昭和32年
年次経済報告
速すぎた拡大とその反省
経済企画庁
各論
労働
労働経済前進の特徴
人口と労働力人口
31年度の人口の動きをみると、ここ数年の趨勢を持続している。すなわち、総人口は年々増加を鈍化させていたが、31年はさらにこれを弱めて、年度平均で94万人増にとどまった。人口増加の低下は主として自然増加率の低下に伴うものであるが、31年の自然増加率は10.4(千人当たり)と前年より1.2ポイント下回った。これは出生率が依然低下を続けたうえ死亡率が従来の低下からやや上昇に転じた結果である。死亡率の上昇は、高年齢層死亡率のわずかな増加によるものだが、死亡率8.0%という水準は国際的にも最低に近い。
これに対し生産年齢人口の増加は同じく年度間に128万人増と、総人口のそれを大幅に上回った。これは出生率の高かった頃生まれたものが続々生産年齢人口に達してくることと、最近の死亡率の低位とによることはいうまでもない。その結果、総人口中に占める生産年齢人口の比率は漸次増大するに至った。すなわち、生産年齢人口の総人口中に占める比率は31年度は69.8%と前年より0.8%高まっている。
このような形での新規労働力の供給増加に対して31年度の就業者の増え方はどうであったろうか。就業者全体としてみると、31年度は85万人にとどまった。しかしこれは、農林業就業者総数が女子を中心として前年度非労働力から労働力化したものが再び非労働力化したものと非農林業への流出により、家族従業者を軸に42万人減少したことによるもので、非農林業においては127万人とほぼ生産年齢人口の伸びに匹敵するだけの増加を見せている。そのうち雇用者は135万人の増加であり、31年度の好況が非農林業における雇用者を中心とする就業者増加を大きくしたことを示している。またこの非農林業雇用者の増加には、農林業における新規労働力が農林業にとどまらず、非農林業に流れていったことも一因である。新規学卒者の30年度の就職状況をみると、第二次産業特に製造業への増加が著しくて、第一次産業特に農業への就職は減少した。
就業構造の改善
全規模を含めた就業増加の内容においては、産業別には製造業の増加が大きく、地位別には雇用者のそれが中心であるという就業構造の改善に注目しなければならないだろう。
31年度の非農林業の就業者総数は、「労働力調査」によると、年度平均で前年度平均に対して127万人(5.2%)増加しており、うち雇用者はこれを上回る135万人の増加を示したことは前述の通りである。これに対し自営業主は2万人の増加、家族従業者は9万人の減少であった。雇用者の増加は、26~30年の平均増加に対して2倍を越える顕著なものとなった。
これを産業別にみると、製造業は第3・四半期までは過半数を占めており、第4・四半期に卸小売金融保険の伸びに圧せられてやや低下したものの、年度平均では58万人と増加就業者全体の43%を占めて最も高く、卸小売の32万人、サービスの22万人がこれについでいる。また増加率としても非農林全体の雇用者の対前年度増加率は8.4%なのに、製造業は10.9%、卸小売は11%と高く、サービスの8.4%がこれについでいる。就業者総数としてみると、製造業においては自営業主が10万人、家族従業者が17万人減少したため、全体で31万人の増加にとどまっているが、卸小売、サービス業は業主も経済規模の拡大に応じて商店、対個人サービス業で増加しているため、雇用者増を上回る増加となっている。
このような動きも、年度間の推移でみると、上期と下期とではやや様相を異にしている。すなわち、上期平均では、非農林全体の就業者総数の前年同期に対する増加は112万人に対し10月~32年3月間のそれは142万人とさらに伸びているが、雇用者では上期が137万人増に対し下期132万人とあまり変わらない。これは下期は製造業の雇用者の伸びが鈍化し、卸小売が自営業主を中心に伸びたためである。
