經濟現況報告  ―安定計画下の日本經濟―

はしがき


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 昭和二四年は終戰後の日本経済にとつてまさに質的転換の年であつた。経済九原則に基く安定計画の推進によつて日本経済はあわただしい変貌をとげた。もとよりこの計画の窮極の目標は政治的独立の前提としての経済的自立にあることはいうまでもないが、その構想は、まずこれを逹成する手段としてインフレーションの收束と自由経済の復位をはかり、経済現象に対する価格機能本来の調整作用を復活せしめ、これによつてもたらされた経済正常化の成果をして將来の経済発展と自立逹成の基礎たらしめんとするところにあつた。

 安定計画におけるインフレ收束の槓杆は、ドツジ行使の構想に基く総合財政の均衡である。すなわち、一般会計特別会計はもちろん、政府機関から政府財政までを含めた嚴格な財政收支のバランスは、巨額な債務の償還、および対日援助見返資金の設定と相俟って、昭和二四年度予算の特色をなしていた。なお復金融資の停止にみられる財政と金融の分離、政府投資の縮減、補正予算による補給金の減廃等は、財政收支均衡化のための措置であるのみならず、経済活動に対する政府の関与を縮小させる一面をもつている。かかる重要な意義を有する財政の恒常的安定と国民負担の公正とを期すため、シヤウプ調査団によつて、税制全般亘つて勸告が行われたことも昨二四年における大きな出來事の一つであつた。

 均衡財政を端緒として、インフレ收束の途を歩み始めた日本経済が、相次ぐ統制の緩和に対する体制の適應に努め、インフレ收束に不可避的に伴う有効需要の停滯に対処していた間に、国際経済情勢もまた、戰後の物資不足に基く売手市場から、有効需要に規制される買手市場へと大きく転換を示した。昨年四月、三六〇円レートの設定によつて国際市場への正確な連繋を回復した日本経済は、国内購買力の停滯を利して輸出余力の增大をはかり、もつて経済自立への前進を意図していたのであるが、この様な国際市況の一般的変化に加えて、昨年九月以降に実施されたポンドの三割切下げを初めとする各国平価の切下げは、わが国輸出の增進を阻む一因として作用した。いわゆるローガン構想に基く昨年末いらいの輸入先行方式及び輸出入手続の緩和は、国際情勢の変化に対應して、輸出伸長を確保せんとする措置であつたといえよう。

 概ねかかる経路を辿つた日本経済は安定計画の下、一年有余を経て通貨物価の安定にみるべき成果を收め、経済の正常化もまた急速に進捗したが、インフレの收束と国家保護の後退によつてあらわとなつた経済回復の現実の姿を直視すれば、窮極の目標たる経済自立への途は決して平易なものではないという感を新にせざるを得ない。

 以下最近の経済諸指標に基き、安定計画下の日本経済の推移と、併せて経済現段階の諸問題を檢討してみよう。

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