昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
当面諸問題
我が国農業に内在する基本的な問題については先に関説したところであるが、当面の重要問題として国際的な農産物過剰の問題、国内食糧増産の問題、現在進行中の緊縮政策の影響の三つを挙げることができよう。(1)戦後数年間全般的に需要が逼迫していた農産物は27年にいたってようやく一部のものに過剰の兆しが現れ、価格も軟調に転じ、28年8月には農産物価格安定法の成立をみた。ところが28年は凶作のため、特に下半期に入って農産物価格は全般的にかなり急激な上昇を示した。しかし凶作は特殊事情であるから、これを以て農産物価格の軟化傾向が今後上昇に転じたとみるのはもちろん早計である。それは単に軟化傾向が一時的に引き延ばされたに過ぎないとみるべきであろう。しかもこの1年間には世界の農産物市場は急激に変化し、価格の低落傾向もかなり急調である。世界の農業は戦後8~9年の間に、被戦災諸国においても戦前の生産水準をかなり突破するに至ったが、他方アメリカを中心とする非戦災諸国の生活水準は、戦争中に到達した高水準を引き続き維持しており、しかもここ1~2年世界的に好天候に恵まれたため、国際的な食糧過剰傾向は著しく濃化するに至った。附表の「世界農産物在庫一覧表」からも明らかなように、主要農産物のストックは軒並みに増加を示しており、1954年の在庫は1年前に比べて、小麦は4400万トンと30%増、砂糖は800万トンをこえて12%増を示している。また米は収穫期の関係で53年しか判明していないが、その在庫は100万トンをこえ前年比72%の増加である。
国際小麦協定が昨年8月1日から更改延長され、国際砂糖協定が昨年末に締結されたのも、また米国がMSA法第550条によって、米国内の過剰農産物の輸出代金を相手国通貨で決済することを認めたのも、要するに余剰農産物の合理的処理を意図したものとみることができよう。我が国も29年3月米国との間にMSA協定を結び、1954米会計年度内に小麦50万トン、大麦10万トンなどを輸入することになった。これによる輸入価格は国内産のものに比べて麦類で約1割安、酪農製品で3~4割程度安くなっており、他方東南アジア諸国の米の輸出価格は今後一層急速な下落を示すものと思われる。我が国農産物価格もこのような世界農産物市場の動きにより少なくとも間接的影響は免れないであろう。
(2)以上に関連して問題になるのは国内における食糧増産である。農地の潰廃及び施設の老朽化による供給源と人口増加による需要増とのためこれを放置する場合は年々約240万石の食糧不足が累積されてゆくことになる。この不足を輸入によって補うとすれば、5年後の食料輸入増加量は180万トン、約3億ドルに達する。国内増産の必要性についてはもはや縷説を要しないであろう。戦後21年度から28年度までの食糧増産関係予算額の合計を28年物価に修正すると約3,000億円となり、これから災害復旧費を除いた額は約2,000億円になる。農業生産は総合的に見て終戦直後の低下した水準に比すれば最近では3~4割の増加をみているが、戦前に対しては1割弱の上昇に止まっている。主要食糧についてみれば、麦類は戦後急激に生産が増加したが、これは概して作付面積と反当たり収量の増加によるものである。しかしこの両者とも戦前のピーク時の水準に達していない。米は 第123表 にみられるように戦前に比すればその生産力はやや上昇しているが、戦後は作付面積、反収とも大きな変化がなく、生産量も統計でみる限り停滞傾向をみせている。
従って今後食糧増産はさらに強力に推進しなければならないが、先に述べたような国際的な食糧事情からみて生産効率の重要性は一層大きくなっている。また食糧増産のような多額の財政投資を必要とする事業は、通貨金融政策との関連を重視しなければならない。さらに今後の食糧輸入において、国内生産と競合関係にあるものについては何らかの調整措置を必要とするであろう。
(3)最後に当面の緊縮政策との関連について一言すれば、農産物はその大部分が生活必需品であって需要の弾力性に乏しいため、今後購買力の減退があるとしても、それほど消費需要が低下することはあるまい。従って、農産物に対する影響は投資財や高級消費財に比較すればはるかに少ないであろう。特に米、麦の政府買入価格の決定は基本的にはパリティー方式を採用しているから、農家の支払価格の水準より低くなることはない。ただ農産物は需要の弾力性が小さいため、反面においてその価格は主として供給側の事情に左右されやすい。先に述べたように一部の農産物は今後過剰傾向を示すものとみられるから、これらについては若干の価格低下がおこるかも知れない。
このように農業は緊縮政策に対する抵抗力が比較的強いのであるが、もちろんそれに無関係であろうはずはない。鉱工業部門の雇用の低下、財政投融資の縮減、国家予算の規模の縮小などは、兼業所得の減少、人口圧力の加重、地方財政の圧迫などを通じて農家への影響も少なくないであろう。