昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
林業および水産業
水産業
昭和29年の水産業を概観すれば、大部分の産業が、それぞれ程度の差こそあれ、緊縮政策の影響を受けたなかにあって、比較的好調に推移し得たものといえよう。以下項をおって、その動きを観察しよう。
漁業経済の動向
漁業金融の動き
漁獲物に対する内外市場の引き続く需要増加と、それを反映した魚価の堅調とに刺激されて経営活動は活発化し、資金需要もかなり旺盛であった。これに対する資金の供給状況を、全金融機関の貸出残高でみると、29年末には約30億円の災害融資を含めて、総額は620億円に達し、前年末より17%の増加となった。このうち災害復旧資金を除いた設備資金は、中小漁業融資保証制度に基づいて設立された漁業信用基金協会の保証による融資の増加など、いわゆる制度的金融に支えられて残高は250億円となり、14%増を示し、漁船の建造などが依然旺盛であったことを反映している。また運転資金の残高は約340億円で、前年末より7%と比較的軽微な増加であった。しかし、そのほかに水産物卸売業や加工業などにおける運転資金の増加などもあったので、経営に支障をきたすほど窮屈ではなかったと思われる。要するに、漁業経営は29年において一般に設備資金、運転資金とも比較的潤沢に手当し得たといい得るであろう。
もっともその反面、運転資金の面については、魚市場のような水産物卸売業や缶壜詰製造業などの水産物加工業の中には、経営内容の悪化から、運転資金の貸出しを締められ、これらに対する売掛金や、貸倒金の増加が漁業経営体を窮地に陥入れた実例はしばしば伝えられた。
また設備資金の面でも、大型カツオ、マグロ漁船建造資金などは積極的に貸出されたが、隻数において漁船隊の大部分を占める小型漁船の建造資金はほとんど認められなかったので、この部面において老朽化が一層促進されたことは見落とせない。
漁業生産の内容
設備投資のこのような引き続く大幅な増加によって、29年には約800隻、68千余トンの動力漁船が竣工をみた。これらの新鋭漁船の参加によって、遠洋漁業は本格的な展開をみせ、その漁獲量は前年比20%近い増産となった。ことに母船式鮭鱒漁業と北洋捕鯨業との、それぞれ2倍前後の増産と、母船式マグロ漁業の7割強の増産とが顕著である。
一方、沿岸や、沖合漁業の漁獲物の中では、ニシンの5割程度の減産をはじめイカやタラなども引き続き減少している。しかし遠洋漁業における増産は、これらの減産を補ったので、総漁獲高としては、前年比3%、量にして約3千万貫程度増加した。
水産物の輸出の増加
このような遠洋漁業の活況の背後には、旺盛な海外需要と、比較的有利な価格条件が作用していた。29年の水産物の輸出はかなり好調で、価額にして約1億ドルと前年より2割増加した。輸出の過半を占める缶詰と冷凍品の輸出が3割方増えたことなどが主な原因である。
輸出の内容では、戦後缶詰類の輸出の王座をしめていたマグロ缶詰が、対米輸出の不調から15%余の減少をみ、これに反してマグロ缶詰の原料に使われる冷凍マグロが30%をこえる増加を示した点が注目される。
これらの変化は今後のマグロ缶詰業、冷凍業、さらに遠洋マグロ漁業などのあり方にある程度影響を及ぼすものと思われる。
一方、サケ、マス缶詰の輸出は、英本国市場を中心に一挙に4倍以上増加して、缶詰類の輸出増加に大きく貢献した。
魚価の動き
輸出の増加と並んで、国内の食用向け需要も引き続き旺盛であった。都市消費世帯の魚介類の支出金額は畜産物の購入増などの影響を受けて、前年以来停滞を続けているが、農家の支出金額は1割内外の増加をみせた。ことに鮮魚の消費が活発化しているのが顕著である。
このような内外需要の増加から、需給はやや窮屈化し価格は一般に堅調に推移した。ただそのなかにあって、マグロの価格だけはビキニ環礁における水爆実験以後、一部放射能魚が水揚げされたのを契機に需要が急減したため、3月末以降数カ月間低迷を続け一時は前年より30-40%安を示したが、ようやく年末に至って前年の水準近くまで回復した。
漁業経営の実体
29年1月1日現在の漁業経営体は25万1千であるが、そのうち従事者5人未満の零細経営は22万弱、約90%という大きな部分を占めている。残りの3万の経営体は、ごく少数の大会社を頂点として実に雑多な規模の中小漁業から形成されている。 22万弱の零細経営の大部分はいわゆる漁家である。これらの零細経営は貧弱な漁船しか持たず、稼働日数も極めて低く、約7割は兼業を営んで漁業による収入の低さを補っている。沿岸、沖合漁業の不振からも明らかなように、この層の漁獲高は低下したが、魚価の上昇によって漁業収入はかえって前年より増大した。また労賃俸給などを主とする兼業収入も増えたので、漁家収支は前年よりやや改善された。
中小漁業はほどんど兼業部門を持たず漁業のみの経営に専念しており、その漁業においても沖合、遠洋漁業のうちの一業種だけを専門に営んでいるのが大部分である。それ故、例えばニシン定置漁業、以東底曳網漁業、ニシン刺網漁業など漁獲高の減少した部門に属するものの打撃はことに大きかった。かかる部門は一般に、金融引締めの圧力を比較的強く受けたので、経営内容が著しく悪化したものも現れている。
資本力において、また経営規模において、我が国漁業の最高水準に立つ大水産会社は、29年には、特に北洋漁業、遠洋マグロ漁業に本格的な進出をみせたが、さらにホンコン、ビルマ、インド、チリー、アルゼンチンなどの諸国に対して合弁などの形態による国際漁業にも急速に進出した。この部門は輸出の増加からも間接にうかがわれるように、売上高はいずれもかなりの増加をみせ、利益率は前年よりさらに上昇を示している。
当面の諸問題
これを要するに、水産業は緊縮基調の国内経済情勢のなかにあって、旺盛な内外需要に支えられて比較的順調な歩みを進めたといえるであろう。しかしそのなかで若干の困難な問題が進行したいたことも認めなければならない。
その一つは沖合漁業を遠洋漁業へ転換させる要請である。 沿岸漁業の行き詰まりを打開するため、従来財政投融資、組合金融機関などの資金を動員して漁船の大型化を図り、零細漁業を沖合漁業へ進出させる努力が行われてきた。その努力はようやく結実して、沖合漁業の比重はかなり高まった。現に、29年には総漁獲高の中で、3-4割に及ぶ数量がこの沖合漁場で漁獲されている。しかし一方既に、この分野の一部にも漁船の過剰が進行し始めている。これを解決するには、輸出の発展及び内需の一層の拡大と結びつけることによって、沖合漁業を漸次母船式サバ巾着網などの遠洋漁業へ転換させることであろう。しかし、それには、莫大な資金の効率的な運用と、内外市場に対する詳細な検討など、従来の転換政策と比べて格段の努力を必要としよう。
その二は、朝鮮近海及び東シナ海漁場における国際漁業紛争や、豪Bアラフラ海における真珠貝採取に関する豪州政府との国際法上の確執などの解決、及び中南部太平洋方面におけるマグロ漁船の操業と航行の安全の確保など、いずれも国際的な協定を必要とする問題の速やかな処理の要請である。これら遠洋漁業における操業の安全を確保することは、今後の漁業発展に直結する問題である。その意味において最近成立をみた「日中漁業協定」は当事国双方の互譲による協定成立の実例として高く評価さるべきであり、また「北洋漁場」についても、今後の日ソ交渉に期待さるべきものがあろう。