昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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労働

労働経済好転の実態

人口及び就業状態

生産年齢人口及び労働力人口の増加

 我が国の出生率は昭和25年頃から急激な低下をみせたが、30年にはついに人口千人当たりで20台を割るに至った。一方死亡率も戦後は一貫して低下しているが、いまだ出生率の方が大きい。従って人口の自然増加は続いているが、自然増加率は年々逓減してきた。一方出生率の高かった頃生まれた者が、続々生産年齢に達してくるので、生産年齢人口は人口増加を上回る増加をみせた。また出生、死亡がともに減少する傾向から人口構成の老齢化がみられ、いわゆるピラミッド型から壺型へ移行する傾向をもっている。以上が最近の人口増加の動態であるが、それは30年にも引き続きみられた。

 30年の人口増加数は102万人であったが、生産年齢人口の増加は、136万人で、人口増加を上回った。このような形での新規労働力の造出に加えて、既存労働人口からの老齢者の引退が減ったり、あるいは従来ならば労働力人口にならないものが就業を求めたりして、労働力人口の増加は146万人と前年の増加68万人をかなり超えている。

 このうち、従来ならば労働力人口にならないものとは、家事、通学などのため、労働市場に現れなかった人々であるが、30年ではこれらのなかから就業を求めるものが増えた。こうした現象は、女子において著しく、女子の20歳~64歳の人口増加が51万人であるのに、労働力人口では80万人も増加したが、その原因としては、「労働力調査」の臨時調査による30年10月の新規就職希望者の希望理由をみても明らかなごとく、「失業ではないが生活困難だから」「余暇ができたから」「小遣い・学資などを得たいから」ということが大半を占めている。

第79図 人口と労働力

就業者の増大と就業状態

産業別動向

 労働力人口増加に対して、就業者もかなり増加し、「労働力調査」で30年平均を前年に比較すると136万人増えている。このうち約40万人は農林業で増え、その大半は家族従業者の増加であった。一方非農林業では95万人の増加で前年とほぼ等しいが、そのうち雇用者の増加は74万人で過半を占め、前年の51万人よりかなり多い。さらにその内訳をみると、「卸小売及び金融保険業」と「サービス業」で65万人増え、製造業は10万人の増加に過ぎない。もっとも後述のように下半期に入ると製造業でも雇用者がかなり伸びている。

 こうして就業者はかなり増えたが、中規模以上の企業における雇用は必ずしもこれに応じていないようである。例えば「毎月勤労統計」による規模30人以上の常用雇用は「調査産業総数」の年間平均で前年より1.3%低下している。このうち製造業も前年より1.3%下っているが、卸小売業、金融保険業は比較的増加が顕著でそれぞれ3.3%、2.6%増えた。

 なお労働力人口増加の大部分は就業者として吸収されたが、なお若干は完全失業者として残されている。すなわち30年の完全失業者は年間平均で69万人と前年より10万人多かった。

 また年間でみると、企業整備による整理人員や失業保険の離職票受付件数などの新たなる失業は減少しているが、保険金受給者実人員はあまり変わらない。

 以上は年間平均の動きであるが、前述のように上、下期ではかなり異なっている。上半期の増加はもっぱら卸小売及び金融保険業やサービス業であったが、下半期はこれに加えて製造業などでもかなりの増加がみられた。すなわち下半期の非農林業の就業者の前年同期に対する増加約140万人のうち、製造業、建設業でそれぞれ46万人、23万人と約半分を占め、あとは卸小売及び金融保険業30万人、サービス業60万人が相変わらず多かった。雇用者の増加は116万人で、その内訳はおおむね就業者総数の動きと変わらない。また男女別にみると、卸小売及び金融保険業、サービス業の大部分は女子で占められ、男子は製造業で過半を占めている。

