昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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鉱工業生産・企業

合理化投資の結実と投資の動向

合理化投資の有効活用

品質の向上と生産性の上昇

 昭和30年に入ってからは前述のように内外の市場が一段と拡大したので、前年度の年次報告で指摘したような合理化を阻んでいた障害もようやく解消の方向に向った。すなわち合理化された設備が操業度をあげるとともに、計測の普及などによる生産者管理技術の向上と相まって、合理化投資の成果は製品の品質向上や生産性の上昇によるコストの引下げ面にかなり現れてきた。

 まず生産性の上昇について製造工業全体としての原単位及び時間当たり労働生産性の向上についてみると、合理化投資が盛んであった28年当時に比べて、30年には原単位で9%、労働生産性で15%の向上を示した。特に30年の下半期には一層の増産による操業度上昇で原単位は12%、労働生産性は2割近くの向上を示した。なかでも近代化された新鋭設備は、本格稼動に入るにつれて在来の設備に比べてその生産性における優秀さをますますはっきりさせている。例えば鉄鋼におけるストリップミルをとりあげると、薄鋼板の生産では従来のプルオーバーミルに比べて歩留り、燃焼消費量、ロール運転時間当たりの生産量、労働者一人当たりの生産量のいずれでみても格段の差をみせている。またセメントにおける長さ140メートルに及ぶ新鋭ロングキルンは、従来の70メートル程度のキルンに比べて製品トン当たりの燃料消費で3割程度の節約を果たしている。さらにスフについてみると、従来のバッチ式に比べて新しい連続式アルカリ繊維素製造装置のスラリー方式では製品トン当たりの所要人員で4分の1、時間当たりの生産量で9倍という高い生産性を発揮している。

 こうした合理化設備の本格的稼働は生産性における優秀性だけでなく、製品品質の改善の面でも著しい成果をあげている。電解法ソーダを例にとると、新しい水銀式は従来の隔膜式に比べて苛性ソーダの純度及び濃度は一段と高くなっている。またレーヨン・パルプに例をとっても、蒸解装置や漂白設備の合理化で最近ではアルファー繊維素、樹脂分、夾雑物などいずれも輸入品を上回る進歩をみせている。そのほか鉄鋼におけるストリップミル製鋼板がプルオーバー製品に比べ品質の均一性や深絞り性の点で優秀性をもっていることはしばしば指摘されているところである。

 従って30年に船舶やスフ製品などが著しい輸出の伸びを示した背後には、造船やスフ・メーカー自体の合理化投資の成果だけでなく、それに関連する鉄鋼、機械、あるいはソーダ、パルプから染色、加工に至るまで、広汎な関連産業の合理化効果の集積があった点も見落すわけにはゆくまい。

第39表 製造工業における生産性諸指標の動き

第40表 生産性向上の例

第41表 計画造船の目安船価における所要工数の推移

第42表 レーヨン・パルプの品質の推移

設備能力の増加

 さらに合理化投資は生産能力の拡充をもたらしている。29年度下期から30年度上期にかけての生産の増加は、化繊、鉄鋼、船舶など輸出増加と関連する産業に目立ったが、これらの産業では能力に余裕があって、むしろ鉄鋼や造船のように操業度引上げのために努力して輸出に向ったものが多かった。ところが30年度の下期になると輸出が依然増勢をたどっていたうえに、輸出増加が内需に波及して生産増加が全般化し、鉱工業生産は一段と高水準になるに及んで操業度上昇で生産増に対応できなくなり、保有遊休設備の再稼動や、工事中の新設備の完成、稼動開始といった形で実稼働能力を増加させるようになった。すなわち通産省の試算によると、主要66業種を総合した稼働能力指数は30年度中に18%の増加を示した。これを産業グループ別にみると、石油石炭製品、繊維、科学、窯業、機械などの伸びがめざましい。

