昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

 

数量景気の発展過程

国際収支改善の背景

 昭和30年の国際収支が535百万ドルの黒字を記録したのは、輸出が31%とマレー・シンガポールにつぐ世界第二の上昇率を示したのに、輸入の増加は11%にとどまり、また急減を予測された特需も大体前年度水準をを維持したためである。これを金額にして示せば、輸出は約5億ドルの増加であった反面、輸入の増加は2億ドル、特需の収入減は2,000万ドル、また一般貿易外収支の払超も1億ドルの増加にとどまったため、差引き2億ドルの好転となったわけである。ただし30年度の輸入のなかにはユーザンスによる支払繰り延べ増加分(134百万ドル)余剰農産物の受入(75百万ドル)等、外貨収支に響かなかった分があり、これらを考慮すれば国際収支の黒字の実質額は326百万ドルとなる。

 右に述べたように国際収支改善の主原因は輸出増であったが、増加した品目は全品種にわたり、特に化繊織物、衣類、鉄鋼、船舶、合板などの伸びが著しく、減少したものは茶、繊維機械などごく少数品目に過ぎなかった。また地域別には、オープン勘定地域向け輸出がインドネシアや韓国に対する輸出の抑制などから停滞したが、ドル地域に対してはアメリカを中心に約3億ドル増加し、ポンド地域に対しても英領植民地、インド、香港などを中心にそれぞれ2億ドル近く増加した。

 このような輸出の急増にはこれを支えた内外両面からの原因がある。まず国内的原因としては、第一に国内需要の停滞から生じた輸出圧力がある。30年度は生産の増加に比すれば投資、消費の伸びが遅れていたので、この圧力が広く働いた。特にこの原因が大きな作用をしたと思われるものに、衣料、セメント、紙、ミシンなどがある。第二には、合理化による国際競争力の強化を挙げなければならない。スフ織物などの輸出が、他の諸国の輸出減少にかかわらず伸びたことの背後には、合理化の効果が働いていた。また鋼材や船舶の輸出増加は、世界景気の好調もさることながら、やはり生産性の向上が裏付けにになっていた。しかし30年度の輸出を増加させた一層大きな原因は、海外情勢にあったようだ。

 アメリカ経済が活況を呈したことは、この国が日本の最も重要な輸出市場であるだけに、雑品、衣類、綿織物などの軽工業品ばかりでなく、金属製品、鉄鋼、非鉄金属まで増加し、この年の輸出増加額中アメリカ向け輸出の増加は約4割の比重を占めた。

 ヨーロッパの好況は主としてヨーロッパ圏内の貿易の増大となって現れ、日本のこの地域に対する直接輸出はそれほど増えなかったが、ヨーロッパ内部の需要が高まり、ヨーロッパ諸国の地域外への輸出余力が弱まったことは、ヨーロッパ以外の諸国に対する日本輸出の進出を容易にした。インド、オーストラリアに対する輸出の増大は、これらの国々の開発計画に伴う需要増加ということもあるが、ヨーロッパの鉄鋼輸出余力の減退が大きな要因となっている。

 さらに欧米工業国の好況は後進国、特に工業原料輸出国の経済にも好影響を与えた。我が国のマレー・シンガポール、香港、英領西アフリカに対する繊維品輸出の増加は、このような間接効果によるところが大きいと考えられる。

 30年度中の輸出は以上のように内外二つの原因で増加したのであるが、綿製品、合板などについては相手国側に関税引上げや輸出制限等の動きがみられ、日本側でも紛争を避けるために輸出調整を実施している。この事実は、今後我が国の輸出を一層拡大させるためには、停滞した市場に無理に割り込むよりも、世界貿易需要の増加の傾向にマッチして輸出を増やせるように、産業構成をつくりかえてゆく必要があることを暗示している。

 この一年間、世界貿易の伸長率は以上に高かったが、それでも8%にとどまり、我が国の輸出増加率をはるかに下回った。また 第3図 にみるように、日本の輸出が伸びた相手国の輸入総額はほとんど例外なく増加し、逆に日本の輸出が減った国の輸入はこれまた例外なく減少している。しかもそれらの国々の貿易の増減率よりも日本のこれらの国々に対する輸出の増減率の方がはるかに振幅が大きかった。これは単に30年のみの特徴ではない。我が国が輸出の安定市場を欠いていることや国際競争力が乏しいことなどのために、世界需要が減少するとまず日本からの輸入が削られ、需要が増加し供給が不足気味になると日本の輸出がぐっと増えるためであり、我が国が世界の限界供給者といわれるゆえんである。この1~2年は世界景気が好調であったから、日本の輸出は急速に増えたけれども、もし世界景気にたとえ小幅でも後退がおこれば、日本の輸出は逆に急テンポで減る惧れがあるわけだ。

第3図 国際収支の改善

第4図 昭和30年度の輸出伸長

第5図 世界の貿易と日本の貿易

第6図 昭和30年度の輸入増加

 輸出に比べれば輸入の増加は前年度の11%増と比較的小幅にとどまった。その内容では繊維原料、機械が減少し、原材料(繊維原料を除く)などが増加している。また地域別にはドル地域が減少し、ポンド地域が増加し、通貨別貿易バランスは目立って改善された。30年度の輸入がこの程度の増加にとどまったのは、商品別輸入の増減から明らかなように、自動車や一般機械の減少と、大口品目である食糧や繊維原料が停滞したためで、その他の輸入は3割以上も増加した。また世界的好況による工業原料価格の騰貴も、大口輸入品目の食糧や綿花の価格低落によって相殺されたので、輸入金額の増加が抑えられた。

 このような理由から年度間を通ずれば、比較的低位にあった輸入も、下半期に入って生産の増加、投資、消費水準の再上昇に伴って急速に増勢を示し、30年6月以来受超であった貿易収支も次第に黒字の幅を縮めて、31年5月にはついに1年ぶりに赤字を示した。

 貿易外収入のうち特需は570百万ドルで減少の幅は意想外に小さく、我が国の国際収支バランスのうちで、依然輸出につぐ受取項目となっている。減少が小幅にとどまったのは、従来特需の中心をなしていた極東軍予算による物資の買付が減少した反面、ICA(米国対外援助)資金による東南アジア諸国向け買付が増加したためであった。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]