しかし年度全体のこのような好調な増加傾向を過去数年と比べてみると、非農林業においては、就業者総数、雇用者とも26年度に及ばないが、他の年度を全て凌駕している。しかも26年度、28年度は産業別にみると卸小売、サービス業等の第三次産業での伸びが大きかったのに対し、製造業ではそれほどでなく、この点31年度は卸小売もかなり伸びているが、やはり製造業中心の増加であったのと対照的である。
以上のように2年続きの好況は雇用面においても製造業、商業両部門での増大をもたらし、従業上の地位別では比較的前近代的な要素の多い家族従業者を減少せしめて、近代的な就業形態の雇用者の増加を結果し、従来にない就業構造上の改善がみられたことは注目に値する。
また前述したような雇用者の好調な延びを反映して労働市場も緩和の基調を持続し、失業情勢も減少の推移を示した。すなわち、求職者は一貫して前年水準を下回る一方産業界の活況を反映して求人は新規求人増を中心に大幅な増加をみせた。職業安定所を通じた月間有効求職者は年度平均で約8%減少し、月間有効求人数は同じく39%増加した。日雇労働市場も民間産業における求人増加を反映して新規求人が絶えず前年水準を上回ったため、アブレ(不就労延数)も前年に対し、大幅な減少となり、年度平均では16%下回った。完全失業も一貫して前年を下回り、年度平均では60万人と前年度より17%低い。失業保険における離職票受付件数や保険金受給者実人員も減少傾向を持続し、年度平均で前年度に対しそれぞれ18%、27%減少している。
なお、一部には技術者や技術労務者の不足が起こったり、現在の低労働条件を前提としては充足困難が中小企業の一部にみられるような事態も散見された。
前者のような雇用の質的需給の問題は雇用全体の需給の問題と並んで重要な意義をもつものであり、我が国の場合特に経済発展の基盤となる産業の近代化、技術革新のために多数の技術者技能者を必要とするが右のような事態の発生はこの問題に対するさし迫った解決を必要としていることを示している。また、後者については雇用状勢の改善が低労働条件の雇入れを困難にし、労働条件の改善を通じて雇用構造を近代化する方向を示すものと考えてよいであろう。
さらに、32年3~4月の新規学卒者の入職状況も近年にない好調であり、特に技術者の求人が充足困難をきたしている模様であり、毎月勤労統計の範囲においても3月の常用雇用の増加は前年よりも上回っている。
しかしながらこのような改善のかげにも、有業者中の転職希望者、追加就業希望者、無業者中の就業希望者が依然かなりの数が存在することを忘れてはならない。すなわち、31年7月現在総理府統計局調「就業構造基本調査」によれば、仕事が主な者のなかで転職を希望しあるいは追加就業を求めて求職中の者は135万人に達し無業者のなかで本業を希望し求職中の者は143万人となっている。
常用雇用の一貫した増加傾向
31年度は全般的に好調な雇用増加がみられたが、そのうちで比較的近代的な雇用部門とみられるところでの常用雇用も最近にない増加がみられた。そしてその増加率は戦後の好況期に比して高いものであった。
すなわち、規模30人以上の事業所の常用雇用の変動を毎月勤労統計でみると、調査産業総数では31年3~4月の入職期にそれぞれ1.0%、2.4%と30年同期の0.3%、1.2%を上回る増加を示し、その後も引き続き増加傾向をたどり、年度間5.5%の増加率となった。このような増加率は、31年度に対応する旧毎勤(事業所調査によって改正される以前のもの)でみると前年はもちろんのこと26年、28年に比べても高い。
しかも前年同期に対する増加率は逐月高まっている。第1・四半期の産業総数の対前年同期増加率は2.7%であったが、第4・四半期には5.2%の上昇となり、結局年度平均の対前年度増加率は4%で近年にない増加率を記録した。
産業別にみると、増加の顕著なのは製造業及び卸小売業で年度間平均の前年度比でも5.7%、5.8%となっており、31年3月~32年3月の増加率も7.7%、7.4%と高率である。以上の増加率は産業総数と同様に過去の数年に比べても大幅に凌駕しているものである。