 このような稼働能力の伸びには三つのタイプがある。第一には、新増設設備の稼動による場合である。30年は全体としては大して設備投資は多くなかったがこのうちナイロン、ビニロンなどの合成繊維、塩化ビニールのような合成樹脂、酸化チタンといった新産業、新製品ではここ数年来投資が活発で、まだ新発足したばかりの段階でもあるし、大幅な増加を示したのは当然であった。そしてこれらと関連した合成石炭酸やメタノールなどでもこれらの生産増に対応して大幅な新増設がみられた。またスフでも内外需要の増加に伴い、前述の新産業ほどではないが、戦後一貫して新増設が活発に行われた。さらに石油精製、セメントなどでは、27~28年来の合理化投資による新設備がようやく完成し、稼動をはじめたので稼働能力が増加した。第二には、生産系列における・隘路部分の増強によって稼働能力が増加する場合である。例えば硫安ではコッパース炉の新設や水性式から半水性式へのガス発生炉の転換などによるガス源の補強によって能力を増やしたし、標準電動機生産設備においても生産性の高い専用機械の導入によって、全体の系列として稼働能力を増やしている。第三には遊休設備の再稼動ないしは改造によって稼働能力が増えているいる場合である。例えば鉄鋼では造船向け厚板需要の急増から休止していた厚板設備を再稼動させるメーカーが現れた。またカーバイト用電炉では電炉の改造による大形化と、それに伴う変圧器容量の増大によって稼働能力が増えている。

 いわゆる実稼働能力が増えている上に合理化投資による潜在的な生産能力の拡充もみられるようだ。例えば、硫安や鉄鋼(高炉・平炉)では、修理時間の短縮など設備の維持が合理化されたため年間の設備稼動時間が増えている。これは一例だが全体としてみても、生産管理技術の普及と向上によって設備の利用度は強化され、同一設備でも26~27年頃と比べると生産性が高まって実際の能力は増えているようである。

 かくして30年度中はさして投資活動は活発でなかったにかかわらず、過去の合理化投資の効果が2、3年遅れて発現したことと、30年度中の投資が速く生産力化するという形での能力増大、あるいは遊休設備の再稼動もあって実稼働能力は生産増加を上回り、稼働率は下がるという結果になった。たやすく稼働能力を増やし得たのも生産余力の存在を意味しており、戦後の資本蓄積の成果といえよう。しかし、そのなかにあっても、銑鉄、鋼塊、アルミ地金、パルプ、ソーダ、硫酸、タール製品などの基礎物質では、 第37図 にみるようにこれまで能力をあまり増やしていないこともあり、30年秋以降には設備能力不足が問題となってきている。

第37図 実稼動能力の増加状況

 次に、かかる設備能力の動向を背景とした30年度の設備投資の推移を探ってみよう。

第38図 稼働能力と稼働率の動き

動きだした設備投資

尻上がりの30年度設備投資

 30年度前半における設備投資は、デフレ経済の影響を受けて、停滞気味に推移していたが、後半に入って急速に回復したため、下半期における設備投資の規模は、29年度をはるかに上回り、28年度にほぼ匹敵するまでに増加したものとみられる。

 これを開銀調べ「産業設備資金供給実積」でみると「金融」の項で示すように30年度は前年度に比べて約12.9%増加している。また当庁調べの「機械受注状況調査」で産業からの設備機械の発注状況をみると、30年は1,807億円でデフレで設備投資の減少した29年度と比較すると5割の大幅増加を示しており、設備投資の活発に行われた28年度をさらに11%も上回っている。なかでも新産業を中心とした化学工業や輸出増加に伴う造船業、化繊工業、鉄鋼業が大きい。さらに国内産機械ばかりでなく通産省調べの機械輸入許可実積でみても、30年度の機械設備の需要は、29年度よりも8割増加し、特に30年度後半に集中している。

 このように機械設備の発注が設備資金に比べ目立って増加したのは第一に機械設備の発注時期が資金需要より先行すること、第二に、設備投資の内容が28年度当時と違って建設、土木工事などよりも機械設備の更新、拡充に比重が移っていることなどの事情があるためとみられる。

