昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
交通・通信
国内輸送
貨物輸送
昭和29年度における輸送実積は 第54表 に示すように、前年度に対し鉄道が減少した反面、汽船、トラック、機帆船は増加し、国内の総輸送量(トンキロメートル)としては1%強の増加であった。
次にこれを輸送需要の面からみると、29年度において、生産では水産業や一部鉱業は前年度に比べて減少したが、農林、鉱工業ともに増加し、この面では若干の輸送需要の増加となった。しかし投資の面で住宅、設備、在庫などいずれも前年度のそれより減少し、また貿易の面でも輸入が減少するという減少要因があり、さらに輸出の増加は必ずしも増加要因とはならなかった。このように前年度の膨張経済とは変わって輸送需要もほとんど伸びなかったとみられる。
このような経済状勢が、それぞれの輸送機関に反映されているが、輸送機関別の増減をみる場合には、地域的及び物資別にみた輸送機関の輸送分野と、さらにこれら輸送機関相互における分野の変更を考慮しなければならない。
以下に、このような観点に立って29年度の輸送実積を輸送機関別に検討してみよう。まず国鉄の輸送は前年度に比べると漸次減少した。年度当初はなお前年度の膨張経済の様相が残り輸送も高目に推移したが、第2・四半期に入るや緊縮政策の影響が現れてきた。第3・四半期以後は輸出の増加から鉱工業の生産が持ち直したにもかかわらずこれら輸出品は工場から直ちに船積みのものが多く、輸送にはほとんど影響を与えなかった。さらに台風による事故などにより輸送力を減じたことも輸送の伸びなかった原因となったし、建設投資関係の物資の減少も年末以来目立ってきた。これを品目別にみると前年度に比べて減少の目立った主要物資は石炭、鉄鋼、工業薬品、木材、わら工品、木炭、薪、雑貨などであり、これらに反して紙パルプ、セメント、肥料、麦、煙草などは増加した。これらのうち鉄鋼の減少は輸出の増加による生産の増加が国内輸送に影響しなかった例であり、薪、雑貨類の減少はトラックへの転移といえる。
次に、海運については、前年度における低性能船の解体によって内航汽船の船腹過剰の状態が若干改まったが、同じく船腹過剰にある機帆船との競合もあって、運賃は弱まり、輸送も上半期はほぼ前年度程度であった。しかし、下半期には青函連絡船の事故によって北海道と本州を結ぶ輸送が逼迫したため、その一部が鉄道から汽船に転移され、さらに北海道における風倒木の処理もあって、下半期の輸送は急増し、この航路の運賃は持ち直している。輸送量でみるとわずかではあるが、木材、紙パルプ、セメント、雑貨、穀物などの増加にその影響をみる。汽船と機帆船を通じ、石炭の輸送が前年度の実積を上回っているのは石炭の生産が地域的に変化したことにも原因があるとみられる。すなわち29年度においても石炭の生産は増加しなかったが、地域的に北海道では増産していて、減産の著しかったのは常磐、宇部など本州産のもので、汽船の輸送分野ではかえって輸送需要が増加したとみられるからである。このような国内的な事情のほかに、内航汽船にとっては北洋材の輸送や中共への配船も行われて、朝鮮動乱終そく以来の不況はやや好転している。
トラックの台数は29年度においても増加し、従って輸送も増加した。この原因としては生産の面で農林物資が増加し、また鉱工業では非耐久財の増加が耐久財に比べて著しく、トラック輸送物資が増加したことによる。このようなトラックの数の増加も、自家用車の全般的増加に対して営業用車は小型車が増加しただけであり、また物資別の輸送をみても、前年度の全面的な増加と異なって若干の品目は減少している。これらトラック輸送はその7割近くが自家用車で統計の数字にも問題はあるが、雑貨類は鉄道からの転移もあって大幅に増加している。しかし他面鉄道においてもサービスの改善によって、貨物によってはトラックから再び鉄道へ転移した事例も挙げられ、両者の競争が激化した姿を示している。
以上29年度の国内輸送においては、輸送需要が伸び悩んだ反面、トラックの台数が増加し、トラックの輸送分野に若干の変化があったとみられる。他方災害による青函連絡船の事故によって、鉄道貨物の一部は海送へ転移した。
ここで国内輸送における輸送分野の変更をたどり、その原因を検討してみよう。戦前と戦後の状態を比べた場合、海送の減少と鉄道輸送の増加が目立ち、両者の間で分野の変更のあったことが認められる。その原因として考えられることは、第一に鉄道では関門隧道が完成し、本州と九州が結ばれ、ついで山陽線の輸送力が増強されるなど、輸送施設の拡張が行われるとともに、鉄道運賃が一般物価の騰貴に遅れ比較的低位にあったことである。他面海運においては近海市場の喪失による活動範囲の縮小に伴って、運賃は比較的割高にならざるを得なかった。このほか貨物の取引単位が小口化した事情もあるし、さらに運賃以外の迅速・正確・安全などの輸送条件において鉄道が勝れているという輸送機関本来の性格も無視できない。そしてこの両者の分野は、ここ数年ほとんど変化がない。
