昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
金融引締政策への転換
金融引締めの実施とその影響
このような信用膨張に支えられた投資の増加は財政支出の増加と相まって総説で述べたように経済規模を拡大し輸入を増加させ、国際収支の悪化を導いた。かくてはじめて信用膨張の限界につき当たったわけである。28年10月以降とられた金融引締措置の背景は、基本的にはこのような信用膨張による国際収支の悪化にあったのである。その後財政の緊縮方針(1兆円予算)と相まって金融引締めが一層強化継続されているが、その推移及び内容は次の通りである。
金融引締めの制度的な措置は、主として28年10月、29年1月及び3月の3回に分けて行われ、その中心は高率適用制度の強化と輸入金融優遇制度の改正におかれている。
まず高率適用制度については、第一に従来の二次高率適用利率が市中貸出利率に対し並手形を除き無鞘であったものを一率に2厘方逆鞘にした。例えば日銀の優遇手形担保貸付の二次高率適用利率が2銭3厘で市中貸出金利と同じであったものを、3月の改正でこれを2銭5厘と市中金利に比べて2厘方逆鞘にしたこと、第二は基準歩合適用範囲の算定方式を改め、その範囲を縮小したために二次高率適用範囲が拡大されたことである。
次に輸入金融優遇制度の改正では、別口外為貸が全廃され、輸入決済手形に切換えられ、また輸入決済手形も不要不急品目についての適用を廃止するとともに適用期間を一月短縮して2~3月とし、さらに輸入決済手形に続いて綿花、羊毛等主要輸入物資のメーカー引取資金について認められていた輸入物資引取資金スタンプ手形制度も鉄鋼、皮革を除いて廃止された。
この引締め措置の結果、金融面をはじめ経済の各部面に次のような種々の影響が現れてきた。
銀行信用の収縮と預金の停滞
29年に入ってからの全国銀行の預貸金の動きを前年と比較してみると、貸出しは1~5月間に、前年の1,915億円の増加に対し本年は258億円の増加であり、また預金(実質)も、前年の1,798億円の増加に対し、本年は168億円の増加に止まった。
貸出しを設備、運転資金別にみると、1~3月の間、設備資金は財政投資との協調や継続工事資金需要があって176億円と前年同期とほぼ同額の増加であったが、運転資金は前年が1,161億円の増加に対し本年は35億円の増加と著しく少ない。運転資金貸出は特に商業部門への貸出圧縮と手形割引の減少が特徴的である。
これを11大銀行及び地方銀行別にみると、大銀行は設備資金や輸入決済資金需要から多少増加しているが、地方銀行は年初来若干の回収超過を示し、貸出抑制態度を強めている。例えば大銀行に対する協調融資も最近ではかなり消極的である。もっとも地方公共団体への貸出しがかなり増加していることは注目される。
一方預金の動きを種類別にみると営業性預金である当座預金の減少が著しく、また定期性預金も前年度よりは増加が若干鈍化している。銀行別には地方銀行の預金の伸びが概してよかった。
以上にみたように銀行の信用増が縮小したことは国際収支の赤字の反映である外為会計の揚超の増大により預金情勢が悪化したことに加え、日銀の高率適用制度強化に伴い、銀行の第二次高率適用借入残高が10月以降急増し、その借入金コストが上昇したことによるところが大きいものと思われる。
このため銀行としては貸出しを抑制する一方、預金の獲得にも一段と力を入れ、この結果銀行間の預金獲得競争が激化している。一部には同業者預金を特利によって吸収している向きもあるといわれている。
また市中の貸出抑制から比較的大きな企業では金利が一般に銀行に比してやや高いにもかかわらず生命保険や信託等の資金に依存する傾向が強まっている。
金融引締めの影響は中小金融機関にも波及し、これらの金融機関の預金の増加は鈍り、貸出しも固定化の傾向をつよめてきた。これは金融引締め後中小企業の金繰りが窮屈化したことを反映するものと言えよう。
なお以上の金融機関とは異なるいわゆる株主相互金融などの類似金融機関も昨秋から現在までに破綻したものが多いが、これは金融引締めの間接的な影響というよりはむしろその経営の無理と放漫化に帰すべきであろう。
起債及び増資の停滞
まず起債の動きを見ると29年に入ってから低調化し、事業債の発行は前年1~5月が210億円であったのに対し、本年度は国鉄、電信電話両公社債との競合もあって95億円に減少している。公社債の発行もまた予定額を下回っている。
これはその主な消化先である金融機関の金繰りが金融引締めによって繁忙化し、消化力が鈍ったことが主要な原因であろう。社債流通市場のない今日、これが消化に当たることはそれだけ長期に資金を固定化することになることはいうまでもない。
次に株式発行計画(増資等調整懇談会調)をみると、前年1~5月は623億円であったに対し本年は587億円とほぼ前年並みであるが、しかし6月以降の増資計画は株式市況の低迷を背景に、応募者の金繰り逼迫による増資払込資金調達の不円滑や発行者側の失権株発生の危惧ないしは第三次資産再評価の模様眺めなどの事情もあって、かなり手控えられるに至っている。
不渡手形と商社倒産の増加
不渡手形と商社の倒産も2~3月にかけて急増してきた。倒産の増大は金融引締めの影響というよりも既往からの経営方針の劣悪特に思惑取引の失敗に由因しているものが多く、それが従来銀行等からの借入金や同業者間の仲間取引等によって表面を糊塗していたものが金融引締めによって破綻が表面化したものとみるべきであろう。
