昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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各論

金融

経済膨張に果たした金融の役割

昭和28年度の経済は前年度に引き続いて一段と膨張した。その要因は財政支出、設備投資、在庫投資の増加といわれる。ところで金融はこのような投資の増大といかなる関係をもち、経済の膨張にどんな役割を果たしたのであろうか。次に、こうした金融の役割を動乱後の経済膨張の過程に即してみてみよう。

動乱後の信用膨張

動乱後の信用膨張は著しく、全国銀行の貸出しは年々5─6,000億円ずつの増加を示している。貸出残高(外為貸を含む)も動乱直後を100として28年度末には約350に増大している。かかる信用膨張がなぜ行われたのであろうか。

(1)その原因として、まず設備投資の増大を挙げることができる。設備投資額を国民所得統計でみると、25年度以降逐年増加し、28年末までに累計約2兆3,000億円の多額に上っている。このように設備投資を活発ならしめたのは企業の投資意欲が旺盛なためで、その理由としては動乱後の物価上昇などにより利潤率が高かったこと、企業間の競争が激しかったこと、さらに電力、海運等の四大重点産業については国家資金の援助が大きかったことなどが挙げられるが、また原綿、原毛、砂糖等のごとく輸入原料の外貨割当に当たって設備能力が算定基準としてとられたことが企業の投資意欲を助長したことも否めない。

かかる設備投資は主として社内留保、減価償却、増資などの自己資金や財政投融資及び社債資金等で行われ、金融機関からの設備資金借入れの比重は概して小さい。設備資金調達実績中金融機関貸出は全体の約2割、そのうち銀行貸出は全体の1割余を占めているに過ぎない。しかし銀行は財政資金や増資、社債の前貸ないしつなぎ融資を行うことが多く、事後的に占める銀行貸出の比重よりも遥かに大きな役割を果たしている。

(2)銀行貸出増加の中心は設備資金よりはむしろ運転資金である。生産の増大や在庫、売掛の増加に伴う増加運転資金で、いわゆる在庫投資と呼ばれるものである。在庫投資の推移を国民所得統計によってみると、25年度以降約1兆7,000億円に上っており、このかなりの部分は銀行よりの借入金によって賄われた。。

かかる在庫投資増加の原因としては、設備の増大につれて生産が上昇しそれに必要な運転資金の需要が増加したためであるが、同時に27年度以降市場の重点が輸出から内需に移行したのに伴い流通部門でのストック充足の過程が進んだことが指摘されよう。これは銀行貸出のなかで割引手形の形での貸出しの比重がその頃から高まってきたことからも見ることができる。輸出が現金で決済されるのに対し、内需は手形取引が多く、現金の決済がそれだけ遅れたため、売手としてはその間の資金繰りを銀行の手形割引によって補う必要が生じたからである。しかもその後、このような信用による売上げの割合がますます増加するとともに手形の期間が長期化したが、銀行がかかる手形を比較的安易に割引いたために内需取引はそれによって一層助長されることとなった。

例えば日銀の企業経営分析調査によると、26年度末から28年度上期末までに卸及び小売業の売上高は約50%の増加に対し、信用売(売掛金、受取手形及び割引手形)の残高は110%増え、しかもそのうち割引手形の残高は120%も増加しているが、これをみても企業間の信用造出による在庫投資を銀行が自らの信用によって追認していることが分かるであろう。

金融の役割

しかし、こうした銀行信用の増大もそれが銀行の集める預貯金の範囲内で行われるならばあまり問題はない。それだけで賄いきれず日銀信用に依存したことが経済膨張の要因となったわけである。つまり金融は信用の造出によって、企業に対し設備資金や生産増大、在庫増加に伴う運転資金を供給することにより、企業の設備投資や在庫投資を大きくしたが、それは同時に賃金や原材料仕入資金となって実需を増すはたらきをした。こうして日銀信用に支えられて、銀行の信用が著しく膨張した結果は財政支出の増大と相まって所得が増し、それに伴って生産が上昇し、輸入が増えて、ついに今日みるような国際収支の悪化を招くこととなった。この過程は 第63図 に明瞭にみることができる。すなわち、銀行貸出を日銀貸出の増加と並んで輸入も目立って増大し、それに伴って入超額も拡大しているのが分かるであろう。

第63図 銀行信用の増加と輸入の増大

金融の経済膨張に果たした役割は以上のごとく考えることができるが、しかしここで注意をしなければならないことは、経済規模拡大の起因は、外需を除けば財政支出と企業の投資であって金融ではない。金融はその性格上「かね」の借り手がないのに貸すことはできないからである。しかし金融が容易につくということが企業の投資態度を安易にし、それがひいて信用の膨張を招いたことも否み難い。恐らく現実の経済膨張過程においてはこうした金融のはたらきも無視し得ないであろう。

