昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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各論

農業

食糧経済の変化と新しい問題の展開

 昭和30、31年の連続豊作によりもたらされた変化のうち、最も特徴的なものの一つは食糧需給の緩和ということであった。食糧に対する不足感がなくなったという点では、ほとんど戦前の状態にかえったということができる。しかし戦後の食糧経済の中味をみるときは、そこに戦前に比べて数々の構造的変化を見出すことができる。我が国農業は周知のように食糧生産の比重が著しく大きいから、食糧経済の構造変化は直ちに我が国農業全体の変化にも通ずるのである。以下において、このような戦後における食糧農業構造の変化とそれに伴う若干の主要な問題点を考察してみよう。

戦後食糧経済の変化

供給条件の変動による消費の変化

 戦前においては、我が国主要食糧のなかで麦類の占める割合は極めて小さく、麦類が主要食糧としての重要性をもってきたのは太平洋戦争以後のことである。それまでは米の不足を主に朝鮮、台湾米によって補っていたのであるが、昭和14年の朝鮮の早魃を契機に外地米の対内地供給力は急激に低下し、さらに戦争末期にいたり東南アジアからの外米の輸入も外地米の移入もともに困難となり、極度の食糧不足の状態のもとに終戦を迎えたのである。戦後食料輸入は戦前より相当増加し、それも従来の米輸移入から麦類特に小麦に比重が移ったのである。

 戦後の食糧輸入において米よりも麦が多くなった理由としては、麦の方が世界的に早く需給が緩和し現在においても過剰の度合いが大きいこと、従ってまた麦の方が価格が割安であることなどによる。輸入食糧の仕出国別をみても、戦後23年度までは援助輸入であったためその全量が米国からの輸入であったが、現在では、麦類は米国、カナダ、オーストラリア、アルゼンチンなどが主要輸入相手国であり、米の輸入相手国は東南アジア諸国、米国、中国、台湾等多方面にわたっている。

 戦前戦後の米麦需給関係の推移を指数的に示すと 第85表 にみるように、昭和8~12年平均に対し28~30年平均では一人当たり消費は約8%減少しているが、人口が3割近く増加しているため全体としての消費量は約2割増加している。これに対し国内生産は9%しか増加しなかったため純輸入は8割も増加した。このため米麦の自給率は85.7%から78.4%に8.5%の低下となった。もっとも戦前において自給し得ない部分は前述のようにもっぱら外地からの移入に依存したのであって、国としては完全自給であった。ところが戦後主要食糧の輸入依存度は2割以上に及び、国際経済への接触を通じてあらためて国際競争力が意識されるにいたった。我が国の主要食料輸入依存率20%というのはイギリスの50%、西ドイツの30%などに比べると特別に高いとはいえないが、英・独などでは穀物を直接人間食糧とする比率は日本の9割に対し50%以下であり、摂取カロリー中穀物よりの割合は日本の7割に対し3割程度に過ぎない。従って輸入依存率20%という数字は、国民生活を維持するための最低限度の必要を示すという意味で西欧諸国の高い輸入依存率に劣らぬ重要性をもっている。自給度の変化を米麦別にみると、28~30年の米輸入量は戦前の米移入量よりもかなり少ないためその自給率は戦前(8~12年)の83%より88%にかえって上昇している。他方小麦、大麦の自給率は戦前の完全自給からそれぞれ4割及び6割に低下し、麦類全体としての自給率も戦前の完全自給から57%におちた。これは麦類の国内生産は戦前に比し3割以上も増加を示しているのであるが、他面輸入が戦前若干ながらも輸出していた状態から約200万トンにも増加したためである。

第85表 人口と米麦の消費、生産、輸入の推移

 このような供給事情の変化は主食の消費構成に顕著な変化をあたえたことは当然である。主食用食糧の一人一日当たり消費量の変化を戦前と戦後についてみると、 第67図 にみられるように小麦の3倍以上に及ぶ増加、大裸麦のかなりの増加に対し、米、雑穀は顕著な減少を示している。主食構成におけるこのような小麦比重の増大は日本人の食卓構成にかなりの変化を起こさせ、しかもかかる食構成が強制されたものであったにせよ戦後長期にわたって続けられてきたことにより日本人の主食、副食に対する嗜好にある程度の変化をあたえているように思われる。例えばパン食の普及は畜産物、油脂、果実等の消費を次第に増加させた。しかも最近における所得水準の上昇という要因も加わり、このような傾向は二重の原因によって促進された。このことは最近における食糧需要の弾力性係数に明らかに示されている。例えば昭和30年についてみると、主食ではパン類その他が0.46、米類が0.31、麦類はマイナスの値となっている。非主食では肉、卵、乳が0.82、果物、菓子が0.65と高いのに対し、魚介、蔬菜はそれぞれ0.49、0.42と比較的低くなっている。

