昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
物価
緊縮政策下の物価変動
世界の物価は、昨年中景気の強含みを反映して、どちらかというと横這いを続けたが、我が国の物価は年度中4.5%方の下落を記録した。このように世界物価に比べ、我が国の物価の方が多く下ったことは、実に戦後始めてのことである。
我が国物価が世界物価の趨勢に反して下落傾向をたどったのは、年度当初から我が国では緊縮政策が実施されたためであって、このため、総合卸売物価は年度中4.5%の低落を示し、特に輸出に関連の深い商品をとってみると、その国内価格は約9%、輸出価格は5%もの下落であった。その結果、最近では我が国の輸出価格は国際物価水準にかなり接近し、また二重価格現象もほとんど解消し、物価面に関する限り、緊縮政策は相当の効果をおさめることができた。
上半期の物価動向
ところで卸売物価が年度間約4.5%の下落を示したといっても、それは1年を通じて物価が同一歩調で下げ足をたどったことを意味しているのではなく、この1年間の物価の動きはほぼ二つの基調の違った時期にわけて考えることができる。 すなわち 第51図 にみるように第一の時期は、年度当初から9月頃までの急速な物価下落の時期であり、また第二の時期は、10月頃より30年3月頃までの物価ジリ高の時期である。
まず、第一の時期、すなわち、29年3月頃から同年9月頃までの半年の間は、緊縮政策の影響から物価が急速に下落過程をたどったことで特徴づけられる。すなわち、この間に当庁調べの「週間卸売物価指数」は朝鮮動乱前基準で159から147へと、約7.7%の大幅な下落を記録しており、特に季節的事情や、そのときどきの天候によって著しく変動する食料価格を除いてみると、物価は8.4%もの低落を示している。これは年率にして17%にも及ぶ大幅な下落で、いかにこの期間の物価低落が著しいものであったかが想像される。
むろん、この下落率はあらゆる商品を通じて一律ではなく、 第97表 にも示すように少ないものは機械の2.2%から、多いものは繊維の11.6%までかなりまちまちな下落率ではあるが、しかしともかく率は違ってもほとんど全ての商品が一斉に下落傾向を示したことはなんといってもこの期間の大きな特色であるといえよう。
また、この期間の物価下落が、商品によってかなり時期的にまちまちに起こっていることも一つの特色である。商品類別物価の下落速度を時期別にあらわすと 第98表 の通りである。この表でみるように29年3月から9月に至る間、まず最初に物価が下落速度をはやめたのは繊維類においてであって、ついで、金属、建築材料が5、6月頃から速度をはやめ、最も遅れて機械類が下落することになった。
こうした物価の急速な下落は、その原因を調べてみると、在庫投資の減少があずかって力があったことがわかる。すなわち、2月頃から金融引締めの影響が手形経済のネットワークでおおわれた企業のうち、まず卸売部門に強くひびいたため、卸、小売在庫のはき出しをもたらし、これが卸売物価下落の原因となったのである。このことは先にみたように元来在庫水準が高く、在庫の圧迫をもっとも受け易い状態にあったと思われる繊維や金属類に、物価下落が最も早く現れ、かつその下落率も大きかったことをみても一層はっきりするであろう。
こうして、当初の物価下落は、在庫投資の減少に基因していたが、やがて7月頃から設備投資なども減少し始め、これに伴って、機械などの投資財物価も下り始めることになった。 第100表 にみるように設備投資の減り始めた7月頃から機械受注額も目にみえて減りだし、それに応じて機械価格が下り歩調をとり始めたことはこの間の事情をよく反映したものだということができる。
下半期の物価動向
しかし29年も10月に入るとともに、物価の動きは大きく変わり、いままでの急速な下落は一転してジリジリと反騰に転じ、翌30年の3月頃までこの傾向は続くことになった。
