昭和31年

年次経済報告

 

経済企画庁


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数量景気の発展過程

昭和30年度経済の特色

 昭和30年度が戦後経済最良の年といわれるのは、次に示すような三つの理想的発展があったからにほかならない。その第一は、国際収支の大幅改善である。30年度の国際収支は535百万ドルの黒字を示し、この間の特需収入は570百万ドルであったから、ほぼ特需分だけが黒字に転化したことになる。28年度には8億ドルの特需ありながら国際収支は大幅な赤字を示し、ついで29年度には特需あってようやく若干の黒字を残したのであるが、30年度には日本経済年来の宿願であった特需なくしての均衡に到達することができた。3年間に三段跳びの改善である。外貨の保有高も30年度中に約3割増加し、年度末で14億ドルに達したが、外貨のうちでも最も貴重だといわれるドルの増加が3億ドルに及び、ドル準備が9億ドル弱に増加した。 第1図 に示す通り、このドル準備だけで現在の輸入水準を約4カ月支えることができ、西ドイツ、フランス、イタリア並みのドル保有高に近づいた。

第1図 1955年末における各国の金、ドル保有状況

 明るい面の第二は、インフレなき経済の拡大である。輸出の好調を背景に鉱工業生産は12%増大し、そのうえ天候に恵まれて農業生産も対前年度19%増の豊作となり、国民所得は約1割の増加を示した。しかも、この経済の拡大がほとんど物価の騰貴を伴わなかったことが、数量景気の数量景気たるゆえんである。卸売物価についてみると、国際商品価格や海上運賃の強調に影響されてわずかながら上昇が認められるけれども、国民の生活に直接的に関係のある消費者物価は年度間全く横ばいに終始した。経済の拡大のための投資が本物の貯蓄--すなわち、まず信用の膨張によって貸出が増加し、その打返しとして預金が増大したというのではなく、法人と個人の所得のなかから蓄積されたという意味での本物の貯蓄によって賄われたことも忘れてはならない。

 理想的発展の第三は、経済正常化の進展である。戦後久しきにわたって猛威をたくましくしたインフレは、経済の各部面にその傷痕を残していたのであるが、30年度においてはまず金融面において顕著な改善がみられた。すなわち日本経済の宿痾のごとくみなされていたオーバー・ローンは著しい改善を遂げ、金利は短期資金についても長期資金についてもかなりのスピードで低下した。なお企業経営者の心理のうちにわだかまっていたインフレ的気構えも次第に払拭され、設備の拡張や在庫の仕入れに対する不健全なやり方も相当程度改められた。

 国際収支の大幅改善、物価安定、あるいはオーバー・ローンの是正の三者を同時に達成しながらの経済の拡大は、戦後初めての経験である。その一つ一つについては過去に例のなかったこともない。例えば朝鮮動乱直後には国際収支は大幅の黒字を残したが、物価は騰貴し、信用の膨張を伴った。また27~8年のいわゆる消費、投資ブームの時期には、物価が横ばいながら、経済の拡大が行われたけれども、日銀信用は膨張し、国際収支は急速に悪化した。この三者の同時達成の事例を過去に求めれば、明治42年と大正4年がそれに当たるであろう。これらの過去の経験について共通な点は、それより以前に景気の後退期を経過して設備能力に余裕をもっていた日本経済が、世界情勢の変動によって輸出の大幅な増加に遭遇したということである。そして、過去の経験に関する限りいわゆる数量景気は常に短命に終わった。

 今回の数量景気も外的条件と内的条件とが偶々都合よくマッチして初めて成り立ったものである。外的条件、すなわち我が国の経済循環の外側からの要因としては、世界景気の上昇や、恵まれた気象条件が挙げられるし、内的条件としては生産余力が存在したために投資需要がすぐに台頭しなかったこと、消費需要の増大も景気循環の当然の姿として時間的に遅れたことなどが数えられる。従って30年度経済の第一の特徴として、輸出景気が国内経済面に及ぶに伴って、その波及が次第に遅れ、経済諸指標は 第2図 にみるように、貿易面から国内面に移るとともにその伸びる割合が小幅になっていた。

第2図 昭和30年度における経済諸指標の伸び

 しかし輸出の上昇が続けば、生産余力は減少する。仮に外的条件が持続するにしても、内的条件は次第に変化し数量景気も変容してゆく宿命をもっている。30年度を上半期と下半期とに分けてみれば、上半期は内需の停滞傾向が顕著であるが、下半期に至れば既に投資、消費、輸入、物価等に再上昇の気配が明確にうかがわれる。上半期と下半期の動向における確然たる差異の存在は、30年度経済の第二の特徴である。換言すれば下半期以降、今日に至るまでの動向は数量景気の自己修正過程として把握できるであろう。右のような考え方を予備知識として、以下に数量景気の発展過程を説明することにしよう。


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