不渡手形は食料品、衣服及び身回品製造業、木材及び木製品、ゴム、皮革、卸小売、サービス等の中小企業が圧倒的であり、一枚当たりの金額を見ても11万円ないし12万円程度の小口が多い。これは金融引締めによる企業の金詰まりの激化を反映したものであるが、また一面資力が薄弱で手形取引に不慣れな弱小業者の手形濫発に基づくところも少なくないようである。
通貨の還流状況
以上のような信用の収縮と、商取引の停滞に加えて財政資金も大量に引き上げられたので、日銀券の本年に入ってからの還流状況は極めて好調に推移し、前年末ピークから5月末までの回収超過は前年の1,500億円に対し本年は1,876億円に達した。その還流率は26%に当たりドッジラインの実施された25年の15%、戦前7~11年平均の24%をも上回っている。
このような現金通貨の還流率の好調と並んで、預金通貨の回転率の増大が注目される。これは一つには当座預金平均残高が減少したためであるが、反面企業活動ひいては取引決済総額がいまだそれほど縮小を示していないことによるものである。
物価、貿易、生産等への影響
さらにそれぞれの項にふれたごとく、金融引締めの影響は物価をはじめ経済の各部門に及び始めている。卸売物価は2月月央をピークとして低落に転じ、6月末までに約7%低下してる。また貿易は依然入超を続けているものの、4月に入って入超の幅はやや縮小し輸入信用状の新規発行高も為替銀行の抑制態度等から下降気味である。また金詰まりと物価の先安見越しから流通部門では在庫調整が行われ、生産者在庫の増加のため生産部門の一部には生産縮小の気運がみえ始めている。
信用膨張の遺産
このように金融引締めの影響はようやく経済の各部面に及んで来たが、信用膨張の遺産は依然としていろいろな形で残されており経済の不安定化の要因となっている。
ここではこうした信用膨張の遺産として企業のオーバー・ボロウイングと銀行のオーバー・ローンを取り上げてみよう。
企業のオーバー・ボロウイング
企業の資本構成を全産業についてみると、戦前は自己資本が全体の約6割、他人資本が残りの4割であったのが、戦後は他人資本が約6割、自己資本が約4割に逆転している。他人資本のうちで銀行借入金等の有利子負債は割引手形を除き約5割を占めている。また社債や長期借入金の比重が小さく、短期借入金や買掛金が多くなっているため他人資本中での固定負債の比率も約3割と戦前の5割に比べて著しく低下している。
このように企業の資本構成が他人資本にかたより、しかもそれが有利子負債に多く依存し短期負債の比重を高めていることは、企業の健全性を損ない、また常に金繰りに追われて安定した経営を難しくさせている。
銀行のオーバー・ローン
企業のオーバー・ボロウイングは裏返してみれば銀行にとってはオーバー・ローンである。オーバー・ローンの状況をみると、26年夏から秋にかけて過剰輸入の行われた時期が最も高かったがその後においてもかなり高い水準を示し、特に11大銀行にこの傾向は著しい。
銀行の貸出残高を自己資本、預金、債権の合計で除したオーバー・ローンの度合は28年度末で全国銀行は105%そのうち11大銀行は117%となっている。このような銀行の預金、自己資本等を上回る貸出しの増大は日銀からの借入金の増加によって可能となっており、従ってオーバー・ローンはまた銀行の日銀依存度の増大となって現れている。銀行の自己資本、預金、債権に日銀からの借入金等を加えたもので後者を除した全国銀行の日銀依存度は戦前9~11年の4%から28年度には15~16%へ上昇している。
このようなオーバー・ローンは銀行貸出の固定化、銀行資産の流動性の喪失を意味する。すなわち設備資金貸出の増加によって、あるいは運転資金貸出自体も前述のように企業の経営中に固定化しているため回収の弾力性が著しく弱まっており、また資産構成が貸出しにかたより、有価証券保有が激減しているため、資産の流動性が失われている。銀行の資本構成を戦前(9~11年平均)と比較してみると、戦前は総資産の27%を有価証券保有に当て、貸出しは37%であったのに対し、戦後(28年末)は66%を貸出しに向け有価証券保有は8%に過ぎない。しかも戦前の有価証券の過半が国債であったことを考慮に入れると戦後は資産の流動性が著しく低下していることになる。
従って預金の減少が起こったような場合、貸出しの固定化のため信用の収縮に反映できず、また有価証券の処分によって預金支払資金を調達することも難しく、預金減少分を日銀信用に依存しなければならないような状態にある。
金融正常化の条件
総説でもみたごとく、我が国経済の健全な発展のためにはこのような信用膨張の遺産を整理して、企業、銀行の経営の安定をはからなければならぬことはいうまでもない。
金融正常化の条件として、まず第一に考えられることは、企業の資産再評価の適正化である。最近このために必要な法的措置が講ぜられたが、企業の側においても再評価の促進により減価償却の適正化をはかって自己資本の充実に努めなければならない。
第二は金利体系の正常化である。これも金融引締措置による日銀二次高率利率と市中貸出金利の逆鞘化などによって日銀金利と市中金利の関係は一応の整備がなされたが、いまだその他の金利をも含む全面的な金利体系の正常化までには及んでいない。また資産再評価等によって経済が正常化した後においては、国際的にみてかなりの高金利である我が国の金利水準自体の検討が問題となるであろう。
第三に企業の銀行への、銀行の日銀への依存体制の払拭と支払準備の確立は金融正常化のための最も基本的な条件である。そのためには企業は減価償却の適正化、社内留保の拡充ないしは増資の積極化等により自己資本の充実に努めるとともに、銀行も本源的な預金の吸収に努力して日銀依存度の低下をはかることが必要である。ここにおいて国民一般の貯蓄増強が何よりも重要となることはあらためていうまでもない。