昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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総説

景気後退のメカニズム

民間投資--循環の原動力

 在庫投資が景気変動において大きな役割を演じたことは前にも述べたが、以下に少し詳しく在庫変動の性質について検討してみよう。いま在庫の現在高がある年の初めに、4兆円あったとしよう。その年の間に在庫投資が6,000億円行われたとすれば、年末の在庫高は4兆6,000億円となる。仮にその次の年の末に在庫の現在高が4兆9,000億円に増えたとすれば、第2年目の在庫投資は3,000億円である。すなわち、在庫高が増加するにかかわらず、在庫投資としては前年に比べて3,000億円の減少で、それだけ在庫投資としての購買力は減退するのである。もし第2年目に在庫蓄積がゼロで、4兆6、000億円の在庫高のまま推移したとすれば投資需要は6,000億円減退したことになり、また2,000億円の在庫減らしが行われたとすれば、需要としてはプラス6,000億円からマイナス2,000億円へ、差引8,000億円も減少するわけだ。すなわち在庫高の増え方が減るだけでも需要としてはマイナスになる。また逆に、在庫減らしが行われているときには在庫の減るスピードが落ちるだけで景気情勢にはプラスの働きをするのである。在庫投資はこのように変動しやすくかつ大きな幅をもっているのであって、世界各国においても在庫投資が短期的な景気変動の主因となることは珍しくない。ところが我が国では、 第8図 にみる通りこの在庫投資が国民経済の規模に比べて他の国々より飛び抜けて大きい。この日本の在庫投資の性格は戦前からのものである。おそらくその原因の第一は我が国経済の特質から経済規模に比して大きい在庫高を必要とするところからきているのであろう。すなわち零細企業が群がっているために、分断されて在庫が必要となり品目も多種多様となる。この傾向はことに商業部門に顕著である。さらに我が国の工業は基礎原料の輸入依存度が大きく、そのため原料入手の不安からどうしても余計に原料ストックを仕入れがちになる。

第8図 在庫投資の比重

 このように本来、水準として高い在庫を必要とするうえに、鉱工業生産の成長率が高いから年々余計な在庫蓄積を必要とする。また持続的なインフレーション傾向の存在のために、商品は仕入れておけば損はないという気持があるし、市場は絶えず拡大するという戦後の経験によって在庫の蓄積は過大になりがちだ。かかる背景のうえに神武景気における業者の強気が重なって、32年の前半まで在庫の蓄積は猛烈な勢で行われた。

 ところが、金融引締めによって企業者の強気がくじかれ、資金面で圧迫が加えられると、在庫投資の動向に大きな変化が現れた。金融引締めに一番敏感に対応するのはいつの場合も卸売在庫である。資本金に比較して大きな在庫を抱えている問屋は、金詰りになると手持ちの商品を投売して金繰りをつけようとする。その結果流通段階の在庫投資は、4~6月期から減少し、在庫水準も7~9月に大幅に減少した。これに対して製造業者の在庫調整には若干の暇がかかった。メーカーの原材料在庫のうちでは輸入原料の比重が大きいが、景気が変ってからも前に契約した輸入原料が到着するということもあって、在庫投資は7~9月までかなり高く、10~12月期に入ってはじめて在庫水準の低下がみられたようだ。仕掛品在庫は生産と同じような動きを示すものであるが、最近は生産期間の長い機械などが増えていることから比較的在庫投資の減少が遅れている。これに対し、メーカーの製品在庫は別の動きを示し、景気が悪くなり出荷が減るにつれて逆に増加の一途をたどった。

 以上に述べたように在庫投資は流通段階、メーカーの製品、仕掛品、原材料別にみるとかなり違った動きを示しているが、総体でみると、7~9月以降減少に転じ、二・四半期続いて大幅に低下したとみられる。しかしながらまだ在庫水準が大きく減るというところまではいかず、在庫の蓄積高はかなり過大なものとなっているようである。 第9図 において最近数年間の国民総生産の動きと在庫の累積状況をアメリカと日本について比較した。すなわちアメリカは在庫の蓄積と処分を繰り返してその水準はほぼ国民総生産の四分の一に等しい線を推移している。日本においては国民総生産と在庫との関係は、昭和29年頃はアメリカとほぼ似通っているけれども、今日においては既に国民総生産の半ばに近い水準にまで増加している。

第9図 国民総生産と在庫水準の伸び

 引締政策に速やかに反応した在庫投資に対して、設備投資は4~6月のピークからみると低下してはいるものの、なおかなりな高水準を維持している。なぜならばいったん着手した設備投資計画は、出来上るまでは強行しないとそれまで注ぎこんだカネが無駄になるからだ。その継続工事が32年度の投資計画において全体の8割を占めていたことが、高水準の投資が継続した第一の原因である。さらに全体の投資計画のうち、電力、鉄鋼、石炭、海運のいわゆる基礎部門の投資が4割を占め、これらの部門については財政投融資をはじめ、民間からの賃金供給も引締政策下にもかかわらず比較的優先的に配慮されたということが、高水準の投資が継続した第二の原因である。従って金融引締めによる設備投資の縮小は、基礎部門以外の一般産業において新しい投資計画の着手が見合わせられたということによる。開発銀行調べの設備投資調査によれば、32年度は当初、前年度に対して6割の設備投資の増加が見込まれたが、引締政策によってそのうち約12%が削減されて対前年約4割高の計画となった。その後景気後退の影響を受けてさらに縮減した産業もあり、その他この調査に含まれない中小企業では設備投資は相当程度抑制されたと見込まれるので、大企業、中小企業総括しての32年度の設備投資は、対前年2割の上昇にとどまった。