29年10月から30年3月までの物価変動率をみると 第101表 に示すように、総合卸売物価指数は、3.5%の反騰となり、食料価格を除くと、4.4%と、上半期の下落率の半分以上の反騰を示した。そしてこの反騰を詳しく調べてみると、はっきり物価が騰貴したのは、金属の15%を始め、雑品、燃料、化学品のみであるが、他の繊維、機械、建築材料なども、依然として下落傾向をたどってはいるが、その下落速度は著しく弱まっていることがわかる。これには燃料、化学品のように10月における電気料金の改訂や夏から冬にかけてのいわば季節的な変動もあったけれど焉Aより基本的には、今までの物価下落が主軸であった緊縮経済の第一段階がようやく終わりを告げ、この頃から物価の下落速度は鈍化する時期に入ったという理由の外に、後に述べる鉄鋼を中心とした輸出増加が一時的に国内有効需要の増大をもたらしたからであると思われる。
それではこの物価動向を変化せしめた直接の原因とみられる金属と、雑品の価格騰貴はどうして起こったのだろうか。
金属価格の上昇
金属価格の上昇は、これを品目別に調べてみると、鉄鋼、銅製品の異常な物価騰貴に原因を求めることができる。例えば鉄鋼のうち、屑鉄は29年9月から、30年3月までの間に2倍以上の上昇を示しているし、また丸鋼は4割4分、型鋼4割、厚板3割8分といずれも大幅な騰貴を記録している。さらに銅についてみても、銅地金2割5分、黄銅棒6割8分、銅板2割2分と、これもかなりの騰貴を示している。
こうした鉄鋼類の値上がりは、29年下半期頃からヨーロッパを中心として設備投資の急激な増加が起こり、これがヨーロッパの鉄鋼生産と見合わなかったために、一時的に我が国にも輸出需要が押し寄せてきて、それが国内需給の逼迫をもたらしたからと考えられる。
この間の事情を鋼材について例示すると 第52図 及び 第102表 に示す通りである。すなわち、棒鋼ではヨーロッパの需要増大のためにベルギーなどの輸出価格がまず9月頃から上昇し始め、これとともに、我が国の輸出価格も上昇に転じ、同時に輸出量も急激に増加している。
その結果、我が国の鋼材在庫は、11月、12月と減少することになり、こうした国内需給の逼迫と、輸出価格の値上がりとが、相まって12月頃から国内物価に影響を与えることになったのである。ただここで注目すべきことは、輸出品の国内物価の方が一時的には思惑的な動きもあって、輸出価格以上の水準になったけれども、3月頃になると、これら思惑的な動きはなくなり、ほとんどの商品について、輸出価格より、その国内価格の方が物価の上昇率は少なくなったということである。
これは、輸出の増加にもかかわらず国内的には緊縮政策が下半期にも続いていたためにもたらされた現象とみられるが、このことは後に述べる輸出商品の二重価格の解消の主な原因ともなったのである。
ゴム価格の上昇
また、雑品価格の上昇の原因も、これを品目別に調べてみるとゴムが1割7分程度の上昇を示したことが主な原因となっていることがわかるが、このゴム価格の上昇は、もっぱら海外のゴム市況の好転に原因しているようだ。 第103表 に示すように、29年10月頃からアメリカのゴムに対する戦略備蓄買付の実施などの原因でシンガポール、ロンドン市況が急激に硬化したが、これがおりからの輸入減少に基づく国内在庫量の減少と相まって、国内価格を急騰させることになり、10月から3月までに、ゴムの国内価格は16.4%もの上昇を示したのである。
以上のように、29年度下半期の物価動向の変化は、直接的には、もっぱら外からの海外市況の好転という要素が新たにつけ加わったためであって、海外市況にあまり影響されなかった繊維、建築材料などは、国内の緊縮政策の基調を反映してこの間もジリジリと微落傾向を続けていた。
従って30年3月頃から金属やゴムの海外市況が頭打ちとなるに及んで、国内需要の不冴えや、企業の資金繰りの困難さが再び表面化することになり、物価が反落に転ずることになったのは当然のことである。すなわち、3月以降総合卸売物価は4月に1%、5月に2%と続落を続け、物価水準は、はじめの表にみるように、5月半ばには29年9月頃の水準にまで戻り、なおジリ安傾向が続いているのである。