昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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労働

景気好転の労働経済への波及

 昭和30年の景気上昇は、労働経済面にも好影響をもたらした。雇用情勢はやや好転し、賃金水準も上昇をみせて、実質賃金は前年をかなり上回った。しかし、この波及は主に年央以降において顕著に現れたもので、上半期ではいまだあまり明瞭ではない。従って労働経済は、上、下期では様相を異にしているから、以下その波及過程を上、下期に分けてみてみよう。

 上半期では輸出や生産が前年後半から引き続いて増大したにもかかわらず、労働面ではこれらの動きに対応せずに、むしろ従来の悪化傾向が続いていた。すなわち、企業整備状況や失業保険統計などの失業情勢を示す数字は、逐月増加をみせていた。常用雇用指数も低下の度合いを弱めつつあったとはいえ、入職期の4月を除いて緊縮政策下の減少傾向を持続していた。このような動きは次の事情によるものである。生産増大もこの期は主に大企業で行われた段階で、そこでは生産に対して比較的余裕のあった人員が操業度向上で有効に使われてきたことなどによって人員増加をあまり必要とはしなかった。一方中小企業では一般的にいって輸出増加の影響がすぐ波及しなかったということもあるが、また下請け中小企業は主として機械製造業につながるものが大部分で、しかもこの時期では設備投資が増えず、造船の生産好調による一部下請の増大を除いて生産増大があまりみられなかったために、雇用増加も認められなかった。しかし一方農林業や商業部門、サービス業では従来に引き続いてかなりの増加がみられ、上半期における就業者の増加の大部分はこれらの部門で吸収されていた。

 以上のような雇用情勢の下では、賃金もいまだ上昇する要因が少なく、停滞を続けていた。春季、夏季の賃上げはともに大した混乱もなく解決をみたが、その妥結額は比較的低く、その結果「毎月勤労統計」でみても調査産業総数の一人1ヵ月平均現金給与総額は上半期において前年同期の2.5%増加にとどまり、前年同期のそれが9.6%増加であったのに比べてかなり低かった。

 下半期に入ると、輸出の増勢に加えて投資や消費が増えだし、生産が一層の拡大を続けたので、これに応じて労働経済の面にも夏から秋口にかけてようやく明るさがみえてきた。まず失業情勢が緩和し、労働省調べ「企業整備状況」による整理人員も6月まで高水準を続けたものが、7月から明瞭な断層を描いて低下傾向に転じている。失業保険の離職票受付件数や、保険金受給者実人員も4、5月頃から低下し始めたが、秋口からその傾向を一層明確にした。「労働力調査」による完全失業者もおおむね横ばいを続けていた。

 雇用も商業、サービス業、製造業を中心にかなり伸びた。すなわち「労働力調査」による就業者をみると、卸小売及び金融保険業、サービス業は上半期に引き続いて顕著に増加したが、上半期にはほとんど増えていなかった製造業の就業者も下半期には相当の増加をみせ、ことに男子の雇用者が目立って増えた。しかし中規模以上の企業での雇用増加は相変わらず控え目であったように思われる。例えば規模30人以上の常用雇用の推移を「毎月勤労統計」によってみると、増加傾向のはっきりしているのは卸売小売業だけで、その他は鉱業が年末頃から31年に入ってやや増加している他、おおむね横ばいである。対前年同期の比較では卸売小売業、金融保険業が下半期で2~3%上回ったが、製造業は31年1~3月に初めて1.1%増加をみせた。もっとも「毎月勤労統計」には新設事業所を含まないため、増加期には増加が低目にでるきらいがあるが、失業保険被保険者数や各業界統計などに照らしてみても、中規模以上の企業における雇用の増加は必ずしも多くはないようだ。これは生産増大を主として生産性向上と大幅な労働時間の延長によって賄ったことによるものと思われる。

 賃金水準も下半期には上昇傾向を強めた。「毎月勤労統計」の調査産業総数の現金給与総額は、対前年同期比較で下半期は8.6%の増加となり、上半期の2.5%増加をかなり上回っている。このような上昇は、生産の増大に伴う超過労働給や臨時給与の増加、定期昇給制の普及などが加わったためである。従って、特に輸出や内需の好調な部門での上昇が顕著であった。

 こうした環境のなかで、賃上げも、下半期以降は上半期と異なった動きをみせた。秋季闘争での賃上げ率は春季同様あまり高いものではなかったが、それでも前年来ほとんど上がっていなかった鉄鋼、造船、綿紡などにおいて賃上げがみとめられた。さらに年末では、ベース・アップを31年春に延して、主として一時金要求に限ったが、その妥結額は企業経営の好転を反映して一般に前年よりはかなり高く、「毎月勤労統計」の調査産業総数でも12月の臨時給与は前年同月を16%も上回った。31年春季闘争では、より広範な規模で前年をやや上回る賃金引上げがみられた。これは企業経営の好転に対し、賃金がタイム・ラグをもって追いつく過程でもあったといえる。すなわち生産の増大に対して相対的に雇用増加が低目であったため、労働生産性がかなり上昇し、賃金コストが下がっていたことは、労働者側の賃上げ要求を強めるとともに、企業としてもこれをある程度受け入れる余地があったわけである。

 前述のような名目賃金の上昇のうえに、消費者物価指数が年間低下気味であったので、実質賃金は名目賃金以上の向上をみせた。31年に入ってからは消費者物価の上昇によって実質賃金の上昇率はやや停滞しているが、前年同期に対しては30年秋口から引き続き8~9%上回っている。


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