 ところで各産業の設備投資の内容を性格別にみると、四つにわけられよう。

 第一に挙げられるべきは、輸出増加を契機とする設備投資の増大である。30年当初からの輸出増加と前後して行われた鉄鋼、造船、化繊などにみられた設備投資の増大はこの範疇に入れることができよう。これらの産業も初めは需要の増加に対し、遊休設備の再稼動に伴っておこる補修、改造あるいは一部更新程度の規模の小さな投資ですませていた。しかし需要がさらに増大してくると、既存設備の補修、更新程度では間に合わぬため、新、増設を行わざるを得なくなってきた。造船業では大型輸出船受注のため、比較的早くから船台及びクレーンを中心とした設備拡充がみられた。化繊工業でも年初から設備更新が行われていたが、その後も需要の増加で設備投資は活発化し、年末に至ると急増している。鉄鋼業では第二次合理化計画にのせられている特殊線材の新規投資が早くからみられたが、その後世界銀行借款による圧延設備も着手された。このほか鉄道車輌工業、化繊の設備投資に伴う繊維機械工業などで後半に入って設備更新が行われている。これらはいずれも輸出増加が、直接、間接に投資を刺激した例である。

 第二には、内需産業の設備投資の増大である。それまで必要最小限にとめていた各企業でも、30年半ば頃になると輸出景気の波及から国内需要も増加し一部には設備能力の不足してきたものもあり、また資金繰りも緩和し市場の見通しも強くなってきたので、設備更新、増設を実施し始めた。前述のような硫安工場でのガス源転換、紙パルプ工場での抄紙工程の設備更新などがその一例である。このほか化学工業では硫酸、ソーダ、タール製品などの原材料部門が、二次製品部門の需要増加で不足をきたし、30年秋頃から増設し始めている。また、今まであまり目立たなかった石炭鉱業や一般機械、食料品工業、あるいは中小規模メーカーの設備更新並びに増設が30年下半期に至って表面化してきた。例えば、化学工業の投資活発化を反映した化学機械部門、あるいは消費需要の増大による乳製品その他の食料品工業などがある。また中小企業では化学工業における塩化ビニールなどの加工部門、造船、鉄鋼業における中小規模企業のごとく、需要増加を反映して、これまであまり手がけなかった企業でも、設備更新や新増設が行われ始めている。また造船、電機、自動車工業の下請メーカーでも、親企業の援助のもとに設備更新がすすめられている。

 第三には新産業で30年中一貫して設備投資が行われていることである。合成繊維、尿素肥料あるいは合成樹脂などの化学工業をはじめ、通信機械工業におけるテレビ、電子管その他の通信機械や、新産業とはいえないが、自動車工業における輸入組立車の国産化に伴う新設が着実に伸びている。また石油化学に関連をもった石油精製装置や、防衛産業部門としての航空機工業でも年央頃から機械設備の新増設がみられた。

 第四には、政府資金の依存度か高く投資規模の大きい基幹産業の投資は初めのうちは控え気味であったが、需要増加を反映して30年後半に入って行われてきている。電力業では需要の見通し難から差し控えられていたものも30年度追加分として、火力発電設備の新規工事が3ヵ地点、48.7万KWについて着工されたし、海運業では11次計画造船(19隻、18万総トン)のほか、海運市況の好調から自己資金による建造(21隻、15万総トン)もかなりみられている。

 以上30年度の設備投資の推移をみると、6~7月頃までは、年初以来一貫して行われていた新産業を除けば、輸出増加の影響は一部の業種に投資増大をもたらした程度であって、29年のデフレ経済の影響がなお尾を引いており投資停滞の基調に大きな変化はみられなかった。

 これが8~10月頃になると、海運、電力、鉄鋼業などの基幹産業で新規投資がみられたし、輸出増加の影響はようやく各産業に波及し国内需要の好転から一般産業の設備投資も増加してきた。それに30年度末になると、これまであまり目立たなかった企業でも投資の気運がみえ、その規模こそ小さいがようやく全般化の傾向をもつに至ったとみられる。

