざるを得ない。従って中小企業の生産の変動率は、大企業よりも大幅で、しかも時期的にも早いということが考えられる。いわゆる「景気調節のクッション」としての中小企業の姿を、 第78図 が如実に物語っているとみることも可能であろう。
このような傾向をもっとも端的に現しているのは、鋳物工業や自動車部品工業であった。
設備投資ブーム下の31年度を好調裡に推移した鋳物工業の景況は、6月頃までは生産水準もまだ高く、原材料事情も銑鉄輸入の増加によって好転をみたため、概して順調に推移していた。しかし7月以降全般的に大幅な受注減退に見舞われ、原材料事情の好転にもかかわらず製品価格は急落し、前受金の消滅や手形長期化のため景況は急速に悪化し、一部には工員の一時帰休制を採用するなどの動きがみられた。また自動車部品工業でも、7月以降の大メーカー操短が大きく影響し、完成車価格の引下げのシワ寄せを受けたことなどから景況は次第に悪化した。
機械に比べれば、織物の生産低下はかなり遅れた。人絹織物は9月に自主規制措置が講じられたが、絹織物(スフ織物を含む)は12月以降、毛織物は33年に入ってようやく操短が強化されている。
このような動向の中で比較的順調に推移したのは雑貨であった。これは先にもみたように輸出に支えられていたためで、国内向雑貨はふるわなかった。しかし輸出向雑貨も、第4・四半期には生産減退から景況悪化へ転じたものが前期より増加している。
一方金融事情は、依然として引締め基調は持続されたが、上半期に比べれば若干好転したといえよう。全国銀行の中小企業向貸出の対前年同期比も上半期よりは高まり、その結果、中小企業向貸出全体としても47%から61%にまで回復している( 第41表 )。これを手形割引状況でみても( 第42表 )、やはり、若干ながら好転してきている。にもかかわらず、経済の基調そのものが下降を続ける中では、中小企業は縮小再生産を余儀なくされた。生産の低下は、原料事情の好転も効なく固定費の割高からコスト高となって、企業採算を悪化させることになった。賃金不払や人員整理、倒産等の不況現象が急増したのはこの時期であった。
このような情勢は、中小企業の設備投資にブレーキをかけることになる。例えば信用金庫に対する目的別借入申込状況をみてみると、設備購入や生産目的のための資金需要は漸次低下してきている。
金融機関からの設備資金借入も下半期に大幅に減少した。
次に実態調査によって設備投資実績をみてみよう。
伸びが鈍った設備投資
6大都市商工会議所の共同調査によると、32年の投資実績は 第43表 の通りである。ここにみるように、対前年増加率は、大企業61%、中企業47%、小企業19%であった。中小企業は前年水準をなお2~5割上回ってはいるものの、31年は前年に対して2倍ないし2倍半という激増であったから、32年中の推移としては相当の下降過程をたどったものと思われ、しかもデフレ下における設備投資削減は小企業ほど大幅であったとみることができよう。
これは金融難に加えて昨秋以降の需要減退の中で、中小企業の投資意欲が急速に衰えていったためであった。中小企業に対する設備資金供給が大幅に削減された結果、 第44表 にみるように中小企業では、借入金の比重が減少して内部資金依存度が高まった。これに対して大企業では、逆に借入依存度が増大し、内部資金の比重は減少している。これは大企業の設備投資が中小企業に比べて規模も大きく、かつ完成までの期間も長いために、貸出の削減が困難であるという事情もあるが、金融引締めが規模別に相違していることを現しているともいえよう。
設備投資の内容をみると、機械、装置の比重は大企業の方が高く、大企業67%、中企業59%、小企業47%となっている。その内訳をみると、大部分は拡張投資で、いわゆる近代化投資(この場合、改良及び更新)は微々たるものにとどまっている。もっともこの区分は厳密ではなく小企業ほど拡張投資といっても、その企業にとっての近代化を伴っている場合が多いということを考える必要はある。
なお、ちなみに機械設備投資中の中古品割合を示すと 第45表 の通りであった。
ともかく、この実態調査に反映されたところからみると中小企業の設備投資は、大企業に比べれば伸びは小さいけれど、当初予想されたほどには減少しなかったようである。このことは、この実態調査が比較的好況であった32年上半期を含んでいることにもよるが、時節でみるように32年度の中小企業の景況が、29年度ほどには悪化しなかったことの一側面ともみられよう。29年度の全国銀行の中小企業向設備資金貸出は、24億円減少しているのに対して32年度は11億円の増加である。しかし、デフレの影響増大を反映して、33年の予定は各規模とも大幅に減少している。この場合小企業の減少率が小さいことは少々意外だが、小企業ほどその時々の情勢に左右されやすい性格をもっているから、これにあまり信をおく必要はないと思われる。
以上、上半期と下半期にわけて32年度の中小企業の動向をみてきた。そこでは景気後退の影響が、金融引締め-資金繰り悪化-生産低下-経営的困難という経路を経て、中小企業に漸次波及し、その過程で設備投資も鈍化していったことを述べた。
不況に際して、中小企業が直接、間接のしわ寄せを受けたことは明らかであった。しかし32年度の中小企業の困窮度が、予想されたほどのものではなかったこともやはり事実である。貸出削減、下請代金の支払悪化等の中小企業へのしわ寄せは、29年デフレ期にも大きな問題となったのである。しかし、同じく不況のしわ寄せを受けてはいても、両年間にはかなり大きな差異があるようである。
以下、32年度の中小企業動向を29年度のそれと比較して、その特色をはっきりさせることにしよう。