信用膨張の構造─阻止要因の欠除

以上述べてきたように、金融は信用の膨張により企業の設備投資や在庫投資を支え経済膨張の要因となったわけであるが、こうした過度の信用膨張を阻止するためのなんらかの機能は働かなかったものであろうか。恐らく戦前の正常な経済の下ではこのように大きな信用膨張は不可能であったに違いない。以下にかかる信用の膨張を支えた諸条件と信用膨張のメカニズムを考えてみよう。

再評価の不足

戦争及び戦後インフレーションの過程において生じた資産の低評価は、昭和25年以降二次にわたり実施せられまた現在行われている資金再評価にもかかわらず、いまだ十分に是正されるに至っていない。それが減価償却の不足を招き、ひいて架空利益の増大を生んでいることは「生産・企業」の項で見た通りである。我が国の戦前における法人の減価償却額は国民所得の約4─5%であったのに、戦争直後においては1%にも満たず、動乱後においても再評価の実施にもかかわらず約2─3%程度に過ぎない。仮に戦前並みの割合で償却を行うものと仮定すると、実際の償却額との間に年々およそ1,000億円もの開きを生じ、償却不足が案外に大きいことが推測されよう。

それでは、このような資産再評価の不足は前に述べた銀行信用の膨張といかなる関係があり、どんな意味をもっているのであろうか。まず第一に、企業は再評価の不適正に基づく資本食いつぶしの穴を銀行借入や財政資金などの外部資金によって埋めなければならなかったことである。年々1,000億円にも上る償却不足の上に架空利益が計上され、それを対象として過大な配当や税金が支払われたため資本の食いつぶしを招き、企業は新投資はもとより再投資までもその多くを外部資金に依存しなければならぬようになった。また減価償却の不足による名目利潤の増大が社用消費や賃金引き上げの誘因となり、間接的に資本の食いつぶしを助長したことも見逃せない。

第二は、架空利益に基づく一般的な高配当が税金負担と相まって増資による資本コストを借入れの場合以上に高め企業の増資意欲を減退せしめたことである。法人企業の平均配当率はおおむね2割程度で金利の9分ないし1割を大幅に上回っており、また借入金の利子は税法上損金に算入されるのに反し、配当金はそれとほぼ同額の税負担を伴うから、企業は増資によって資金の調達に努めるよりも負担の少ない借入金に頼ろうとする。これがまた企業の借入依存度を高めた一因となった。

第三に、資産再評価の不適正化に基づく架空利益の発生は、企業の名目的な利潤率を高めることとなり、それが企業者の投資意欲を助長して信用膨張の原因となったことである。 第63表 に見るごとく、企業の利潤率は動乱後かなり高く、利子率を大幅に上回っている。いま資産再評価法による第三次再評価限度いっぱいに評価替えを行い、減価償却を十分に行ったと仮定して利潤率を推計すれば、同表の通り利潤率は著減して利子率をかなり下回ることとなる。従ってもし資産再評価が十分に行われていたならば、利潤率の縮小から企業の投資意欲は減退するとともに、利子率が利潤率を上回るために金利の機能が働いて企業の借入意欲もおのずから減殺されたであろう。

第63表 利潤率と利子率対照表

金利体系の歪み

再評価の不足に加えて銀行金利の体系が歪んでいたことが信用膨張にとって大きな意味をもっていた。日銀公定歩合と市中貸出利率とを比べると、戦前の正常期といわれる昭和初年においては、日銀の適格担保となり得るような優良手形についてはおおむね公定歩合が市中貸出利率を上回り逆鞘となっていたが、戦後は激しいインフレーションの過程において市中貸出利率が急激かつ大幅の上昇を示したため公定歩合は市中貸出利率をかなり下回ることとなった。 第64図 で見るごとく、動乱後公定歩合は若干の引上げが行われた反面、市中貸出利率は逆に引き下げられたけれども、両者間の開きはいまだかなり大きい。もっとも動乱後のブーム期において高率適用制度の強化が行われ、日銀貸出の実効利率は大幅に引き上げられたが、それでも二次高率利率と市中貸出利率の関係は、27年10月の市中金利引下げ前までは並手形を除き全て順鞘であり、その後においても今次金融引締め措置が実施されるまでは並手形の1厘逆鞘を除き他は全て無鞘に止まっていた。このような金利体系は銀行の信用膨張を阻止する力がなかったばかりでなくある意味ではそれを促進する面のあったことも否定できない。この関係は銀行を中心として金利体系をみると一層明瞭となる。