第67図 主食用一人一日当たり消費量

 右にみたような各種農産物に対する需要の強さの差は、価格関係等を通じて農業生産面に作用し、後述のように作付構成次第に変形せしめつつある。

 ところで、30年、31年と2年続きの豊作により内地米の供給は配給米、ヤミ米ともに増加し、消費地ヤミ米価も31年は29年に比し、2割以上の低落となった。このため都市消費世帯における内地米の購入量が急増した反面、外米、食パン、うどん、押麦などの購入量は著しく減少した。 第86表 に明らかなように29年に比べて31年には外米の購入量は8割減、食パンの購入量は約半減した。この事実によれば、戦後の主食構成における麦比重の増大はもっぱら配給統制による強制代替の結果であって消費者の自由な選択に基づくものではなく、内地米の供給さえ増加すれば戦前の食構成に逆戻りしようとする力が強く作用しているようにみえる。従って戦後の主食消費構造の体質的変化は生じておらず、基本的には、戦前と同じではないかという見方もあろう。また一面において、戦後は、28年の凶作によるヤミ米価格の騰貴をパン食への移行によってある程度に抑えたように、米麦間の相対的価格関係によって米麦の消費構成が規制されてきた事実も見逃せない。この点は戦前米価騰貴の際代替食糧への移行による抑制効果がほとんどみられなかったのと大きな変化である。戦後相当長い期間を経た麦比重の増大した食習慣によって、戦後の食糧消費にある程度の体質的変化が生じていることも確かであろう。もちろん日本人の内地米に対する強い執着は認めねばならぬが、戦後食糧消費の質的変化も否定しえない。

第86表 一世帯当たり月間主食購入数量

 なお上述の食糧消費における麦比重の増大は主として都市において戦前の米食から粉食への移行によるものであって、農村ではむしろ戦前の雑穀等も含んだ食形態から米食への移行傾向がみられる。

作付構成の変化

 戦後における作付構成の変化を戦前と比較すると、麦その他の主食作物は高い水準を示し、その他の作物は1、2のものを除き低水準にある。このような変化を農産物間の相対価格と収益性の点からふれてみよう。戦前を基準にした農業生産物の実質価格指数は 第88表 にみるように戦後かなりの上昇をみている。各種農産物価格につき対戦前値上がり率をみると、比較的上昇倍率の低いものとしては麦類、いも類、蔬菜、畜産物であり、倍率の高いものとしては大豆、茶、米などが目立っている。

第87表 戦前戦後作物別作付割合の変化

第88表 農産物価格の相対的変動

 しかし現実に農家がいかなる農産物を生産するかの選択基準としては価格要因の他に土地、労働等の各種生産性あるいは輪作事情等の要因が加味され、結局過剰労力をもつ小農経済では家族労働報酬を最大にすることが目標となりがちである。

 例えば 第89表 によって米生産における労働、土地、生産財の効率の変化をみると、労働及び土地の効率はいずれも上昇傾向にあるが、生産財使用効率のみは前二者に比しそれほど上昇していない。このような組立のもとに行われている米生産における各種機能の総合的効果として、価格要素をも入れた時間当たり収益性指数をみると最近やや上昇傾向にあるようである。これは主として米価の相対的有利性によるものと思われる。

