昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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総説

安定的成長へのプログラム

景気対策のあり方

 我が国の景気対策は常に国際均衡と国内均衡のジレンマに直面する。国内均衡を目的としたいかなる対策といえども「国際収支の許す限界において」のみ行い得るに過ぎない。国際収支の天井と需要水準との間の空間が広いならば沈滞を脱するために思い切った施策もとれようが、世界景気の動向からみて、輸出の先行きは楽観を許さず現状においてはとり得る施策にも自ら限度があろう。従って実施すべき施策の規模とタイミングを決定する際に、慎重な検討と周到な準備を要しよう。そのためにはまず次のような諸点を考慮しなければならない。第一は、輸出の前途である。世界景気がより一層悪化し、輸出が低落するようならば、景気対策をとり得る余地はさらに減少するであろう。第二に企業者の態度である。施策が企業者に安易な期待を抱かせ、再び実需以上に生産を引き上げて滞貨整理を遅らせないよう警戒を要する。第三に購買力喚起の方向である。設備能力過剰の現況に照してみれば、いたずらに一般産業の設備投資を再燃せしめる方途は避けるべきである。第四に、施策が必要に応じて調節可能かどうかということである。例えば後年度に至るほど財政負担の累増を招くような施策を展開して、累を将来に及ぼしてはならない。第五に施策とその効果のタイム・ラグである。施策のとり方いかんによっては効果が現れるまでの時間に差があるから、世界景気の動向とにらみ合わせてタイミングを誤ってはならない。

 右の前提に照してみれば輸出振興こそ、これらを同時に満足する唯一の答である。そのためには経済外交を促進し、内には輸出努力の強化、金融税制上の改善をはかるなどとるべき対策は多いが、世界景気の停滞に際して直ちに輸出を大幅に伸ばすことはなかなか難しい。むしろ世界景気が再び上昇に向うときにその好機を把えることができるように、いまから商品別、市場別の貿易構造、決済制度等についてやや長期的な再検討を行っておくことが必要であろう。

 次に投資の減退を補う意味で景気対策を考える場合に、経済発展に遅れている産業関連施設や適時に調節できる住宅等の拡充が代表的な例として挙げられよう。この部面への投資は直接的に生産能力の増大を結果しないから設備能力過剰の現状において極めて時誼にかなっており、またその輸入増大へのはね返りも比較的少ないと思われるなど、当面の施策としての適格性を備えている。

 さらに消費面においては、低所得階層に対する施策が挙げられよう。今後の国民生活の引上げは単なる平均水準の引上げではなく低い部分の向上でなければならない。最近みられる所得格差の拡大は生活水準の戦前復帰と相まって、国内消費市場拡大の圧力を低め、戦後経済成長を速やかにした原動力の一つは次第に弱まろうとしている。従って、現状において中小企業就業者あるいは零細農家など低所得階層に対しその所得を引き上げ、購買力の補給をはかることは、単なる社会正義の観点からのみではなくて、十分な経済的理由をもっているといわなければならない。

 以上のほかに直接的な対策とはいえないが、前述したごとく、現在企業にとっては過剰設備がかなりの重荷となっているのだから、老朽設備の廃棄を促進し新鋭設備に生産を集中する施策も必要であろう。新鋭設備への生産の集中は労働問題に多くの困難を醸しだし、経済力の集中を促進する副作用をもつなど、その実施には多くの障害が横たわっている。しかし、周密かつ総合的な配慮によってこれらの障害を克服することができるならば我が国の産業はここに一段と若返りをとげ、コストの低下、国際競争力の向上等に多くの成果を収めることができるであろう。

 なお、いうまでもないが景気政策として金融の果たす役割は重要であるから、今後は金融市場の情勢とにらみ合わせて適時適切な運用が望まれよう。


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