 さらに31年1~3月になると、対前年同期比較でおおむね前述の傾向を持続しているが、製造業は大幅に増加し、非農林就業者162万人のうち88万人と過半に達し、雇用者でも129万人中79万人を占めており、卸小売及び金融保険やサービス業の増加をもかなり上回っている。もっとも中規模以上の企業における雇用は依然停滞的だが、それでもとかく増加が控え目にでがちな「毎月勤労統計」による規模30人以上の常用雇用でさえ、31年1~3月には前年同期より0.7%の増加となり、このうち製造業では1.1%増えている。特に3~4月の入職期の雇用増加は大きく、2月に対する4月の増加率は動乱ブーム期の26年の2.8%を上回る3.4%の増加を示している。

第113表 就業者の対前年同期増減

第114表 失業情勢

第115表 規模30人以上の企業における雇用指数

雇用増加の内容

 以上のように経済規模拡大に伴って雇用の増加がみられたが、その内容には種々の問題がある。

 第一は、サービス業、卸小売業の増加が30年における雇用増加の大宗をなしていた点である。これはここ数年来の傾向でもあるが、事務所センサスで29年までの状況をみると、卸小売業では特に小売業における従業者の増加が大きく、小売のなかでは飲食店、食料品販売店、衣服呉服販売店などでの増加が目立っている。30年も厚生省衛生統計からみると、飲食店、食料品販売店の従業者数がかなり伸びており、大体ここ数年来の傾向が持続されているとみてよいようだ。サービス業では、娯楽遊戯場、理髪、美容、旅館、洗濯業、医療関係、幼稚園を含めた各種学校などにおける従業者の増加が目立ち、30年でも厚生省衛生統計でみると、 第117表 のようにこれらの部門での増加が推測される。

第116表 要許可食品営業所従業員数の増加

第117表 サービス事業所数の増加(対前年比)

 第二は、規模別にみた就業者の吸収形態である。前述したように、製造業では大企業での雇用増加が低く、大部分は中小規模で増えたし、また増加の中心をなした商業、サービス部門は大半が中小規模で、しかも零細企業に属するものが多い。これらを併せて考えると、30年の就業増加は大規模企業の増加よりは、中小企業での増加が大きいといえるだろう。例えば製造業の規模別雇用者の増減を労働省調「地域別等就業実態調査」や失業保険被保険者数でみても、 第118表 のごとくこのような事情を明らかに示している。31年3月の学卒者の就職状況においても、就業者数増加傾向を反映して、前年度よりはかなり伸び、就職率もやや上昇がみられるが、一般に大企業では消極的で、中小企業での採用が目立っている。

第118表 就業者の規模別の増減

 第三は、就業内容の問題である。まず就業増加のうち、臨時及び日雇の動きをみると、「労働力調査」では、30年平均で前年より約1割方増加した。「毎月勤労統計」では調査産業総数で約5%減少しているが、産業別では卸小売のみが前年を上回り、製造業でも下半期には7%とかなり前年を上回っている。常用雇用が横ばい気味であったのに対し、臨時、日雇のこのような動きはやはり雇用面における景気調節的役割を示すものだろう。もっとも「労働力調査」や「毎月勤労統計」に臨時あるいは日雇というものは、狭い厳格な意味のもので、いわゆる常用的臨時労働者は含まれていない。これは常用として扱われており、このような常用的臨時労働者は30年7月の「地域別等就業実態調査」によれば全常用労働者中約7%を占めているが、下半期の常用雇用増加のなかにもかなり含まれていると思われる。例えば造船工業会調べにみると、造船業の下半期の雇用増加はもっぱら常用的臨時労務者によっている。

