昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
林業
木材価格の動向
朝鮮動乱勃発前一般価格よりかなり低かった木材価格は、動乱以降急上昇して25年10月には既に一般物価水準を突破し、27年度末にはそれを約30%上回り、28年度末には63%もこえるに至った。
28年度の動きをやや詳細にみると、相次ぐ災害により災害地を中心として価格は暴騰したが、全国的にも6~8月の間に1~2割方騰貴した。これを樹種別にみるとスギ材、ヒノキ材、特にその小丸太、中目丸太など一般普通建築用材の騰貴が著しく、マツ材のような工業原料の騰貴は比較的軽微であった。これはパルプ工業のように松材を消費する大企業が相当備蓄をしていたからであろう。
大幅な騰勢が一服した9月以降も、グラフにみるように微騰を続けたが、これは急騰地域及び急騰樹種材への全般的なサヤ寄せが行われた結果であろう。東北地方の価格上昇やマツ材の騰貴はそれを裏書きしている。その後は金融引締めの影響が次第に現れ、年度末頃には漸次下降気味の横ばいへと転化したが、年度間で平均木材価格は28%の大幅な騰貴を示した。
高騰の原因と影響
高騰の直接の原因は、北九州及び紀伊南部を襲った台風のために生産の停滞、流通の混乱、需要の増大が生じたことにあるが、高騰が一段落した後も依然微騰が続いた点からみると、大幅騰貴は一時の思惑によるものではなかったとみるべきであろう。高騰をきたした根本的な原因として次のものが考えられる。
その第一は、屡屡説明されてきたように、終戦による森林資源の減少や、輸入材の減退の半面、戦前を突破する需要の増大による木材需給の不均衡が挙げられる。このような需給の不均衡が28年度にはいかなる推移をたどったかをみると、需要面では特需用材の前年度比53%減をはじめ、坑木の合理化に伴う10%減など一部減少をみたものもあるが、需要の主体を占めるパルプ用材のパルプ生産増加に伴う18%増、建築用材の鉄筋等防火建築への移行にもかかわらず着工坪数の増加に伴う2%増、その他電柱、包装、輸出等の若干の伸びがあり、全体としては前年度比5%増と見込まれる。一方生産事情をみると、材価の高騰により奥地林開発等出材を刺激した面もあったが、多年の過伐によって里山林が減少している事情と、山林所有者は山林収入によって生計費を賄い得れば、それ以上の収入を求めて伐り急ぐことをしない山林経営の現状とから、生産は前年度比1~2%の増加に止まったとみられる。即ち、需要は依然増加傾向にあったのに対し、生産条件は益々悪化していることが、価格騰貴の第一の基盤であったと思われる。
第二は木材輸入価格が国内針葉樹価格に比し、なお割高であったことである。輸入材は前年度の約3倍近い入荷をみたが、積極的に国内材価格の騰貴を抑制する作用はしなかったと考えられる。
第三は、上半期のインフレ的基調が製材業にも手形取引を増大させたと共に、右に対する銀行の追認措置が、木材取引の活発化と価格の支持を与つて力があったと思われる。次に騰貴の影響として、主要需要部門の建築とパルプについてみよう。
まず建築についていえば、建築費の中に占める木材の割合は、昭和10年及び動乱勃発時の25年6月に約3割であったものが、現在は約4割に上昇していると推測され、その比重は頗る増大している。28年度の建築費は前年度に対し2割方の値上がりをみたことは、建築用材価格の33%という大幅の上昇に主として起因したものであろう。
またパルプ部門についても木材価格の上昇は著しく、27年度平均発駅価格の石当たり800円前後が、28年度には1,100円前後と約40%上昇した。これはパルプ平均価格に対し約5%程度の影響をもたらしたことになる。パルプ価格の中に占める木材費のウエイトが3~4割に増大し、パルプ価格自体も国際価格より1割程度割高なことは、化繊輸出の観点からも考慮を要するものがあろう。
次に生産者に対する影響をみよう。まず製材企業は6月頃までは素材価格と労賃の上昇に比べ、製材価格の上昇は相対的に小さかったので企業採算は悪かったが、6月以降水害の影響によりこの関係が逆転した。即ち、年度間の上昇率でみると、素材価格の25%、労賃の16%に対して、製材価格は31%とさらに高くなったので下半期には好転したと思われる。しかしなお、28年度中に約2%の弱小製材工場の休止が行われた。
立木についてみると、原木生産費の主要部分を占める労賃が前年度より25%上昇したのに対し、原木は36%騰貴していることから、当然原木以上に高騰したとみられる。
林業の問題点
立木価格のこのような高騰は、果たして土地生産業にとって如何なる意味をもつものであろうか。この点を林野庁資料によって、投下資本の後価としての理論価格と、28年度平均価格の代表として7月の全国平均スギ丸太市場価格との対比によってみると、スギ40年生の場合、発駅20キロの比較的利便の地でかろうじて採算圏内にあることを示すに過ぎない。このように林業利潤が一般的には依然として低いこと及び資本の廻転が長いことは、現在価格でも林業投資を積極化する誘因とはならないようである。このことは例えば農林漁業金融公庫の28年度の造林資金の申込が計画を35%程度も下回ったことや、山林所有者の林業投資は原木代金の約3%と頗る低調なことにも現れており、林業経営の改善と林業投資の増大とに困難な問題を形成している。
一方、林業には国土保安と木材需給の均衡との役割が負わされている。そのため少なくとも人工造林地200万町歩の増植と、未利用林地400万町歩の開発が望まれており、その事業資金に2,400億円を必要とするとみられている。この膨大な資金を如何にして確保するかは林業の最大の問題である。そのためには国家助成と共に民間独自の山林への投資も望ましい。最近、産業備林や分収林を推進する動きがあるが、この膨大な資金確保の一環としても、このような民間の山林投資への意欲を譲成させる態勢を確立し、もって林業投資への関心を高めるべきである。