昭和32年
年次経済報告
速すぎた拡大とその反省
経済企画庁
各論
労働
産業構造と就業構造
近代産業の発展と就業構造の前進
労働力調査によると、昭和31年度の雇用増加はその大部分が製造業を中心とする賃金労働者の増加であった。これは発展率の高い2年続きの好況により、鉱工業生産が著しく高まったという景気循環的な要因と戦時中に縮小した卸小売サービス業等の大三次産業の拡大過程がほぼ一段落をとげたという構造的な要因が重なり合った影響と考えられる。景気循環的には発展率の高い好況期に比較的近代産業の多い、すなわち雇用者比率の高い製造業の雇用が増加し、反対に発展の停滞する時期には家族経営を中心とする前近代的産業の多い卸小売、サービス等の雇用が増加したことは戦前の国勢調査によっても明らかであるが、これは従業上の地位別にみた就業構造からは好況期には、近代的な就業形態である雇用者の割合が増加し、反対に不況期には前近代的な個人業主及びその家族従業者の比重を相対的に強めるということを意味する。しかし、このような短期循環的な変動とは別に従業上の地位別にみた我が国の就業構造は長期趨勢的に漸次前進をとげている。これは近代産業の発展による産業構造の変化に負うところが大きい、国勢調査によると、近代資本主義確立以後の我が国の増加就業者は、その8割が雇用者すなわち賃金労働者として就職しているが、大正9年以降においては第2次大戦直後の農業就業者の異常な膨張という産業構造の後退の短期変動を除けば、戦前においても戦後においても増加就業者の大部分は賃金労働者であったといえる。このような近代的な就業形態である賃金労働者の増加は二つの要因によってもたらされている。その第一は、雇用労働者によって成立している資本主義的産業の比重の拡大であり、第二は、その産業自体の経営が近代化して雇用労働者を使用する資本主義的経営体に移行したことである。
国勢調査の結果及びその推計によると大正9年から昭和30年までの35年間に全就業者のうちの雇用者の割合は29.5%から45.5%に約16%拡大した。これが最も大きな要因は雇用労働者の割合がわずか3%に過ぎない農業就業者が大正9年の1373万人から昭和30年の1491万人にわずか118万人の増加にすぎず、就業者全体に占める構成比が50.9%から38.0%に縮小していることである。しかし、それだけではない。非農林業自体の雇用者の比率が大正9年の58.4%から昭和30年の72.3%に約14%拡大していることも大きく影響している。これは雇用者比率の高い建設業、金融保険業、教育医療を中心とするサービス業、公務員等の増加率が高くその比重を拡大していることと、製造業、運輸通信その他の公益事業、卸小売業が雇用者の比率を著しく高めていることによる。すなわち製造業は大正9年の62.7%から昭和30年の81.5%へ、運輸通信その他の公益事業は70.3%から94,4%へ卸小売業は24.0%から45.1%へともに20%前後雇用者の比率を高めている。また非農林業雇用者の中においてもこれ等三大産業の比重は大正9年の57%から59%に若干その比重を強めている。特に製造業と運輸通信その他の公益事業の近代化は著しく最近の25年から30年の5ケ年間においても他産業とは異なって増加就業者のほとんどが雇用労働者として就業している。
このように製造業と運輸通信その他の公益事業の近代化が著しいのは、その内部構造において前近代的産業が後退し近代的産業が発展しているからである。例えば運輸業をみると昭和5年においても牛馬車、木船等の人力畜力に依存する運輸業に就業していた者がかなり多く、人力車、輪タク、牛馬車曳船頭等の数は運輸的職業の45%を占めていた。しかし、その後の鉄道軌道、電車、自動車等の巨大資本による近代的な運輸手段の拡大により昭和30年には前述したような前近代的な就業者は昭和5年の約3割に減少し、運輸的職業のうちでは8%に過ぎなくなっている。さらに最近では航空運輸業等の新しい発展もみられる。これに対し通信業やガス電気業等も同様に近代化が著しく進展しているといえる。一方、製造業における内部構造の変化も激しい。国勢調査による大正9年から昭和30年までの35年間における就業者の増加率の最も高い産業は投資財、及び消費の高度化に伴う金属製耐久消費財に属する電気機械、石油石炭製品、ゴム精密機械、輸送用機械、機械製造、金属製品等の主として資本主義的経営によって占められている産業であり、木製耐久消費財、繊維、家庭用雑品等の家族経営の比重の大きい産業はいずれも減少ないしは停滞している。さらにこれらの産業内部においてもそれぞれ構造変化をとげている、例えば運輸用機械をみると鉄道車輌はかえって減少し、自動車産業の発達が著しい。また紡織等の内部においても製糸、紡績、撚糸等の原料部門は減少しているがメリヤス等の加工部門は著しく増加している。
かかる工業構造の変化は通常食料品紡織等の軽工業に対する機械、金属等の重工業の比重によってみられるが、我が国の現在の構造は就業者の割合からみれば軽工業1に対し重工業1でほぼ等しい割合にあり、イギリス、アメリカ、西ドイツ等に比べると軽工業の割合がかなり多くイタリアとほぼ同率にあるが、大正9年頃の軽工業3に対し重工業1の割合に比べるとかなりの高度化といえる。
