昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
金融
金融引締めの効果と残された問題
金融引締めの効果
このような金融引締は経済の各部面に影響を及ぼし、特に物価の引下げ、輸入の抑圧、輸出の伸長の要因として大きな役割を演じた。ここでは金融面に現れた効果に焦点をしぼって検討することにしよう。
オーバー・ローンの改善
昭和29年度の金融動向にみたように銀行の預金増加及び貸出抑制と企業の資金需要減退にともなってオーバー・ローンは漸進的改善に向かっている。いまその傾向を銀行の自己資本、実質運用預金及び債権(金融債)の合計に対する貸出しの割合でみると、 第92表 のように金融引締め前の28年9月末では全国銀行104.9、11大銀行117.4、地方銀行85.2であったのが、30年3月末には全国銀行95.4、11大銀行102.0、地方銀行82.2となり、特に11大銀行の改善が著しい。
ところでオーバー・ローンの本質は銀行が自分で集めた資金以上に運用資金を増加させてその不足額を日銀借入で埋めていることにあるのだから、オーバー・ローンが本当に改善されたかどうかをみるためには銀行の運用資金量のうちどれだけを日銀借入によって賄っているかを調べる必要がある。 この観点からオーバー・ローンの状況をみても、第92表のように28年9月末全国銀行14.8、11大銀行21.9、地方銀行3.2から30年3月末には全国銀行8.6、11大銀行13.2、地方銀行1.3と減少し、なかでも従来日銀依存の強かった11大銀行の改善が目立っている。
戦後の膨張経済下にあっては銀行の預金増加よりも貸出増加が先行しそれが経済膨張を可能にしており、その端的な現れがオーバー・ローンであった。従ってオーバー・ローンが改善に向かったということは金融インフレによる経済拡大が正常な金融による経済発展に切りかえられたことを意味し、金融正常化への一つの現れであった。
しかしこのようなオーバー・ローンの改善の背後には、国際収支の改善と財政の散超という事情がある。
全国銀行の日銀借入は1,609億円の大幅減少となったが、この間の財政資金の対民間収支は1,900億円の散超であった。このうち国際収支好転による外為会計の散超は別口外為貸付の返済(481億円)などがあったにかかわらず、742億円上ったが、残りは前年度歳出のズレ込みなどによる一般財政の散超であった。従ってもし一般財政の散超が少なかったら、オーバー・ローンの改善のテンポもかなり遅らされたであろう。また国際収支も「総説」でみたように必ずしも楽観できるものではなかった。
銀行資産内容の改善
次に金融引締の過程において銀行経理がどのように改善されたかを銀行経営の安定ないし流動性の点についてみると 第93表 に示す通りである。
まず預金の内訳をみると実質運用預金中に占める定期性預金の割合は引締め前の28年9月末の48%から30年3月末には55%に上昇して運用資金の安定性は向上している。
また預金に対する自己資本の割合は5.7%から6.8%に上昇しているし、現金、預け金、コール・ローンなどの預金に対する支払準備金は4.3%から4.1%とわずかに減少はしているものの、総資産に対する日銀借入金の割合は12.7%から7.1%へと著減していることを考慮すると、預金に対する銀行資産の裏打ちは著しく充実されたとみてよいだろう。
運用資産の内容もまた改善された。国債、社債(金融債・公社債も含む)、銀行引受手形・輸出前貸手形などの優良資産が総資産中に占める割合は当初の8.7%から次第に上昇して10.2%になっているし、これに前述の現金預け金、コール・ローンを加えればその割合は11.5%から12.9%に上昇し、資産の流動性も高まっている。
しかし金融引締めの影響によって取引先の経理内容が悪化したため既往貸付の内容が低下したことも見逃せない。このような不良貸付の中には回収不能となって切捨てを余儀なくされたものも多いと思われるし、切捨てには至らないまでも焦付き債権になったものも相当にあるはずだ。その総額がどのように増加したかは詳かではないが、期限経過貸付が増勢をたどっていることによってその一端をうかがうことができるだろう。すなわち総資産に対する期限経過貸付の割合は引締め前の1.1%から30年3月には1.7%へと増加している。
従って金融引締め期間中を通じて銀行は資産内容の改善に努力しその効果が表面に現れてきてはいるが、一方においては金融引締めのハネ返りで資産内容の悪化をきたしたことも否定できない。
日銀資産の変化
日銀券の動きは年度間39億円の収縮に過ぎず年度末比較では前年と大差なかった。しかしその背景の発行準備には著しい変化がみられる。すなわち日銀の資産勘定中特に国債の動きをみると前年度末1,788億円であったのが年度末には4,822億円に増加したが、その中で前年度末は皆無であった外国為替証券が9月末50億円、その後輸出増加に伴い、12月末1,010億円、年度末1,400億円に達しており、このことは日銀券発行の裏付けとして間接的な形ではあるが外貨準備が増えていることを示している。なお外為会計の資金操作上から日銀が買い取った外貨は年度間208億円増加している。 一方日銀貸出の内訳をみると市中の動向を映じて割引手形や貸付金、特に輸入金融関係の減少が著しい反面、輸出増加や輸出金融優遇の結果、輸出前貸手形の再割引や担保貸付、あるいは外国為替引当貸付が増加し、金融の重点の変遷を物語っている。
残された問題
前述したように金融正常化の端緒がみられるようになったが、その前途に横たわる問題はまだ多い。その主なものを以下に摘記しよう。
金利体系の歪み
