昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
都市生活
世帯収入の動き
昭和27年春の賃上げを経た後の勤労者世帯収入は28年2月頃まで大きな変動なく推移し、東京勤労者世帯の平均実収入でみるとこの間ほぼ2万2,000円前後の水準に固定した感があった。しかし28年3月頃から起こった賃上げ要求は7月頃までにおおむね所期の成果をあげ、各産業に亘る全般的賃上げが行われたため世帯当たりの平均実収入は9月以降2万9,000円ないし3万円の水準に上昇した。こうした賃上げが可能であったのは前節にも述べたごとく旺盛な国内投資に裏付けられた工業生産の急増があったからであり、時期的にも生産の増加と賃金の上昇は符節を合わせていた。
かくて28年の東京勤労者世帯平均実収入は前年より25%の大幅な増加となった。ところで消費者物価は7.5%のやや目立った上昇を示したが、名目収入がこのような大幅なものであったため、実質的な世帯収入の水準も約17%の上昇となり昭和9~11年水準の102%と遂に戦前水準に到達した。
次に世帯収入の構成をみると、世帯主本業収入の年間増加率24%
(注1)に対し、副業内職収入92%増が目立ち、また雑収入も34%増とやや大きい。他方27年に40%の著増をみせた家族勤労収入は、28年には家族で勤めに出る人数が前年の0.42人から0.44人と微増しているにもかかわらず18%
(注2)の増加にとどまり著しい伸びの鈍化を来した。
これは世帯主本業収入を定期給与と臨時給与に分けると前者の増加率17%に対し後者は70%と著しい差異が現れていることからも推察されるごとく、最近の賃金増加が期末手当率上昇など広義の能率給的色彩を深めており、しかも家族勤労者が年齢、性別などの条件からこの種の給与に与えることの薄い結果とみられる。なお所得階層別の収入増加率では階層間に著しい差異はみられないが、高所得層における伸びの方が低所得層よりも幾分大きいようであり、特に世帯主臨時収入や財産収入にその傾向が強くみられる。
この増加率は全都市勤労者世帯の場合では23%であるが、それでも労働省調「毎月勤労統計」における全産業平均賃金の上昇率16%よりはかなり大きい。このような差異が生じたのは「家計調査」と「毎月勤労統計」における調査対象と調査方法の相違が根本的理由であるが、特に28年についてその主なる理由を列挙するとおおむね次のようなことになろう。
「家計調査」においては鉱業関係勤労者の調査世帯数が極めて少なく、しかもその賃金上昇率が低かった。
「毎勤」では公務員が全く除外されているが、その給与は大幅に上昇した。
「家計調査」の世帯主年齢層は「毎勤」に比べて著しく高いが、28年の賃金上昇率が高年齢層ほど大であった。
職員の給与は労務者の賃金よりかなり高いが、その調査数の構成において「家計調査」では職員の比重が前年よりまし「毎勤」では労務者の比重がました。
ただし全都市勤労者世帯の家族勤労収入は31%増で、東京の場合とはやや趣を異にした。
消費者物価の推移
昭和27年を通じてほとんど横ばいに推移した消費者物価は28年年初以来再び上昇傾向を示し、年間平均指数では、前年に比し東京7.5%、全都市6.6%の上昇となった。すなわち28年1月の消費者米価約1割の引き上げと27年12月からの家賃地代統制価格引き上げが直接的な物価上昇要因となったほか各種サービス料金類が前年に引き続き騰勢を持続したことも物価ジリ高の原因であった。
ところで食糧価格は米価改訂後5月頃までは比較的落ち着いていたが、5月末頃から東京地方を中心に突然ヤミ米価の急騰を生じ、これが全国的に波及するとともに、天候不順による凶作や水害等により8月頃よりヤミ米のみならず農林産物価格が全面的に強調を呈し、野菜、乾物、薪炭、木材などの騰貴から消費者物価の上昇はやや著しいものがあった。しかし消費財工業生産物の価格は、その生産増加から比較的安定していた。例えば、被服物価は時期的には思惑高などもあって多少の変動を示したものの、年間平均ではむしろ前年より0.35%低落した。
