昭和32年
年次経済報告
速すぎた拡大とその反省
経済企画庁
各論
労働
前進みせた労働経済
昭和31年度の労働経済は、引き続く経済規模の拡大によって雇用、賃金をはじめ各部門に大幅な前進を見せた。
特に雇用は産業界の活況を反映して顕著な増加傾向を持続した。しかもその増加は自営業主、家族従業者ではなく、大部分が雇用者によって占められ、産業別には製造業、なかでも堅調な投資需要に支えられた機械工業を中心として増加した。また規模別にみても、従来の小規模ないし零細企業を主としたものと異なって比較的各規模平均して増え、特に大規模でかなり増加したことが注目される。
もっとも増加雇用のうちに臨時雇用の増加がかなり著しいことは見逃しえない。入職期の新規採用以外の増加は特に臨時雇用が多く、31年年間で規模30人以上の製造業の増加雇用のうち約5割はこれら臨時雇用で占められている。また、労働市場についても前年度に比し緩和傾向を示したが、依然として職業安定所の求人数の2倍を越える求職者をかかえ、日雇についてもアブレ(不就労)が減少する半面求職者数は増加を示している。
一方賃金も好況を反映し、機械工業などを中心として、全産業の年度平均で対前年度約9%の上昇を示し、前年度や29年度に比してもかなりの増加であった。これらのうち臨時給与の伸びが特に著しく、これが全体の賃金水準の上昇に大きな要因となっている。特に企業の規模が大きいほど臨時給与の対前年度上昇率が大きいため、平常月においては大した開きのない給与総額の規模別格差も臨時給与支給月の格差拡大で、年度平均としてもやや開いている。
なお賃金水準の推移としては秋口から対前年度の上昇率が鈍化を見せて、ことに定期給与の対前年同月上昇率は逐月低下した。しかし毎月勤労統計の賃金に雇用をかけた現金給与支払総額としては、あまり低下せず、ほぼ一貫して前年を1割余り上回っている。
一人当たり労働時間の増加は、31年度に入って特に下期からその増加テンポを鈍化し、これが賃金水準上昇鈍化の一要因となっている。
消費者物価が年度前半はおおむね横ばいであったが、後半は特に32年に入ってからはかなりの上昇を示したことと、また名目賃金が後半から前述のように鈍化傾向にあったことを反映して、実質賃金は毎月勤労統計の産業総数で上期は8.6%上昇と28年度とほぼ匹敵した上昇であったものの、下期には5.4%上昇にとどまった。その結果年度平均上昇率は6.9%で、前年度及び26~30年平均の上昇率よりもやや下回った。
以上のような賃金上昇も2年続きの好況下の企業利潤に比べれば相対的に低位であった。もっとも賃金は本来景気変動に対して非弾力的なもので、必ずしも31年度だけの特色ではないが、付加価値額と人件費との関係で労働所得分配率をみると、各規模とも前年より低下しており特に中規模の低下率が大きい。また国民所得統計をみても、法人所得と都市個人営業所得を合わせたものよりも勤労所得の伸びはかなり少なかった。
しかしこのような開きは賃金引上げの有力な要因ともなり、32年の春季闘争においては、予想外に大幅な賃上げがみられた。すなわち、31年秋の賃上げにおいては、鉄鋼、造船等の好況産業を中心としたものであっても、わずか700円程度の増額にとどまったが、春季闘争では賃上げ実施をみた範囲も官公労を含めてかなり広範であり、賃上げ額も大企業においては1,200~1,300円の増額をみた。これは利潤への賃金の追付き過程であろうが、32年4月から実施された減税とともに経済動向の先行に対してかなりの影響をもつものとして注目されている。