昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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総説

安定的成長へのプログラム

日本経済の現局面

 以上述べてきた内外経済の循環と趨勢の検討を背景にして日本経済の現局面を総括すれば次のように要約できるであろう。

 短期的には景気循環の沈滞局面にある。種々な下支え要因のために大きな落ちこみは回避しうるであろうが、行き過ぎた投資ブームの反動で本格的な立直りまでには前回のデフレよりある程度長い期間を要するであろう。

 趨勢的には32~3年を第二の屈折点として経済成長率は鈍化するであろう。しかしその際の成長率も戦前のそれに比較すればなお高水準を保つと考えられる。

 経済構造の変化によって戦後の日本経済はその不況に対する抵抗力を強めた。今回の景気後退においてもその特徴は冒頭に述べたように、最終需要の底堅さや社会的影響の軽微さとなって現れている。しかし、いわゆる新しい資本主義も景気循環を克服することはできない。その影響を緩和することができるだけだ。いわゆる自動安定装置の存在は景気下降の第一の落ちこみに際して下支えの役割を果たし、第二、第三の落ちこみを防ぎ、景気をナベ底型に推移させるのに役立つのであって、下降の第一波を阻止することはもちろんできないし、ナベ底を景気上昇に反転させる働きも持たない。

 景気循環における上昇の原動力はいうまでもなく、民間投資ことに設備投資である。その投資動向の先行きにしばらく停滞が続くのではないかと思わせる事情が潜んでいるところに問題がある。その理由は、いうまでもなく過去2カ年の投資ブームがあまり激しかったため、設備ができ過ぎてさしあたっては投資機会が縮小すると思われることだ。昭和27年日本経済が成長率の第一の屈折点を経て戦後経済の第二段階に入った後にその高率の成長率を支えたものは、世界景気の好調に基づく輸出の伸長と並んで技術革新による投資の盛行だった。その技術革新の投資刺激効果はまだ出尽したとはいえない。我が国では近代化が立ち遅れ、技術革新はやっと種子を蒔く時期が終っただけでむしろこれから収穫にかかるべき段階だといっても過言でない。さらに企業競争がこれに拍車をかけているために革新投資の潜在需要は西欧以上に旺盛だ。基礎産業については依然として設備能力拡充の要請があり、一般産業でも廃棄しなければならぬ老朽設備を多く擁している。また金融引締めで抑えられていた投資意欲のくすぶりが金融緩慢化とともに再び火の手をあげることも考えられる。しかしこれらの特殊事情の存在にもかかわらず、我が国の投資の立上りが各国に比べて飛び抜けて高かったことを忘れてはならない。欧米では投資ブームといっても対前年1割、精々2割の増加だったが、我が国では7~8割だ。一般産業における当面の投資過剰の程度は西欧よりも、むしろアメリカに似ている状態にあるのではないかと考えられる。

 上昇圧力の鈍化は設備投資需要だけではない。前に述べたように、生活水準の戦前への復帰などを背景として、我が国の消費購買力も戦後一時期に示したあの浮揚力を失ってきたように思われる。

 昭和33年を計画第1年とする経済5カ年計画においては輸出の伸びが過去数年の2割から1割に低下することを前提として年成長率を6・5%と計画した。つまり、同計画においても日本経済の成長が第二の屈折点を経て、第三段階に入ることを予定していたのであるが、現在の経済情勢は国内においても国外においても計画作成当時より沈滞の色を濃くしていることは否めないであろう。

 短期的には、景気の沈滞が長引き、趨勢的には、経済成長率が第二の屈折点を迎えるであろうという前記の推定は、右のような認識の下に成立しているのである。一言ことわっておきたい。世界経済についても右の推論はほとんどそのまま妥当するであろうということを。いわゆる新しい資本主義も景気下降への抵抗力を示しただけでは、その「新しさ」を証明するに十分でない。いかにして速やかに現状の沈滞を脱して立直りの契機をつかむか。その意味で現在を新しい資本主義の試煉の年と呼ぶことができよう。

 さて、現状において我が国は遊休の設備、労働力を擁しながら有効需要の伸びは停滞し、輸入は低位にとどまり、国際収支は月々かなりの黒字を続けている。戦後は経済が伸び上ろうとするとき、最も低い天井として国際収支の制約に突きあたるのが常だった。有効需要を国際収支の天井以下に抑えこむことが経済政策の任務だったといっても過言ではない。将来も「長期的」には、経済成長を制約する最も低い天井はやはり国際収支になるであろう。しかし、現状では有効需要と国際収支の天井との間には若干の空間が残っている。今後も前述したように投資の行き過ぎの影響が後をひいている間は「中期的」に今までのような国際収支の天井を有効需要が大幅に上回る懸念は比較的少ないのではあるまいか。

 右のような現状の認識の下に日本経済の今後のとるべき対策について検討してみよう。


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