製造業内部の業種別の動きは景気動向との関連の仕方によった区分であるが、これを(1)増加率が製造業平均を上回ってかなり顕著なもの、(2)平均以下の増加率のもの、(3)減少しているものに分けてみよう。まず第一の部類に入るものは、31年の設備投資の盛行による生産機械、ガラス、セメント、産業用ゴム、投資に輸出需要強調も加わった鋼造船、車輌、一部消費需要の伸長にも支えられた電気機器、輸出の大幅伸長に裏付けられた精密機械、国内消費需要の強かった衣服身回品、家具その他装備品等の部門である。第三の部類の属するのは食料品、煙草でこれらは比較的需要の弾力性の低い消費財の生産部門で、好況にありながら需要が一巡したために規模拡大の余地が少なく、雇用拡大もあまりあり得ない部門である。第二の部類は、第一、第三を除いた業種で第一次金属、紙、化学等をはじめ、生産は大幅に増加して雇用もかなり伸びたが、これらは設備の近代化等による生産性向上が進んでいるのが多く、生産に比べると雇用の伸びは緩慢であった。
増加率を規模別にみると各規模の上昇率はまちまちだがある規模に極端にかたよった上昇をみせるということはなく、各規模ともあまり開かずにかなりの上昇率をみせている。特に雇用増加率の高い機械工業は全般に各規模とも平均して高い増加率を示してあまり開きがない。
以上のように近代的雇用部門の雇用増加が増加率も高く、産業別、規模別にも大した差異もなく平均して増加顕著であったのは特筆されねばならないだろう。
投資景気下機械工業の雇用増加顕著
このように近代雇用部門の雇用増加は著しかったが、そのうちでも31年度は設備投資の盛行に裏付けられた機械工業は全般に雇用の増加率が顕著で機械工業の前年度に対する増加雇用は、その期間の製造業全体の増加雇用の半分を占めて、製造業雇用増加に最大の貢献をなしている。これはいうまでもなく投資景気といわれた31年度の経済規模拡大が設備投資の増大を通じて、機械工業の生産を約35%上昇せしめたことに応じ、雇用も年度平均約9.3%も増加したためである。しかも機械工業は戦後おおむね一貫して好況に恵まれなかったため、概して旧式の遊休設備を抱えていたものが多かった。それが31年の活況により、ようやくこれに労働力を投入して生産を増大させていく段階となった。この過程では当然生産増大に対して雇用増大がかなり平行的に動く傾向にあり、新設備拡充で生産性を高めつつ生産増大を賄う場合には、生産増大に比し雇用増加は相対的に低くてすむ状態とは対照的な動きを持つことになる。これはまた31年は機械工業の新設備拡充はそれほどでなく後半からようやく活発化してきたことにもよる。例えば31年度の雇用増加率を生産増加率で除した生産増加単位当たりの雇用増加は、製造業平均でも、0.20なのに対し、機械工業は0.25とかなり高くなっている。28年の場合は0.10であった。また法人企業統計で31年度を前年度と対比させてみると、おおむねの業種で固定資産の増加率は人員の増加率の2~3倍なっているのに、ひとり機械は逆に人員増加率が固定資産増加率を上回っており、生産増加に対する貢献が設備増加なり人員増加に対して大きいことを示している。また売上の高増加分に対する人員増加の割合も機械が最も高い。
以上のことから知れるように、31年度の機械工業の人員増加は、労働力投入による生産増大の形態をとった面が多いが、既に建設仮勘定は前年の3倍にも増加しているのでこれらの新鋭設備が稼働することになれば今後の生産増に対応する雇用量の増加は相対的に低いものとなろう。また反面労働集約的性格の強い増加であったことは、景気後退に対しても雇用に対する影響が大きいことが認識されねばならないだろう。過去の景気後退期例えば29年においても製造業中最も高い減少率を示したことにも現れている。