29年当時との比較
まず 第79図 をみよう。ここに示したように賃金不払いや企業整備等の不況現象は、32年の方がはるかに少ない。これを数字で示すと次の通りである。賃金不払の未解決件数は、29年度中に1775件増加しているのに対して、32年度中には130件の減少を示している。企業整備件数をみても、同様に29年度の7938件に対して、32年度は5696件とかなり少ない。不渡手形(全国)も32年度は、2094千枚(29年度1612千枚)、1,742億円(同、1,532億円)と、絶対額こそ29年度より多いが、交換高比率としては32年度の方が枚数、金額ともに小さい。枚数の交換高比率のピークは、29年は1.65%(5月)、32年は1.47%(9月)であった。
しかも両年における金融引締め以降の推移を比較してみると、29年の場合もっとも増加率の顕著であった100人以上の企業の賃金不払い件数は、32年には引締め以降も一貫して減少傾向を強めている。同様に29年の場合、11月頃までかなりの急上昇を示した100人以下の企業も、32年にはほとんど上昇はみられず極めて緩慢に推移している( 第80図 )。
また企業整備件数の推移もかなり異なっている( 第81図 )。グラフにみるように、平均的な上昇カーブは、両年ともほぼ似通っているが、29年の場合は、規模別格差が画然としており、小企業ほど急激に上昇しているのに対して、32年の場合は、規模別格差はそれほどはっきりはしていない。そして、小企業の方が概して、上昇テンポは緩やかで、中規模企業(100~499人)が一貫して増加傾向を強めている。このような両年における不況現象の相違は、何に基づいているのであろうか。考えられる2、3の点を次に挙げてみよう。
第一は、景気局面の差異を挙げることができよう。32年度の方が、生産低下の期間が長いとはいえ、29年のピークから最低までの5カ月間に見合う期間の低落率は、ともに5%で差異はない。しかしピーク時の水準(29年3月95.2、32年5月151.5)の差に示されているように、経営規模は両年では格段に異なっている。従って一般的にはそれだけ企業の基盤も、32年度の方が強いといえよう(31年の300人以下の企業の一事業所当たり出荷額を29年と比較すると約2割増加している)。
さらに29年の方が機械工業の景況は、悪かったことを考えなければならない。29年の場合には、電気通信機や、工作機械等では、かなり大きな企業までが強い影響を受けた。32年の場合は、造船業にしても、重電機部門においても、まだかなりの受注残高をかかえていることは、大きな強みである。
第二は、金融面にも大きな相違を認めることができる。
金融機関全体の中小企業向貸出増加額は、 第46表 に示したように、29年度が前年度の33%にとどまっているのに対して、32年度のそれは54%で減少率は29年度の方が大幅である。これを少し詳細にみてみよう。
まず市中銀行の動向をみよう。29年の場合、中小企業向貸出は11大銀行では1月以降7月まで、地方銀行では1月以降3月を除いて6月まで、それぞれ各月とも減少し続けている。この結果、全国銀行としてみても、1月から7月までは3月に微増しただけで一貫して減少している。これに対して32年の場合は、都市銀行が9月を除いて4月以降10月まで毎月減少している点では29年と同様であるが、地方銀行は4月に減少しただけであった。従って、全国銀行でみると4月・7月・10月・32年1月が減少したのにとどまっている。
つまり、引締め当初の圧力は貸出残高が減少している(回収されている)のと、量はともかく金融がついているのとでは格段の相違があろう。さきに32年度は中企業の企業整備件数の増加率が高いことを述べたが、それは比較的中規模企業を取引対象としている都市銀行での引締めが大幅であったことによるものと思われる。
さらにいま一つの重要な相違点は、中小専門金融機関の補完的役割の違いである。29年度の同機関の貸出増加額は、900億円で28年度の53%に削減されている。これに対して、32年度のそれは2,268億円で、31年度に対しては24%増を示しているのである。このように32年度の方が中小専門金融機関の補完的役割は積極的であったが、これは同機関の預金が比較的順調に伸びていることによって裏付けられていた。このことは、裏を返せば中小企業の景況がそれほど悪くないことの一指標でもあろう。
また、政府資金の投入は32年度の方が大幅であることも忘れてはならないであろう。政府機関貸出増加額の対前年度比は、29年度が16%増であるのに対して、32年度は50%増であった。
第三は、30~31年の好況過程での蓄積によって、中小企業でも不況に対する耐久力がある程度できたということも否定できない。一例として売上高に対する現金及び預金の比率をみると( 第47表 )、31年は28年に対して商業で小企業が若干低下しているほかは、各規模とも軒並みに高まっていることからその一端を知ることができよう。
第四は、系列化が進み親企業との有機的結合関係が強化されていることや、各種の政策的効果も挙げることができよう。また企業者自信も過去の経験から、資本の固定化を努めて避け、先にみたように流動的蓄積を怠らなかったこと等、慎重かつ堅実に成長した面もあずかって力あったといわなければならない。
以上の諸点の相違によって、32年度には全体的な中小企業の困窮度は現在までのところそれほどまだ深刻化してはいない。しかし、現在の景気停滞は今後相当長引くことが予想される。このような過程に中小企業がどこまで耐えられるか、必ずしも楽観は許されないだけに今後の動向は大いに注目されよう。