昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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日本経済の現段階

技術革新と世界景気

 大戦の傷痕が癒えるとともに復興需要は次第に消減し、それが世界経済の成長率の鈍化をもたらした事実は前に述べた通りである。しかし戦争直後に比べれば鈍ったにせよ、最近の世界の工業国の経済成長率は戦前に比して一般に高まったようにみえる。戦前の米国の成長率は平均3%弱といわれていたのに1955年の米国の実質国民所得は6%も増大した。ヨーロッパ諸国の成長率も戦前は1~2%であったのに、この2~3年は5~6%のテンポを示している。ヨーロッパの景気上昇は既に2年半の継続を誇り、アメリカの景気も1年半維持されている。しかもこの景気長期化は朝鮮動乱直後の再軍備のような経済外の要因によって支えられているのではない。何故にこのように世界景気が長期化を続け、成長率が戦前に比して高まったであろうか。一つには経済政策の高度化のお陰であろう。不況に際しては減税、失業保険などのいわゆる自動安定装置(ビルト・イン・スタビライザー)によってこれに対処し、インフレには機動的に財政金融政策を動員して、その昂進を未然に防ぐ政策技術は、戦前に比して確かに一段と進歩を示した。しかし世界景気の堅実な力強い発展の陰に潜む基礎的な動因は、大衆購買力の増加による耐久消費財の売れ行き増加と技術革新のための新投資の増大であろう。

 このような大衆所得の増大は、生産性の上昇によって裏付けされており、極端なインフレや国際収支の悪化を伴うことなく、国内市場との均衡的発展を可能にした。前に我が国国内市場の発展の理想型として述べた高能率、高賃金、高生活水準の方式は、既に欧米経済の繁栄の基礎的条件になっているのである。

 しかし労働生産性を上げるということは単に勤労者が勤労意欲を振いおこすということではない。近代工業における生産性の上昇には設備の近代化、技術投資が先行しなければならない。そして年々巨額な投資を推進しているものは、技術の絶えざる進歩とそれを媒介にした企業の競争である。技術が絶えず進歩しているときに、生産設備を物理的に使用に耐えるまで耐久年限いっぱいに使っているようなことでは、競争会社に圧倒されてしまう。耐久年限の短縮と取り替え需要は投資財市場を拡大する。1956年の米国の産業設備投資は対前年2~3割の増加が予想されているが、その半ばまでは近代化の投資である。長期にわたる近代化投資を予想されている業種のなかに、目先き売れ行き不振で滞貨に悩む自動車産業が含まれていることは、近代化投資需要が目前の好不況の波を超越した強い力をもっていることを示すであろう。

 このような投資活動の原動力となる技術の進歩とは原子力の平和的利用とオートメイションによって代表される技術革新(イノベーション)である。技術の革新によって景気の長期的上昇の趨勢がもたらされるということは、既に歴史的な先例がある。その第一回は、蒸気機関の発明による第1次産業革命後の情勢であって、1788年から1815年まで長期的に世界景気の上昇が続いた。第二回目は、鉄道の普及によって1843年から1873年まで、第三回目は、電気、化学、自動車、航空機等の出現に伴って1897年から1920年まで、革新ブームが現出した。そして現代の世界を原子力とオートメイションによって代表される第4回の革新ブームの時期とみることもできるであろう。

 しかし過去の例によってみれば、技術革新ブームによる景気の長期的上昇の趨勢のうちにあっても、景気の後退が発生しないという保障はない。ただ上昇趨勢中の後退は小幅かつ短期間であったことに注意を要するであろう。世界景気の現状を仔細に検討するならば、今まで一本調子の登り坂を続けてきた先進国の景気情勢に若干の変調があることがうかがわれる。アメリカ景気の伸び悩みは自動車、住宅等に対する購買力の停滞をその主因としているが、イギリスは内需増大による国際収支の悪化に、そして大陸諸国は労働力を初めとする生産力の限界に突き当たり、デイスインフレ政策が日程に上っている。もちろんアメリカにおいても基調としては技術革新ブームによる旺盛な投資需要が存在し、各国ともその経済動向がインフレとデフレの微妙なバランスのうえにかかっているだけに、ブームの背骨を折らずに如何にして調整過程を短期に切り抜けるかは、各国経済政策当局者の苦心の存するところであろう。いずれにせよ1956年の世界景気は前年ほどの上昇テンポを維持することはできない。


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