しかし、生産増加の割に雇用増加が大きかったのは機械工業ばかりではなかった。前述したように製造業平均でみると、31年の生産増加単位当たり雇用増加率は26年、28年頃に比しても大きいことが明らかであるが、このような動きは雇用に対する固定資産の割合でもみることができる。法人企業統計で常用一人当たり固定資産額の推移をみると、表にみるごとく、過去二、三期引き続き増加しているのに31年上期では低下している。これらの動きは次のようなことによるものであろう。26年頃の好況には操業度も低かったので労働時間の延長で生産増加を支えていた面が強く、また好況期間も31年度の場合よりも短く労働時間延長から人員増加へまで進む度合も少なかったことも大きく影響しているものと思われる。31年度は労働時間延長もほとんど限度にきて主として人員増加に頼る他なかったことが雇用増加を相対的に高らしめたものである。
臨時雇用の増加とその意義
31年の雇用増加のうちに臨時雇用の増加がかなり含まれていることは前述したが、それは必ずしも一時的な雇用とは限らず、実際の雇用期間では相当長期に連続しており、仕事の内容においても一般の常用雇用とあまり変わらない。いわゆる常用的臨時雇用も多く含まれているものである。
比較的本来の意味に近い臨時雇用と日雇を含むと思われる毎月勤労統計の臨時及び日雇をみると、31年度平均を前年に比べては産業総数で20.9%、製造業で34%それぞれ上回っており、常用雇用が同じ期間の4.0%、5.7%であったのに比し大幅な増加であることがわかる。この増加率は前年のそれはもちろん、28年の対前年度増加率さえ上回っている。
次に毎月勤労統計の常用雇用の範ちゅう(連続2ケ月、1月のうち18日以上同一事業主に雇用されたもの)に属するものを、雇用期間を定めているものと否とを基準にして臨時名義と常用名義に区別してその動きを調査した労働省調べの「労働異動調査」によると、30年12月から31年12月の1カ年間の製造業の増加雇用のうち43.4%は雇用期間を定めた臨時雇用で占められており、規模別にみると大企業ほどその割合は大きく、規模30~99人事業所の33%に対し、500人以上は53%と年間増加雇用の半分を占めている。産業別にみると雇用増加の大きかった業種で増加が著しく、特に大企業で大きかった。
例えば年間に増加した雇用労働者中に占める臨時労働者の割合が機械75%、電気機器93%、輸送用機器68%とこれらでは臨時労働者の増加が常用労働者のそれをかなり上回っている。この結果31年12月の全体のうちに占める臨時労働者の割合は、7.4%と前年同月の5.2%より拡大している。
またこの間の各規模の臨時名義のものの増加率は47~60%の高率であり、従って例えば大規模の雇用全体の伸びが6.3%であるが、臨時名義を除いた常用だけでは3.4%の伸びに過ぎなくなる。その結果、全雇用の増加率では中・大・小の規模順位であったものが、常用だけでは中・小・大の順に変わる。
さらに当庁調査課の製造業500社を対象とした調査においても同様の傾向がみられる。
すなわち、製造業全体の雇用期間を定めない常用雇用では、31年度平均の対前年度比は3.4%上昇であるのに対し、雇用期間の定めのある臨時雇用は54.2%と大幅に増加している。規模別にみると、常用では規模の大きいほど増加率が低いが、臨時では大規模(500人以上)が際立って高く57.6%を示し、中小規模の40%台である。もっとも小規模(99人以下)は大部分は常用、臨時の区別が判然としていないから、判明している少数の事例によったもので一般的傾向を現すものとは言い難い。
産業別にみると、全体の雇用増加の顕著は一般機械、電気機械器具、その他の製造業では臨時雇用が2倍以上の大幅な増加をみせて特に目立ち、規模別には規模の大きいほど高く、特に機械工業では大規模がほぼ3倍の上昇を示した。
なお臨時雇用の賃金は対前年の伸び率も低く、その水準も常用雇用のそれとはかなり開いており、製造業平均で前年に対してほとんど上昇しておらず、常用に比しては年度平均で42.3%に過ぎない。