 それに日雇労働市場はあまり改善されていない。求人数は上半期は公共事業、失対事業を中心に、下半期は民間側の著増もあって前年よりかなり上回ったが、求職者もこれを上回る増加をみたため、不就労(アブレ)は増加を示した。これは広範な低所得層の存在から求人の枠の拡大に応じて日雇市場に集まるということもあるが、緊縮政策下に失業して失業保険の支給も終了したり、漸次下層へ転落してゆく者が時期的にずれて現れていることにもよるとみられる。元来、日雇労働者は、労働省の「日雇労働者生活実態調査」によってみても年齢構成が割合高い方へかたよっていて、労働の質も劣り、常用としては就労困難なものが多い。厚生省の生活保護統計にみても、被保護世帯の労働力状態にあるものの36%が日雇労働者となっている。また就業者の増加のうちに短時間就業者も増大している。これは家事、通学のかたわら仕事をしているものなどが多く、事業不振など失業的理由に基づくのは極めて少ないが、就業者中に占める比率も全産業で25%、農林業37%、非農林業で16%とそれぞれ前年よりやや増加している。

 こうしたことから現在の就業状態に不満なものも多い。例えば「労働力調査」の30年10月の臨時調査によれば、就業者総数4297万人のうち現在の就業の状態に不満で転職を希望する者は222万人、追加就業希望者は200万人を数え、非農林ではそれぞれ160万人、122万人となっている。転職希望者のうちで転職希望理由が、「一時的不安定な仕事だから」、または「収入が少ないから」というものは全産業で11万人、非農林業で92万人となっている。

賃金及び労働時間にみる特色

賃金の上昇と賃金構造の変化

 29年は緊縮政策の影響で賃金は停滞を続けたが、30年も年央まではこの状態が続き、大体横ばいに推移した。しかし夏頃から漸次上昇傾向をたどった。30年平均の調査産業総数における常用労働者現金給与総額は、前年平均のそれを5.8%上回り29年の対前年上昇率6.9%に比べて低い。一方実質賃金は消費者物価が年間で前年より1.5%低かったので、調査産業総数で7%、製造業生産労働者で6%それぞれ前年を上回った。これは前年の全くの停滞に比べるとかなりの改善といえる。なお製造業生産労働者の税引実質賃金は戦前基準(9~11年=100)で112.2となり、7月からの減税の影響も加わり前年より6.5%の上昇となった。

 産業別の上昇率を大分類別にみると、29年がストライキや経営不振で特に低かった鉱業(7.6%)を筆頭に、建設業(7.4%)、金融保険業(6.6%)が高く、製造業(5.0%)は平均よりも伸びが少なかったが、特に卸売及び小売業(2.5%)の低さが目立っている。しかし下半期では製造業では7.8%とかなり伸びているが、卸売及び小売業では3.5%とやはり低い。商業部門の賃金上昇が他産業に遅れているのは、長期的な傾向でもあり、年々格差は拡大の方向にある。

 製造業における賃金のうちでも特に高い上昇率は、主として輸出伸長や消費増大に支えられて生産が増加し、労働生産性も向上して経営面でも好転した産業に現れているようである。例えば下半期以降の賃金上昇をみると、木材木製品、家具装備品、紙及び類似品、化学、金属製品、電気機械、輸送用機械、精密機械、第一次金属、一般機械などが高く、いずれも対前年同期を7%以上上回っている。特掲産業別では、鋼船製造、硫安、医薬品、地方鉄道、道路貨物運送で上昇が高くみられ、これらは年間平均でも前年を10%以上、上回った。

 次に規模別の賃金格差は、下半期の上昇期に開いてきている。例えば「毎月勤労統計」による製造業規模別賃金は、上半期までは前年の傾向に引き続いて、格差はあまり変わらなかった。下半期に入ると、賃金水準が上昇傾向に転ずるに及んで、大規模事業所の増加が大きく、格差はやや拡大した。このように雇用増加が集中している小規模企業の賃金が景気上昇過程で大企業との格差を開くことは注目に値する。

 さらに製造業の労務者、職員別と男女別の賃金格差も拡大している。「毎月勤労統計」によって年間推移をみると、30年は前年に対し男女間の賃金格差は労務者、職員とも開いており、職員のほうが格差そのものも、拡大幅もともに大きい。労務間の格差も男女ともひらいているが、女子の幅はわずかである。