第89表 米生産における生産要素の効率と収益性の変化

 単位時間当たり家族労働報酬すなわち収益を、米を基準として各種農産物について比較してみると 第90表 にみるようにその間に著しい差異がある。例外はあるが概していえば労働集約的作物の方がむしろ一日当たり収益が大きくなる傾向があるようである。ここで注目されるのは麦類の一日当たり収益の極端な低さである。正常の経済ではこの単位労働当たり収益が生産者の生産決意を規制するはずであるが、作物別に労働時間当たり収益と作付面積の推移の関連をみると、必ずしも高収益をあげている作物の作付が増加せず、逆に麦類、繭などのように低収益農産物の生産がそれほど減少していない。これは前にもふれたように農業は土地の制限、その利用の季節的制限のもとにあり、しかも過剰の労働力を抱えている状態では収益がマイナスにならない限り単位労働当たりにしてそれがいかに低くともその生産を行うことにより純収益を増加し得るからである。ここに労働力の年間利用あるいはいわゆる裏作問題の一つの核心があり、日本農業の特質の一端が現れている。

第90表 米を基準とした反当粗収益とその労働報酬

 しかし最近では麦類は減少傾向を示し、これに反し収益性の高い商品作物の作付が増加していることは注目に値する。

農業の当面する問題

 以上において戦後における食糧経済の主要な変化を特徴づけた。そしてその重要な点は、第一に国民食糧としてかつてない大きな比重をもって麦特に小麦が登場し、同時に日本農業が全世界の農業と接触したことであり、第二に食糧不足を契機として農産物の価格構造、収益性、作付編成に変化が生じ、そしてこれは当然農業所得に影響を及ぼすということであった。このような食糧及び農業面における戦後構造は当然それに関連して幾多の問題を提起しているが、以下そのなかで重要と考えられる日本農業の国際競争力と国内的均衡発展力の2つの問題にふれてみたい。

国際競争力の問題

 戦後我が国の米、麦価格は国際価格に比し25年頃までは割安であった。そのため割高の輸入食糧に対して多額の価格差補給金が支出されたことは周知のごとくである。このように戦後数年間我が国食糧価格が対外的に割安になったのは、決して我が国農業の生産性が向上したというような理由によるものではなく、もっぱら国内における食糧価格抑制政策と海外における食糧需給の逼迫による価格上昇に基づくものであった。しかし25年頃を境として我が国では食糧価格抑制方針が弱められ、年々価格の実質的な上昇がみられたのに対し、世界の食糧需給はようやく緩和し価格も急テンポに低下したため、我が国食糧価格の国際価格に対する関係は割高状態に逆転した。戦前我が国は国際的に孤立した食糧経済圏を形成していたので、国内農産物価格の国際関係は実質問題としてそれほど大きな問題ではなかった。しかし戦後、米で1割、小麦で6割、大麦で4割、米麦合計で2割以上、大豆で6割を輸入に依存している状態においては、たとえその影響遮断の方策を講じても全くそれを回避することはできない。

 輸入食糧のうち外米は29年から国内産米価を下回るようになったが、品質の差を考慮すれば国内価格に比し必ずしも割安であるとはいえない。問題は輸入外麦、特に国内小麦に比し品質が勝れ、約3割方価格が安い小麦である。かりに小麦について輸入価格(32年度予算価格)に必要な経費を加え、品質メリットを考慮して算出した価格と32年度予算における生産者価格との差額をみると、関税(20%)を課した場合でも1俵当たり輸入小麦の方が456円だけ現在の買入価格より安くなる。これは麦の価格支持がかりに行われないとした場合に麦生産者が失うことになる金額で、我が国小麦の国際競争力の弱さを示す指標である。

 国内麦価格を支持するため政府は輸入価格よりも高い価格で外麦の売渡しを行っており、他方消費者米価は多額の財政負担によりコスト価格よりも引き下げられている。かくて価格政策によりつくりだされた米麦の相対価格関係は、内地米と麦類との間の代替性を小さくしている。