このような臨時雇用の増加は、戦後の好況期には常にみられたところであるが、31年は特に経済成長が大幅であっただけさらに顕著に現れたといえるようだ。こうした事態の起こる理由は次のように考えられる。我が国の労働市場特に比較的規模の大きい企業においては雇用制度そのものがかなり封鎖的で、雇入れは3、4月の新規学卒を中心とする若年労働力の採用を主体として、その他はあまり行わず、身分的にもこの本採用によるものとその他のものは厳格に区別する建前をとっている。この雇用制度を前提とする限り、入職期以外に生産増大に応じて雇用を増やす場合は臨時雇用の形態によるものが多くなる。また、不況に際しての人員減員の困難性が、身分的に不安定な雇用期間を定めた臨時雇用を雇入れておき、景気変動に対する人員面の調節弁の役割を荷わせようとする傾向があることも否めない。
さらに勤続給的な賃金制度も新規学卒以外の採用を臨時工的なものにする一つの原因をなしているが前述したように当庁調査課の雇用形態支払賃金額調査においても臨時雇用の賃金は常用雇用に比してかなり低いことからみて労務費軽減意義も無視できない。
もっとも、臨時雇用として入職するものはそれ自体の労働条件が常用雇用より低いということはあっても、本人の前職よりは向上しているものが大部分であろうから、その意味においては、雇用状態の改善とみられる。問題がこのような臨時雇用が再び企業外に排出されることのないように経済規模の安定的拡大をはかりこの基盤のうえに臨時雇用の事実上及び制度上の常用化を実現することである。
第149表 機械関係産業における増加労働者の常用臨時特別構成
臨時給与の顕著な増加と順調な賃金上昇
次に31年度の賃金動向をみよう。31年度は対前年度比産業総数で8.8%上昇であった。特に前半は9.2%の上昇で後半はやや伸びなやんで8.2%にとどまった。このような賃金上昇は、労働時間の増加、生産取引の増加に伴う超過労働給や奨励給の増加や、夏期年末を主とする臨時給与の大幅増加、定期昇給の実施ベースアップ等によってもたらされたものである。この上昇率は前年度や、29年度のそれに比べても若干上回っているが28年の14.4%よりかなり低い。これを産業別にみると、鉱業12.4%、製造業10.1%が最も高く、卸小売、金融保険、運輸通信がそれぞれ7%台の上昇である。製造業をはじめ生産部門における上昇率が高く前年まで相対的に高い上昇率にあった金融保険業等は直接生産部門のそれよりかなり低い上昇率にとどまっているのも目立つところである。しかしこれら産業間の上昇率の幅は前年の8~2.5%~11~7%と幾分狭まっている。
製造業内部では一般機械15.3%、第一次金属15.0%、輸送用機械12.1%それぞれ前年度を上回っているのが最も高く、皮革、印刷出版、化学がほぼ9%台の上昇でこれについでいる。これに反し衣服身回品2.5%で最も低く、ゴム、その他の製造業などもこれについでかなり低い。一般に投資財関連産業における上昇率は高く国内消費財部門が比較的低くなっている。
賃金を定期給与と臨時給与に分けてみると、31年度の賃金上昇には特に夏季年末における臨時給与の増加が大きく響いていることがわかる。年度平均で産業総数における定期給与は6%増加に対し、臨時給与は24.9%も上昇している。現金給与全体に占める臨時給与の比率も、30年度の14.3%から31年度は16.5%へ高まった。この臨時給与の顕著な増加を産業別にみると、鉱業、製造業が対前年59.8%、33.4%とそれぞれ目立って高い。鉱業は、石炭が前年は不況にあえいでいただけに、31年度は好況で上昇率が特に高くなったためであり、製造業のうちではやはり第一次金属、一般機械、金属製品などが比較的高く、食料、煙草、木材、衣服身回品などが低くなっている。このような臨時給与の増加は、賃金ベースそのものを引き上げるような方途には極めて厳格な企業も、好況下一時金の支給にはかなり寛容な態度であることの反映とみられるが、それだけに、規模別にみると大規模ほど上昇率が高くなっており、その規模別格差は定期給与より開いている。産業総数で年度平均の上昇率でみると定期給与では大規模100に対し小規模90であるのに、臨時給与では83となっている。このため賃金全体の格差も平常月はほとんど変わりないが、臨時給与支給月に大きく開いたために年度平均でもやや拡大した。製造業500人以上を100とする格差は中規模(100~499人)は71.7%、小規模(30~99人)56.1%でそれぞれ前年度の73.1%58.0%より開いている。
