昭和31年
年次経済報告
経済企画庁
国民生活
所得階層分布と社会保障
所得階層分布の動向
前述したように、最近の低所得層と一般世帯の生活水準との差は拡大傾向がみられるので、最近における所得分布の動向をみることにしよう。
戦後の民主化による財閥の解体、農地解放などは戦前の一部の者に集中していた高額資本所得を分散あるいは減少せしめた。また終戦直後の極端な生活水準の低下は一般的には所得格差を平準化せしめて、所得階層分布は戦前に比べるとかなり均等化した。
しかし、昭和24年のドッジ・プランによる自由経済体制の確率、資本蓄積の進展などにより所得分布は漸次不均等化の方向に向かってきている。これらの傾向を年次別に知る統計はないが、27年11月の厚生省調べの全世帯所得階級別分布を30年10月の総理府統計局「労働力調査臨時調査」による全世帯所得階級別分布に比較してみると、所得累積分布曲線(ローレンツ曲線)では均等線から一層遠ざかり、不平等分布が強まっている。これは「労働力調査臨時調査」による農林、非農林業主、雇用者別の個人所得累積分布でみても同様である。この傾向は雇用者よりも農林業主や非農林業主間において著しいが、雇用者についても一般的な賃金格差の拡大傾向を反映して同様の傾向にある。例えば家計調査による職員、労務省の世帯収入の格差は26年の職員100に対し労務省81から30年の71に拡大している。小商人や職人などの格差が拡大していることも同様である。
社会保障による所得再配分
所得階層分布の拡大傾向を緩和するものに社会保障による再分配がある。これには一般会計を通ずるものと、社会保険を通ずるものとの二つの方法がある。前者は原則として高額所得層ほど累進税率を適用し、低額所得層に対しては生活保護などによる社会保障給付を行うものである。後者は社会保険の負担額を高所得層ほど多くし、反対に医療現物給付を醵出額に無関係に行うものである。
厚生省が27年に行った所得階層別にみた社会保障による所得再配分の効果をみると、全世帯のうちの16%に当たる低所得層が再分配によってプラスとなり高所得層ほどマイナスの度合いが大きくなっている。その結果ローレンツ曲線による所得階層分布は当初の分布よりも均等分布線に近づき、不平等度が幾分緩和されている。業種別には事業世帯のマイナス率が最も大きいが、世帯種別では被保護世帯のプラス率が大きい。もっともこの調査には低額所得層ほど負担率の高い間接税が除かれているので、これを加えるとその効果は若干減殺されることになろう。
昭和30年の社会保障
社会保障は前述したような所得再配分的一面と生活保障的な一面とを有しているが、このうち最も重要なものは社会保険、生活保護、失業対策事業などである。
まず本年の一般会計からの社会保障関係への支出増をみると総額82億円(6%増)で一般会計予算の増加134億円(1.3%増)に比べると若干増加率は高い。
そのうち、社会保険は保険加入者が前年に引き続き5912万人に増加し、国民総数の66.2%が社会保険の適用を受けることとなった。しかし政府管掌の健康保険は医療給付の増加、デフレによる保険料納入状態の悪化などによって前年より赤字が累積したので、その一部は一般会計より支出し残部は資金運用部資金よりの借入れによって一応の解決がはかられた。
失業保険については前年からの失業情勢悪化に対処する策の一つとして、給付基準の適正化をはかるために、長期勤続者の給付日数の延長と、季節労働者の給付日数の短縮が行われた。保険経済については、後半から景気好転の影響も加わり結果としては給付費が前年よりも減少した。
一方、生活保護は、傷病者特に入院患者の増加などを反映して、保護費総額では前年より約4%の増加を示した。
30年の社会保障においてやや進展をみせたのは、特別失業対策事業の創設である。デフレの影響による失業者の増加に対応して従来からの失業対策事業の拡大もはかられたが、別に35億円の予算をもって公共事業と同様な経済効果を追及する高度の失業対策事業が新設された。この事業においては比較的高度の能力を有する失業者を吸収し、賃金も一般失業者対策事業に比べるとやや高く、能率に応じた賃金制度がとられた。この事業は主要な失業発生地域において実施され、1日平均3万人の失業者が救済された。
このように30年の社会保障は、前年のデフレ経済に伴って必然的に量的な拡大がみられたが、制度そのものとしては必ずしも大きな進展をみるまでに至らなかったようである。