 新しく投資計画をスタートしようとする意欲が減退した証拠は 第10図 に示す通りに、設備機械への発注状況の激落に明らかである。月々の新規発注額は32年秋以来前年同期比4割ないし5割減の水準に推移し、30年秋の投資ブームの立上り前の水準にまで低下している。このようにはなはだしい新規発注額の減少と、31年度平均に比べてもまだ高い設備投資水準との開きの要因としては、前述の継続工事が多いということのほかに、機械受注残高の累積をあげねばならない。 第10図 に示した通り、投資ブームの上昇期には、機械メーカーは月々の生産能力を何割か上回る新規受注を受け、受注残高が累積した。いまは逆に受注高の減少に際して、この溜った受注残高をこなすことによって設備投資水準が比較的高く保たれているのである。29年のときには、新規発注高の減退から約9カ月して投資水準の減退がはじまった。しかし最近においては設備工事一件当たりの金額が4・4億円(32年9月)から5・3億円(33年2月)に巨大化し、かつ完成までの平均懐妊期間が2年3カ月から2年7カ月に増加するなど、長期大型化する傾向がある。さらに機械工事の販売高が増加しているにもかかわらず、受注残高を月々の販売高で割った商は、ピークの14カ月から9カ月に(船舶受注を含めれば19カ月から13カ月へ)低下しているに過ぎず、受注残高の緩衝装置(バッファー)としての作用は29年当時以上に大きく、投資は漸減ながらいましばらくはなお高水準を維持するものと思われる。

第10図 機械の受注と受注残高の推移

 開発銀行、通産省及び経済企画庁等の投資計画調査によると、33年も電力、鉄鋼等の基礎部門の大企業による投資の継続はいうまでもなく、石油化学、合成繊維等新産業の投資も高水準を維持することになっている。その他技術の進歩に伴う技術革新投資、これに拍車をかける企業間の競争、さらに今後予想される金融の緩和傾向によって、33年度もかなり高水準の投資が継続し、32年度に比べれば1割ないし1割5分程度の減少が見込まれるものの、31年度の水準より幾分高くなる可能性が強い。

 そこで次に過去2年来の設備投資がどんなに過大であったかを種々の点から検討してみよう。まず 第11図 をみると、26年以降の設備投資は際立った波動を画いているが、これまでの実績と「新長期経済計画」の最終年度に予定した投資計画とから判断した趨勢に比べてみて、31、32年度の実績及び33年度の見込みを含めた3カ年では2~3割程度超過しているように思われる。仮にこの超過分が34~6年度で調整されるとすれば、この3カ年間における設備投資は趨勢より1~2割ほど下回るところまで落ちこむようなことにもなろう。もっとも31、32年度の設備投資は物価騰貴が含まれているから、この分は若干割引きして考えなければならないが、ここ2、3年来の設備投資が相当過大なものであったことは否定できない。ことに超過投資は一般産業で著しく、先行きこの部門における投資の減退は避けられないであろう。

第11図 設備投資の推移

 次に 第1表 に示したのは、我が国の年々の投資による生産力の増大が、最終的には輸出や消費や将来の投資にどのような割合で吸収されてきたかをイギリスの例にならって試算した結果である。これによると32年度における我が国の設備投資は輸出向19%、消費向47%に対して投資によって生産物が吸収されることを期待する割合が18%と数年前に比べても異常に高く、つまり神武景気のときのような高い投資水準が無限に続くことを期待して生産力の拡充が行われていたといっても過言ではない。

第1表 投資の配分比

 こうした過大な設備投資は一方で設備能力を累増させ、能力増大が今後日本経済に大きな重圧をかけようとしている。 第12図 をみると、31、32年の設備能力は年率2割の勢で増加し、32年前半までは鉱工業生産の上昇率とほぼ歩調をあわせていた。この先、設備投資は減退に向うものと推測されるが、継続工事に支えられて、なお高水準の投資が累積するために、設備能力の増勢も早急には衰えない。「法人企業統計」に基づく製造業の固定資産残高に当庁調「設備投資予測調査」によって予想される設備投資の増加を付加えて試算すると、約2割の上昇が見込まれる。しかるに鉱工業生産は32年5月をピークとして33年3月までに1割低下しており、今後若干の回復が考えられるにしても、33年度全体の水準が対前年度4・5%の増加という年次計画の予定を上回ることは困難である。もって投資の行き過ぎと能力の伸び過ぎの状況を察することができるであろう。もちろん右のように述べることは、若干の誇張のそしりを免れない。何となれば、能力の過剰は、繊維、化学等の一部産業に集中しているのであって、電力のような基礎産業の能力は過剰とはいえない。そのうえ、各産業の能力の間にデコボコがあって、これを能力一杯にフル操業するという仮定も実際的でない。さらに我が国産業においては各部門に相当な老朽設備を抱えており、これを廃棄することができるならば、設備の過剰はそれほど憂うるに当たらないかもしれない。これらの事情を考慮に入れて設備過剰の圧力が生産過剰に転化しないですむのかどうか等の点について後にもう一度検討することとしよう。

第12図 生産、設備能力、投資の推移


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