次に31年度間の製造業の賃金特に定期給与の推移をみると、上期から下期にかけ対前年の伸びが漸次鈍ってきていることが、消費水準の同様な動きと対応して注目されている。もちろん臨時給与を含めた全体の賃金としては必ずしもこの傾向は明瞭でないが、鈍化の動きは次のような事情によるものである。(1)既に30年下期の水準が高く上昇が急激であったこと、すなわち30年度は後半から急激な上昇をみせたため、31年の上昇率が一定としても対前年上昇率は、前半は高いが後半では鈍くなってくることになる。(2)労働時間の増加に伴う超過労働給増加が、労働時間の対前年の伸びが後半に頭打ちとなったことにより、停滞してきたこと、(3)31年度の大きかった雇用増加が新規学卒の若年労働力や、常用雇用に比し低賃金の臨時雇用によって賄われたため、これが平均賃金を低める作用をしたこと、などが挙げられる。そのうち第二の労働時間の伸びの鈍化は、総労働時間でみると31年1~3月には前年同期を4.9%上回ったものが漸次鈍化し、10~12月には2.4%となり32年1~3月にはついに下回って1.1%低下となった。また(3)の点は、統計上の平均賃金を低めはするが、雇用と賃金をかけた給与支払総額としてみなければならない。毎月勤労統計の範囲だけでみると定期給与の賃金支払総額は、31年度第2・四半期は13%増に対し第3、第4・四半期は10.1~10.3%増と若干鈍化したに過ぎず、臨時給与を含めた四半期別ではほとんど鈍っていない。
このようにして31年度の調査産業総数の名目賃金は8.8%の上昇となったのに対しC.P.Iは前年とは逆に1.6%の上昇となったため実質賃金では6.9%の上昇となり30年度の上昇率とよりやや低かった。しかし製造業労務者の税引実質賃金においては前年とほとんど変わらなかった。
分配率の低下
前述のように31年度は賃金に雇用をかけて、求められる賃金支払総額も前年より1割余り高まっており、賃金上昇もかなりのものがあったといえるが、一方企業経営も好況の持続で売上、収益等は大幅に増加している。その結果31年度は労務費比率や分配率は低下し、企業経営に対する人件費負担は軽減されているようだ。しかしこのことは経済循環の見地からみると、企業収益の増大、投資盛行のもとで賃金上昇が相対的に遅れているようにみえる。しかし、賃金は不況の場合でも大幅な低下は難しく、好況にも企業利潤の増大に直接、同時的に対応することが少ないという景気動向に対して非弾力的な特色を持っているので、31年度の場合も必ずしも企業利潤に対応した動きを直接的に期待することはできない。法人企業統計によって付加価値額に対する人権費の割合で分配率をとってみると、31年度上半期では30年度上半期に比べ、総計、製造業ともわずかに低下しているが、産業別にみるとパルプ、セメント、肥料、鉄鋼、機械、卸売、海運などは保合か上昇をみせている。このように大企業を中心とする産業においてはそれほど分配率の低下は顕著でなく、付加価値の増加に応じて賃金も上昇していることがわかるが、分配率の低下の比較的顕著なのは中規模以下である。例えば同じ法人企業によって31年7~9月、10~12月の対前年同期の規模別の分配率の変動をみると表のごとくで、全体としても漸次低下傾向にあるが、特に資本金1億円以下の企業の低下が顕著に認められる。これは売上高に対する純損益の比率でみても明らかである。すなわち資本金200万~1,000万円の規模では1.2%から4.3%に上昇している。
なお、このような動きは原価構成中に占める人件費の割合を低下させることにもなる。日銀の「本邦主要企業経営分析」によってみると、26年以降では、全産業、製造業とも材料費の減少傾向と経費の増加傾向が認められ、労務費は全産業の場合では27年上期、29年上期、製造業の場合では27年下期、29年上期のそれぞれ企業活動が比較的活発でなかったときに高くなっているが、31年上期では前期に比べて全産業、製造業とも材料費の増加、労務費、経費の減少がみられ、労務費は26年につぐ低い比率を示した。