昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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日本経済の現段階

経済循環の現局面

 以上のような内外の経済現段階の認識のうえに立って日本の経済循環の現局面について若干の考察を試みてみよう。

 最近、数量景気の三つの特色であった物価の安定、国際収支の好調及び金融の緩慢化に若干の変調がみえ始めた。まず物価については、既に30年後半から上昇に転じ、最近やや落ち着きをみせているが、なお強調を続けている。次に国際収支については輸出が好調を維持しているものの、輸入の漸増によって黒字の幅が次第に減少する傾向がみえる。第三に、政府資金の対民間支払超過額の予想外の減少を主因として、金融の緩慢化、金利の低下もややそのテンポを緩めた。これらの変化に共通する原因は内需の増大である。金融情勢の変調も直接の動因は資金供給の側にあったことはいうまでもないが、企業の投資態度の積極化によって資金需要が増えてきたことも見逃すことができない。

 このような内需の増大傾向は、基本的には前に述べた通り、数量景気のあとに当然接続すべき過程である。すなわち投資についてみれば、需要の増大、操業度の上昇に伴う誘発投資であり、消費にしてもタイム・ラグの追いつき過程であるが、今後の景気を大きく動かすのは消費よりも、むしろ投資であろう。投資がある程度増大するのが当然であるとしても、問題はこの動向がゆき過ぎて、企業家の投資態度に再び思惑的、インフレ的気構えが復活し、現在の投資が近き将来の需要の増加を賄う以上の規模に達するか否かにある。

 先に述べたごとく、経済が拡大しながら物価の安定、国際収支の黒字、金融の緩慢化を同時に達成することは、むしろ稀有の例に属する。従ってそのうちの一つでも変調をきたしたからといって、経済の正常な進展が崩れ去ったかのごとくに憂うるには及ばない。最近の金融市場に変調が現れたことは、むしろ他の二条件、国際収支の好調と物価の安定とを持続化するためにはこれ以上急テンポの拡大は危険をもたらすかもしれないと告げる警報装置が動きだしたとみるべきであろう。企業家や銀行家がこの警報に従って行動する限り、そして財政の均衡破綻などによって新たな外生力が注ぎ込まれない限り、内生力としての内需の再上昇が日本経済を数年前までのような激しい力をもってインフレの渦のなかに巻きこむ惧れは少ないのではあるまいか。

 国内のインフレ化を抑ええたとしても、国際収支のうえから問題になるのは、世界景気と我が国景気の波のずれの関係である。他の国々が朝鮮動乱の調整過程に入った昭和27年には我が国はまだ動乱後の好景気に酔っており、28年にも財政投資を中心とする新しい力を経済循環の外側から注ぎ込んで調整過程に入ることをさらに1年繰り延べた。こうして国際収支の悪化から29年にいや応なしに調整過程に入らざるを得なくなったときには、ヨーロッパ諸国の景気は既に上向いており、同年下半期から世界好況による輸出の増大は日本の景気の再上昇を容易にした。従って調整過程を繰り延べたことも、繰り延べる過程において投資を拡大し、いわゆる過剰設備を抱いていたことも実は数量景気を成立せしめる不可欠な条件となったのである。誠に幸運のめぐり合わせといわなければならない。

 いまや遅れて上昇を開始した日本の景気は、世界諸国の景気が伸び悩みを示しているときに、依然上昇を続けている。前に述べたごとく世界の景気の基調もかなり強いと思われるから、輸出の先行きに悲観は無用であるが、世界景気の特色が投資ブームであるだけに、近き将来その投資が生産力化した暁に、いわゆる限界供給者としての我が国の輸出は激しい国際競争にさらされる惧れがあるから、国際収支の前途も手放しの楽観は許されない。28年におけるような内需膨張、国際収支の悪化の「すれ違いの悲劇」を繰りかえさない用意は不断に必要であろう。


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