第一は金利体系の現状からみて今後再びオーバー・ローンに逆転しないという保証がないことである。経済の安定的な発展をはかるためにインフレを再燃させないような努力を続けても市中の日銀依存の容易な体制が残されていたのでは何かのきっかけで資金需要が増加すれば再びオーバー・ローンになってしまう。金利体系、とりわけ市中と日銀との間の金利体系の歪みが銀行の日銀依存を容易にしている現状を、銀行がほとんど日銀に依存していなかった戦前と比較して検討してみよう。
第94表 にみるように戦時金融の必要から低金利政策がとられるようになった以前の昭和5、6年当時を回顧してみると、市中銀行の平均貸出利率は公定歩合(商手割引)より若干高いが、日銀の商手割引に見合う市中の一流商手割引利率は逆鞘となっており、国債担保の日銀金利は国債利回りと大差なく、また公定歩合は預金債券コストよりも高くなっていた。つまり銀行は日銀に貸出しを仰ぎこれを又貸しすれば不利になるような金利体系であったし、また日銀借入よりも預金増強に力を入れねばならないようになっていた。
これに対して最近数年間の金利体系をみると公定歩合は市中の平均貸出利率、再割適格手形割引率、長期国債利回り、預金債券コストのいずれよりも低くなっている。従って銀行は日銀借入を又貸しすることによって利鞘が生まれ、また預金を集めるよりも日銀借入に依存した方が有利な体制である。もっとも日銀の二次高率が適用されると逆鞘にはなるが、二次の限度までは低利貸出が受けられるわけであり、しかもその枠は預金の増加にほぼ比例して拡大する仕組みになっている。
このように銀行が日銀に依存した方が有利ネ体制が残されている限り、事情の如何によってはオーバー・ローンに逆転しないとは限らないわけである。また高率適用制度の存在は新しい金利の歪みを生むことになった。銀行の支払準備としてのコール・ローンは元来低利である筈であるが、高率適用の存在により二次高率返済のためにコールが高利で需要され、コール・レートが二次高率に鞘寄せられ、預金債券コストをも上回るようになり銀行の余資放出が本来の目的から離れて利殖と考えられるようになった。
このようにコール・レートが高いということは次の二つの問題と関係がある。その一つは社債流通市場の問題である。流通市場における出合いを円滑にするために仲買人は社債を保有している必要があるが、このように高いコール・マネーをその資金源としたのでは社債利回りとの兼ね合いで社債保有が引き合わぬことになり、流通市場再開を妨げる一因になっている。
その次は政府短期証券利率との関係である。市中の資金量を一時的に調整する目的で日銀が政府証券を民間に対して売買しようとしても現在の政府証券(日歩1銭5厘)はコール・レートより大幅に低いため買い手がつかぬことになる。もしコール・レートが戦前のようにごく一時的な余裕金運用の形をとり、レートもこれに伴って低くなっていればこのような事態は起こらなかったであろう。このように公開市場操作が現状のままでは行いにくいということは日銀借入れに依存しない銀行が増加した今日、日銀の信用調整力を弱めることになり新しい問題を投げかけている。
市中金利の高水準
第二は市中貸出金利が高いということである。市中金利の推移を貸出及び割引利率の基準でみると、日歩で昭和6年1.2銭以上、22年2.3銭以下(協定廃止)、23年2.5銭以下(臨時金利調整法)、24年2.7銭以下、25年2.5銭以下、27年以降2.4銭以下となり、今日では大分下がってきてはいるがなお戦前の2倍の高水準である。この高水準が維持されたのはインフレ過程の物価上昇によって債務者利潤が生まれたためであるが、経済の正常化に伴ってインフレ・ベールが取り去られ企業の利潤率が低下したので金利負担が重く感ぜられるようになった。日銀の経営分析によると全産業の企業収益率(利益額に支払金利を加えたものを使用総資本で割ったもの)は昭和28年下期の9.66%から29年上期には8.03%に低下している。一方市中の貸出金利は大体9%程度でほとんど横ばいであった。
従ってインフレ中は過大な借入金に対する金利負担がさほど苦にならなかった企業もインフレが収まり企業利潤が低下するにつれて金利負担の重圧に苦しむことになった。また最近は企業からの資金需要が減少傾向にあるので自然供給側も金利を引き下げざるを得ない面も現れてきた。このような事情を背景にして6月10日から銀行の並手形貸出金利(標準もの、日歩2.4銭)の一厘引下げが実施され、他の金融機関も金利引下げの傾向にある。しかし金利の引下げが安定した状態で可能であるためには金融機関の預金債券コストの低下を必要とする。
そこで最近の銀行の預金債券コストの状況はどうなっているかみてみよう。 第95表 にみるように預金債券利回りは無利子または低利の営業性預金の不振に対し利率の高い定期預金の増加によって高水準を保っているし、また人件費率や物件費率は相当圧縮されたとはいえまだかなり高く、最近の預金債券コストは年率7.2%、日歩1.99銭になっている。
従って銀行自体の収益性を確保しながら金利引下げの要請に応えるためには預金増強による経費率の引下げと経営の合理化とが特に必要であり、資金の効率的運用、配当率の自粛、預金争奪や店舗の増設拡張等の無用な競争の合理的調整、銀行事務の合理化等の対策が積極的に行われねばならないであろう。
金融正常化の前途には前述したように解決を要する問題が多い。経済発展のためには投資の拡大を必要とするが、そのためには金利の引下げもあるいは必要だろう。といって企業の銀行依存体制を残したままで投資の拡大を行いオーバー・ローンを再燃させたのでは健全な経済発展の基礎が崩れてしまう。だから企業の自己蓄積をはかるとともにオーバー・ローンに逆転しないように金利体系の防波堤を築いておくことが必要となる。また通貨価値の安定を維持し金融の正常な運営を円滑に進めていくためには公開市場操作を可能にする体制をつくり、さらにこれらを補強する手段としての支払準備率操作の採用などを考慮する必要も生じてくるだろう。