なお本年にはいって、1月に再び米価改訂が行われ、また砂糖、雑穀の思惑高などもあって本年4月における消費者物価は朝鮮動乱直前に比し、46%高、戦前(昭和9~11年)の304倍となっている。
家計支出の動向
昭和28年の東京勤労者一世帯当たり平均家計支出は24,787円で前年に比し25%の増加となり、消費者物価の上昇率7.5%を遥かに上回って実質的にも17%の上昇を示し、消費水準は昭和9~11年平均の94%と戦前水準に後一歩の線迄回復した。27年における消費水準の大幅な上昇に引き続いて28年にもかかる急伸を示したのは前に述べたごとく賃金所得の増加が意外に大であったことによる。また消費水準の上昇を時期的に前年同期と比較してみると27年の後期22%増から28年1~4月期には18%増へとやや緩みをみせていたものが、5~8月期には再び20%増へと回復し昨年の賃金上昇期と符節を合している。
かかる消費水準の上昇も内容別にみると27年とは若干趣を異にした。すなわち28年の費目別消費水準上昇率をみると、非主食35%を筆頭に、住居31%被服28%、主食13%の順となっており、27年の上昇が被服の6割増にみられるように被服中心であったのに対し比較的平均化した上昇を示している。すなわち27年の上昇が従来回復の遅れていた被服の補充という意味を多分に有していたのに対し28年は全般的に水準の上昇を見た点が対照的である。例えば食料は27年までに既に一応の充足段階に達していたと思われるにかかわらず、28年にさらに大幅な上昇をみたのは、単純な数量の増加というよりは、例えば魚介類では低級魚の消費は停滞的であるに対し高級魚の増加が著しく、また非主食の中でも、野菜、魚より肉乳卵類、加工食品類、菓子果物類、酒類などの伸びが大きいなどの現象がみられるごとく、一般に消費の内容及び構造が質的に高級化したことによるものである。
被服においても綿製品の伸びがやや緩慢化したに反し毛製品の急伸がみられ、住居関係でも家具什器や住宅修繕の増加が著しいなどもその一面である。かくて28年の都市消費生活は内容的にも一層充実し、エンゲル係数(食費比率)も44.3%と戦前数字にさらに近づくに至った。
家計収支状況
以上のような収入、支出のもとに昭和28年の勤労者世帯家計収支状況はどうであったかをみよう。 第128表 にみるごとく、税引き後の可処分所得月平均26,577円に対し家計費は25,282円で、差引き1,295円、4.9%の黒字を計上した。しかしこれを前年に比較すると、黒字の実額は増加しているものの、その増加率は19%と所得増加率25%を下回り、従って黒字の所得に対する比率、すなわち貯蓄率は前年より若干低下した。もっとも租税公課は28年1月からの減税にもかかわらず、実収入の増加が著しかったために限界租税率が大きくなり、租税公課の実額、比率とも増大したがもし減税がなかったならば租税公課の増加はさらに大きくなった筈であり、その減税分は貯蓄率の減少からみても大部分が家計費に振り向けられたものと考えられ、減税が貯蓄の増加とならず消費増大効果を与える結果に終わったことを示している。かかる事情は家計収支差を月別にみても、27年中には赤字の月が1カ月のみであったに対し、28年は4カ月も赤字を出しているが、一方で消費水準の上昇がみられたのであるから、これらの赤字は結局消費性向の増大に理由を求めるほかはない。
なお、全都市勤労者世帯では貯蓄率は若干上昇しており、必ずしも東京のごとくではなかったがその上昇の程度はわずかであり、いずれにせよ28年の家計収支状況は所得の急増にもかかわらず格別の好転もなく、ほとんど前年の状態を持ち越したものといえる。しかし本年にはいってからはデフレ気運とともに収入増加の期待が薄れるにつれ、消費の増勢がやや弱まり、貯蓄性向が幾分増大する傾向がみえ始めている。