第64図 日銀公定歩合と市中貸出利率の推移

第64表 に見るごとく、銀行の借用金平均利回りと預金債券コストとを比べると大体同じ程度であり、またこの両者よりも貸出証券運用利回りが一段と高くなっている。つまり銀行にとって借入を行って、それを貸出しに回せば、かなりの利鞘が稼げるだけでなく、預金を苦労して集めるよりもとくな場合が少なくなかったのである。

第64表 全国銀行貸出証券利回りと預金債権コスト

企業、銀行の依存体制──支払準備の過小

企業及び銀行の支払準備率は 第65表 にみるように戦前に比べ著しく低い。本来企業、銀行は経営の安定のためにはその債務に対し一定の流動的な支払準備を保有することが必要とされるが、戦後その比率が低下していることは必ずしも取引の安定等によって恒常的な支払準備率が低下したことを意味するのではない。支払準備が少なくてすんでいることは、企業の銀行に対し、銀行の日銀に対する依存体制があるためで、換言すれば企業は不足資金を銀行から、銀行は同じく日銀から比較的安易に借入れることができたからある。かくして、企業も銀行もなんら支払準備に制約されることなく信用の膨張が可能となったわけで、もし企業の銀行に対する依存、銀行の日銀に対する依存体制を払拭したとすればおそらく企業も銀行もより高率の支払準備を保有しなければならぬようになり、前にみたような大きな信用膨張はできなかったに違いない。このような企業、銀行の依存体制こそ戦前の正常期の企業、銀行のあり方と比べて著しく相違する点であり、信用膨張を支えた最も基本的な条件といわなければならない。

第65表 支払準備率

なぜならば、こうした依存体制が、企業は自ら信用を造出して(製品、商品を手形や売掛で売ることを意味する。)その尻を銀行に持込み、銀行は信用膨張によってそれを追認して(手形を割って企業に資本の回収を可能ならしめることを意味する。)その尻を日銀に持込み、日銀もそれを追認しなければ手形交換所の決済が不能となったり、銀行の取付けをおこしたりして信用経済の破綻を引き起こすおそれがあるので、やむなく日銀信用を増やすといったような、ある意味で自動的な信用膨張のメカニズムを造り出しているからである。

輸入金融の役割

戦後輸入金融の淵源は第66表にみるごとく、25年民間貿易再開後の貿易手形制度に始まり、その後幾多の変遷を経て今日に至っている。我が国の外国為替銀行の育成強化の必要と戦後その対外信用が著しく低下したため、輸入金融は制度上かなりの優遇方針がとられたのであるが、さらに動乱直後の緊急輸入や輸入地域転換等の必要から直接日銀信用を裏付けとした日銀ユーザンスや別口外国為替貸付等の制度が実施され、その後設備合理化促進、コスト引下げ等の目的も加わって輸入金融に対する大幅な優遇措置は永く継続した。その結果輸入の増大とも相まって銀行の輸入関係貸出残高は漸次増加し、 第67表 にみるように28年度末にはおよそ3,000億円の多額に上っている。

第66表 輸入金融制度の沿革

第67表 市中銀行輸入資金貸出残高

次にこうした輸入金融の優遇がどんな役割を果たしたかをみてみよう。

(イ)我が国の輸入は動乱後、国内生産の上昇と特需による外貨収入の増大から急増し、27年度後半から国際収支は逆調に転じたが、優遇された輸入金融が、商社やメーカーの輸入為替の買入れに必要な円資金の調達をスムースにして、間接的に輸入の増大を支えたことは否めない。

(ロ)また輸入金融は輸入の増加に基づくデフレ要因の発現をそれだけ遅延せしめることとなり、特に27年末以降の国際収支の赤字が国内経済に対して持つ自動調節作用を失わしめる結果となった。

(ハ)しかも輸入金融は単に輸入為替決済の段階に止まらず、別口外為貸や輸入物資引取資金のスタンプ手形制度のように生産金融の部面まで包含していてその範囲は相当広い。またこの両制度の対象外のものであっても最初の段階で金融がついて物が一旦輸入されるならば、その後の国内取引において金融がつきやすく、輸入金融が起点となってその後の信用膨張を招いている効果も小さくはない。

(ニ)輸入金融の経済膨張過程に果たした役割は以上のように考えることができるが、最後に輸入金融はスタンプ手形制度等の一部を除きほとんどが高率適用制度から除外されているため、別口外為貸の100%はいうまでもなく、輸入決済手形の90数%、輸入物資引取資金スタンプ手形の半ばが結果的ではあるが日銀の信用供与によって賄われたこととなり市中の資金需給とはかけ離れた金融の分野を形成したことも注目されよう。


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