昭和31年
年次経済報告
経済企画庁
安定的成長達成の諸条件
経済成長と近代化の関係
先に成長率が鈍れば投資誘因が減って、さらに経済の成長を遅らせると述べたけれども、成長率が鈍って最も深刻な問題に直面するのは雇用面である。昭和26年から30年にかけて「労働力調査」による就業者は非農林業全体で2割、鉱工業で1割増加したが、この雇用の増加は、同期間中に国民所得は4割、鉱工業生産は6割も増加したことによって初めて達成されたのである。戦後10年の間実質国民所得が前年に比べて低下した年は1年もなかった。29年のいわゆるデフレの年にも国民所得は前年に比べて4%ほど増加している。つまり伸びる率が鈍くなっただけで、労働部門は当時あれほどの苦悶を示したのである。年々生産年令人口は百数十万人も増加する。生産年令人口の増加に伴う要就業人口を非農林部門で吸収するためには、同部門の労働生産性を全く横ばいとしてもその経済活動が年に約6%の拡大をしなければならないだろう。雇用問題は日本経済の最も弱い環だといわれながら、拡大テンポの早い時期には何とか当面の糊塗ができたために、問題の重要性が覆いかくされていた嫌いがあった。回復段階を終わって成長率が鈍化する惧れがある今後において、発展テンポを低下するままに放置するならば、それは由々しき社会問題を招来するであろう。
単に有効需要として復興に代わる課題を探すならば、それはいくらでもある。そのうちでも重要なのは、全体としての経済の発展のなかに取り残されていた部面を引き上げる仕事であろう。一例を挙げれば中小企業の振興や遅れた地域の開発あるいは社会保障対策の拡充である。これらの施策は既に多くの負担を背負っている財政にさらに重圧を加えるであろう。そこで遅れた部面を引き上げるためにも、財政の基盤としての国民所得を如何にして増大させるかということが基本的対策でなければならない。
従って成長率の維持のためには、有効需要を経済循環のなかから生みだしながら、同時に将来の生産力を培う課題が要求される。前に世界経済について述べたとき、技術革新(イノベーション)が高い成長率維持の根因になっていることを説明した。技術革新とはいうけれど、それは既にみたように、消費構造の変化まで含めた幅の広い過程である。外国では技術革新をさらに拡張して、技術の進歩と、これに基づく内外の有効需要の構造変化に適応するように自国の経済構造を改編する過程を、トランスフォーメーションと呼んでいる。その内容として普通に挙げられているのは、技術の進歩による生産方式の高度化、原材料と最終製品の間の投入--産出関係の変更、新製品の発展と消費の型のサービスおよび耐久消費財への移行、国内産業構造の高度化と結びついた貿易構造の変化、生産性の低い職場から高い職場への労働力の再配置などである。さらに最近では新しい世界情勢への適応として、後進国開発援助の動向などもこのなかに含めて考えられるであろう。我々はこのトランスフォーメーションを経済構造の近代化と名づけることにしよう。
我が国においても、今まで所々にふれたように、生産面及び消費面について部分的には近代化への動きがみられる。しかし今後はさらに新しい環境条件に積極的に適応し、経済構造の改編を通じて有効需要を創りだし、成長率を高く保たなくてはならない。ことに我が国では、経済発展の原動力として輸出の重要性は極めて大きいが、国際競争の高まりゆく世界市場のなかで先進諸国と伍するためには産業構造の近代化が不可欠の前提条件となる。また高い成長率は我が国の乏しい資源に重圧を加えるから、エネルギー、鉄鋼原料、あるいは木材などの資源問題の解決にも生産、消費両面からの近代化による対策が要求される。
さて以上述べてきた経済の成長と近代化の関係を取りまとめて示せば、次のごとくになるであろう。復興の過程を終わった今後の日本経済の成長は近代化に依存する。しかも近代化は成長率が高く、そして、経済変動の少ないほど速やかに行われる。近代化において最も重要な役割を占めるのは投資である。そして投資水準の維持と発展は、国民所得及び雇用増大の重要な決定因子であり、所得の増大は逆にまた有効需要を喚起し、経済成長を助長する。そこで以下に近代化のための投資について検討することにしよう。