前述したような構造変化は卸小売業についても同様である。大正9年頃においてはその大部分が家族経営である穀類粉類及び蔬菜類、魚介類、燃料、陶磁器商、古物商等の比重が大きかったが、30年には雇用者を使用する経営の多い家庭用電気機具を含む機械類の販売、百貨店、建具家具、織物被服類販売等の比重が拡大している。もっとも卸小売業についてはこのような構造変化の他に同一品目の販売店においても競争の激化によって経営規模がやや拡大し雇用者を使用する経営が増加している影響も大きい。
こうした産業別就業構造の変化を、大部分が資本主義的経営であり賃金労働者のみを使用する近代的産業と、主として家族経営によって支えられている前近代的産業及びそれらの中間的産業に区分して長期の変動をみると、戦後の回復段階で十分でない25年においても、大正9年に対し近代的産業の就業者が67.9%も増加し最も高い発展率にある。これに対し、中間的産業は20.8%の増加でやや停滞的であり、前近代的産業の増加率は32.1%で中間的産業よりもやや高い。
この傾向は製造業、金融保険業、運輸通信その他の公益事業、サービス業等の内部においても同様である。例えば運輸通信その他の公益事業は近代的産業が74.9%増加しているのに中間的産業は21.3%の増加であり、製造業についても近代的産業が33.9%の増加であるのに中間的産業は20.8%の増加に過ぎない。また、サービス等についても近代的産業が3.2倍に増加しているのに中間的産業は23.4%の増加であり、前近代的産業は65%の増加を示している。このように我が国の産業別就業構造は近代的産業の発展の著しいなかにおいても前近代的産業の就業も増加しているという後退的の面もみられるが、これは戦後における女子の農業及び小売業における家族従業の増加が影響しているので、男子だけについてみると、近代的産業77.4%、中間的産業28.5%に対し前近代的産業は14%の増加であり、中間的産業の増加率よりも前近代的産業の増加率は低い、さらに25年から30年までについては、国勢調査によると農業就業人口は110万人を越える等、全就業者のうちに占める第一次産業就業者の割合の減少速度は戦前の2倍を越えているので、この期間においては前近代的産業の就業は停滞し、近代的産業へ上昇が著しかったとみてよいであろう。
規模別工業雇用の長期変動
前述したように我が国の増加就業者の大部分は長期的にみても雇用者であり、それは近代産業の発展や賃金労働者を使用する資本主義的経営の増加によるものであるが、このような傾向を最も近代化の進んでいる産業の一つである製造業について規模別構造の観点から眺めてみよう。まず国勢調査と工業統計より推計した工業の規模別就業人員をみると、大正9年頃においては職工規模4人以下の零細経営就業者が全工業就業者の約55%を占めていた。その後は好況期には零細経営の比重が縮小し、不況期には拡大するという景気循環的な変動を経て昭和30年には、規模区分が就業者3人以下に変更された影響もあるが、大正9年に比べ就業人員でも若干減少し、その構成比は29%に縮小している。また、規模5人以上を100とする5~9人の極小規模の就業者の構成比も大正8年の8.7%から昭和30年の11.1%へとたいした変動を示していない。しかし10人以上の大、中、小の規模においては10~99人の小規模特に10~29人の小規模の比重の拡大が大きい。例えば大正8年の10~29人の比重は16.6%、15年には14.2%であったが、昭和30年には23.9%に拡大している。これに対し、1000人以上の大規模工場は戦前は大正15年昭和15年の両時期において最も膨張し、27%を超えており、景気循環的な変動が激しかったが、戦後は一貫して縮小傾向をたどり、30年には16.2%に縮小している。また、中規模も戦前の昭和10年までは32%前後で推移したが、昭和15年から戦後にかけては28%前後を維持して大きな変動はない。すなわち長期的な工業雇用の規模別構造は、前近代的な家族経営を中心とする零細経営の就業者が減少し、他方では大企業の比重が縮小し小企業の雇用労働者が拡大するという傾向がみられる。産業別には紡績業と機械工業における大規模の縮小、小規模の拡大が顕著であり、これが工業全体の小規模比重の拡大に大きな影響を与えている。これに反し化学工業等は小規模縮小、大・中規模拡大という発展的な方向をたどっている。紡績業における大規模の縮小と小規模の拡大は大規模工場の多かった製糸業の大幅な縮小、綿紡績における新紡新々紡の比重の拡大、小企業の多いメリヤス織物等の加工部分と衣服身回品等の相対的増加等による産業構造的な変化が影響している。この点は機械工業においても同様である。すなわち比較的大規模工場の造船、鉄道車輌等の相対的縮小と中規模工場の電気機械、精密機械等の著しい拡大、機械製造業の労働集約的な発展等が影響していよう。