次に陸運においては特に戦後トラック輸送の激増によって、鉄道輸送の分野の一部は逐年トラック輸送の分野に移っている。その原因としては、まず輸送機関としてのトラックが鉄道と異なった特色をもっている点が挙げられよう。例えばトラックは「戸口から戸口へ」貨物を運び、荷主にとっては積み替えに伴うさまざまな負担がない。次に運賃の面で鉄道には公共的・独占的輸送機関としての制約があるが、トラックにはそれらが少ないし、また道路の建設及び整備費の負担についてもトラックはほとんどそれを必要としない。さらに取引単位の小口化の傾向もある。鉄道がなおトラック輸送に適する貨物を多く輸送しているだけに、この両者の競争は今後も続くとみられる。
現状のままでは輸送機関の分野がもとの状態にかえることもあるまいと考えられ、従って長期的にみても汽船、機帆船の船腹過剰は容易に解消できず、鉄道輸送が今後好転するとは必ずしもいい切れない。他方トラックはなお増加を続けてゆくとみられ、それにつれて燃料や道路の問題も増大しよう。
旅客輸送
29年度における輸送機関別の輸送実積は 第55表 に示すように増加していて、貨物輸送に比べて、なおデフレ経済の影響は少なく、過去のデフレの際に旅客数量の停滞がつねに貨物のそれに遅れていたことと軌を一にしている。
このような旅客の事情を経済的にみると、29年度において消費水準はなお高目に推移し、また商工業などの従業者の数は前年のそれをむしろ上回っている。従って前者は一般(定期外)旅客の増加となって現れ、また後者は、わずかではあるが定期旅客の増加となって現れた。そしてこのような旅客の増加を前年度と比較した場合上半期の増加に比べて下半期のそれが停滞した。これは消費水準や従業者数の傾向とほぼ一致している。
次にこれら輸送機関による輸送の現状をみると、国鉄では全国的にあらゆる旅客の輸送にあたっているが、近距離、定期旅客の占める比率が6割を超えるため、平均輸送距離は24キロメートル弱である。地方鉄道は主として地区的輸送、軌道は主として局地的輸送に当たっているが、定期旅客の占める比率は前者が6割弱、後者も5割弱を占め、バスはこれに反して定期旅客の占める比率は少ないものと推定される。従って鉄道、軌道とバスとは近距離一般旅客において輸送分野が同じであるし、航空機は長距離上級旅客が対象であって、その点国鉄の上級旅客と競合する。
29年度の輸送機関ごとの旅客の変動をみると、国鉄においては一、二等客の減少が著しかった。これは年度当初の運賃改訂と、デフレ経済の浸透による企業の経費節減などを反映して、このような上級旅客の一部は下級旅客に移ったものとみられ、また航空旅客は増加しているところから一部は航空旅客に移ったものと推定される。つぎに一般旅客の増加が、国鉄、地方鉄道、軌道と短距離輸送になるに従って低下している反面、バスはなお増加の傾向を弱めていないので、短距離旅客ほどバスの利用度が高まっているものと思われる。
ここで乗用車について一言すれば、ここ数年の増加傾向は29年度において弱まり、普通車の増加がほとんどみられなかった反面、小型車はなお伸び続け、ハイヤー、タクシーにおいては数年前とは逆に、その7割が小型車になった。
29年度から本年度にかけて、旅客輸送の面で特に世人の注目をひいたものに交通事故の頻発がある。しかし一般の注目を浴びなかった多くの事故の中には、特に輸送施設や車両と輸送需要の不均衡が是正できなかったり、また輸送施設や車両の悪化を好転できなかったことに起因するもののあったことは見逃せない。これらは戦後の混乱期から今日までの長い間に累積された諸種の事情の結果であって、一朝一夕に改善できぬにしても一刻も放置してはならぬところであろう。
前述の通り、貨物・旅客の各部門においていくたの問題を生じているが、これらは総合的な交通調整の問題を提起しているといえよう。この問題を考えるに当たっては貨物、旅客の6割を輸送している国鉄が中心となる。
ところで国鉄の経営を検討してみると、経済基調の変化に追随できず根本的な難点を現し始めている。すなわち、資産の固定比率の高い鉄道事業は、経営の弾力性に乏しいものであるが、特に国鉄は国民の足として、また産業活動の動脈として必ずしも企業性のみに終始できないものがあり、これが公社形態をとっている理由である。
インフレ期においては鉄道運賃はできるだけ値上げを抑制してきたが、これは一方に修繕費、取り替え費の削減となり、老朽資産の滞積をもたらした。29年度を通じて物価の値下がりにより支出面の負担は軽減されたが、前年度の仲裁裁定により賃上げを行わなければならなかったし、またデフレの結果としての収入減は結局国鉄財政の悪化をみた。これら国鉄財政の問題は、経済の地固め完了とともに再検討されねばならぬであろう。