昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
28年度は前年度に比し生産も所得も消費も約2割増加し、経済規模は一回り拡大した。一方金融指標をみると市中貸出は2割、通貨は4%とそれぞれ増加し、前年度に引き続きかなりの信用膨張となった。このように経済規模の拡大と信用膨張には相互に関連があるようだが、金融は経済循環の拡大にいかなる役割を果たしたのであろうか。以上のような問題を解明するために、金融諸指標を数字的に検討することからはじめよう。
28年度の金融動向
資金需給
まず28年度資金需給の見取り図をみると、財政資金は、949億円の引揚超過であったが、これは外為特別会計の1,258億円の引揚超過によるもので、一般財政では742億円の支払超過であった。一方輸入増加や生産増大に伴う資金需要の旺盛から市中銀行の信用膨張は著しかった。すなわち預貸金の動きをみると、まず貸出しは4,347億円増加したのに対し、預金は実質3,073億円の増加に止まり、この差額のかなりの部分は日銀信用により補われ日銀貸出は年度中1,260億円増加した。
以上のような一般財政の支払超過と市中信用の膨張に伴って生産は増大し、物価も上向き賃金も上昇し、これが現金需要の増加を来たし、通貨は年度間186億円の増加となった。
産業資金供給状況
28年度の産業資金供給は1兆3,331億円で、前年度の1兆3,972億円を641億円(約5%)下回った。
これを設備、運転資金別にみると、設備資金の割合が全体の51%を占め、前年度に比して比率が増大したが、その反面運転資金は逆にかなりの減少となった。
設備資金供給
設備資金供給総額は6,747億円で、前年度に比し27%の増加であった。その調達源泉別内訳をみると、内部資金は減価償却の増加、法人収益の好調から前年度より33%増加し全体に占める比率では前年度の40%に対し42%となった。外部調達では前年度に引き続き財政資金の比重が17%とかなり高い率を示している。また一般金融機関の設備資金貸出は前年度の18%から23%に増加した。しかし株式、社債による設備資金調達はほぼ前年度並みの水準に止まり、相対的な比重ではむしろ減少した。
次に業種別設備資金調達額を外部資金についてみると、次のような特徴をうかがうことができる。
(イ)電力、海運、鉄鋼、石炭の四大重点産業は合計1,971億円で、前年度の1,781億円より11%増加したが、全体が増えたので、比率としては前年度の56%から50%に低下した。その内訳をみると電力は工事の進捗を反映して27%増加し、石炭は収益低下から外部依存率が高まり52%増加した。鉄鋼、海運は前年度より減少した。
(ロ)電源開発や公共建設など財政投資の増加で好況に恵まれたセメントを中心とする窯業、電気機械を中心とする機械器具工業では前年度に比し、それぞれ107%、17%増加した。全国銀行設備資金新規貸付では、電気機械への貸付は前年度比99%、セメントへのそれは71%の増加である。
(ハ)内需の増加で収益をあげた食料品工業などや流通部門あるいは各種の中小企業の設備投資も増加した。先の新規貸付額でみても食料品、自動車、化学繊維の増加率が高く、それぞれ前年度比78%、65%、47%の増加となっている。繊維工業の外部調達が特に約7倍に膨張したのは合成繊維、羊毛、スフの増設によるものである。
(ニ)冷水害に見舞われた農業及び林水産業では財政の直接投資の他農業協同組合からの融資も増えて設備資金供給が著増した。
運転資金供給
運転資金供給は6,584億円で前年度よりかなり減少した。これは主として第4・四半期に銀行の運転資金貸出が抑制されたためである。しかし銀行貸出の比重は依然高く、全体の51%を占めている。
運転資金の業種別供給金額を銀行貸出の面についてみると、製造工業は全体の50%、卸及び小売業は44%とこの2部門の比重が圧倒的に高かった。特に卸及び小売の比重は前年度の40%に比べ、かなり上っているのが目立つ。
運転資金の供給をさらに検討するため、年度間の増加率を業種別にみると、若干類型的な動きを見出すことができる。
銀行の運転資金貸出残高は平均で年度間17%増加したが、
(イ)第一に卸及び小売業のそれは23%も増加し、なかでも総合商社や電気器具卸商、百貨店などの伸びが大きかった。
(ロ)第二は設備投資が増加した電気機械、木材及び木製品工業、建設業、自動車工業などの投資財グループであり、これらの部門では概して生産増大に伴う増加運転資金の需要が強かったとみることができる。
(ハ)第三は在庫及び売掛の増加に伴って借入需要が増加した石炭鉱業や紙及び類似品、生ゴム、皮革等の主として消費財的グループであった。
なお海運業は業況は極めて悪かったが、28年半ばに増資して借入金を肩代わりしたため、運転資金の貸出残高でみる限り大して増加していない。また地方公共団体への貸出しも財政の項でみたごとく地方財政の支出の増大と資金繰りの逼迫を反映して著増した。
貯蓄の動き
28年度の国民貯蓄額は8,541億円で前年度に比べて9%増加した。このうち法人貯蓄は132億円で、社内留保の増加から前年度に比し24%増加し全体の16%を占めた。
残りが個人の現預金、有価証券、保険年金などからなる貯蓄で7,212億円に上ったが前年度に比し7%の増加に止まった。28年の個人所得が前年に比し2割増加したに反し個人貯蓄の伸びがこのように少なかったことは、個人が所得の増えた分を消費に向ける割合が大きかったためといえよう。
次に貯蓄の形態別構成比をみると、有価証券投資や保険の構成比が増加した。特に前者の比重が高まったのは株式や公社債への投資が増えたからである。預貯金の比重低下は銀行預金の増加が前年度より著しく鈍化したためである
さらに預貯金の動きを金融機関別にみると、相互銀行、農業協同組合、郵便局などの伸びがよく、信用金庫も前年度ほどの伸びは示さなかったが銀行に比べれば比較的順調な増加であった。信託も前年度と同様増加した。農協関係の預金が凶作に災いされながら好調であったのは、米価の引上げや公共事業費等の財政支出の増大などによって減産による収入減がうめ合わされ、農家所得はむしろ前年度を若干上回ったことのほか、前年度においては農家の預貯金のかなりの部分が株式市場に流れたが、本年度は株式市況の沈滞からこのような資金流出が少なかったことにもよるためであろう。
これに反し銀行預金は種類別にみて、長短を問わずいずれも増勢は鈍化したが、特に法人の営業性預金である当座預金は停滞的であった。その結果、銀行預金増加額に占める構成比は定期性預金が前年度の42%から62%へ、普通預金は18%から21%に増加したが、当座預金は20%から10%に低落した。
前にみた法人貯蓄が良好であったのに法人預金の伸びが悪いのはなぜであろうか。
前者は利潤の増加による社内留保の増大を反映したものであり、後者はそれが投資に向けられて預金となることが少なかった他、政府資金の引揚が強い上に、金融引締めの実施に伴って市中貸出が抑制気味に転じたため預金の引き出しによって資金需要が賄われることが多かったためであろう。