 雇用増加の著しいサービス業の賃金は30年の数字を把握し得ないが、後述するように製造業などに比してもかなり低位にあり、また同様に雇用増加が顕著な卸小売業のうち零細規模とみられる個人商業の面では、統計局調べ「個人商工業調査」によってみても、30年下半期でも賃金の上昇が認められない。日雇の賃金でも同じような傾向がみられる。「毎月勤労統計」の日雇日額賃金は、30年年間で製造業常用が5%上昇したのに対し、2.5%低下をみせており、上、下期でもあまり変わりなく、従って下半期上昇をみた常用に対する格差は拡大していることになる。

 次に給与構成の動きを労働省調べ「毎月勤労統計」と「給与構成調査」でみてみよう。まず定期給与と臨時給与の比率をみると、前述したように企業経営の好転を反映して年末及び夏季の臨時給与が多かったため、定期給与増加率5%に対し臨時給与の増加率は8%とこれを上回って構成比は若干拡大している。定期給与のなかでは基本給と超過勤務給の比重が増大し、能率給を含めた奨勤給や生活補助給の比重が減少している。超過勤務給の増加は労働時間の延長の反映であるが、基本給の比重の増大は数年来一貫した傾向であり、特に年齢、学歴、勤続経験、職務などを総合的に検討して決定する給与の比重拡大が大きく、賃金決定の要素がこのような面に移行していることを示すものであろう。

第80図 実質賃金対前年上昇率

第119表 賃金の対前年同期増加率

第120表 製造業規模別賃金格差

第121表 給与構成の推移

労働時間の増加

 30年では以上のような賃金上昇の要因として労働時間の存在を忘れることはできない。月間総実労働時間を年間平均でみると、29年は前年に比べて「調査産業総数」、「製造業」とも0.4%の減少に対し、30年はいずれも0.4%の増加となっている。上、下期別でみると上半期は前者が0.6%、後者が0.9%と減少しているが、下半期はそれぞれ1.3%、1.6%と逆に増加をみせている。所定内外労働時間の推移をみると、所定内の方は上半期から前年を上回り、下半期には一層の増加をみせているが、所定外労働時間は上半期は減少、下半期は大幅増加と明瞭な差異をみせている。製造業中分類を含めた業種別の労働時間の動きは、下半期の賃金上昇の業種別のそれとほぼ軌を一にしており、賃金上昇に対する労働時間増加の影響を明らかに示している。31年にはいってもおおむね下期の傾向を持続しているが、特に機械関係が賃金の場合と同様に増加が目立っている。

第122表 賃金と労働時間

労働生産性の向上

 30年に限ったことではないが、一般的にいって戦後の一貫した労働生産性の上昇が、賃金上昇の一つの要因となっていることは指摘できるだろう。30年においてもその傾向ははっきりとよみとれる。30年の生産は上半期も前年より引き続き増大し、下半期には一層の拡大をみたが、雇用は上半期は停滞気味で、下半期は上向きをみせたとはいえ、生産の増加に対してはなお少ない。この結果労働生産性は年間を通じて急速な上昇をみせた。例えば統計上若干問題はあるが、生産指数を「毎月勤労統計」の雇用指数で除して求められる製造業の労働生産性指数でみると、30年平均で対前年10%の上昇で、29年の4%に比して著しいものである。上半期では5.7%、下半期では14.4%と下半期に入って顕著な上昇である。一方鉱業では、年間平均で前年と同じく8.4%の増加を示し、上半期は7.2%、下半期は9.5%の上昇であった。しかし製造業は生産の大幅な増大によって労働生産性の上昇がもたらされたのに対し、鉱業では生産はむしろ低下気味の保合で、雇用が7.5%と大幅低下したことによって達成された。なお賃金指数と雇用指数の積を生産指数と卸売物価指数(食用農産物を除く)の積で除して求められる労務費比率指数は前年より3%ほど低下している。


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