昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
緊縮政策の波及過程
国際収支の改善
昭和29年度の国際収支は前述したように、344百万ドルの黒字となり、前年度に比べて657百万ドルの大幅な改善をみた。これは特需が171百万ドル減少したにもかかわらず、輸出が357百万ドル増え、また輸入が475百万ドル減ったためである。なぜこんなに輸出が増え、輸入が減ったのか。
まず輸出についてみると、これを増加させたものに海外要因と国内要因とがある。このうち海外要因としては、第一に世界貿易の拡大がある。29年における自由諸国の輸入総額は西欧経済の好況等で前年より3.7%、金額にして27億ドル増加した。これが我が国の輸出増加に好都合な環境を提供したことは否めない。しかし我が国の輸出は29年度に29%も増えているから、単に世界貿易が拡大したというだけでは説明できない。第二は、我が国と特殊の関係をもった海外要因である。ポンド地域向けの輸出は消費財を中心として245百万ドル増えたが、これにはポンド地域諸国の輸入制限緩和がひびいた。消費財輸出の多い我が国にとって、輸入制限の緩和は大きな意味をもっている。羊毛や小麦を見返りとするアルゼンチン向け鉄鋼輸出の増加、先方の対日輸入為替販売額が増加したことに伴うブラジル向け輸出増加等も、相手国の経済事情によるところが多い。また下半期における金属輸出の著増には海外需要の急速な増大や競争国の供給力不足が幸いした。一方、輸出増加の国内要因としては、なんといっても緊縮政策でかもしだされた輸出意欲の増大を第一に挙げなければならない。金融が締まって企業の金繰りが苦しくなり、しかも国内市況の不振から滞貨が増えれば、いきおい輸出意欲が高まらざるを得ないわけだ。それに価格が下ったので、海外も日本の商品を買いやすくなったし、またこれを特殊貿易の支え等がバックアップしていた場合もあろう。かくして29年度の輸出増加には内外の諸要因がからみ合っていたが、その内容を仔細にあたってみると、海外要因が意外に強く影響していたように思われる。
次に輸入を減らした要因はなにか。第一に、輸入価格の低落がある。食糧と工業原料を28年度と同じ価格で輸入したとすれば、これらの輸入金額は7,000万ドルばかり増えたであろう。第二は、凶作の影響で前年度にふくらんだ緊急食糧輸入が9,800万ドル減少した。また黄変米問題で食糧の買付けがおくれたり、前年度のような石炭緊急輸入がなくなったりして、輸入が7、8,000万ドル減った。第三に、輸入はしても支払いの節約されたものが多かった。すなわち、外貨ユーザンスや借款等が9,000万ドルほど増加して、それだけ支払いが繰り延べられたし、またFOB輸入の増加に伴って運賃の支払いも相当節約された。これらをあわせるとざっと3億5、6,000万ドルに上り、いずれも緊縮政策とはあまり関係のない輸入減少の要因である。しかし輸入原料の在庫が減ったり、機械の輸入が減少したことは緊縮政策に伴う企業の金詰りや投資意欲の減退が影響したものと考えられる。
このように幾多の要因が折り重なって国際収支は大幅に改善されたが、このうち緊縮政策の効果とみられる輸出の増加と輸入の減少だけでは、3億ドルを超えた前年の赤字を黒字に変えるまでには至らなかったであろう。それが現実には、他方で特需が1億7,000万ドル減ったにもかかわらず、海外市況の好転や輸入価格の低落など緊縮政策とはほとんど関係のない要因が予想外に多く働いて、国際収支は大きな黒字をさえ出すようになった。