昭和31年
年次経済報告
経済企画庁
安定的成長達成の諸条件
近代化投資の検討
復興期には物はつくれば売れたのであるから、投資に対する企業家の関心事は如何にして投資資金を調達するかということであった。しかし近代化投資においては、如何なる技術でいかなる製品をつくり、それを如何にして市場に適応せしめるかが問題であるから、企業家の良い意味での冒険精神を必要とする。しかも現在、企業が近代化投資を進めるうえに次のような三つの問題が存在するようである。
第一は、近代投資は必ず労働の生産性を上昇せしめるから、過剰雇用の圧力が高まりはしないかということである。
第二は、近代化投資は単なる設備拡張に比べて、資本効率が低く、しかも巨額の資本を要するから企業家が投資決意になかなかふみ切りがつかないのではないかということである。
第三に、古い設備と新しい設備の競合の問題がある。日本のように賃金が安い国では古い設備もその効率の低さを、安い労賃でカバーすることによって、新しい設備と相当程度競争できるという場面が多い。特に今後の産業、貿易構造、消費構造の近代化に大きな役割を担わなければならない機械産業は、量的には古い設備の過剰、質的には新しい設備の不足という矛盾に悩んでいる。
以上のような問題をもった近代化投資を促進させえるための第一の必要条件は、企業が新しい技術投資を競い合うような公正競争の雰囲気を醸しだすことである。公正競争とは必ずしも過剰競争を意味しない。ゆき過ぎた過剰競争が整理され、企業の系列が再編成され、生産が専門化することは、むしろ技術革新投資促進の前提であろう。しかし系列化がゆき過ぎて少数の企業が独占的な威力をふるい、新技術の採用を拒むようになるならば、それは近代化投資の障害となるに違いない。そこで、国内においてはゆき過ぎた独占の防止とともに、他面貿易自由化政策によって日本の企業にたえず海外の新鮮な空気をおくり、競争の刺激を与えることが必要になるであろう。もちろん経済政策としても、その雰囲気を助長するように税制その他において技術投資の促進、古い設備の廃却を促す方策がとられなければならない。また戦後の異常な投資需要に基づく高金利を是正し、新しい投資のためのコスト引下げに努めることも不可欠な前提条件である。
なお企業の蓄積力の弱い我が国において、一国経済構造の革新という大事業を私企業にのみ負担せしめることは不可能であって、財政投資にはまた自らその役割がある。しかし方向は、復興期におけるように財政資金によって直接企業内部の設備拡張と更新をたすけるのではなく、例えば、原子力のごとく民間産業をもってしては実行できない新技術の開発、あるいは運輸、通信などいわゆる社会資本の充実、ないしは工業地帯整備など補完的作用を主とすべきであろう。