 麦類をはじめとして油脂原料など我が国では国際競争力の弱い農産物が多いが、現実問題としてこれらの農産物の生産を縮小し輸入に依存する度合を大きくしていくことは、たとえ工業品の輸出が伸長し食糧輸入力が形成されたとしても、多くの困難を伴う。我が国のように農工間の生産性の開差が大きいところでは、工業品を輸出して食糧を輸入する場合、工業が農業から吸収する労働力は農業において不要になった労働力のごく一部に過ぎない。またある農家が一部の農産物の生産を縮減する場合、部分的な不完全就業が生ずる。しかし、これは必ずしも他に転用できるものではなく、そのため所得が低下することになる。従って国際的にみて割高な農産物は漸次輸入に切りかえていくという方向は、当面これにかわるべき有利な経営部門への転換が実現できない限り、現在の経営体系を破壊し、農業就業状況の悪化を通じて農家経済を圧迫することになるであろう。農家戸数を相当程度減少させるほどに工業が農業から人口を吸収し、その結果一戸当たり経営面積が拡大し、国際競争力の弱い農産物部門を経営に組み入れなくてもよいほどに労働生産性が高まることが望ましい発展経路であるが、現実はそのような期待との距離があまりに大きい。要するに国際競争力の弱い農産物、特に内外の価格の開きが大きく、しかも大量に輸入しており、国内農業にとっても重要作物である麦類についてはそれが現在担っている雇用支持力からみて保護政策を続けることはやむを得ないが、それにしても今後生産性の引上げ、あるいは他作物への転換などに発展の方途を見出していく努力を怠ってはならない。

農業、非農業間の不均等発展の問題

 戦後農業実質所得は相当のテンポをもって増大しているが、しかし、これは非農業部門の発展に比べて均衡のとれたものであるだろうか。国民所得の中に占める農業所得の比重は漸減傾向にあって、31年には30年の17.6%からさらに15%へと低下した。また実質国民所得と実質農業所得との伸びを、26年を基準にして比較すると、30年には農業所得は約10%の増、31年で約14%の増加であるのに対し、国民所得は30年において約32%、31年では実に45%の上昇を示し、両者の開きはますます拡大している。また産業別有業人口一人当たり所得格差の推移をみると、戦前の昭和5年では第一次、第二次、第三次産業間の比率は1・4・6の割合であった。戦後一時この格差は縮小し、22年には1・2・2の割合になったが、最近では再び開差が開き1・3・3の割合となっている。これを各国と比較してみると、 第91表 のように概して先進国は、就業者一人当たり所得が各産業間で均衡がとれており、後進国ほどその開きが大きい。日本のように近代産業をもっている国でこのように産業別に一人当たり所得格差の大きいのは異例に属する。この所得格差の点からみる限り日本は全く後進国並みである。ここに日本経済の二重構造の一端がうかがわれる。

第91表 国別産業別就業者1人当たり純生産の比較

 このような農、非農業間の所得格差の存在に対し、農業の対応の仕方には三つある。第一は農業の生産を高めることである。第二は農業から非農業への人口流出であり、アメリカ農業に顕著にみられるところである。第三は農家世帯の一員としてとどまったまま非農業的産業に就業するいわゆる兼業形態であり、現在日本農業に支配的にみられるかたちである。兼業農家率が65%に達するほど、在村のまま他産業に従事する農家が多い理由としては、都市と農村の密度の高い交錯という地理的条件、非経済的要因に基づく人口の非流動性、食糧を購入するよりも低い生産性でも飯米農家として自給した方が有利と意識する自家労賃の低評価等々いくつかの原因を挙げることができよう。しかしより基本的な原因は全体としての過剰労働力の存在、所得水準の一般的低位ということであろう。従って兼業化は農家の所得水準を上げるということにおいて重要な意味をもっている。

 多くの調査結果の教えるところによれば、兼業を主とする農家から兼業を従とする農家へ、さらに専業農家へとすすむにつれて、農業支出における物財費の割合が規則正しく増大している。すなわち専業農家は兼業農家に比し資本装備が重く、その結果生産力も高くなっているのに対し、兼業農家は裸の労働を主にした農業を営んでいるのである。固定資産としての農機具、家畜などの普及率、年々の増加率、償却率は兼業農家よりも専業農家の方が格段に高く、また流動材の反当投下量も概して専業農家の方が多く、その増大傾向も強い。肥料の使用についてみると、兼業農家は専業農家に比較して、地力消耗的な硫安、あるいは施肥の容易な配合、化成肥料に偏倚し地力維持に不可欠な有機質肥料の不足している点が注目される。かくて農業生産力の持続的維持発展という見地からすれば、最近の広汎な兼業農家化傾向は望ましい方向ではない。

 以上のように農、非農業間の不均等発展は我が国の場合不可避的に大量の兼業農家をうみだし、農業所得と兼業所得とを合わせたものでようやく他産業との世帯としての所得均衡に近づいている状態である。しかしそれには前述のように長期的観点からは大きな問題のあることを忘れてはなるまい。


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