第39図 産業別機械受注状況

第40図 産業別輸入機械許可実積

31年度設備投資の特徴

 前述のごとく30年度後半から再び増加を始めた設備投資の波は、31年度に入って依然高い水準を続けるものとみられる。

 通産省が集計した企業の31年度設備計画によると、増設が30年度を頂点に一段落したセメント、新しい化繊の伸長で需要の伸びが停滞している天然繊維(綿、毛、麻など)工業を除けば、ほとんどの業種で増加している。このなかには30年度に発注されて、既に機械受注の面に現れているものもある。そのうち31年度特に目立つものとしては、鉄鋼業が経済5ヵ年計画に沿って需要増に対応した製銑、製鋼から圧延部門までの全部門にわたる第三次合理化計画を始めようとしていることと、石油化学への原料供給源として、石油精製設備の新設と合理化が、かなり大きな規模で計画されていることである。また電気機械工業でも、火力発電機製造設備の拡充、耐久消費財生産設備の合理化がみられる。新産業ではチタンの増産と銑鉄不足に応ずるチタン・スラグと電気銑の増産とをかねた砂鉄開発の動きが注目される。このほかの業種でも大体30年度後半から増加傾向をみせてきた設備投資が、継続してかなりの規模で実施されようとしている。

 このように最近の設備投資の内容を見ると、29年のデフレを境としたそれ以前のいわゆる合理化投資期とその性格が変ってきている。合理化投資は戦時、戦後にかけて生じた生産設備の質的、量的断層を埋めるための投資であったが、最近の動きは合理化の一応の完成の上にたって産業が新しい発展の道を切り開くための投資とでもいうべき性格のものである。

 すなわち合理化投資期には繊維、紙、パルプなどの軽工業部門では戦時中設備を抑制するか、ないしは設備の廃却が行われたため、設備能力の急速な拡充が合理化と併行して行われた。これに対して機械、金属などの重工業部門ではむしろ戦時中の技術面の空白を取り戻すための設備の更新が合理化投資の重点であったから、活発に行われた先進国の技術の導入が合理化に大きな役割を果たした。だが最近になると軽工業部門における能力増加のテンポは一段落したし、また 第41図 にみるごとく重工業部門における技術導入も一巡の様相を呈して、いわば戦時の爪跡をほぼいやし得たと考えられる。このような現状にたった今後の投資には、今までと違った2、3の特徴点がみられる。第一に、新産業、新製品に対する投資の比重が合理化投資期に比べて高まりつつあることである。このことは、例えば最近になると合成繊維、合成樹脂などそれ自体に対する投資だけでなく、それにつながる石油化学、カーバイト、電解ソーダの原料部門から、染色、加工などの最終製品部門まで設備投資の裾野が拡がってゆく傾向にみられる。

第41図 外国技術の導入状況

 第二に、合理化投資期には市場に直結した工程に技術的立ち遅れが目立ったこともあって、この部門に投資の重点がおかれ、概して基礎資材関係の増設、合理化は見送られる傾きがあった。だが最近では銑鉄、鋼塊、アルミ地金、ソーダ、硫酸などの基礎資材の設備能力の不足が目立ち、これらの部門の量的及び質的両面の拡充投資が必要になってきた、硫安におけるガス源の石炭、コークスから天然ガスへの転換、石油化学への投資もこの要請に応えるものであろう。第三に、合理化投資期には設備投資は個々の企業内で独自に行われてきたが、最近では29年のデフレを通じて一段と進められた企業系列化の再編成のうえにたって、個々の企業としてでなく企業集団として投資を進める傾向がみえることである。石油化学を中核とする石油精製、化学、繊維のメーカー系列の投資関係はその一例であろう。

 このように産業の設備投資の性格が変わりつつあるということは、いわゆる日本経済の近代化と対応するものであろう。新産業はもとより基礎財産業における投資も新資源の創造という形で産業構造の編成替えをもたらすものであるところに特色がある。元来、我が国の産業には技術的後進性のゆえに設備近代化への意欲が強く底流しているのだから、30年度の好況期を捉えて近代化への努力が進められるのはむしろ当然のことであり、また望ましいことであろう。現に、一部の産業、例えば鉄鋼業における高炉やカーバイト、合金鉄のごとき電炉産業では遊休している小容量の旧式設備を再稼動させるよりは、むしろ生産性の高い大容量の新鋭設備を新設した方がより経済的であるという情勢に立ち至っている。このような傾向からみて企業も設備近代化、そしてその新設備の高能率稼動への配慮が高まってこよう。またそれなくしては世界の技術革新の趨勢に追いつくことはおろか、ますます遅れをとることにもなるからである。


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