昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
総説
戦後経済の成長と循環
世界経済の現段階
世界経済も日本と同じく戦後既に2回の景気後退を経験している。1949年(昭和24年、我が国のドッジ・ラインのとき)1953~4年(28~9年のデフレ)がこれであって、昨年半ば以来の景気後退は第3回目に相当する。今回の景気後退が前2回のそれに比べて楽観できない理由としては次の三つが挙げられている。
その第一は、国連の世界経済報告(1958年版)が明らかに指摘しているように後退の主因が前回までと異って在庫調整でなく、過去2年引き続いた設備投資ブームの結果能力が過剰となり、設備投資需要が減退した点にあることだ。例えばアメリカにおいては53~4年の景気後退時には設備投資の減少率は5%であったが、商務省調べによると、58年は17%とかなり大幅な減少が予想されている。
第二に、景気後退期にもかかわらず物価、特に消費者物価が上昇を続けている点に問題がある。その原因としては労働組合の力が強くなって操業度の低下、生産性の停滞にもかかわらず、賃上げが行われ労務費が嵩むこと、農産物価格支持制などのために食料品価格があがり、それがまたエスカレーター・クローズの普及によって労務費にはね返ってくること、さらにまた鉄鋼業のような独占度の高い産業には、市況のいかんにかかわらず、コストの上昇に応じて価格が引き上げられるという、いわゆる管理価格(アドミニスタード・プライス)制度がみられること、などが数えられる。理由はいずれにせよ、このようなコスト・インフレの傾向はアメリカだけでなく、多くの西欧諸国にもみられる。そのために物価騰貴を促進するおそれがあるというので、アメリカでは減税などのような思い切った対策の実施を躊躇する傾向が現れている。
第三は、世界の景気がアメリカ、西欧、後進国と相並んで連鎖反応的に下降する可能性をはらんでいることである。53年のアメリカ景気の後退に際しては西欧の景気が既に登り坂にあったので、アメリカ景気下降の影響は著しく緩和され、世界経済としてはほぼ横ばいを続けることができた。しかも当時は西欧の金ドル準備は豊かであったから、アメリカ景気後退の影響を遮断するために国内で金融を緩め、投資を積極化するなどの方策をとることも可能であった。しかるに今回は55年以降欧米ともに投資ブームの坂を登りつめ、景気循環の局面が一致しているために、一方が落ちれば他方も落ちるという可能性をもはらんでいる。さらに53~4年当時に比べて、西欧の国際流動性(インターナショナル・リクイディティー)は低下し、その懸念から既にかなりの高水準にある金利を果敢に引き下げることがためらわれている状態である。
一層問題なのは後進国への影響である。後進国の輸出は農産物、鉱産物が主であって、これら一次生産物は景気動向に応じて生産を調整しにくいものであるために世界景気とともに価格が大きく変動する。世界景気の下降期には輸出価格が低下するうえに、輸出数量も減少するため、輸出所得が大幅に減退する傾向がある。既に一次生産物の国際価格は 第30図 にみるように、朝鮮動乱の反落時よりもさらに低い水準にまで落ちこんでしまった。53~4年のときにはアメリカの景気後退の影響はあったが、西欧の景気が上昇していたために一次生産物の価格は維持されたのである。しかし今回はアメリカ西欧ともに景気が下降に向っているので、一次生産物への影響が著しい。一次生産物の価格が下降すれば、後進国の輸入力は縮小し、それはやがて先進工業国のこれら地域への輸出の減少となって、世界景気に連鎖反応的悪影響を生むおそれがある。
このように、世界経済が楽観できない状態にあるために、いま世界中で戦後の世界経済の発展を支えた成長の圧力は低下したのか、それとも現下の後退は再拡大の前の小休止に過ぎないのか、などと議論が行われている。
思うに景気後退を病気に例えれば、その病状の軽重は次の三つの要因によって決定されるであろう。すなわち、病気の性質-景気後退の性格、病人の体質-不況にたえる経済構造、医者の手当-経済政策がこれである。
病気の性質が余りタチのよくないものであることは前に述べた。もしこの病気が戦前と同じような弱い体質の資本主義に取付いたならば、不況の谷は深くなったであろうが、前述の経済構造の変化があったために、谷の深さは浅くてすみそうだ。しかし本格的立直りまでには前二回の後退のときよりもやや長い期間を必要としそうだ。技術革新についても、第二次大戦中に発展した軍事技術の産業への適用過程が一応終了し、53年頃から急増した民間企業の研究開発支出が実を結ぶには今後数年を要するといわれ景気後退の主因である設備投資の減退傾向は長引きそうだ。また、1930年代の不況時の出生率低下がいま現れ、世帯形成数が60年代まで減少し続けるともいわれる。これらの事情を考慮して本格的な立直りは、1960年に至るまでは期待薄だという意見も一部に行われており、いわゆるナベ底型の景気沈滞期がもうしばらく続くのではないかと考えられる。右のような予備知識のもとに最近の世界経済の動きを瞥見してみよう。
まず、アメリカの景気については5月以降生産は若干持直し、失業は低下し、鉄鋼業の操業率も上るなど、わずかながら持直しの気配がある。これが本格的な立直りを意味するものでないことはもちろんであるが底入れに近づいたことは明らかであろう。生産においてピークより既に13%余の下降を示したアメリカ景気の大幅な下降に比べると、西欧諸国の景気情勢はなお伸び悩みという程度で、いまだ大きく低落していない。これは産業近代化においてアメリカにはるかに立ち遅れている西欧諸国では、潜在的投資意欲がなお旺盛なためであると考えられる。
しかも昨年秋以降西欧諸国の国際収支は顕著な改善を示している。一時18億ドルにまで減少したイギリスの金ドル準備が30億ドルを上回る水準にまで回復したことはその好例である。工業生産水準を比較的高く維持しながら西欧の国際収支が改善されたのはなぜであろうか。まずスエズの動乱に際してアメリカに供給を仰いだ石炭や石油の輸入需要、あるいは不作によって増大した農産物の輸入負担が減少してドル支出が縮小した。さらにアメリカ物価が強含みに推移していることを背景に西欧からアメリカへの輸出は、小型車の例にみるように意外に伸びている。本年1~3月のアメリカの輸出は前年同期に対して19%減少であったが、輸入は2%の微減にとどまっている。
しかしながら、ヨーロッパ諸国の国際収支改善の最も大きな原因は輸入原料の価格低落による交易条件の大幅な改善であろう。すなわち、この意味では欧州諸国の国際収支の改善は、後進国へのシワ寄せの犠牲において行われているといっても過言でない。しかも最近に至るまでに後進諸国の輸入水準は依然としてあまり大きな低下を示していない。なぜならば後進国の経済建設意欲は極めて熾烈であって、投資財に対する輸入需要は高水準を維持しており、その輸入外貨は国際機関や先進国からの援助や借款等によって賄われ(またポンド圏の国ならば、いわゆるポンド残高の食いつぶしによって調達され)ているのである。かくして現在までのところ世界経済はアメリカの景気下降の影響を種々の手段によって食い止めているのであるが、後退が長引くとともに、影響は次第に顕著になろうとしている。従って現段階は危ない綱渡りをしている世界景気を下支え、あるいは持直すために前述した医者の手当、すなわち国際協調による経済政策が必要であろう。その一はアメリカの景気後退を食い止め、できれば速やかに立直りの方向に向わせること。その二は不足を告げている西欧諸国及び後進国の外貨準備を補給するために、いわゆる国際流動性の強化対策をとることである。そして後者については金価格の引上げ、国際通貨基金強化案、第二次世界銀行案等種々の対策が提議されている現状である。