かかる我が国工業の規模別構造を国際的に比較してみると、10人以下の極小及び零細経営の就業者の比重はアメリカ、イギリス、スウェーデン等の諸国よりははるかに大きくアルゼンチン以上の比重を占めている。さらに規模10人以上の工場においては10~99人の小規模と1000人以上の大規模工場の比重が大きいという特徴をもっている。すなわち1000人以上の大規模工場では、アメリカ、イギリス、西ドイツにつぐ比重を占めているが、100~999人の中規模工場では欧米諸国よりはるかに低くアルゼンチンよりも少ない比率を占めているに過ぎない。これに対し10~99人の小規模では欧米諸国よりははるかに高くアルゼンチンよりも大きな比重を占めている。
前述したように就業者からみた我が国の工業構造が大規模で比重が比較的大きいのに対し、中規模が小さく小規模と極小及び零細規模の比重が大きいという形態がみられるが、これは我が国工業が欧米諸国に比べて後れて発展し、しかも急速な成長をとげた発展様式と、相対的な過剰労働力が常に存在し近代的な大規模産業の発展とともに低賃金による労働集約的な小企業の雇用を絶えず増やしてきたことは、しかも小規模労働集約的な経営から中大規模の近代的経営への前進が停滞しているという特殊事情の反映とみられよう。
資本集約、労働集約的産業の雇用と労働条件
我が国の雇用増加は長期的にみると大部分が賃金労働者となっているが、その多くの部分は工業にみられるように一般的に労働条件の低い小企業労働者であることは前述したごとくであるが、さらにその区分を経営の規模別ではなくその生産の形態がより資本集約的であるかあるいは労働集約的であるかにより生産、雇用、労働条件にどのような特徴があり、どのような差異があるかを観察してみることにしよう。
まず、工業統計による産業細々分類の分析から規模4人以上の産業を資本集約的産業、中間的産業、労働集約的産業に区分すると、29年における付加価値生産はその41%を資本集約的産業が占め雇用はその49%を労働集約的産業が占めるなど生産は資本集約的産業に雇用は労働集約的産業に集中している。さらに労働力構造と生産性及び賃金では資本集約的産業は男子の比重が84%で付加価値生産性は年間80万円、賃金水準は年間24万7,000円であるのに、労働集約的産業は男子の比重が58%で付加価値生産は年間23万円、賃金水準は年間11万8,000円とかなりの差異がある。また労働所得の分配率は資本集約的産業ほど低く、一企業当たり平均就業人員は資本集約的産業81人に対し労働集約的産業は17人であるから資本集約的産業の規模は労働集約的産業に比べるとかなり大きい、産業別には化学工業と紙類似品、第一次金属が資本集約的産業の比重が最も大きいが、石油、石炭製品、印刷出版、電気機械、ゴム工業等でもかなりの比重を占めている。これに対し労働集約的産業は、衣服身回品、家具装備品、木材木製品、皮革製品、金属製品、紡織業、雑工業、精密機械等において大きな比重を占めている。
前述したような区分による長期傾向を工業統計の26年と29年との比較によってみると、事業所数、従業者数、一人当たり付加価値のいずれにおいても資本集約的産業の増加率が高く、労働集約的産業はほぼこれに近い増加率を示しているが、中間的産業はかなり停滞的である。もっとも雇用の比重拡大の割合からみれば、労働集約的産業は26年の46.8%から49.0%に2.2%拡大しているが、資本集約的産業は19.3%~20.5%に1.2%しか拡大していない。また一人当たり製品出荷額では労働集約的産業の増加率が最も高く、資本集約的産業を圧しており、賃金の上昇では労働集約的産業と資本集約的産業とがほぼ等しい率で上昇しているが、中間的の上昇率は最も低い。 このように我が国の工業においては資本集約と労働集約との両極において発展し中間的産業が停滞的であるのは、相対的な過剰労働力が依然大きく、賃金格差が極めて大きいため、低い生産性の労働集約的な生産形態においても低賃金に依存すれば経営が成立するという我が国の特殊事情の反映とみられよう。これに対し中間的産業は、大資本により原料製品、市場等において優利性を発揮する資本集約的産業と低賃金を競争条件とする労働集約的産業の中間にありその挟撃によって発展が停滞しているとも考えられよう。もっとも、この傾向も全ての産業内部において同一の傾向にあるというわけではない。総じて基礎財産業と一部投資財産業は最も資本集約の優利性を発揮しているが、労働集約的に発展しているのは機械製造業等を除くとほとんどが消費財産業である。また中間的産業がやや有利に伸びているのは、電気機械、精密機械、家具装備品等の耐久消費財産業において著しい。
以上みられるように、我が国の就業構造は近代産業の発展や資本主義的経営体の増加により増加就業者の大部分は賃金労働者で占められるようになってきた。これは確かに就業形態からみれば大きな前進といえる。しかし最も近代的な発展をとげている製造業においてさえ、増加雇用の大部分は小企業であり、労働集約的な産業への吸収率が大きい。しかも小企業の労働集約的産業は賃金、労働時間、雇用の安定度等において資本集約的な産業とは大きな隔たりがあるので、これらの産業労働者の労働条件の改善は今後における最も重要な方向といえるであろう。
第166表 資本集約労働区分による生産と雇用の増減(26年と29年の比較)